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ストレート・プレイへの誘い:『欲望という名の電車』篠井英介、19年ぶりのブランチ役で見せる“現代劇の女方”の集大成

篠井英介 石川県出身。幼い頃に演劇を志し、1984年、男優だけのネオかぶき劇団「花組芝居」(前身・加納幸和事務所)に参加。看板女方として人気を博す存在となる。 1990年退団後は女方のみならず、中性的な役や、悪役など、変幻自在の演技派俳優として活躍中。 朗読やナレーションも得意としている。1992年、第29回ゴールデンアロー賞演劇新人賞受賞。2023年、第58回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。©Marino Matsushima 禁無断転載


テネシー・ウィリアムズが1947年に発表し、ピューリツァー賞を受賞した『欲望という名の電車』。名家出身の女性ブランチが妹のもとに身を寄せたことで、その夫スタンリーと対立、暗い過去を暴かれ精神を崩壊させてゆく姿を生々しく描いたドラマは、20世紀アメリカ演劇を代表する傑作の一つとされ、日本でも杉村春子さんはじめ、錚々たる名優たちが演じて来ました。

 

その中でも異彩を放つのが、篠井英介さん。1992年の初挑戦が、著作権管理者からの「女方によるブランチ役は認められない」との要請により中止を余儀なくされるも、粘り強く交渉を続け、2001年に実現。その後も2003年、2007年と上演を重ねました。

 

演劇界では伝説の舞台となりつつあったこの“篠井ブランチ”が、2026年の春、復活。篠井さんが19年ぶりに本作に挑む意図、そしてかくも魅了される理由を、じっくりとうかがいました。(前半は合同、後半は個別インタビュー)

 

『欲望という名の電車』

〈合同インタビュー〉

――19年ぶりにブランチを演じようと決めたお気持ちをお教えください。

 

「魔が差したと言うしかないですね(笑)。前回、50歳ちょっと前ぐらいの時にやったのですが、僕の場合、現代演劇の女方としては、いわゆる装いをなるべく排除して、シンプルにシンプルに、それでもなおかつお芝居を観ているうちに、その女の人に見えてこないことには、現代演劇の女方と言ってはいけないと、指針として思っています。

そしてそこには当然、女優さんも交じっていて、そんな中でも女性の役をちゃんと担えて、お芝居のお役に立つということが、僕のすごく大事な目標なんですね。

そんな中で19年前、容姿的にも体力的にも、これが最後かなと思って一旦終わりにさせたのですが、近年、劇団イキウメの『人魂を届けに』、6時間半に及ぶ『インヘリタンス-継承-』、小沢道成さん作・演出の『Bug Parade』と、どれもハードな作品だったのだけど、なんとか曲がりなりにもやりこなせたので、わりと体力、まだあるんじゃないの?と思ったりして。

思い過ごしかもしれないんですけど(笑)、もう一回ぐらいブランチやれるかもしれない、と思っちゃったんですよね。

僕にとってみれば、後にも先にもこの作品が人生で一番好きな作品であり、ブランチが一番好きな役です。だから十九年前、これで終わりにしますと言った後も、いろんなご取材を受けたりして、次何やりたいですか?と尋ねられたら、やっぱり欲望という名の電車なんです、と言ってきました。

言いながらも無理だろうと思っていたのですが、うーん、ひょっとしたらまだいけるかもと思うようになり、所属先の社長にプロデュースをそそのかしたわけです(笑)」

 

――本作の何が、篠井さんの心を捉え続けるのでしょうか。

 

「中学生でこの作品に出会った時、雷に打たれたというか、他人とは思えないようなシンパシーを感じたんですね。ませていて、演劇少年だったことは間違いないです。あと五つから日本舞踊をやっていて、小学生からミュージカルも、熱に浮かされるように好きでした。

そんな中でも、『欲望という名の電車』は、ある種残酷だけど叙情性もあって、甘いと言いますか、ロマンチックでありながらものすごく残虐な感じもあって。その相反するものに魅了されました。

この作品、嫌いな人は嫌いなんですよ(笑)。悲劇的だし、滅んでいくものを見るのは嫌だとか、観ていてあんまり楽しくないなという人ももちろんいらっしゃいます。

でも僕にとってみれば天啓を受けたというような、これはもう理屈じゃないんでしょうね。なんかこう、シンパシーみたいなものがビビビビビって走って、その時から、このブランチ役をやるんだと思ってしまったんです。それを叶えられたという意味では、僕は幸せな俳優なんですよね」

 

――作品に描かれている、人間の影の部分に惹かれたということでしょうか。

 

「まだ中学生でしたから、見ちゃいけないものを見たような感覚もあったかもしれません。この芝居、後半で人間の暗部を見せつけるところもあるじゃないですか。ブランチって優しくて可愛くてお上品なお嬢さんだと思っていたら、実は違ったという展開です。そういう意味では、見てはいけないものを見た、でもこれが人間のある種の一つの形でもあるという真実性が、子供心にグッと来たんです。

演劇や映画には、楽しいものもいっぱいある。人を勇気づけたり、楽しませたり、励ましたりするのも芸術ですが、こういう暗さが人間にはつきまとう、ある種の汚さも人間は持っているんだよということを、ある種ガーンと見せつけられた気がしました。ルノワールのようにほんわかと綺麗な女性のパステル画ばかりでなく、フランシス・ベーコンのような、顔が歪んで見るからに怖い絵を描く人もいるけれど、どちらも人間にとっては大事なものであって、両方観なくてはいけない。どちらにも素敵さ、良さ、尊さがある。

『欲望という名の電車』はそんな人間の暗さ、汚さを暴きながらも、最後に何かしら昇華するカタルシスみたいなものが描かれていて、それにガツンとやられました。舞台俳優になりたいと決めさせてもらえた作品だと思います。これをやることが女方としての卒業論文というか、修士論文なのだとその時、既に思っていました。

ただ当時、男が女を演じるということは今ほど普通ではなく、キワモノ的に思われていました。僕がそれを実感したのは、高校生の時。『あるマドンナの肖像』というテネシー・ウィリアムズの一幕劇(注・『欲望という名の電車』の原型と言われる1941年の作品)を学園祭でやりたいと思って演劇部の顧問の先生に話したら、“これはちょっと大人っぽすぎるよ”と。テネシー・ウィリアムズらしくセクシャルなこととか(生々しい要素が)いろいろ出てくる作品で、この女主人公をやりたいと言ったら一笑に付されました。

ああこんなこと言わなきゃよかった、と英介少年は傷つきまして(笑)、以来、ブランチをやりたいということは心では思っても、なかなか口には出せないでいたんです。

その後、女方志向の僕と加納幸和君とで、女方をやりたいね、と“花組芝居”という劇団を始めました。80年代の小劇場ブームもあってたくさんの方に応援してもらったし、マスコミの人たちからも注目していただいたけれど、古典芸能でないところで男が女を演じるというのは、まだまだ、ちょっと変なものだという捉え方をされていました。

そんな中で、1992年に『欲望という名の電車』をやることになり、チケットも売り出されたのですが、ブランチを男がやるということに著作権管理者が気づいて、上演許可が取り消されてしまったんですね。もちろん悔しかったし残念だったけれど、“やっぱりこういうことなんだ、現代劇の中で女方をやるということは”と思って、それほど落胆はなかったんです。逆にそこはすごく男性的に、“なにくそ、いずれやってやる”と思いましたね(笑)」

 

――演劇部の顧問の先生に却下された高校生の頃のご自身に声をかけるとしたら、どんなことを言ってあげたいですか?

 

「“道のりは険しいぞ”でしょうか。“実現できるぞ”と言ってしまったら、人生、つまらないじゃないですか。だから険しい道のりだぞ、と言ってあげたいですね。やっぱり人生、やりたくないことも含めて、頑張らなきゃいけない。僕たちは幸せなことに、自分がなりたいと思った俳優の道で、なんとか生業にしてここまで来られてるわけですから、楽しちゃいけませんよね。楽しいこともいっぱいありますけど、仕事ですから苦労があると、そういう風に言ってやりたいです」

 

――四度目の今、解釈が深まり、見えてきたものはありますか?

 

「演劇というのは相手役さんと作るものだから、“手合わせしてみたらどうなるか”なんです。仮に、“自分はこんなふうに次はやりたい”と計画を立てても、お相手の方たちがどんな風に出てくるか、わからないじゃないですか。

前回とはがらりとキャストが変わっているので、例えば(スタンリー役の)田中哲司さんはどう出てくるか、こちらはこうやってみようと一応プランは立ててみるけれど、自分も頭で思っているのと体から出てくるものが違うことって、よくあるんです。

家で台本を読んでいるのと、稽古場で立って、相手役を見て喋っている時ではエモーションが全然違って、“こんな自分がいる“と発見するのがお稽古の楽しさ、面白さ、演劇の生々しさなんですね。相手役さんがどんな風に出てくるかで、全く違うブランチ像が僕の中に生み出される可能性もあるわけです。

だから今の時点で、何かを変えようというものは無く、共演者の方たちがブランチを作ってくださるのだろうなと思っています。

気持ちの流れは一緒なので、そんなに極端な変化はないと思うけれど、あとは皆さんが60代の僕をどう見るか、ですね。女性でもなく、おじさんの僕が、どういう風にブランチに見えてくるかというところは、もう科学実験みたいなもので、どうなるのか、僕も知りたい(笑)。

中には、ずっとおじさんにしか見えなかったという方も出てくると思います。演劇って、(頭の中で)チャンネルを合わせなければいけないんですよ。ハムレットであれば、デンマークの王子様の話だと思っていただかないことには始まりません。“この間テレビで殺人犯やっていた人だ”と思われてしまったら終わりです(笑)。僕らはお客さんが、ここはお城の屋根の上で嵐が吹きすさんでいるのねと思ってくださることを信じてやっているのです。

演劇ってそういう想像力がお互いにあるという信頼のもとで行われるのですが、意外と、今どきの若い人は配信コンテンツなどを見て育っているからか、見たままのことしか感じないというタイプの人もいるんですね。そういう人が見たら“ずっとおっさんだった”となる可能性もあるわけです。

それはそれでいいんです。(感性が)豊かな方であれば、僕が作った以上の何かを感じたり、想像してくださったりっていうことがあるから、僕が中学生の頃にこの戯曲に心打ち震えたみたいに、この世界に入りこんだような気持ちになってくださる人も、中にはいてくださるかもしれないですから。そういう“生もの”であるところが、演劇のダイナミズムであり、面白いところですよね」

 

篠井英介さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


――日本で海外の作品を上演する際に、どの程度その文化的背景を取り入れるかというのは、プロダクションやキャストごとに異なるようです。なるべく取り入れようとされる方もいらっしゃれば、人間の本質は普遍的なものだから、どこの国の人ということにはこだわらないというスタンスで演じられる方もいらっしゃいますが、今回はどうなりそうでしょうか?(質問・松島)

 

「僕はあんまり気にしないかな。自分の役柄を掘り下げて下準備するということは、あんまりしていません。

例えば、源実朝という役を振っていただいた時があったのですが、実朝を篠井英介にと言っていただいた時点で、ふさわしいと思ってくれたプロデューサーと演出家がいるということなのだから、僕は“大丈夫、あなたは選ばれたのだから”と自分自身に言い聞かせました。あとはお芝居の中でどんなことを言い、感じ、最終的にどんな結末になっていくかなのだ、と。

いつ頃どこで暗殺された、といったことは知っておいた方がいいから、ざっくりとした年表は把握しますが、事細かにはやらなかったですね。多分これからもしないと思います。

『欲望という名の電車』に関しては、杉村春子さんと映画版のヴィヴィアン・リーのブランチが僕のお師匠さんであり宝物です。文学座さんが上演なさる時には比較的リアルなセットを作って、ステラとスタンリーのお家を再現されていると思いますが、今回、僕らがやるのはシアターイースト(という小劇場)ですし、僕が男ということもありますが、シンプルにして、いつの時代、どこの国ということをあまり視覚的にはっきりさせない演出で、これまでもやってきたし、今回も多分そうなると思います。

リアルにやるとなると、当時はダイヤル式の黒電話だったとか、この辺りに水道があるのはおかしい、この時代はこういうお酒が飲まれていた、煙草はラッキーストライクがポピュラーだった…とやり出したらキリがないです。演じるのは日本人ですから、所詮嘘っぱちなんですよ。ですから、そういうもの(ディテール)はなるべく排除し、皆さんの想像の力に委ねて観ていただこうと思います。

この間ナショナル・シアター・ライブで観たバージョンは、衣裳や持ち物を見ると、おそらく 70年代とか 80年代ぐらいの年代に設定しているという感じがしました。いろんなやり方がありますよね」

 

――今回、大きな変化の一つに、演出をG2さんが担当されるということがあると思います。前回までの鈴木勝秀さんのプロダクションでは、“容赦の無さ”というか、非常にアグレッシブな風合いが前面に出ていましたが、その大きな要因として、スタンリーの非常に男くさい造型があったと思います。       

それがこの19年の間に、ジェンダーレスという概念が社会に広がってきたことで、新たな観点から本作を捉えなおそうということもあっての交代なのかと想像される方もいらっしゃるかもしれません。(質問・松島)

 

「とても興味深いですね。確かに鈴木勝秀さんは、作る芝居がスタイリッシュで男くさいです。最近は 2.5次元の舞台もなさっているけれど、あの頃はザズウ・シアターという、ものすごくかっこよくてキレのある男芝居をなさっていました。それで今までの『欲望という名の電車』も、そういうイメージになっていたのでしょうね。やっている方は意識していなかったけれど。

今回G2さんに頼んだのは、19年も間が空いたのと、僕と大谷亮介と深沢敦とで“3軒茶屋婦人会”というユニットを作っていて、 3人のおじさんが 3人の女を演じる芝居を、20年ぐらいやっているんです。それをずっとG2さんに見て頂いていて、時には新作も書き下ろしてもらっています。女方・篠井英介のこの20年の変遷を見てきてくださっているので、これはG2さんだなと思って(依頼し)、快諾していただいて、翻訳もやるとおっしゃってくださったから、おお、ありがとうございますということになったんです」

 

――もう一つ、細かいお話ですが、篠井さんは“ト書き”はどの程度、意識されるでしょうか。というのは、冒頭のブランチの登場シーンで“蛾のような”という、大変印象深い描写が出てきます。観る側としましては、観劇前に戯曲を読むことで、イメージが影響を受けることがありますが、演じる篠井さんはいかがでしょうか。(質問・松島)

 

「あれはテネシー・ウィリアムズが1947年頃に書いた時のト書きですね。執筆のためにニューオーリンズのアパートメントで書いていたとしたら、当時のニューオーリンズには場違いな、ヒラヒラしたワンピースと帽子の女が、ハンカチフリフリ出てきたぞという姿を想像して書いていて、あくまで、あの時代のリアルさなんです。

それが彼の言い方として“蛾のような女”だったとすれば、今、それをやる必要は無いと思います。当時の現代劇としてのト書きだから。今、僕たちがそれに沿ったことをしても、(今のお客様には)分からない。僕らとしては、演じる僕らと演出家にとって嘘が無い、今の僕たちにとって真実の芝居を作るべきだと思います。

過去にこんなものがありましたというような、タイムカプセルみたいなお芝居は観たくないじゃないですか。今いる僕たちがお客様と同じ空気を吸って、同じ時間を過ごす中に、真実がたくさんある。お客様が“わかるわ”“それどうよ?でもいるわね、こういう人”みたいにいろんなことを感じ取って下さる、そういう“豊かな時間”になればと思っています」

 

――今回の公演に興味をお持ちの方にメッセージをお願いします。

 

「“見ものです”と申し上げたいですね(笑)。

例えば最近、成宮寛貴さんが『サド公爵夫人』のルネ役をやっています。男が女を演じるということを、悔しいことに、僕は苦労してやってきましたが、今やみんな軽々とやる時代になり、お客様も全然偏見を持たずに、すんなり観てくださる時代になりました。

それでも、60代のおじさんが世界的名作、それもリアリズム演劇のとってもリアルな『欲望という名の電車』のヒロインをやるというのは、見ものじゃないですか。

こちらにも心意気がありますし、お客様にも“一つ見届けてやろうじゃないか”という気持ちで、挑むように劇場に来ていただけたら、楽しいかもと思います(笑)」

 

篠井英介さん。©Marino Matsushima 禁無断転載


〈個別インタビュー〉

――先ほど合同インタビューでお話を伺いながら、感銘を受けた部分がありました。最近は一般の方はもちろん、お芝居をされる方でもお使いになる方がいらっしゃらなくなってきましたが、篠井さん、鼻濁音をお使いですよね。

 

「そうでしたか、無意識でした。歌舞伎では、皆さん鼻濁音をお使いなので、それが習性としてついてるのかもしれませんね。丁寧な、きれいな日本語を喋りたいとは意識していますが、特別、鼻濁音を使っているとは思っていませんでした。

ただ、聞いていると気になりますね。おっしゃる通り、最近は歌の中でも台詞でも、“ガギグゲゴ”と発音される方が多いから、ああもったいないな…と思う時はたまにあります」

 

――篠井さんは女方としてキャリアを積まれてこられましたが、生まれながらの歌舞伎役者さんとは訓練の面で異なる部分もあったことと思います。現代劇の女方もなさるようになり、新たな“女方の在り方”を確立されてきた世代でいらっしゃるのかなと思いますが、どんなことをよすがにされていらっしゃいましたか?

 

「それこそ『欲望という名の電車』はすごく大きな存在であって、このブランチ・デュボアという役が女優さんたちに交じってやれるということが卒業論文だ、現代劇の女方である証明になるんだと、高校生ぐらいに思い込んでいるわけですね。

ですから、極論すれば、ブランチ・デュボアを見事にやる、ということをよすがにしてきました。杉村春子さんやヴィヴィアン・リーからいっぱいいろんなものをいただき、男である僕がブランチ・デュボアをちゃんと演じて、お客様がいいお芝居だったとおっしゃってくださることを目指す。

それが、ここまでのよすがであって、それだけこの作品は僕にとって大きい意味があるんです。試金石というか、これを失敗したら女方としてはもうダメだと思っていました」

 

――『欲望という名の電車』ですが、ブランチの登場時の“欲望という名の電車に乗って…”に始まって、本作には数々の名台詞がありますが、特に篠井さんがお好きな台詞はありますか?

 

「ブランチがお医者様に連れて行かれる間際に、“私はもうこれから先、ずっと海の上で暮らすのよ”と嬉しそうに言うところがあるんです。

現実はお医者さんが連れていくのですが、彼女は今から昔のボーイフレンドがヨットの旅に連れてってくれると思い込んでいるわけですよ、健気にも。

この一連の台詞が、僕はすごく好き。台詞として綺麗で好き。そしてその状況にいるブランチが…とてもひどい目に遭っているのに、“ボーイフレンドが私をカリブ海周遊のヨットの旅行に連れてってくれるのよ”と嬉しそうにしていて、健気じゃない? 愛おしいじゃない?

この時点のブランチには悲壮感は無いのだけど、その後、連れに来た人が、この人、私の待ってた人ではないと気がつくわけ。それで大暴れするんですね。そこもかわいそうなんだけど、無理やりに連れて行こうとしたお医者様が、あ、この人は夢見る夢子ちゃんであって、自分が淑女だと思い込んでいるんだと察知して、帽子を取って、“デュボアさん、一緒に行きましょう”と優しく声かけると、“この人、私のことわかってくれているわ”となって、腕を取って、ちょっと幸せな気持ちで行くんです。その間際の、ある種幸福な感じのブランチの台詞、好きですね」

 

――医師に対する最後の台詞もあまりにも有名ですね。

 

「“私は見ず知らずの方のご親切を頼りに…”という台詞ですね。いかにもはい、名台詞ですというのは観ている方も照れちゃうと思うので、逆に意識せず、さらっと言うようにしていますね」

 

――前回が19年も前だったというのが信じられないほど、篠井さんの凛としたブランチは鮮烈でした。だからこそスタンリーから攻撃され、ついにポキッと折れてしまう哀れさが非常に印象深かったのですが、フィジカル面、言い回しを含め、特にブランチ役のために気をつけていらっしゃったことはありますか。

 

「特別なことはないかな。清潔でいなきゃいけない、とは思っていました。それは女方、僕が演じる現代劇の女方全般に言えることです。

例えば、今、ドラァグクイーンって大流行りですよね。わざとけばけばしく、毒々しくしていて、それは一つのジャンルですが、女方というのは清潔感がないと、お客様に受け入れてもらえません、現代劇においてはね。

歌舞伎だったら、六代目中村歌右衛門さんはすごいおじいさんになっても赤姫をやっていたけれど、芸や様式があるから素敵で、僕も大好きでした。でも現代劇の女方として女優さんに交じってやるには、ある種の清潔感がないことには、特に男性には受け入れてもらえないと思って、それはずっと気をつけてきましたね。

お姫様であろうがマダムであろうが、どんな女の役をやる時でも、どこかに清潔感がないとダメです。まあ、別の言い方をすれば、品性みたいなものがないと受け入れてもらえないというのは、勘として持っていました」

 

――どうしたら“品”を表現できるでしょうか。

「難しいですね。作れるものでも、出せるものでもない気がするけれど、そのために動きや言葉遣いをどうしたらいいのか。

品がいいってどんなことなんだろうと思うと、“無駄がない”ということなんですね。

例えば、お伊勢さん…伊勢神宮って、素木(しらき)でできていて、西洋の教会のようなきらびやかさって、全く無いじゃないですか。

日本の宗教建築ってものすごくシンプルで、下手すると何も(装飾が)無いという感じですが、そういうものが日本人にとっての“品性”なのでしょうね。だから僕の女方も、無駄なことを削ぎ落としていくということを目指していて、鬘は被らないし、ヒラヒラしたドレスもあまり着ない。お化粧もやりすぎない。それがある種の清潔感とか品のいいふうに見えるといいな、と思ってはいます。

海外でも男が女を演じることが流行っているらしくて、動画サイトで出てきたりするけれど、たいがいクネクネ、デコラティブにやっていて、僕は“うーん”と思っちゃうんです。やっぱり女方はドラァグクイーンさんたちとは違わなければいけないのではないか。ゴージャスな女装をお客様たちに喜んでいただくのではなく、僕はお芝居の中の人物を生きるわけだから、自ずと目的が違うじゃないですか。僕はそちらに寄る必要はないので、なるべくそぎ落としていく、という感じかな」

 

――先ほどもおっしゃっていたように、最近上演された『サド侯爵夫人』のように、今は男性が女性の役を演じることも少なからずありますが、若い世代の男性の俳優さんたちに向けて、こういうことを意識するといいのではというものはありますか?

「教えたくないですね(笑)。というか、特に無いんです。クネクネするなということくらいでしょうか。よく、女性の役をもらったから教えてくださいと言ってこられる方がいるけど、ナヨナヨせず、スッとしてやってくださいというくらいです。台詞も爽やかに、きちんと喋る。だってクネクネしながら日常を生きている女性なんていませんから(笑)」

 

――今回の舞台では、女方・篠井さんの集大成が観られそうですね。

「それがどうなって、皆さんの目にどう映るかはまだわからなくて。19年ぶりですから体力は絶対に以前より衰えているなかで、皆さんに本当にブランチ・デュボアを観たなと、いい舞台を観たなと思っていただけるか。自分でも楽しみなような、怖いようなという感じです」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)

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*公演情報『欲望という名の電車』3月12~22日=東京芸術劇場シアターイースト、4月4~5日=近鉄アート館 東京公演3月14日(土)18:00追加公演あり 
公式HP
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