1991年のTVドラマ版が大ヒットし、社会現象を起こした柴門ふみさんの漫画『東京ラブストーリー』のミュージカル版が、11月に開幕。バブル期の東京で繰り広げられた恋物語は2018年春からの一年間に設定が変わり、“今”を生きる人々がリアルに共感出来る物語となる模様です。
今回の舞台で、主人公・永尾完治と赤名リカの上司である和賀を演じるのが、高島礼子さん。和賀役は原作では男性でしたが、社会における女性の地位の変化を反映し、今回は女性の役柄となったようです。
映画やTVドラマで大輪の花を咲かせてきた高島さんですが、ミュージカルは今回が初めて。新鮮な気持ちで取り組む彼女に、TVドラマ版をリアルタイムで観た頃の思い出、楽曲を初めて練習した時のことなど、途中から本作の梶山プロデューサーも加わって楽しくお話しいただきました。
【あらすじ】2018年春。愛媛に本社のある「しまなみタオル」の東京支社に異動になった永尾完治は、同僚の赤名リカと新プロジェクトを担当することになる。先に上京していた高校の同級生・三上健一と久々に会うと、そこには彼が高校時代に思いを寄せていた関口さとみの姿も。動揺する完治の前に、リカが現れて…。
――高島さんは日本を代表する女優のお一人ですが、映像のみならず舞台、とりわけ『女たちの忠臣蔵』(2012年)等、和ものでのご活躍も顕著です。
「有難うございます。石井ふく子先生の作品によく出させていただきました。『女たち~』の時は初座長でしたが、共演の皆さんがベテランの方ばかりでしたので、私は自分だけ頑張ればいいという状況を作って下さり、とても有難かったです」
――映像と舞台とでは、演じる感覚は違いますか?
「ドラマと映画はほぼ同じだと思っていますが、映像と舞台というのは別物だと思いますね。さらに、ストレート・プレイとミュージカルも別で、それぞれに良さがあると感じます」
――ミュージカルには今回が初出演とうかがいました。
「初です!(笑) 私はこういう感じ(ルックス)なので、演歌を歌うイメージがあるようなのですが、これまで“歌だけはダメなんです”と辞退してきました。唯一、歌わせていただいたのが、なかにし礼先生からお声がけいただいたCD『なかにし礼と~人の女優』シリーズ。これまで歌は本当に“聴くもの”でしたし、ミュージカルは“観るもの”。自分が出演するだなんて考えたこともありませんでした」
――それが今回出演されることになったのは?
「こんな私にオファーして下さったことへの感謝からです。本当にミュージカルのお話が来ると思っていなかったので、まさかまさかでした。本作の演出家の方がストレート・プレイで私を観て下さって、お声をかけて下さったそうです」
――(同席されていた梶山プロデューサーに)演出の豊田めぐみさんのご希望だったのですか?
梶山裕三プロデューサー(以下・梶山)「そうなんです。豊田さんがストレート・プレイに出演されている高島さんを御覧になって、ひとめぼれというか、“絶対素敵です、きっと歌える方です”と熱望されまして、それを手掛かりに、ご依頼にうかがいました。そういう直観、演出家が“どうしてもこの方で”と思われたらその願いをなるべく叶える、というのは大事だと思っています」
高島礼子(以下・高島)「それをうかがって、絶対頑張りたいと思い、“こんな私で良ければ一生懸命やりますけれど、私でいいでしょうか”と申し上げました」
――ご自身としても新たなことにチャレンジしようと思われていた時期だったのでしょうか。
高島「基本的には、なんでもチャレンジしたいタイプです。例えばバラエティ番組はこれまであまりやっていませんでしたが、やらないと決めつけるのではなくやってみようと思い、ここ数年チャレンジしています。絶対無理と思っていたクイズ番組もやってみたり…」
――初ミュージカルにあたっては、まずは歌のレッスンからアプローチされたのでしょうか。
高島「ボイストレーニングをしたいなと思って、いい先生をご紹介いただき、数か月間やってきました。でも聞くところによると、(やはり初ミュージカルである完治役の)濱田(龍臣)君は私よりさらに前からボイトレをしているようですね」
梶山「彼は、二か月間歌を練習して、納得がいけばオファーを受けますということで、非常に真剣に取り組んでくれました。今も成長中で、製作発表でも俳優のスイッチが入ったのか、華もあって、のびのびと歌ってくれて僕らも安心しました」
高島「とても気持ちの入った歌で、私も聴いていてぐっと来ました」
梶山「高島さんは今回、しょっちゅうぐっと来てくださっているんです(笑)。ボイストレーニングを何度か経た後に高島さんのソロ・ナンバーが届いて、ではちょっと歌ってみてくださいとなった時に…」
高島「(歌いながら)ぐっと来てしまって、声がでなくなってしまったんです(笑)」
梶山「和賀が昔を回顧するようなナンバーで、等身大で歌いやすい曲だというのもあったのかな」
高島「メロディが素晴らしく良かったんです」
梶山「本作にはアップテンポの曲が多い中で、和賀のソロは完全にバラードですからね」
高島「まだまだ台本も変わる可能性があるというのに、気持ちが入ってしまったんです。ストレート・プレイだと、たまに気持ちが入りすぎて(台詞に)詰まることもありますが、ミュージカルの場合、それで歌が出てこなかったらお話になりませんので、今のうちに感情移入して、泣いておこうと思います(笑)」
梶山「有難いです。若手からすると学ぶことばかりで、高島さんがすごくいいムードを作って下さっています」
――ミュージカルならではの魅力を感じていらっしゃるのですね。
高島「やっぱり、音楽っていいなあと思います。ストレート・プレイや映像の世界では歌う機会がないので、これを機に“歌える女優”になるくらいの勢いで頑張らないと、と思っています。御覧になっていてがっかりされるような歌では、内容に共感するどころではなくなってしまいますので…」
梶山「そこはとっくに超えています! そういう心配はないです(笑)」
高島「良かった(笑)。共演の若い方たちに引っ張ってもらって頑張りたいです」
――原作漫画やドラマ版は御覧になっていますか?
高島「順番としては、まずドラマを観てから漫画を読みました。ドラマ版はリアルタイムで観ていましたね。東京に来て仕事を始めた頃に放映されていました。当時、もうすぐ30歳になろうとしていた私は、今が頑張らなくちゃいけない時期なのになかなか羽ばたけず、一番つらい時期でした。そんな中で、自分と同世代の皆さんがドラマの中で頑張っている、いい演技をして観る者の心を打っているということに胸を打たれましたし、こういう作品に巡り合えているということが羨ましく、“私も頑張ろう”と励まされていました」
――91年と言えば、ちょうどバブル景気の終わり頃でした。当時の世相について、何か思い出はおありでしょうか?
高島「バブル期は私の人生で一番不景気な時代で(笑)、華やかに生きている人たちが羨ましかったです。でもバブル景気が崩壊した時には、そういう方々が大変な目に遭われている様子も目にしました。私はバブルの恩恵は受けませんでしたが、だからこそ日々、頑張らないと生きていけませんでしたし、だからこそ今があるのかもしれないな、と思えます」
――当時と今とでは、『東京ラブストーリー』の見え方は異なりますか?
高島「変わりましたね。昔見た時は、確実にリカに感情移入していましたが、今、見直してみると、さとみ、いいじゃん、と。以前はあまり好きになれなかったさとみの方が、今は感情移入出来るんです。若いころはリカみたいになりたい、彼女みたいに生きていくべきだなと思っていたのに、こんなに変わるものなんですね。私自身の感覚が確実に変わったのだと思います。
でも、若者たちの恋愛自体は、時代が移ろってもそう変わっていないと思います。今だってリカみたいな子も、さとみや尚子みたいな子もいる。仕事の形状は変わっても、恋愛ストーリーの部分は、全然古くならないなと感じます」
――高島さんが演じる上司・和賀は、原作では男性のキャラクターでしたが、今回は女性の社会進出度の変化にともない、女性のキャラクターになったとうかがっています。
高島「(活躍する女性上司を)讃えるべく、演じさせていただきたいと思っています。脚本家の方が原作を大幅に変えることなく、温めてきたアイディアを取り入れて書き上げられた台本が本当に素晴らしいんですよ。稽古が進む中で演出からの注文も出てくると思いますので、自分の役割をしっかり受け止めて演じていきたいです」
――さきほども話題に上りましたが、和賀には「認め合えたら」というソロ・ナンバーがあります。現時点では、昔の恋にも触れられていますが、余白のある歌詞で、いろいろと想像できますね。
高島「そうなんです。彼とは認め合うことが出来なかったけれど、(その結果である)今の自分は肯定したいというようなことを言っていて。感情を込めて歌うにあたり、監督に細かいニュアンスをうかがって、自分がどう表現できるか、頑張ってみたいです。あとは直前の相手役とのやりとりも重要になってくるので、稽古で様子を見たいですね。
思ったのですが、ミュージカルの台詞って、ストレート・プレイとはちょっと違う感じがありますね」
梶山「歌に移行する部分で、テンションは高くなりますね」
高島「高めに感じます。それまで歌は歌、台詞は台詞で練習していたので、ワークショップで通してやってみて、このトーンからこう入っていくんだ、とストレート・プレイとの違いを感じました」
梶山「以前、(演出家の)栗山民也さんが、ちょっと前奏があって歌に入っていく時に、そのピアノの音を聴いてからではなく、自分の体の中から(前奏が)鳴り始めないと間に合わないよ、と稽古でおっしゃっていたことがあって、なるほどそうでないと観ていても違和感が生まれるなと思いました」
高島「人格が変わってしまいますからね。そういう意味でも、今回、稽古の前にワークショップに参加させていただけて本当に良かったです。(ミュージカル公演では)普通はないんですよね?」
梶山「オリジナルだからこそ、ですね。一度きりでなく、稽古に入る前に2度ほど読み合わせをして台本を完成したいなというところです。アメリカではそういうワークショップを10回やったり、トライアウトで1か月毎日アンケートをとってブラッシュアップを繰り返して、ようやくブロードウェイに持っていきます。会議では分からなかったことが、人に観ていただくことで“この台詞要らなかった”とか、たくさんわかるんですよ」
高島「創り上げてゆく過程が見られて良かったです。私たち役者は普段自分のことしか見えないので、これほど皆さんが一生懸命考えて、ここはこうして下さったんだと分かったところで、自分は何が出来るか、そういうプレッシャーをしっかり受け止めていきたいなと思います」
――和賀さんの過去については、イメージされていますか?
高島「主人公たちは恋愛で苦しんでいるけど、和賀は恋愛に関しては素直になれず、仕事を優先して生きてきた。そこは変わらないかもしれません。もっと可愛い女でいればよかったという後悔もありつつ、今の自分が好き、だからこそ自分の経験を若い子に伝えたい。でも、どうするべきかは決めつけず、あとは自分で判断してね、こんなこともあったけどあなたたちはどうしてゆく?と投げかけるようなイメージです」
――和賀さん自身にも、これからいい出会いがあったりすると素敵ですね。
高島「そうですね(笑)。そういう意味では、お客様の中には私の世代も多いと思いますし、その世代にもアピールしないと申し訳ないので、和賀もここで頑張ってるというところを表現できたら。恋愛に限らず、私の人生、まだまだやるわよ、というところをお見せしたいです」
――今のところ、ミュージカルは面白いなとお感じですか?
高島「面白いです! 音楽と芝居のコラボで、芝居だけでは伝わりにくいところが音楽によってイメージを覆すこともあれば強調することもある。音楽って不思議じゃないですか。今までもお芝居で演技をたくさんさせていただきましたが、ミュージカルって不思議ですね。なぜ途中で歌を歌うのでしょう?」
梶山「『ビリー・エリオット』の時に、海外から来たスーパーバイザーが(出演する)子供たちに、台詞で表現しきれないものが歌になるんだよ、歌で表現しきれないものがダンスになるんだよ、と話していました。そういうことがあるからミュージカルというものが生まれるのでしょうね」
高島「TVドラマでもBGMが入ってくることがありますが、ワークショップではジェイソンさんがピアノを弾いて下さって…」
梶山「いろいろ試しながら弾いていましたが、さすがのチョイスで、凄かったですね」
高島「日本語がわからない筈なのに、絶妙のタイミングで(演奏が)入ってくるんです。それに影響されて私たちの気持ちも高まって…」
梶山「彼は“リプライズというのはキャラクターが成長した時に使われるものだ”とか、ミュージカルのセオリーを身につけた人なので、僕らは教わることばかりです。本作はほとんどの曲がシンコペーションなので、俳優たちがビートを感じて歌いやすくなるよう、稽古場にドラムを入れてくれとも言われました」
高島「ご自身もピアノを弾きながら足でビートを刻んでいて、“もっとテンションを上げていいんだよ”と示してくださいました」
――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?
高島「コロナ禍ということもあって、今、皆さん、特に若い人たちが悩むことがたくさんあると思うんですね。そういう方達にちょうどいいエールを送れる作品になるんじゃないかな。仕事と恋愛って、生きていく上で絶対欠かせないものですよね。そこに説教臭くなく、自然に問いかける作品だなと思います。セリフの一つ一つを聞きながら、“もっと頑張れるかも”と思っていただければと思います」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 ミュージカル『東京ラブストーリー』11月27日~12月18日=東京建物Brillia HALL 公式HP
*高島礼子さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。