カンザス州の小さな町を舞台に、1年間行方不明だった少年と周囲の人々の葛藤を描く『キッド・ヴィクトリー』。『シカゴ』のジョン・カンダーがグレッグ・ピアースとともに書き上げ、2017年にオフ・ブロードウェイで上演したミュージカルが、浅草の小劇場、浅草九劇で上演されます。
傷つき、両親にも心を開けない主人公・ルーカスをダブルキャスト(「WEST」チーム)で演じるのが、坂口湧久さん。最近まで大作ミュージカルに出演していた彼ですが、繊細な表現が求められる本作にはどのように取り組んでいるでしょうか。子役からスタートしたプロフィールを含め、お話いただきました。
――坂口さんは少し前まで、『王家の紋章』に出演されていましたね。現代からタイムスリップしてきたキャロルを発見する奴隷の少年、セチとして、純朴で儚い人物像を造型されました。
「お声をかけていただいて出演したのですが、(起用してくださった方が)どこで僕を認知してくれたのかはわかりません。初演は僕も観ていまして、その時演じていた工藤広夢さんが本当に素晴らしいセチで、まさか自分がやることになるとは思っていませんでした。ダンスがびっちりある役なので、(稽古が始まる前には)改めてバレエや体操に通いました。稽古期間中は大貫勇輔さんや千田真司さんなど、素晴らしい先輩方からダンスのアドバイスをたくさんいただき、取り組めたのが素敵な思い出です」
――“動”のお役から一転、今回の『キッド・ヴィクトリー』では“静”のお役を演じるわけですね。
「はい、ミュージカルではあるけれど、僕の演じるルーカスには歌もダンスもない、がっつり“お芝居”なんです。リアルなお芝居が求められるので、ぴりぴりするような緊張感をどういう “間”や表情で表現するのか、一つ一つに難しさを感じています」
――ミュージカルの主人公なのに歌わない…?!
「はい。自分自身は歌わず、周りのキャラクターたちに“歌われる”役です。歌われる時の居方って難しいんですが、皆さんの発する台詞や歌に身を委ねて、自分の正直な感情でいることを大切にするよう努めています」
――聴いていて、どんな音楽だと感じますか?
「作品の重さに反して軽やかなところもあって、歌詞も素敵でルーカスの中に刺さってきます。特にエミリーのソロやマイケルのナンバーは、聴く度に感動しています」
――坂口さんは2年前の日本初演にも出演されていたのですね。
「はい、アンドリュー(注・主人公ルーカスがオンライン・ゲームで出会う少年)を演じていました。当時は17歳で、台本が自分には難しく、ここはどういう意味なんだろうと思った部分を一つ一つ(演出家の)奥山(寛)さんに質問していました。今回、改めて台本を読んでみると“ここはこういうつながりがあったんだ”と新たな発見もあって、本当に素敵な作品だな、と思っています」
――本作では、主人公の行方不明のきっかけとしてオンライン・ゲームが登場します。“今”を感じさせる設定ですが、坂口さんはどの程度身近に感じますか?
「僕もゲームをやることはあります。オンライン・ゲームではボイスチャットというものがあって、“よろしくお願いします”と他の参加者が喋っているのが聞こえてきたりするんですね。僕自身はあまり知らない人とは遊ばないし、ボイスはオフにしているので他の人と交流することはないけれど、そういう声が聞こえて来た時にこちらも返して、そこから意気投合するということもあるんだろうな、というのはわかります。それが事件に繋がっていくかどうかはそれぞれだと思いますが、SNSがきっかけの事件というのも耳にしますし、身近なテーマだなと感じます」
――主人公のルーカスはオンライン・ゲームで知り合ったマイケルという男に呼び出され、それが一年間の行方不明に繋がって行きます。知らない人に誘われて出かけてしまう背景には、彼自身、何か問題を抱えていたということがあるのでしょうか?
「ルークは確かに思春期で、親に不満を持つ瞬間もあったと思いますが、僕としては、ルーカスと両親はごく普通の親子関係だったと思っています。というか、どちらかといえばむしろ“幸せ”な家庭だったんじゃないかな。学校でも部活をやって、友達ともうまく行っていたようなんです。
それが、ゲーム中に母親についてちょっとした愚痴を書き込んだのをマイケルにつけこまれ、ルーカスとしてもマイケルに興味があって、つい呼び出されてしまった、ということじゃないかと思っています」
――となると誰にでも起こりうる話なわけで、怖いですね…。
「怖いです。お子さんを持つ共演者たちは“マイケルみたいな人に子供を出会わせたくない”とおっしゃっています」
――その1年間の出来事を断片的に差し挟みつつ、本作では帰ってきたルーカスのその後が描かれます。両親は彼がもとの生活に戻れるよう心を砕きますが、ルーカスはどこか居心地が悪そうですね。まず、お母さんはどこかエキセントリックに見えます。
「もともと彼らの住んでいる地域が信仰心があついということもあるかと思いますが、町ぐるみでルーカスを見つけ出して、彼がもとの学校に戻れるようにといろんな人が助けてくれている中で、お母さんは(プレッシャーを感じて)情緒不安定になってしまっている部分があるようです。
ルーカスとしては母親に振り向いてほしい時に振り向いてもらえなくて、そんなところでちょっと距離を感じているのかもしれません」
――お父さんとはどうでしょうか。
「お父さんはすごくルーカスを庇ってくれていて、味方ではあるのですが、帰ってきてからは目を合わせてくれないんです。僕のことを避けているんじゃないか、と思ったルーカスは、お父さんとも距離をおいてしまいます」
――何くれと心配してくれる両親をよそに、帰還後のルーカスはバイト先の店主・エミリーとの何気ない会話に安らぎます。皮肉にも、他人のほうが心を開きやすいものなのですね。
「ルーカスとしては、エミリーは昔の自分を知らないので、“あの時のルーカスとは変わってしまった”と思われる心配がないんですね。今あるがままの僕を受け入れて、話を聞いてくれる存在だから一緒にいて心地いい、というのはわからなくはないです」
――ルーカスと周りの人々の心の機微を描きながら、物語は最後に“一筋の希望”ととれなくもない展開を見せます。坂口さんとしては、この作品を観て観客にどんなことを感じてほしいですか?
「いろいろな人物が登場するなかで、観に来て下さった方は、その中の誰かに自分を重ねて観ていただけると思います。決して軽い物語ではないけれど、心に刺さるものを受け止めて、何かを感じていただけたら嬉しいです」
――プロフィールについても少しうかがわせてください。坂口さんは子役出身でいらっしゃいますが、始めたきっかけは覚えていますか?
「小さいころに、歌のお兄さんをまねして歌ったり体を動かすのが好きで、僕もやってみたいと言ったようです。それで親がレッスンを受けられるところを探して、劇団ひまわりに入りました。エキストラに呼ばれているうち、“役のオーディションも受けてみませんか?”と誘っていただき、自然にここまで辿り着いたという感じです」
――TVを中心に出演されるお子さんもいますが、坂口さんは舞台がメインだったのですね。
「小さいころから歌を習っていたのもあって、舞台のオーディションにお声がけいただきました。ミュージカルに何本か出演するうち、自分でも好きになっていきました」
――舞台の記憶は残っていますか?
「断片的に残っています。『モーツァルト!』のアマデは出ずっぱりだったからか、逆に舞台の上での記憶は薄くて、稽古の様子を少し覚えているくらいですが、『エリザベート』の少年ルドルフの記憶は鮮明です。2幕の頭で♪ママ、どこなの…♪と歌いながら出てくるのですが、目の前が真っ暗で、客席も見えなくて。当時の演出で、ワゴンに乗りながら出てきた時に、すごく緊張して、本当の寂しさの中で歌えた気がします。『エリザベート』には二度出演させていただきましたが、エリザベート役の瀬奈じゅんさん、春野寿美礼さん、朝海ひかるさんは皆さん優しくしてくださいました」
――子役として活躍しても、続けないという選択肢もあったと思いますが、坂口さんはなぜ続けようと?
「僕は中学では部活動のソフトテニスにも力を入れていて、週5で練習してもっと本格的に…と思っていた時期もありました。でも14歳の時、『八犬伝』という舞台に主演させていただいて、その時、演出の浅井さやかさんが子ども扱いせず、ばしばし鍛えて下さったんです。その出会いがあって、やっぱり舞台をやりたい、でも部活もやめたくないと思って、がんばって両立して(学生時代を)過ごしました」
――はじめにお話いただいた『王家の紋章』に出演されたことで大作ミュージカルでの存在感を示し、坂口さんの今後が楽しみですが、ご自身としてはどんなヴィジョンをお持ちですか?
「いろいろな役に挑戦できるよう、ダンスも歌も芝居も出来て、僕ならではの強みを持った俳優になりたいです。ミュージカルもやりたいですし、ストレート・プレイやテレビドラマにも挑戦できたらと思っています」
――どんな作品がお好きなのですか?
「もちろんミュージカルは大好きですが、いつかやってみたいのが、アクション系のドラマです。以前、『SP』というドラマが放映されていて、憧れながら観ていました。いつか機会があるかもしれないので、時々、体操のクラスに行っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 オフ・ブロードウェイ ミュージカル 『キッド・ヴィクトリー』
Music&Book John Kander Lyrics&Book Greg Pierce 12月15~26日=浅草九劇 25日17時公演、26日13時公演はライブ配信有り 公式HP
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