Musical Theater Japan

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『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』上川一哉インタビュー:体中の血をラテンに染めて

上川一哉 島根県生まれ。12歳でジャズダンスを始め、05年に劇団四季研究所に入所。 『人間になりたがった猫』アンサンブルでデビューし、後に同作のライオネル役で大役デビュー。その後『春のめざめ』メルヒオール、『キャッツ』マンゴジェリー、『ユタと不思議な仲間たち』ユタ、『リトルマーメイド』エリック、『恋におちたシェイクスピア』ウィリアム等で活躍。21年12月をもって劇団四季を退団。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

1980年代に連載され、今も世界的な人気を誇る『フィスト・オブ・ノーススター』が昨年、舞台化。好評に応え、一部に新キャストを迎えて再演が実現しました。

今回の舞台で、自由(と女性)を愛する拳士ジュウザを、伊礼彼方さんとのダブルキャストで演じているのが上川一哉さん。劇団四季時代には『春のめざめ』で少年の性の目覚めをみずみずしく演じ、『人間になりたがった猫』『ウエストサイド物語』等では抜群のダンス力を見せてきた逸材です(筆者による他媒体での過去のインタビューはこちら)。劇団を退団後の一作目として新鮮な心持で取り組む本作の手応えを、稽古終盤、たっぷり語っていただきました。

【あらすじ】
核戦争によって荒廃した世界。
北斗神拳の修行に励んでいた三兄弟(ラオウ、トキ、ケンシロウ)のうち、ラオウは力による世界支配を目指し、被爆したトキは残り少ない時間を人々の病を治すことに使い、ケンシロウは愛するユリアをシンに奪われ、放浪の旅に出る。
孤児バットとリン、女戦士マミヤや用心棒レイらと出会ったケンシロウは、ラオウの軍に囚われたトキを助け出し、恐怖で支配された世界に光を取り戻そうとするが…。

『フィスト・オブ・ノーススター』©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983 版権許諾証GS-111

――先ほど、読者プレゼントの色紙に「縁と感謝」という言葉を書いて下さいましたが、何かエピソードがおありですか?

「昔、父に大切にするよう言われた言葉で、この世界に入ってからも、人とのつながりや感謝する気持ちを常に心がけていました。劇団四季には昨年末まで17年間在籍しましたが、この言葉がずっと役者人生の中心にあったと思いますし、それは今も同じです。僕にとって、力をもらえる言葉です」

――そうだったのですね。では本題に入りたいと思いますが、原作漫画について、上川さんは以前からご存じでしたか?

「子供の頃に、アニメ版を少し観たことがありましたが、まさかこういう関わり方をさせていただけると思っていなかったので、今回1話から原作を読ませていただき、こんなに深いお話だったんだ、と驚いています。

今の世にすごくフィットすると言いますか、作品から受け取れるメッセージがたくさんあると思うんです。コロナ禍や戦争のために、世界中の人々の心が凄く“落ちて”しまっているこの状況は、本作の核爆発後の世界とどこか通じるものがありますし、男女間の愛だけでなく、兄弟愛であったり、様々な形の愛が描かれていて、メッセージ性の強い作品だと感じました」

――その舞台版に参加している今は、どんな思いでしょうか。

「言葉と言葉のぶつかりあいが熱いですよね。そしてどのシーン、どのキャラクターのストーリーにも感動してしまって、出番のない1幕の稽古の間は、何度もウルっと来てしまい、自分を(こんなことじゃ)ダメダメ!と戒めています(笑)」

『フィスト・オブ・ノーススター』ジュウザ(上川一哉)

――上川さん演じるジュウザは、変化自在の我流の拳を操る拳士なのですね。

「そうなんです。型にはまらず自由に、ぱっとひらめいたものを繰り出します。先のことが読めて、意表をつく攻め方をしたりぱっと切り返しが出来る、頭のキレる人物なのかな、と稽古をしながら思っています」

――ジュウザは様々な拳法を試した上で、フリースタイルに到達したのでしょうか。

「いろいろと想像していますが、やはり彼自身の生きざまとして、何にもとらわれず、雲のように生きたいと思ったことで、型にはまらない拳になったような気がしています」

――上川さんご自身はこの役を演じるにあたり、どんな準備をされてきましたか?

「筋トレによる体作りはずっとしていますが、それに加えて、ダンスではなく武術に見えるような動き方を研究中です。どうすればもっとジュウザの闘い方に見えるか、ですね。

劇団時代に『ウェストサイド物語』でリフを演じたことがあって、冒頭は有名な(喧嘩を振りとして見せるような)ダンスですが、1幕最後には決闘のシーンがありました。ただ、あの場面ではナイフは出すものの、人を殺すことが目的ではなく、相手に対して圧をかけるという意味合いだったのに比べて、本作では完全に“生きるか死ぬか”の闘いである、という違いがあります」

――命を懸けるとなると、ちょっとした動きも全く違ったものになりそうですね。

「もともと気ままに生きていて、はじめは(横暴を極めるラオウに対して立ち上がった“南斗最後の将”への加勢を頼まれても)断っていたのが、その“将”の正体を知って、ラオウという最強の敵に立ち向かっていくんです。ラオウとの実力の差はわかっているけれど、将のもとにケンシロウが駆けつけるまで、一秒でも長くラオウを引き留めようと、死に物狂いで一手一手を繰り出す。そんな彼の心境や生きざまを、アクションを通して表現するのがなかなか難しいです」

――本作でアクションをなさる方々は実際、相手の手や足が当たることもあるそうですが…。

「そうですね、痛いです(笑)。稽古中はアドレナリンが出て集中しているので気づきませんが、稽古が終わると皆さん“これ何の痣だろう”と体のどこかを眺めていて、僕も“これ何の痛みだろう?”と。今回の稽古場ならではの“あるある”ですね(笑)。もっとも、元気な身体あっての舞台ですから、安全第一で臨んでいます」

――ジュウザにはワイヤーアクションもあるのですよね。

「劇団時代に一度経験したことがありますが、その時は背中での一本吊りでした。今回は腰で吊っているので、今まで使ったことのない腹筋を使っていますし、技をかけながらのフライングなので、ラオウ役の方とも息を合わせないといけません。自分の命と引き換えになってでもラオウの腕を奪おうとしている場面なのですが、それが(構図としてきれいな)ポーズではなく、ジュウザの生きざまに見えるといいな、と思っています」

――生きざまとしてのアクション、なのですね。

「はい。アニメ版を見ていた時から、ジュウザの生きざま、死にざまはかっこいいなと思っていました。誰かのために命を懸けるって簡単にできることではないけれど、それが出来るのが、自分の意志を持って生きてきたジュウザなんですね。そこを表現したいです」

――ジュウザがここまでの行動に出た背景には、ある事実の判明があるのですが、初演の時にはそのあたりの事情がジュウザのナンバー“ヴィーナスの森”で一行触れられているだけだったので、もしかしたら原作をご存じない方にはわかりにくかったかもしれません。

「今回は、ジュウザとリハクの会話から、それがうかがえるようになっています。そもそもジュウザがなぜ自由奔放に生きることを選択したのか、その背景にはある悲しみがあって、それに蓋をして見ないようにしようとしていたんですよね。彼の心の奥底にあるものや、戦いに至る決意をどう見せるか、が僕の課題だと思っています。常に“自由”を追い求めてゆくという点でも、これまでやったことのない役どころです」

――劇団時代に『キャッツ』の奔放な猫、ラム・タム・タガーをなさっていたと思いますが…。

「似ていますが、タガーともまた居方が違うんですよ。どう違うのか、ぜひ仕上がりを観て下さい」

――今回は初演キャストでもある伊礼彼方さんとのダブルキャストですが、伊礼さんは上川さんと全くカラーが異なります。今回、どのように自身のカラーを出していこうと思っていますか?

「伊礼さんのジュウザを稽古で見て、すごく勉強させていただいています。伊礼さん自身、人間力がとても素敵な方で、いろいろ盗ませていただき、伊礼さんとは違うセクシーさを出したいですね。演出の石丸(さち子)さんからは常に、“エロさ、一人で女性たち全員を相手にするくらいのセクシーさが必要”と言われていますが、僕はずっとダンスをやってきたので、指先や身のこなしを通して、自分なりのセクシーさを研究中です。“ヴィーナスの森”はラテン音楽調ですし、体中の血をラテンに染めていけたらと思っています」

『フィスト・オブ・ノーススター』製作発表より、メインキャストの方々。後列右から二人目が上川さん、その左がダブルキャストの伊礼彼方さん。前列左端が演出の石丸さち子さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

――大作ミュージカルは劇団を離れて以来、初でしょうか?

「初めてです。稽古場の空気感はやはり違いますね。このカンパニーでは、オリジナル作品ということもあるのか、皆さん、自分の発する台詞や動きについて、自分はこうしたい、と一つずつディスカッションしながら作っているのが印象的です。劇団時代は海外の作品が多く、既に演出が出来上がっていて、決まっているものを一つずつ深めていくというスタイルでした。今回、稽古場で触発されて、心が動く瞬間の表現や、相手とのやりとりについてもっとチャレンジしたいと話したら、伊礼さんに“プレゼンしていけばいいんだよ”と言っていただいて、なるほど、と。このカンパニーでの、大きな学びの一つです」

――石丸さち子さんの演出はいかがですか?

「熱いですね(笑)。厳しいけれど、その中には愛があって、うまく応えられない時は情なくなります。劇団を離れて一発目に石丸さんとご一緒する機会をいただけたのはとても光栄ですし、学べるものは全部学びたいと思っています」

――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?

「この舞台が、皆さんにとって、明日を生きる力になればと思っています。劇団時代、(創立メンバーで演出を長くつとめた)浅利慶太さんはいつも“人生は生きるに値する”ということを仰っていました。上演中の2,3時間の間だけでも一緒に泣いて笑って、心の旅をしていただけるような舞台を作るんだ、と。今回もそれは強く思いますし、いろいろなキャラクターが登場するので、その時々でいろんな見方が出来る作品だとも思います。御覧いただいて、明日を生きる力としていただけたら、というのが僕の願いです」

上川一哉さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

――プロフィールのお話も少しうかがわせてください。上川さんは昨年いっぱいで劇団四季を退団し、今年の4月から活動を再開されました。劇団を離れたのは、よりレパートリーの幅を広げたいという思いからでしょうか?

「シンプルに、まだまだいろいろなことを学びたい、という気持ちがありました。僕は高校を卒業してすぐ劇団四季に入って、四季しか知らなかったので、もっといろいろな世界を知って、様々な人と関わったり、学びたいと思いました。きっかけは、やはりコロナ禍でしょうか。自粛期間中にいろいろなことを考えて、ちょっと自分の中で苦しくなってしまったこともありました。自粛が明けて『キャッツ』に出演して、カーテンコールに出ていた時に、ふと“劇団を出るという選択肢もあるんだな”と思いついて。でもそれから一年間、自分の本当の気持ちを見定めようと思って考え続けて、やっぱり挑戦してみたいと思って退団しました」

――いろいろというのは、例えば映像のお仕事などでしょうか。

「声のお仕事など、四季ではできなかったことに挑戦したいですし、僕の夢として、いつか子供たちや地方の方々に演劇の面白さを伝えたいという思いがあって、そのためにも自分がプレイヤーまでどこまで挑戦できるか、試してみたいと思っています。

やめて1年ぐらいはどこにも所属せず、世の中を見て学ぶ期間にしようと思っていましたが、思いがけず事務所からも、そして『フィスト・オブ・ノーススター』さんからもお声がけいただけて、すごく有難く思っています」

――上川さん自身はどんな作品がお好きなのですか?

「ミュージカルも好きですし、得意なダンスも踊れる限りは踊りたいし、今回のようなアクションの含まれた演目も、ストレートプレイも、本当にいろいろな分野に興味があります。

劇団ではなぜか王子役をさせていただくことが多くて、“王子様”と親しみを込めて呼んでいただくことも多かったです。有難いことではありましたが、僕自身は王子様じゃないのにな~という気持ちもありまして(笑)。一つの路線にとらわれず、幅広くやっていきたいです」

――現時点では、どんな表現者を目指していますか?

「それこそ“王子様”から悪人まで、180度違う役が出来る役者、ですね。“こんな役もやるんだ”と思っていただけるようになりたいです。そして、呼吸が見えるというか、言葉を発さなくても呼吸するだけでお客様が納得できる役者になりたい、という気持ちはずっと変わらないです。好きだからこそ、演技というものをずっと学びたい、突き詰めていきたいです」

――どんな出会いが待っているか予測がつかない分、楽しみでもありますね。

「35歳になりましたので、退団という選択はぎりぎりだったかもしれませんが、まだまだ学ぶことは出来る、と思っています。この1年間、いろいろな発見や感動があって、時の経つのが早かったですね。自分の決断を後悔することのないよう、僕の“第二章”を一からしっかり歩んでいきたいです。2022年の僕のテーマは、“学び”です」

*取材・文・撮影=松島まり乃
*無断転載を禁じます
*公演情報『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』9月25日~30日=Bunkamuraオーチャードホール、10月7日~10日=キャナルシティ劇場 公式HP
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