ベトナム戦争末期のサイゴンを舞台に、少女キムと米兵クリスの愛と運命を描き、1989年のロンドン初演以来、世界中で愛されてきた『ミス・サイゴン』が、6年ぶりに日本で上演。キムが働く店の主で、渡米を夢見るベトナムとフランスのハーフ、エンジニアを(市村正親さん・駒田一さん・伊礼彼方さんとともに)演じるのが、東山義久さんです。
独自の色気が漂うダンスで注目を集めつつ、近年は『The View Upstairs‐君が見た、あの日-』 等での演技も高く評価される東山さんですが、エンジニアという大役をどのようにとらえているでしょうか。充実の稽古の様子を含め、たっぷりと語っていただきました。
(このインタビューは2020年の公演に向けて行われました。今回、所属事務所のご了解を戴き、掲載させていただきます。)
【あらすじ】1970年代のベトナム戦争末期。戦争孤児の少女キムは、フランス系ベトナム人のエンジニアが経営するキャバレーで米兵クリスと出会い、恋に落ちる。しかしサイゴン陥落の混乱の中で二人は離れ離れとなり、クリスは帰国。キムはクリスとの間の子タムを懸命に育てながら、彼の迎えを心待ちにする。戦友ジョンからタムの存在を聞かされたクリスは、妻エレンとともに、二人が暮らすバンコクへと向かうが…。
お客様とこのカンパニーとで
“愛”を共有できたら
――東山さんの『ミス・サイゴン』との出会いはいつ頃、どんな形だったのですか?
「10数年前に、知り合いが出ていたので拝見したことはありましたが、当時は自分も出たい!というような積極的な思いは持っていませんでした。その後、出演したコンサートで、“アメリカン・ドリーム”を歌いませんかと提案していただいたことがあって、いろいろ調べて歌うなかで、この曲、実際に役として歌えたら素敵だな、と思ったんです。そのコンサートでは、今思えばめちゃくちゃ踊りながら歌ってたけど(笑)。そうして2年前に自分たちがやっているグループ(DIAMOND☆DOGS)が休止することになって、それまで大きなステージに出る時間がなかったけれど、今だったら挑戦できると思って『ミス・サイゴン』のオーディションを受けさせていただきました」
――オーディションはいかがでしたか?
「オーディション自体、2005年の『レ・ミゼラブル』(アンジョルラス)以来でした。その時、ちょうど『イヴ・サンローラン』という荻田浩一さん演出の舞台で、海宝(直人)君とダブルキャストでタイトルロールを演じていたのですが、イヴ・サンローランってものすごく繊細な人なのに対して、本作のエンジニアはものすごく発散型のキャラクターで。1回目はわけもわからず、緊張感の中でダメ出しをいただいて帰ってきました。
2回目(最終審査)の時には、マンツーマンで、“アメリカン・ドリーム”を振り付きで歌ったりというのを1時間近くやってくださって、もちろん“絶対通らなきゃ”という気持ちもあったけれど、いろんな方に見てもらえる場がだんだん楽しくなってきたんですよ。それまで(日本では)“踊りの人”と見られることが多かったけれど、海外スタッフから“踊れる?”と聞かれてシアターダンスを踊ったりするのも楽しくて。自分を知ってもらえるという意味でも新鮮でした」
――歴代のエンジニアと東山さんはちょっと異なるタイプなので、初めてお名前を観た時には“意外”感がありました。
「皆にもそう言われましたし、いきなり友達も増えました(笑)。おめでとう、楽しみだと言っていただいたり」
――『ミス・サイゴン』は稽古期間がたっぷりある作品とうかがっていますが、体験されてみていかがでしょうか?
「僕がいつもやっている演目は1ヶ月稽古して本番は半月だったり、自分のカンパニーだと3週間でゼロから作ったりしているので、確かに今回、歌稽古とサイゴン・スクールがあって、その後で2ヶ月半の稽古と聞いたときには、長いなと思いました。でも演出補のJPさん(ジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイ)が加わった稽古が始まってみて、2ヶ月半でちょうどいいんだなとわかりました。クリスにしてもエンジニアにしても一人じゃないから、交替交替でやると自分の稽古は3分の一、4分の一なんですよね。もちろん見ながら勉強できることはいっぱいあるけれど。それにJPさんが熱意をこめて語って下さった後に通訳の方がいらっしゃるので、倍の時間が必要なんです」
――“サイゴン・スクール”はいかがでしたか?
「皆で考えを共有するという時間が新鮮でした。JPさんが“質問ある?”とおっしゃっても、僕はそこで手を挙げたりできないタイプなんだけど、他のメンバーとの問答を聞いているのがすごく面白くて。
それまで、本作については自分が観た記憶はあっても、観たいところしか観てなかったと思うんです。一見、楽しいナンバーも当時の背景の中で怒りや狂気じみたものがあっての表現だったんだな、だから魅力的なんだなと言うことが見えてきました。だから音程を合わせてステージングを覚えてというだけでは太刀打ちできないし、上っ面(うわっつら)ではない、深い部分でその人物に“なる”ことが求められているんだ、と責任を感じるようになってきました」
――現時点でエンジニア役をどう演じたいと思っていらっしゃいますか?
「今回4人のエンジニア役の一人として、僕はお三方の真似はできないので、お三方がやらないところを僕が担っているのかなと感じています。(英国版の)ジョンジョンさんのエンジニアと市村(正親)さんのエンジニアは違うけれど、それぞれに素晴らしい。この役には決まった答えはなくて、僕の正解もきっとあるんだと思います。例えばキムの手を取るといったちょっとした瞬間に、僕ならではの、スタイリッシュなものを醸し出せたらと思っています。どんな匂いをさせるか、今、考えていますね。登場の一発目で“この人、面白い”と思ってもらって、2時間半を通して“この人が出てくると面白くなる”と思っていただければ、と」
――例えば、“美意識の高い”エンジニアだったり?
「そうですね、美意識の高いところでいきたいかなと。ただ、自分の中ではめっちゃくちゃかっこつけてるけど、靴下に穴が開いてるような(笑)かわいらしさも持ち合わせていたいです」
――ビッグ・ナンバーの“アメリカン・ドリーム”では、絶対にアメリカ行きという夢をかなえるぞという解釈でしょうか、それともどこかで叶わないかもしれない、と予感した哀しい歌ととらえていらっしゃいますか?
「哀しいナンバーでは全くないですね。絶対叶えると思っているし、最後にキムがああいったことになっても、その瞬間からエンジニアは“次”を考えていると思います。僕の演じるエンジニアは“絶対に叶える”という思いだけで生きています。
サイゴン・スクールで、自分の役になりきって誰かに手紙を書き、それを発表するというワークショップがあったのですが、その時、僕は“その後のタム”に宛てて書いたんです。タムはきっとアメリカに行っていて、(タイから)ホーチミンに帰ってきているであろうエンジニアとしては、タムがただただ羨ましくて、日々どうしようかと考えている。その時ふと、ブイドイたちが目に入って、こいつら使えるんじゃないか、と夢見始める…。
外から見れば“単なる夢”だけど、エンジニア的には“絶対叶えること”であって、そのために努力しているんですよね。そんなエンジニアにお客様は哀れさを覚えるかもしれないけれど、彼としては絶対アメリカに行く!ということしか考えていません」
――今回の『ミス・サイゴン』、どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?
「こういう世相ではあるけれど、スタッフとキャストが作って終わりではなく、お客様がいないと完成しない“舞台”というアナログな世界の素晴らしさを、本作を通して感じたいし、お客様と共有したいですね。しばらくはこのカンパニーの皆と、ひとつの家族としてつきあいながら、待っていて下さるお客様と、家族であるカンパニー全員とで、愛を共有したいです」
――東山さんはどんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「帝国劇場での履歴を振り返ると、初めて出させていただいたのがダンサー(『エリザベート』トートダンサー)で、その次に『レ・ミゼラブル』があって、そして本作になるのですが、僕はどのジャンルの専門家でもないと思っています。歌でもなければお芝居でもないし、ダンサーかといえばダンサーでもない。それは僕の良さでもあるし脆さでもあるけど、その脆さが素敵なのかもしれません。舞台を通して、自分に何ができ、どういう僕が生まれるかということを今でも知りたいし、それをまたお客様に見ていただけたら。“こうである”というものに囚われない表現者でありたいです」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ミス・サイゴン』7月29 日~8月31日(プレビュー7月24~28日)=帝国劇場、その後各地を巡演 公式HP
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