Musical Theater Japan

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『ミス・サイゴン』上野哲也インタビュー:“懸命に生きる人々”を襲う不条理

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上野哲也 千葉県出身。劇団わらび座で『龍馬!』『火の鳥』等に出演。独立後は『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』『手紙』『シークレット・ガーデン』『Suicide Party』『ボクが死んだ日はハレ』等の舞台に出演。ライブや映像にも活躍の場を広げている。©Marino Matsushima
ベトナム戦争の中で出会った男女の悲劇を描くミュージカル『ミス・サイゴン』に、主人公クリスの上官で戦友・ジョン役の一人として出演する上野哲也さん。『ボクが死んだ日はハレ』等で人間味溢れる演技を見せてきた上野さんですが、今回は差別に苦しむ混血児救済を訴え、本作の良心とも言えるナンバー“ブイ・ドイ”を担います。14、16年版で演じたクリス役の思い出、プロフィールも含め、たっぷりお話下さいました!
矛盾を抱えながらも”生きる力”とともに前進する、ジョンという人物 

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キャスト勢揃い、壮観の製作発表。(C)Marino Matsushima
――上野さんは2012年にアンサンブルで初出演されてから、今回が4度目の出演とあって、本作に対しては強い思い入れがあるのではないでしょうか?
「オーバーチュアを聴くとベトナムの匂いや湿度を感じますね。製作発表で久しぶりに聴いて、あの舞台に立てる喜びを感じました。
この作品は僕にとって、それまでいた劇団から独立を決意したきっかけの作品でもあるんですよ。それまで秋田のわらび座に在籍していて、なかなか東京で観劇することがなく、初めて帝劇で観たのが『ミス・サイゴン』。すぐに“凄い!ここに出る!”と心に決めました。その後オーディションを経て、2012年にアンサンブルで出演することになったんです」
 
――あまりに思いが強いと、実際に演じて観てイメージが違ったということもあるのではないでしょうか。
「それより、それまで経験したことのない大音響の中で歌ったり踊ったりというのが大変で、体がなじむまで必死でした。技術的にも体力的にも、ものすごい熱量と緊張感が必要で。初日の公演前の円陣で、演出家が“本作はフィクションではあるが、彼・彼女たちと同じ運命を辿った人はたくさんいる。だから敬意をもって演じてほしい”と言ってくれて、そういう思いをミュージカルという形式の中で表現しようと必死でした」
 
――クリス役について、どんな思いをもって演じていましたか?
「初めて演じた14年版では、段取り的には出来るようになっても自分自身がクリスについて腑に落ちないところがあって、なかなかとらえられませんでした。ジョン役の岡(幸二郎)さんが“お客様は上野哲也を観にくるんじゃ無くて、上野哲也が生きるクリスを観にくるんだよ”とおっしゃってくださって、どういう意味だろうと考えたのですが、それがきっかけで“クリスは本当にキムを救いたかったんだ”と目的がはっきりしました。その瞬間から“演じる”ではなく“作品の中で生きる”という芯が出来たというか、それからはゼロから、彼女に恋をし、俺がこの少女をアメリカにつれていって何とかしてあげるんだという思いで成長していくけれど、それが叶わなくなり、絶望の中に生きるようになる。それでも彼女を救いたいという気持ちは最後まで持ち続けているという一点に集中していました」
 

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製作発表では歌唱披露も。(C)Marino Matsushima
――でもクリスは、死んだと思っていたキムが生きていて、自分との間の息子を育てていたと知った時、二人をアメリカに呼ぶのではなく、別のところに住まわせようと発言したりしますよね。
「そこが面白いんですよね。人間がある種、追い詰められた時にとってしまう、信念と矛盾するような行動という側面もクリス役を演じるにあたり、大事にしていました。演出家からは、“ブイ・ドイ”の後のジョンとクリス二人のシーンで、ジョンに“子供だ、君の息子”と言われ、タムの書類を渡されて、俺に子供がいるなんて困るよと言っているけど、心情としては一瞬、喜んでほしいと言われました。そこに何か、男の身勝手さを入れてほしいと。あの日(“Last Night Of The World”を歌った後の事)何かあったのかもしれない、いやいや無理だ…という矛盾を演じ切る醍醐味はありました」
 
――単なる“好青年”ではないのですね。
「ではないですよね、ジョンも同じだと思います。彼らに対してお客様は毎回、“お前の責任だ”と感じると思うのですが、そのいら立ちこそがこの作品の大事なところです。僕、初めてプレビューでお客様の前で演じた時に、ジョンからお前には子供がいると告げられた後、自分の考えを言ったとたん客席に“何言ってるのこの人…”みたいな空気が流れたことをはっきり覚えています。歴代のクリスたちから言われてはいたけれど、ああこういうことか、と」
 
――クリスとして、当時ジョンに対してはどう感じていましたか?
「“頼りになる存在”でした。上下関係はあっても、彼に対して、クリスの中には階級を飛び越えた友人としての信頼があったと思います。一緒に戦地を乗り越えた兵隊同士の繋がりって、並みのつながりではないと思うんですよね。彼らは最前線にもいただろうし、いつ死んでもおかしくない状況を乗り越え、生き残った。そういう絆について、ジョン役を演じた上原理生さんやパク・ソンファンさんとディスカッションし、腹に落として演じるようにしていましたね」
 

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製作発表にて。(C)Marino Matsushima
――今回、そのジョン役を演じることになったわけですが、クリスとジョンについて、コインの“表と裏”のような感覚はありますか?
「ありますね。どちらも人としては矛盾してることがあると感じますが、クリスは自分の過去にとらわれて自分自身と会話しているのに対して、ジョンはそれを行動に移す人。もちろん自分の行いだったり過ちだと思っていることに対する葛藤はあると思うけれど、生きる力が強いのはジョンなんだと思います。
 
“ブイ・ドイ”を歌う2幕では(それまでとは)人が変わったようだと思う方がいるかもしれませんが、今回、彼を演じるにあたって大事にしたいのが、人間はそれほど“善良”でも“悪”でもないということ。1幕のドリームランドであんなふうにふるまうのも、恐怖への立ち向かい方だったり、上官としての立場ゆえというのがあったかもしれません。なぜ、2幕でジョンがああいう行動をとっているのか、その動機も見つけたいし、彼の発言の矛盾もかみ砕いておかないと、単なる上から目線の“ブイ・ドイ”になってしまうと思います。表と裏が常に混在したジョンを演じたいです」
 
――そこが今回のテーマになってくるでしょうか。
「もう一つは、ジョンの中に満ちている、生きる力。戦場を生き抜きながら、彼はおそらくはじめは二等兵からはじまって、軍曹、少尉、中尉、大尉、少佐といった具合に、確実に昇格していきます。死んでいく仲間たちもいる中で生き残るということが、彼にとってはその後を生き抜く力にも繋がってる…と掘り下げ、稽古の中で向き合いたいです」
 
――本作について、どういう物語だととらえていますか?
「今回、稽古に入る前に、改めて役を離れて台本を俯瞰で読んでみて、一言でいうなら本作は“間の悪い話”なのだな、と思いました。登場するキャラクターの誰もが、生きるために一生懸命。それなのにどんどん歯車がずれていって、悲劇が生まれていく。決してそこに説明めいたものはないのだけど、お客様はここに“戦争”というキーワードを浮かべ、不条理さを感じるのではないかなと思います」
 
――どんな舞台になっていくといいなと思っていらっしゃいますか?
「前回からはだいぶキャストもだいぶ変わり、またゼロから作り上げていくわけですが、『ミス・サイゴン』という作品の“あの熱量”“あのやるせなさ”を、みんなで客席に届けられたら、と思います」
 
――プロフィールについてもお聞かせ下さい。上野さんがミュージカルを目指したきっかけは?
「漠然と演劇に興味はあったけれど、ミュージカルへの関心はありませんでした。それが20歳のときにわらび座の『菜の花の沖』の旅公演を観て、劇団が大事にしているソーラン節が出てきてすごく感動したんです。秋田の劇団ということで思い切って入団してみたら、ミュージカルの劇団でした(笑)。歌も踊りの経験もありませんでしたが、これでおめおめ帰るのも嫌だなと思って、もしかしたら歌は自分のポイントになるという予感のなかで、死ぬほど練習しました。山奥にある劇団で稽古場が24時間好きなだけ使えたので、毎日夜中までピアノをたたいて歌っていましたね」
 
――わらび座で“和”の世界を経験された上野さんにうかがいたいのですが、日本人とミュージカルの親和性をどうとらえていらっしゃいますか?
「歌詞の部分での難しさ、はあると思うんです。『ミス・サイゴン』も英語の原詞ではたくさんのことを言っているのに、日本語に訳すとどうしても少なくなって、詩的になってしまう。発声も日本語だと浅くなりがちのようです。でも、その一方で、日本語ならではの、情緒の良さもあると思います。ミュージカルは横書きの原語に向いているという考えもあるかもしれないけれど、ずっと和ものミュージカルをゼロから作るところにいたので、縦書きの日本語の美しさは感じていました。オリジナルミュージカルをゼロから作る作業にはお金もかかるし、なかなかチャンスも少ないかもしれないけれど、日本語の良さを生かすことで可能性も生まれてくるんじゃないかと思います」
 
――どんな表現者を目指していますか?
「僕自身、舞台から生きる力をもらっているので、僕が演じることでキャラクターに共感してくださり、生きる力を感じていただけるような表現者になっていきたいです。いろいろな役を演じながら、どんな役であれ、そこにいる“意味”を見つけ出して演じていきたい、と思っています」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ミス・サイゴン』5月23日~6月28日=帝国劇場、その後各地を巡演 公式HP 
←政府より「緊急事態宣言」が発出されたことを受け、公演は中止となりましたが、関係各所のご了承をいただき、本稿を掲載しています。
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