Musical Theater Japan

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『僕はまだ死んでない』上口耕平インタビュー:“無限にある答え”に思いを馳せて

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上口耕平 和歌山県生まれ。高校在学中から数々のダンスコンテストで入賞、現在はミュージカルを中心に活躍している。近年の主な出演作に『ドン・ジュアン』『屋根の上のヴァイオリン弾き』『RENT』『ウエスト・サイド・ストーリー』『BACKBEAT』等がある。©Marino Matsushima 禁無断転載

東京2020パラリンピック開会式の演出で注目を集めたウォーリー木下さんが挑む、ストレート・プレイ『僕はまだ死んでない』。脳卒中で倒れ、眼球と瞼しか動かない主人公・直人と、周囲の人々の葛藤を描く本作で直人、そして幼馴染の碧(みどり)役を回替わりで演じるのが、上口耕平さんです。誰もが直面しうる“究極の状況”に切り込んだ問題作に、真正面から取り組む上口さん。某日の稽古直後、率直な思いを語っていただきました。

【あらすじ】
デザインの仕事を辞め、夢だった画家になりたての直人は、ある日自分が病室にいるらしいことに気づく。意識はあるが体は動かず、担当医の話によると自分は脳卒中で倒れ、奇跡的に一命をとりとめたらしい。
病室には父や幼馴染の碧、離婚調停中の妻が訪れ、元通りになる見込みはないという直人の“これから”を巡る会話が展開するが…。

矢田悠祐君と稽古で吸収しあっているものが
二役を演じる上で役立っていると感じます

――上口さん、ストレート・プレイは『Defiled』(2020年)以来でしょうか?

「そうですね。『Defiled』はリーディングでしたので、厳密にいえばストレート・プレイは3年ぶりぐらいかと思います。ストレート・プレイには常に興味を持っていますが、特に自分の中で“~~年おきにストレート・プレイを”といったことは考えていなくて、お話をいただいたタイミングで出演させていただいています」

――ストレート・プレイに出演されるときは、ミュージカルとは異なる心構えになったりしますか?

「正直、稽古に行くモチベーションも、稽古に入る前の準備や状態作りも同じです。自分の体の整え方として、柔軟(体操を)して発声もやった上で稽古場に行き、ストレート・プレイの場合は、そこで歌ったり踊ったりすることがない、というだけの違いです」

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『僕はまだ死んでない』

――ミュージカルに出演されることが多いと、ストレート・プレイをなさっていても“このあたりで音楽が聴こえてくるといい感じだな…”と思ったりは?

「ミュージカルだったらここで歌になるんだろうな、という想像はしますが、実際に音楽が鳴ってほしいな、とは思いません。でも、ストレート・プレイでたまにダンスの入ってくる作品だと、ダンスが好きなので嬉しくなる…というのは確かにあります」

――歌えて踊れる、いわばいろいろな“武器”をお持ちの方がストレート・プレイでは言葉に特化して表現するというのはどういう感覚でしょうか。

「『Defiled』の時はリーディングだったこともあって、確かにそういう“初めての挑戦”という感覚はありました。でも一般的に、ストレート・プレイをやっている時も、ちょっとした動き、例えば座るタイミングであったり息遣いというのは、身体表現とリンクしているんです。僕は日常生活の感覚でダンスを作ることも多いので、自分でダンスの表現を考えるのと同じなんですよね」

――では今回の作品についてうかがっていきたいと思いますが、まず台本を読まれていかがでしたか?

「終末期医療というのはなかなか身近に経験することがないので、最初に台本を読んだ後、家族に“どう思う?”と尋ねました。かなり話がヒートアップしたので、そういう時間が生まれること、身近な人とこういう話をしようと思うこと自体、演劇的に意味のある作品だなと思いました。

稽古場でも、皆といろいろディスカッションをするうち、自分も明日はどうなるかわからないと、よりリアルに感じるようになって。同じように日々を過ごす中でも、ちょっとしたことで“ここに何かを残したいな”“自分は何を残せるんだろう”と具体的に考えるきっかけになりました」

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上口耕平さん。©Marirno Matsushima 禁無断転載

――“ストレート・プレイ”とは言っても、文体としては非常にリアルで、ちょっとドキュメンタリー的な風合いもありますね。

「それは周りのキャストとも話していました。今回の台本は今までにない台本で、事細かに、いろんな記号がついているんです。例えばこの台詞は(別の人物の)この台詞にかぶるとか、この記号のついている時は二人が同時に話すなど、現実世界で起こりうる現象がみごとに記号化されています。

台詞そのものも、ある意味“きれいな文章”におさまらず、“え、あ、うーん”みたいな言葉がたくさん出てきます。台本に忠実に喋っていけば、とても自然な会話の流れになる。それが今回の台本の凄いところだと思いました。

ある意味、ミュージカルの譜面と似ていますよね。楽譜には作者の伝えたい人物の気持ちの流れが書き込まれているので、ここがフォルテ、ここはメゾピアノといった指示をこなしていけば、作者の意図が表現できるんだということを思い出しました」

――今回、上口さんは矢田悠祐さんと回替わりで、主人公の直人と、その幼馴染の碧を演じます。お稽古はどのようにされているのですか?

「前半は僕が碧をやって後半は矢田君が碧、といった具合に、スイッチしながら稽古しています。この“回替わりで交互に演じるスタイル”は、最初はおそらく“こういうパターンで上演したら面白いんじゃないか”というところから始まったと思うんですが、僕ら役者としても楽しいです。

“ダブルキャスト”というのはよくありますが、通常、もう一人と共演することってないじゃないですか。例えば『RENT』でエンジェルを演じた時には、(ダブルキャストの)RIOSKE君と一緒に舞台に立つことはありませんでした。それが今回はずっと一緒なので、無意識に吸収しあっていると思うんです。常に感じ合うことで、相手が何を求めているのか分かってきたりするのが面白いです」

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『僕はまだ死んでない』

――矢田さんと共演されているとどんな感情が生まれて来ますか?

「矢田君とはお互い関西出身というのもあって、話が合うし、落ち着くんですよ。お互い、会話のテンポ感が合うのでしょうね。だから彼が直人を演じている時は、ベッドに寝たきりで目しか動かない彼と無性に話したくて、歯がゆいんです。あんなにぽんぽん喋ってたじゃないか、と。それは矢田君自身とこうやって一緒に時間を過ごしているからこそ、リアルに感じるんだと思います。

いっぽう、僕が直人を演じる時は、体が動かせないので、碧のことは見えていません。声だけなので、碧を見たい、話したい、という歯がゆさがここでもすごく感じられます」

――画家の夢を絶たれてしまった直人と、彼が気がかりでならない幼馴染の碧。上口さんとしてはどちらがより入り込みやすいですか?

「碧は一般的な生活をしているので、たたずまいだったり喋りの点で入りやすいところはあります。でも内面に持っているマインド、何を大切にしているかという点では、アーティストの直人に近いんじゃないかな」

――劇中、直人は“人間は何も発することが出来なくなったらおしまいだ”というような思いを吐露しますが、共感できますか?

「確かに、思っていることが何一つ伝わらないというのは、究極の問題ですよね。或る意味、“終わり”なのかもしれません。でもそういう状況で実際どう思うかは…分からないです」

――つきつけられる問題の大きな作品ですね。

「そうですね。答えは無限にあると思います」

――お稽古されていて、ウォーリー木下さんの演出はいかがですか?

「ウォーリーさんとのお仕事は今回が初めてですが、すごく楽しいです。作品の内容柄、“楽しい”というと語弊があるかもしれませんが、特に稽古序盤はワークショップやゲーム的なことも多くて、今まで経験したことのないものもあって楽しかったです。ウォーリーさんならではの発想に驚かされるばかりです」

――ウォーリーさんというと、お芝居と映像を巧みに融合させる方という印象があり、今回、ストレート・プレイとして取り組んでいらっしゃるのが新鮮に聞こえます。

「ウォーリーさんは昨年、本作のVR版を演出されていて、そちらにはプロジェクション・マッピング的なものも使われていたので、その劇場版の今回でも映像が多用されるのかな、と僕も思っていましたが、シンプルな会話劇になりそうです」

――ご自身の中で、今回はこういうことをテーマにしよう、というものはありますか?

「この作品では、究極の状況が描かれています。人間はそういう状況に置かれると敏感になると思うので、直人の時も碧を演じる時も、しっかりと敏感さをもって作品に入り、一つ一つの出来事にあたっていきたいと思っています」

――グランド・ミュージカルとは全く違う体験が出来そうですね。

「全然違いますね。でも同時に、同じ部分もたくさんあります」

――ミュージカル・ファンの中には“ストレート・プレイ”と聞いただけで後ずさりする方もいらっしゃるかと思います。

「そう思われる方がいらっしゃるのももちろんわかります。でも一つ知っていただけたら嬉しいなと思うのは、演者としては、本当に大切なものは(表現形態に関わらず)同じだ、という意識でやっていることです。それは観に来ていただけたらお客様も感じていただけると思います。それと、今回は僕だけでなく矢田君やゆみこさん(彩吹真央さん)といった、ミュージカルで活躍されている方も出演されているので、ミュージカルに出ている時とは別の一面を観ていただけると思います」

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『僕はまだ死んでない』キャスト

――本作の観客に、どんなものを持ち帰っていただきたいですか?

「演劇の“生の呼吸感”を感じていただけたらと思います。

今回は(一過性でなく)きっとずっと心の中に残るテーマなので、僕自身、上演が終わってもいろいろ考えていきたいと思っています。観ていただいた皆さんからも、どんなことを感じたか、意見を聴かせてもらえたら嬉しいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『僕はまだ死んでない』2月17日~28日=博品館劇場 17日、18日公演のVR生配信あり。公式HP
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