“SNS社会とコミュニケーション”という今日的テーマを、板垣恭一さんがミュージカルというエンタメに落とし込んで描いた舞台が間もなく開幕。矢田悠祐さんをはじめ、多彩なキャストが集う中で、広告代理店の局担当という、本作の登場人物たちにとって“頭が上がらない人物”を演じているのが、羽場裕一さん。劇団夢の遊眠社を経て映像にストレート・プレイにと活躍を続けていた彼にとって、本格的なミュージカルはかなり“お久しぶり”なのだそうです。
日ごろ、台詞を“喋る”芝居をされている役者さんにとって、ミュージカルで“歌う”というのはどういう感覚なのか。リアルな役柄をふだんとは違う形で表現する醍醐味も含め、お話をうかがいました。
【あらすじ】
リアリティ・ショーに出演していた新人歌手、shiroが自殺を図った。明るく素直な彼女に何が起こったのかを振り返る形で、物語は始まる。
欠員の出た番組に構成作家・藍生の推薦で出演するようになったshiroは、学生時代からの友人である藍生の役に立てれば、と奮闘。局が密かに推す出演者を抜く人気者になってしまい、現場には広告代理店の局担当・黒岩からは、shiroの人気を下げるよう、命令が下る。対処にあたることになった藍生は苦しむが…。
ストレート・プレイの世界でも
“音”は伝えるための大切な要素です
――今回、どういった経緯で出演を決断されたのでしょうか。
「はじめは、“お芝居です”としか聞いていなかったと思うんです。で、よく聞けば“ミュージカルなのですが、いかがですか?”ということで、以前なら“うーん、ミュージカルかぁ”と辞退していたと思います。
昔、何本かミュージカルを観たことはあって、中でも”わだわだ…“っていう台詞がある、そう『ユタと不思議な仲間たち』は大好きで“こういう舞台に立ちたい”とさえ思ったけれど、その後、男女のラブソングが入ってくる作品を観て、ちょっと嘘っぽさを感じてしまって。それまでの芝居の気持ちの流れと、そこに入ってくる歌がリンクしていないなと感じて、それからはストレート・プレイの方を向くようになってしまったんです」
――確か『マイ・フェア・レディ』でピッカリング大佐を演じられたことがあったと思いますが…。
「あの作品でピッカリングが歌うのは1曲で、冒頭の7小節は一人で歌うけれど、あとはイライザとヒギンズと一緒に歌わせていただきました。僕には以前、あるミュージカルに出演した時、ソロ・ナンバーがなかなかうまくいかなかった苦い記憶があるんです。その時に音楽監督から厳しいことを言われたこともあって、以来、ミュージカルからは遠ざかっていました。
それが今回、出演を決めたのは、僕、60(歳)になったんですよ。還暦で赤いちゃんちゃんこを着るのは、魔除けという意味合いもあるけれど、“赤ちゃん”に戻る、生まれ変わるためだと知って、そうか、僕がゼロから始めるとしたら何がいいだろうと思っていた頃、今回のお話をいただき、決めました。
思い切って挑戦してみよう…ということになったはいいけれど、やってみたらキッツイですよ(笑)、“挑戦”と言うとかっこいいけど。僕は毎晩、奥さんと飲みながらお喋りするのが日課なのだけど、この稽古が始まってからは無口です(笑)。歌ってやったことがないから、喉のケアの仕方もわからない。痛めちゃいけないと思っていつの間にか無口になってしまって、それくらい右も左もわからない状態です。ミュージカルというと華やかに聞こえるけれど、一つ一つ地道に積み重ねないといけないですしね。
でも、今回の挑戦で気づかせてもらえたこともあって、“俺ってまだ(この歳になっても)意外と怠けずにコツコツやれるんだな”と思ったり。はじめはキツすぎたけど、今は歌うことがちょっと楽しくなってきました」
――普段は喋るだけの場面に歌が入ってくるというのは、羽場さんにとってどういう感覚でしょうか?
「基本的にはストレート・プレイもミュージカルも同じなんだな、と感じます。というのは、例えば洋画を原語で観る時、僕らは英語が分からなくても、俳優の発する音でニュアンスが分かるじゃないですか。この人、今、怒っているんだな、くどいているんだな、とか。
僕らが普段、ストレート・プレイで何に気をつけているかというと、言葉の意味ではなく、音なんですよ。音と、喋っている人間の“匂い”であったり、空気であったり。それをお客様に伝えるのが僕らの仕事です。
それはミュージカルであっても同じだし、ましてやミュージカルは完全に“音楽”ですからね。よく“メジャーな音”と言うけれど、メジャーな音の中にもマイナーな気持ちを込めることは出来る、というのは芝居も同じです。“泣き笑い”という表現もありますし。だから根本的な表現は(ミュージカルもストレート・プレイも)同じなんだな、と感じています」
――今回、台本を読んでまずどんな印象を持たれましたか?
「板さん(板垣さん)、難しい作品書くなぁ、すごくデリケートな問題を扱っているな、と思いました。珍しいですよね。ショービズの世界、とりわけミュージカルでは勧善懲悪だったり、分かり易い表現をする作品がほとんどなのに、本作に関しては着地点が僕にもわからないし、着地点があっていいのかもわからない。門を開くくらいの感じなのかな。だからこそいいな、面白いと思いました」
――本作の大きなテーマとして“SNS”が登場しますが、因みに羽場さんご自身はSNSは…
「僕はまったくSNSの外側で暮らしています。SNSって今一つピンとこないんですよね。いいところもたくさんあると思います。でも、なぜ人はそういう形で繋がらなくちゃいけないんだ?とも思います。僕は人の繋がりって、作るものではなく、出来るものだと思っているんですよ。今、こうやってお会いしてお喋りしたり、一緒に仕事をしたり、近所で暮らして言葉を交わしていくうちに、自然と構築されていくものであって、探して捕まえて…というものではないんじゃないかな、と思います。100万人フォロワーがいます、ってすごいことなんだと思うけれど、僕にとっては、自分が死んだときに葬式に来て、奥さんに二言三言、慰めの言葉をかけてくれる友人や親しい人がいてくれたらそれでいいや、と思うんです。それが人間の繋がりというものじゃないかな、と。
だから今回描かれているSNSを巡る物語については、“そうなんだよね、そうなっちゃうんだよね…”と、客観的に見ています」
――羽場さんが演じるのは、主人公たちが関わるリアリティー番組の生みの親である、広告代理店の大物、黒岩さん。そのコミュニティの中では何でも思うがまま、という立ち位置に見えますが、彼としては何を原動力に生きているのでしょうか。
「好奇心でしょうね。あれはどうなんだ? こっちはどうか? これも面白いな…という好奇心がエネルギーになっていると思います」
――それを実現するためなら、汚いやり方も厭わない、と…?
「彼の中では、“これ、ちょっとズルいかな~”と思いながらやっているとは思いますが、根本的に“汚いことをやってでも”という感覚ではないと思います。これを実現するにはどうすればいいか、と最善策を考えているだけであって、その過程で“これはズルいやり方かな”というものがあるかもしれないけれど、“ま、何かあったら頭下げるかな”と思いながらやっている、という感じかな」
――そんな黒岩さんにも、実は悲しい過去があったり、最近、大病を患っていることが判明しています。美輪明宏さんではないけれど、人生の“正負の法則”が思い出されるキャラクターですね。
「生きていればいろんなことがありますからね。そういったものをひっくるめて、この人を作っているのでしょう。過去の出来事があったことで、彼には余計にふんばる強さが生まれたのかもしれません。そしてもっと仕事に貪欲になったのかもしれません。ただ、病気が見つかったことで、彼の中には焦りが生まれたでしょうね。あとどれくらい生きられるのか、数年で自分には何が出来るのか。そういうざわつき感は出てきたと思います」
――かなりリアルなお役ですね。
「そうなんですよ。この芝居の中でもすごくリアルで、だからある意味、作りやすい。好きなキャラクターです」
――稽古の手応えはいかがですか?
「一生懸命、自分の引き出しをあけて、これまで作ってきたものを引っ張り出して役を作っていますが、それ以外の(新しい)ものも加えたいな、と思っています。ミュージカルだから普通のお芝居と違うタッチにしないとバランスがとれないと思いますし、テンポ感や動き、声の張り具合など、全体の雰囲気とのバランスを見ながら考えていきたいですね」
――どんな舞台になれば、と思っていらっしゃいますか?
「硬質で辛口の舞台になれば、と思っています。
僕は、SNSを見て、それは誰に向けて呟いているんだろう、と思うことが時々あります。思いを伝えることの難しさを、ちょっとでも考えてくれるきっかけになればいいな、と思っています」
――言葉の力の希薄化、ということでしょうか。
「言葉って、人の口から出て初めて言葉と言える、と思うんです。発する人がいて、聴く人がいて。文字になってしまうと、言葉ってなかなか難しいものだなと思うんですよね」
――プロフィールについても少しうかがいたいと思うのですが、羽場さんは野田秀樹さんの劇団夢の遊眠社で活躍後、映像にたくさん出演してこられましたが、それは映像という表現への興味からでしょうか。
「やったことがなかったのでいっぱい怒られながら取り組みましたが、映像も楽しいですよ。僕は“全部やりたい”人だから、最近また舞台も増えてきて、体が続く限りはこのペースでと思っています」
――TVドラマにもたくさん出演されていますが、昼ドラマの『ぽっかぼか』のほのぼのとしたお父さん役の後、2時間ドラマで悪役をされることが多く、驚きました。
「“いい人に見えて実は…”という人、いるじゃないですか。そういう役回りになったのでしょうね。でも、犯人役って、楽しいんですよ。どこでこの人は捻じれて、溜まって、引き金を引いてしまったのかという起承転結が、役の中でちゃんと描き込まれているんです。いっぽう刑事役は…。
実は犯人役のほうが(役者としては)面白いんです」
――今回、満を持してのミュージカル出演となりましたが、今後も出演をお考えでしょうか?
「そのつもりで今、勉強させていただいています。プロフィール欄に“ミュージカルもちょっとできます”と入れてもらえるようになれば…と思っています(笑)」
(取材・文=松島まり乃)
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