Musical Theater Japan

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『GREY』矢田悠祐インタビュー:未来を胸に、“今”を生きる

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矢田悠祐 大阪府出身。2012年に俳優デビューし、同年ミュージカル『テニスの王子様』(7代目青学)で人気を博す。主なミュージカル出演作に『バーナム』『王家の紋章』『アルジャーノンに花束を』『ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド~汚れなき瞳~』など多数。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

“社会派エンタメ”を標榜する板垣恭一さんが書き下ろした、初の完全オリジナル・ミュージカルが間もなく開幕。TV局を舞台に、それぞれに問題を抱えながらも懸命に生きる人々を描くドラマの中で、主人公・西田藍生(あおい)を演じるのが矢田悠祐さんです。

“SNS社会とコミュニケーション”という、身近でリアルなテーマを扱う作品は、矢田さんにとっても初めての経験。藍生という人物を演じる覚悟、充実した稽古の中で感じる手応えをたっぷりうかがいました。

【あらすじ】
リアリティ・ショーに出演していた新人歌手、shiroが自殺を図った。明るく素直な彼女に何が起こったのかを振り返る形で、物語は始まる。
欠員の出た番組に構成作家・藍生の推薦で出演するようになったshiroは、学生時代からの友人である藍生の役に立てれば、と奮闘。局が密かに推す出演者を抜く人気者になってしまい、広告代理店の局担当・黒岩から現場に対し、shiroの人気を下げるよう命令が下る。対処にあたることになった藍生は苦しむが…。

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『GREY~そんなに優しくなんてなれないよ~』
僕自身が稽古で感じたことを
ぎゅっと詰め込んだ役が生まれつつあります

 

――数か月前に『GLORY DAYS』の取材でもお目にかかりましたが、矢田さん、少し雰囲気が変わられたような…。作品の影響もあるでしょうか?

「たぶんそうですね(笑)。今日も台本を読みながら(稽古場に)来ましたが、題材が題材なだけに、考えないといけない作品です。
なので、お客さんが(御覧になって)受け止めることが全てではあるけれど、テーマが間違って伝わってしまってはいけないな、と思っています。
僕自身はSNSを活用していて、大切なものとしてとらえているけれど、何事にも陰と陽があると思うので、そういうところが変な伝わり方をしないように。物語の流れもハッピーというわけではないので、今はそういう空気を纏っているのかもしれないですね」

――今回、本作への出演を決めたのは?
「僕自身、身近な時代の作品にチャレンジしてみたいと思っていました。『GLORY DAYS』も現代ものでしたが、高校時代の思い出を辿る作品だったので、今回のように“今”を感じられる作品に惹かれたのです。もう一つ、こういうテーマをミュージカルでどうやるんだろう、というところにも興味を持ちました」

――実際、やってみていかがですか?
「もちろん他の作品も軽い気持ちで取り組んではいないけれど、今回は特に、自分の思いをもって臨まないといけない役なのかなと感じています。お届けするのは役柄であり、作品ではあるけれど、その中で自分の答えは持っておこう、と」

――本作には様々なテーマが登場しますが、矢田さんに一番響いたのはどんな部分でしょうか?
「藍生の台詞で一つ、響くものがありました。小説を書いていてハッピーエンドが書けないというか、ハッピーエンドに対して疑問があった彼が、“未来を想像できることがハッピーエンドなんだ”と言うようになる。例えばSNSに書き込むときに、勢いやその場の感情に任せるのではなく、将来、それが相手や自分に返ってきたらどういう未来になるのか、を想像する。それってポジティブだな、大事だな、と思えました」

――リアルな作品ゆえ、“わかるなぁ…”と共感できるところ、逆に分からないところ、いろいろあったでしょうか。
「僕だけでなく、誰もが“わかる”と思える話ではないかと思います。人に対していい感情を持つこともあれば悪い感情を持つこともあるのは人間として当たり前のことなので、腑に落ちない部分ってあまりありませんでした。ただ、藍生は感情を持つだけでなく、そこから一線を越えてしまう部分があるので、そこは難しいけれど、自分の中で理由を作るようにしています」

――その行動の背景にあるのは、他人に対する“いいなぁ、君は輝けて…”といった感情なのでしょうか。
「この後、少し台本が変わるかもしれないのですが、現時点ではそういう感情を僕は役作りで使っています。人って、自分と同じ位置にいる仲間に対してはその人の才能を肯定するけれど、相手が階段を上っていくと、見方が変わることがある。でもそこで何か(ネガティブな)行動を起こすかどうかは、さっきもお話した、“未来を想像する”ことが出来るかどうか、なんですよね」

――なかなか日本のミュージカルでは描かれないテーマかと思いますが、稽古されていて苦しい瞬間もあるのではと思います。
「苦しいです(笑)。藍生が終盤の“気づき”に到達できるよう、僕としては頑張っています」

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『GREY~そんなに優しくなんてなれないよ~』

 

――今まで演じた中でもかなり難易度の高いお役でしょうか?
「そうですね、すごく頭を使うというか…。ショーのような舞台とは全く違うので、リアルに藍生として生きていたらどう行動するかを考えるのは苦しいけれど、やりがいもあります。俳優として、ステップアップにつながると信じています。なのでさきほど“印象が違う”と言っていただいたのは、やっぱり役に没頭しているからで、自分の方向性は正しいのかなと思います」

――演出の板垣恭一さんと組まれるのは今回、初とのことですが、いかがですか?
「(芝居以外に)ディスカッションの時間を作っていただけるのが有難いです。僕は今、藍生をこう作っていますとお話すると、板垣さんは本作の作者でもあるので、僕の話を汲んで“じゃあここはこうしてみようか”と変えて下さったりして、すごくやりやすいです」

――ということは、本作は今回が世界初演なので、藍生役は矢田さんのクリエイションという部分も小さくなさそうですね。
「僕が稽古で感じたことをかなりこの役に詰め込んでいるのは確かです。ちっちゃいブロックを組み立ててきて、ようやく形が出来てきた感じです」

――代表作の一つになりそうな予感…。
「…と、信じてます(笑)」

――桑原まこさんによる音楽はいかがですか?
「すごく好きです。難しいけれどだんだん慣れてきましたし、登場人物のshiroがシンガーソングライターという設定もあるからか、聴く分にはキャッチ―で覚えやすい曲が多いんです。
本作では音楽の持っている力が大きくて、ここでこういう楽曲があるということはどういうふうに(そこに至る)芝居を組み立てていけばいいだろう、と考える楽しみもあります。むしゃくしゃしている時に全然違う雰囲気の曲をいただいていたりして、これは何でだろう…などと考えられるんです」

――歌詞だけでぐっとくる曲もありますね。後半の“あなたの素敵なところ”ですとか…。
「僕にとってはむちゃくちゃしんどい曲です(笑)。曲としてはきれいなのに、藍生は自分自身と向き合わなくてはいけなくて、しんどい階段を上っている状況。こういうところ(ミスマッチ)が本作の凄さなんです。僕としては一番大きな壁を乗り越えなければならないところです」

――お稽古の手応えはいかがですか?
「僕は他の公演との兼ね合いで、他の方より一週間遅れて参加することになったので、その間は何度も台本を読み返して気が付いたところを書き出して臨みました。参加してからは一週間で通し稽古になったのですが、早い段階で通しが出来たのは逆に良かったと思っています。板垣さんも(稽古を見て)“やっぱり台本をこう変えようかな”と検討されている状況で、すごくいいペースで来ていると思います」

――カンパニーの空気はいかがですか?
「作品の雰囲気はシリアスだけど、カンパニーには柔らかい雰囲気の方が多くて、こういうのどうかなといったアイディアもいただけるし、ディスカッションしたりもできていて、すごくいいカンパニーです。作品に対して皆さんが真摯に向き合ってるカンパニーだと思います」

――どんな舞台になれば、と思われますか?
「一見難しい題材で、あらすじを見るとあまりハッピーではないと感じるかもしれません。確かにそういう題材ではあるけど、僕は“未来を想像する”というポジティブなメッセージを受け取っていただけるといいなと思っています。ミュージカルのいいところとしてエンタテインメント要素もあるので、気負わず御覧いただけたら嬉しいです」

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矢田悠祐さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

――プロフィールについても少しだけうかがわせて下さい。矢田さんがそもそもミュージカルに出演されるようになったのはどんな経緯だったのでしょうか?
「いつの間にかやっていました(笑)。デビューしてすぐの頃にミュージカル『テニスの王子様』に出演させていただいて、僕自身、歌が好きで力を入れてきた結果、今、こういうことになっています」

――もともとボーカル・レッスンを受けていらっしゃったとか…?
「全然していませんでしたが、学生時代から歌うことが好きで、その“好き”がこの世界に入って急に生かされ出したという感じです。僕が好きで歌っていたのはポップスやR&Bですが、お芝居の歌は全然違って面白いですね。芝居からの流れで歌に行けるのが楽しいなと思いますし、“巧さ”でないところでお客様に“伝わる”というのもポップスとは異なります」

――ポップスのほうが自分の好きに歌える、それに対してミュージカルは表現しなければいけないものがあるので表現が限られる、といったことを感じたりは?
「それも“違った面白さ”だととらえています。ミュージカルでも、曲によってはいろいろな技術を使うことが出来ます。『GLORY DAYS』で入れたフェイクだったり」

――ミュージカルの世界で順調にキャリアを築いていらっしゃいますが、今後についてはどんなビジョンをお持ちですか?
「以前、出ていた2.5次元のミュージカルにも最近、(一般のミュージカルと)半々ぐらいの比率で出るようになり、両方の良さを感じています。アトラクションを観に行くような体験ができる2.5次元。そのいっぽうで、自分を見つめなおす機会になる一般のミュージカル。両方できている今の状態を僕はいいなと思っていて、これからもとらわれずにやっていけたらと思っています」

――矢田さんのファンの方はどちらもご覧になるのでしょうか?
「どうなのでしょう。ミュージカルという点では一緒なので、僕が歌っている姿を応援してくださる方は両方、観に来てくれると嬉しいです」

――どんな表現者を目指していますか?
「“今、ここで本当に生きていたい”と思っています。技術的な巧い下手に関しては、人によっていろいろな価値基準があるかもしれないけれど、それ以前に“生きている”ということが伝わったら…」

――“今を生きる矢田さん”、ですね。
「そうですね。特に座長をやらせていただくときに、僕はこういうふうに没入しがちですが、それも“その場で生きること”に必要なことだと思うので、大切に積み重ねていきたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*公演情報『GREY~そんなに優しくなんてなれないよ~』12月16~26日=俳優座劇場 全公演で有料配信を実施。公式HP 
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