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『蜘蛛女のキス』石丸幹二インタビュー:“生きにくさ”抱える人々に心を寄せて

 

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石丸幹二 愛媛県出身。東京藝術大学音楽部声楽科卒業後、劇団四季に入団、『オペラ座の怪人』ラウル役でデビュー。『美女と野獣』『壁抜け男』『異国の丘』等のミュージカル、『この生命誰のもの?』『ハムレット』等のストレートプレイで主演。退団後は『ジキル&ハイド』『エリザベート』『ラブ・ネバー・ダイ』等のミュージカル、TVドラマ、音楽番組司会、映画、コンサートと幅広く活躍している。ⒸMarino Matsushima 禁無断転載

マヌエル・プイグの小説を『シカゴ』のカンダ―&ウェッブが舞台化し、93年のトニー賞ミュージカル作品賞を受賞した『蜘蛛女のキス』が、日本で久々に上演。社会派の舞台演出で知られる日澤雄介さん(劇団チョコレートケーキ)の演出のもと、主人公モリーナを演じるのが石丸幹二さんです。

人種差別や冤罪といった問題を描く『パレード』に続き、社会的テーマを内包するミュージカル。新たなチャレンジを前に意欲漲る石丸さんに、本作、そしてミュージカルに対する思いをうかがいました。
 

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『蜘蛛女のキス』

 

【あらすじ】
南米某国の刑務所。拷問を受けた政治犯のバレンティンは、牢獄で同性愛者のモリーナに介抱される。接点のない二人は“水と油”状態だったが、モリーナが憧れの映画スター、オーロラの出演作の話をし続けるうち、心の距離は少しずつ縮まってゆく。しかしモリーナは刑務所長から、バレンティンの仲間の名を聞き出すよう迫られていた。先延ばしにするモリーナに業を煮やした所長は…。
 


走れる限りはトーチを持って
舞台芸術の灯をともし続けたい

 

――石丸さんは『パレード』(1913年の冤罪事件がベースとなったミュージカル)に出演された際、社会派の作品に興味があるとおっしゃっていたかと思います。今回も社会派の作品ですね。

「結果的にそうなりましたね。私自身がミュージカルというジャンルの中で求めているものが、そちらの方に動いてきています。

社会派のミュージカルに共通しているものとして、今、世に問うべきテーマというものがあり、『パレード』や本作では“差別”や“(マイノリティの)生きにくさ”があぶり出されています。なぜ、生きにくいのか。特に本作の場合、40年ぐらい前の小説が原作ですが、マイノリティが生きにくいという問題はいまだに解消されていませんよね。彼らがどういう思いで生きようとしていたのかを見ていただくことが、この作品が一番伝えたいことなのだろう、是非やりたい、と思いました」

――石丸さんが社会派の作品をやりたいと思われる背景には、より多くの男性客を劇場にいざないたい、というお気持ちがあるのかと想像していました。

「男性のお客様にも観て頂きたい、ということについては、別のきっかけで思っていました。

“良い・悪い”ではないのですが、ブロードウェイやウェストエンドに行ったときに客席を見回すと、男女が半々くらいの比率で座っているんですね。男性にもアピールする作品が多いということなのだと思いますが、(英米で出来るのだから)日本でも出来るだろう、習慣上、日本では劇場に男性が足を運びにくいということもあるのかもしれないけれど、では男性が来てくれるにはどういうことが必要だろう。男性が興味を持つような、例えば社会派であったりサスペンスやアクション、そういったものを取り込みながら、誰もが納得できる“質”の舞台をお届けしたい、といったことを考えたことはありました。

今回はマイノリティが登場する作品ですので、マイノリティの人たちが観て共感してくれたらいいなと思いますし、幅広くいろいろな方たちに観ていただけたらと思っています」

 ――本作については以前からご存じだったのですか?

「最初に出会ったのは映画版で、僕が大学生の頃だったと思います。獄中で映画の話ばかりして、妄想の世界で幸せそうにしているモリーナと、拷問されてぼろぼろになっている政治犯のバレンティンという、あまりに対照的な二人のありように驚きました。二人を演じるウィリアム・ハートとラウル・ジュリアの演技が凄かったということもありますが、マイナスとプラスを一つの空間に入れて反応を見ているような、面白い映画だな、と感じたことを覚えています。

次に出会ったのがミュージカル版で、確かブロードウェイでした。華々しい音楽とダンスが盛り込まれていて、“これがあの『蜘蛛女のキス』?”と、映画版とのあまりの違いにびっくりしましたね(笑)。でも、ラテンをベースにした音楽と繰り広げられるダンスのうきうきしたノリが、起こっている現実とコントラストをなしていて素晴らしかったし、オーロラが蜘蛛女になったり、モリーナの頭の中のいい男たちが目の前に出てきたりと、モリーナの妄想を通して観客がわくわくできる作りになっているなと思いました。

原作小説はその後に読みました。はじめこそ(その複雑な文体に)混乱しましたが、モリーナの頭の中に入った気分で読んでみると、さーっと入り込むことが出来ました。
…ということで、『蜘蛛女のキス』にはずいぶん前から興味を持っていたのですが、今回たまたまタイミングが合い、出演が叶ったというわけです」

――“いい作品だな”と思われても必ずしもご自身で演じたいとはならないと思いますが、石丸さんには強い思いがあったのですね。

「ブロードウェイで観たときには、僕がやるなら年齢的にもバレンティン役だろうと思いながら彼の視点で物語を見、障害をかき分けて使命を果たそうとする姿に惹かれました。でもそれから時間が経ち、いつの間にかモリーナでも問題ない年齢になりまして(笑)。バレンティンもモリーナも辛さを抱えて生きていますが、モリーナの視点で見てみると、こんなにも物事が違って見えるということに気づき、これはなおさらやりたいなという思いが湧き上がってきました。

日本でもこれまで名優たちがこの役を演じて来ていますが、私がやったらどういうモリーナになるのか。いろんな初挑戦がある役ですが、この年齢になって改めて、新しいことに挑戦することの面白さを感じていますので、全身でぶつかっていこうと思っています」 

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石丸幹二さん。ⒸMarino Matsushima 禁無断転載

 

――台本を読まれる中で、「刺さる」台詞はありましたか?

「いくつもありました。中でも印象的だったのが、モリーナがバレンティンに対して言う“本当に愛した人は二人だけ、だった。あなたに会うまでは”という台詞です。彼は人生の中で愛を疑い、しばらく愛し愛されるということから遠ざかっていた。けれど今、本当の愛を見つけた、これは愛なのだと確認できた、というのです。外の世界では生きていけない、獄中で映画の世界に暮らすことが幸せだと思っていた彼が、そこで初めて生身の人間と心が通い合ったと思えた。それだのに、(所長から)その彼を陥れるよう迫られている、という状況が何とも…(哀しく)、“刺さり”ましたね」

――「映画は現実ではない」とバレンティンに言われ、「映画は現実よりずっといいもの。いいものを忘れないためにある。いいものとは美、優しさ、愛…」と、モリーナが現実と虚構を対比させながら自身の“映画観”を語るくだりも印象的です。

「モリーナは牢獄の中で妄想の世界に生きることに幸せを見出していますが、それは現実社会に幸せを感じられないということなんですね。前半の“ドレスアップ”というナンバーで、外の世界でしていたショーウィンドーの飾り付けの仕事の話をしますが、その仕事をしている時もハッピーではあったけれど、はっと考えると生きがいが感じられなかった。そこで映画という、自分が“いいもの”と思うものだけで出来た世界の中で生きていくことで、幸せを感じるようになった。或る意味、現実逃避した中でしか生きない、と彼は自ら決めてしまったのかな、と現時点では感じています」

――現実逃避というとネガティブに聞こえるけど、モリーナにとってはそれが「いいもの」であるわけですね。

「それくらい、表の世界で生きることがつらかったのでしょうね。当時は今よりもっと(マイノリティに対する)差別が厳しかったでしょうし、獄中でも差別はあるとしても、自分の世界には入ることは出来るし、幸せなことに(取引をして)美味しいものを手に入れたり飾り付けをしてもらったりして、それはそれで満たされているんです。彼としてはこちらのほうがパラダイス、居心地がよくなってしまっている。表に出ることがつらい時代だったということの表れだと思います」

――映画の世界で生きている、ということの他に、モリーナについてどんなポイントを大切にされていますか?

「彼は世の中から浮き上がってしまっているわけですが、そういう人はトランスジェンダーに限らず、たくさんいらっしゃると思います。自分はどこか人と違うと思っていて、他人がいるところはしんどい、自分の場所が心地いい、と思っている。ですから“トランスジェンダー一辺倒”というのではなく、心の中で世間となじめないと思っている、という部分を大切に、僕を通してモリーナという人物をつきつめていきたいですね」

――さきほど“いろんな初挑戦”とおっしゃっていましたが、例えばどんな初挑戦をすることになりそうでしょうか?

「これまでも劇団四季の『異国の丘』(注・シベリア抑留兵の悲劇を描いたミュージカル)などで、虐げられる役はよくやってきましたが、今回演じるモリーナは、トランスジェンダーという生き方であるがゆえに、体制側から追いやられている。そういう人物の視点で世界を見るというのは、初めての体験です。

また、本作は(『キャバレー』でも経験している)ジョン・カンダーの作曲ですが、本作の特徴として、オーロラや蜘蛛女、バレンティンはかっこいいナンバーが多いのに対して、モリーナの曲にはチャーミングさがちりばめられています。あまり今まで歌ったことのないタイプの曲なのですが、先だって録音したものが面白く仕上がっていますので、ぜひお聴きください。

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また、映画のことをとても詳しく知ってる人を演じるのも初めてなので、そういった意味で映画の知識を一生懸命頭に入れたりもしています。新しいことをやるのは僕にとってすごく刺激になるので、いずれも楽しく取り組んでいます」

――映画を妄想するくだりではある種ストーリーテラーにもなられるわけですが、安蘭けいさん演じる映画女優オーロラと連携して物語を見せてゆく、といったイメージでしょうか。

「モリーナは自分が観た映画をそのまま語っているのではなく、そこにすごく盛り込んで、自分の美を追求した究極の形を表現しようとしています。そこに登場するのがモリーナの頭の中の存在、オーロラ。ブロードウェイで観たハロルド・プリンスの演出では、モリーナとオーロラが同じ動きをしていて、あるところで照明が変わり、モリーナだけが見える、という描写がありました。僕はそれを観て、オーロラはモリーナなんだ、モリーナは“オーロラになりたい人”なのだととらえました。今回、この妄想シーンを日澤雄介さんがどう演出されるか、ぜひ楽しみにしていただけたらと思います」

――日澤さんとは今回が初のタッグですね。

「演出作は一本拝見しましたが、観ていて心がひりひりするような演出をされていました。一言で言えば“エッジを利かした演出”なのかなと思います。(日澤さんはストレート・プレイを中心に活動されていますが)ミュージカルには音楽とダンスという要素がありますので、そのナンバーと獄中の芝居をどうコントラストをつけてくれるか、楽しみですね。そこに、ミュージカル経験の豊かなキャストがそれぞれに“ミュージカルの醍醐味”を加えていって、素晴らしくショーアップしたものが出来たら、と夢見ています」

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『蜘蛛女のキス』

――ドラマとミュージカルの“良いとこどり”になりそうですね。

「演じ手の表現はよりリアルに、そしてドラマとしてはらはらどきどきするような作りになれば。そしてショーアップは限りなくショーアップして映画の世界に入っていってもらえるようなものになったら素敵ですね。(克服すべき)テーマはたくさんありますが、向き合っていきたいと思います」

――さきほど挙げたモリーナの“映画論”を通して、昨今の文化芸術に対する不要論に対する一つのアンサー的な作品にも感じられます。

「そこまでは考えていませんでしたが、人間が生きていくために、文化芸術は必要なものだと僕は思っています。ライフラインに関連するものが満たされた時、次に求められるのが心の安定であって、エンタテインメントの仕事というのは心を満たすために必ず必要だと思っていますね。それが許されない体制や国は本当に悲しいし気の毒だけど、そういう人たちにも心が豊かになるようなものを見つけてほしいと思うし、もしかしたら僕らの尺度からは見えていないだけで、実際は価値観が変わっても、脈々と生きてきた人々の中で人生を満たすものは存在するのかもしれません。

今の日本ではこういう形で、エンタテインメントが人の心を満たすものになっているので、やれる限りは旗を振ってやる必要があると思っています。劇場の灯を消すことなく、走れる限りはトーチを持って走りたいですね」

 ――今回は海外の作品ですが、オリジナル・ミュージカルに対する意欲もおありでしょうか?

「生活に密接な作品も大切ですし、それとは対照的な、異文化の作品と出会うことも大事ですが、一貫して言えるのは、観る方の興味をそそるようなものを掲げ続けるべきだということだと思います。その時代によって求められるものも違うと思いますので、それを僕らがキャッチしながら発表することも大事ですよね。そんな中で願わくば国産の良質なミュージカルが出来たらと思いますので、巡り合うチャンスがあれば挑戦していきたいです」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『蜘蛛女のキス』11月26日~12月12日=東京芸術劇場プレイハウス 公式HP
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