上方に炭鉱のシルエットが映し出された舞台。重い汽笛とともに奥に並んだ板塀が開き、男たちが現れる。緊張感の中でヘルメットを被り、彼らが歌いだすのは今日一日の無事を願う、切実なナンバー。
“家族と明日も会えること 神様に祈る…”。
高校生のホーマーが父親に弁当を届けに来ると、現場監督である父ジョンは昨日他所の炭鉱で事故があったことを皆に知らせ、気を引き締めさせていた。
“この絆永遠に 仲間とともに進め…”。
自らを奮い立たせるように歌いながら、炭鉱夫たちはエレベーターに乗り込み、地下へと吸い込まれてゆく…。
1957年、ウェストバージニア州コールウッド。炭鉱が唯一の産業であり、男に生まれれば炭鉱夫になるのが当然という町で生まれ育ったホーマーは、そこを抜け出し、自由に生きることを漠然と夢見ていた。
いっぽうホーマーの通う高校で科学を教えるミス・ライリーは、男子生徒たちが卒業すれば、死と隣り合わせの仕事に就く運命にあることに虚しさを抱きながらも、ソビエトが飛ばした人工衛星スプートニクの電波音を皆に聞かせる。プープーというその音をほとんどの生徒は“変な音”と片付けるが、ホーマーは違った。
“無限の可能性…大気圏こそ 僕の目指すべき場所…”。
親友のロイ・リー、オデル、そして科学に詳しいいじめられっ子のクエンティンを誘い、ホーマーはロケットを作り始める。彼らはミス・ライリーの励ましを受けて全米サイエンス・フェア優勝を目指し、試行錯誤を重ねるが、かつてフットボールへの情熱を諦め、炭鉱夫となった父はホーマーの懸命な取り組みを認めず、やがてある悲劇が…。
NASAの技術者ホーマー・ヒッカムJr.のベストセラー小説『ロケットボーイズ』を、マイケル・マーラー(作詞作曲)、ブライアン・ヒル&アーロン・ティーレン(脚本)が舞台化。2015年、16年に米国でトライアウト(試演)が行われたミュージカルが、板垣恭一さんの演出で日本に上陸し、シアターコクーンで上演中です。
夢に向かってひた走る主人公と、現実に妥協するよう促す父親の対立。自らの夢も託しつつ、主人公を励ます女性教師と母親。
メインキャラクターのいずれかに観客が心を寄せられるよう、彼らの心のうちをバランスよく台詞や楽曲に盛り込んだ脚本を、演出の板垣恭一さんは緩急をつけながら立体化。特に主人公と仲間たち“ロケットボーイズ”がじゃれ合ったり、羽目を外す芝居が躍動感に満ち、時に重く傾く物語に朗らかなアクセントをつけています。
19名の出演者もそれぞれに好演、ホーマー役の甲斐翔真さんは“ここではないどこか”願望を持っていた少年が“夢中になれるもの=ロケット作り”を見つけ、その思いの強さが仲間たちや先生、母親、炭鉱の工員…と周囲の人々に波及してゆく過程を、情熱を絶やさず表現。
父にロケット研究を禁じられ、ゴミ箱に捨てられた試作品を抱えながら歌う“星空輝いて”では、彼の諦めと諦めたくない気持ちの交錯が痛いほど伝わり、2幕で人生の指針を求め、ミス・ライリーを頼るシーンでは、彼女が自身の体験を語るナンバー“神聖な何か”に耳を傾け、そこからインスピレーションを得てゆく姿がみずみずしく、この真剣さ、素直さがホーマーを後にNASAの技術者へと大成させたのだろうと納得できる造型です。激情にかられるシーンでもメロディをブレさせることなく歌い、ミュージカルの表現者としての安定感もいっそう増している模様。
いっぽう、栗原英雄さんはともすればわかりやすい“敵役”に陥りかねない父ジョン役に、自由に生きられなかったこれまでの人生と挫折感をリアルに滲ませ、朴璐美さんは夫を深く愛しながらも、ここぞという時にはホーマーのために物申す母エルシーを力強く体現。
ミス・ライリー役の夢咲ねねさんは初登場時の歩き方一つにも50年代の働く女性に相応しいエレガンスと“覚悟”があり、ロケットボーイズと校長にかけ合う場面ではコミカルなナンバー“言われたとおりに”を茶目っ気たっぷりにリード。前述のナンバー“神聖な何か”では、挫折を経て自身がたどり着いた境地を思いをこめて歌い、“人生の師”として強い印象を残します。
阿部顕嵐さんは屈託なく見えて実は義父からの虐待に耐えているロイ・リーに“影”を含ませ、酒場でのシーンではダンスでも魅了。お調子者のオデル役、井澤巧麻さんはちょっとしたリアクションも膨らませて“役者心”を見せ、クエンティン役の福崎那由他さんはロケットボーイズに入ることで本来の自分を開花させる過程を表現。ホーマーに思いを寄せるドロシー役の中村麗乃さんに可憐さ、ロイ・リーの彼女、エミリー役の礒部花凛さんに高校生らしい溌剌さ。
ジョンに仲間たちの思いをぶつけるケン役、畠中洋さんは地に足のついた存在感でコールウッドの厳しい環境を強調、オープニング・ナンバーでは力強い歌声で観客を作品世界へといざないます。ホーマーの兄で父のお気に入りであるジム役、青柳塁斗さんはシャツの袖から覗く筋肉がフットボール選手として大学の奨学金を得る展開に十分すぎる説得力を与え、はじめ小ばかにしていたホーマーたちのロケットが飛ぶさまを見てからの変化が爽やか。ロケット制作に協力する金属工場の工員アイク役の筒井俊作さんは、“ら”行を全て巻き舌で喋り、日本語の台詞に“ポーランド移民”の味をプラス。ホーマーたちが燃料用にアルコールを仕入れにゆくシーンでは、歌手役の國末慶宏さんがご機嫌なカントリー・ウェスタンで“場末の酒場でこんな美声が”と驚かせ、酔いつぶれたホーマーたちが踊り出し、手拍子が起こる楽しいひとときを盛り上げます。また粗暴なロイ・リーの義父役・大嶺巧さんら、他のキャストのいくつもの役柄の演じ分けもカラフル。
プロジェクションマッピング等も効果的に使いつつ、1950年代のどこか懐かしい空気、(労働環境は厳しくとも)コミュニティのあたたかさも感じられる舞台。夢を見ることの素晴らしさ、大人が若者にどう未来を手渡してゆくのか、といったテーマを描いている点では、親世代、親子(小学生以上)観劇にもお勧めしたい作品です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『October Sky 遠い空の向こうに』10月6~24日=Bunkamuraシアターコクーン、11月11日~14日=森ノ宮ピロティホール 公式HP
*ライブ配信情報 10月23日17:30~の公演がライブ配信されます。アーカイブ配信は無し。詳細は上記公式HPへ。
*本作の演出家、板垣恭一さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。