Musical Theater Japan

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『フィスト・オブ・ノーススター』植原卓也インタビュー:誰が為に闘うのか

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植原卓也 88年大阪府出身。2000年にデビュー。『ミュージカル テニスの王子様』『ミュージカル黒執事』『スカーレット・ピンパーネル』『キューティ・ブロンド』『屋根の上のヴァイオリン弾き』『君はいい人、チャーリー・ブラウン』『王家の紋章』等の舞台、映画、TV等幅広く活躍している。©Marino Matsushima 禁無断転載

 

1980年代に誕生し、現在も世界的な人気を集める漫画『北斗の拳』を舞台化した『フィスト・オブ・ノーススター』が、まもなく開幕。日米中3か国のスタッフのコラボレーションによる国際的な新作で、物語の端緒を開く南斗聖拳の伝承者、シンを(上田堪大さんとのダブルキャストで)演じるのが、植原卓也さんです。

主人公ケンシロウから愛する女性ユリアを奪い去る人物ですが、どうやら一筋縄ではゆかぬ様子。役柄をどのようにどうとらえているか、また本作で初めて体験しているという“リアルな戦い”について等、たっぷりとうかがいました。
 
【あらすじ】
核戦争によって荒廃した世界。

北斗神拳の修行に励んでいた三兄弟(ラオウ、トキ、ケンシロウ)のうち、ラオウは力による世界支配を目指し、被爆したトキは残り少ない時間を人々の病を治すことに使い、ケンシロウは愛するユリアをシンに奪われ、放浪の旅に出る。

孤児バットとリン、女戦士マミヤや用心棒レイらと出会ったケンシロウはラオウの軍に囚われたトキを助け出し、恐怖で支配された世界に光を取り戻そうとするが…。

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『フィスト・オブ・ノーススター』©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983 版権許諾証GS-111

リアルな“痛み”を
演技に生かしながら

 

――植原さんは子供の頃に原作漫画を読んだことがあったそうですが、当時はどんなイメージをお持ちでしたか?

「ケンシロウという主人公が、次々に敵を倒してゆく物語…というイメージで、一番印象に残っているのが、戦いの描写の激しさです。やられた側がこなごなになっている様子が、自分が子供だったこともあって強烈でした。その中に(今回演じる)シンというキャラクターがいたかどうかまでは覚えていませんでした」
 
――では今回台本を読んで、新たな発見もいろいろあったでしょうか。

「大人になってわかることがたくさんありました。愛であったり、キャラクターの生きざまに関して、(人生経験の少ない)少年の時はどうしてもわからない部分があったけれど、今、年齢を重ねた自分が読むと、ただのバトルでも、強さだけを見せているわけでもないことがよくわかります。キャラクターの葛藤や切ない心情に、読んでいてぐっとくるものがありました」

――植原さんが演じるシンの宣伝ヴィジュアルはとても“麗しい”ですね。

「あれは原作のままなんですが、面白いですよね。周りが“男の中の男”という感じの男性たちばかりなのに、僕の演じるシンはマントまで纏っています。今回出演するにあたっても“ムキムキになっておいて下さい”といったオーダーは無く、他(の男性たち)とは違う雰囲気の役ではないかと思います」
 

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『フィスト・オブ・ノーススター』©武論尊・原哲夫/コアミックス 1983 版権許諾証GS-111

 

――植原さんは普段は穏やかでお優しい方にお見受けしますが…
「ありがとうございます(笑)」

――“戦いのドラマ”に対して、どんな心持で取り組まれていますか?

「男性の中には子供時代に取っ組み合いの喧嘩をしたことがある方もいると思いますが、僕はそういう経験がないんです。今回、この作品に備えて空手の稽古をしたのですが、やってみるとシンプルに、痛いんですよ(笑)。“痛っ、これをやるの⁈”というところから入ったので、そういうドキドキ感とともに、自分が味わったことない世界にいます。これまでにいわゆる悪役はけっこう演じていたので、そういった意味でライバル役を演じることへの抵抗感は全く無いのですが、“痛い”のはハードですね。実際僕も、他のキャストの皆さんも傷だらけです」

――ということは、ファイティング・シーンはかなり激しいのですね。

「激しいです。(相手との間に)壁やフィルターがあるわけではないので、どうしても当たってしまうんですよ。マジで、“今の痛いです…”と言いそうになること、あります(笑)。もちろん限界が来たら言いますが、今はリアルな“痛っ”という感触を演技のために覚えておこうと思いながらやっています」

――振付ではなく、本当に戦っていらっしゃる…。

「本当に戦っています。蹴りを入れられる動きの時には、その瞬間腹に力を入れています。もちろんゆっくりだけど頬にグーをあてたりもしています」

――本作の前に(ヒロインの兄ライアン役で)出演されていた『王家の紋章』にも戦いのシーンはありましたが、比較にならない激しさなのですね。

「ライアンは(古代エジプトには行かないので)戦いに参加しないポジションで公演中はおとなしくしてたけど、毎日、自分に言い聞かせていました。“今はおとなしくしてるけど、この後、激しい戦いがあるから油断しないでね。体を作っておくんだよ”、と(笑)」

(注・この後は役柄についてやや深く語って下さっています。物語展開にも触れますので、気になる方はご鑑賞後にお読みください)

――台本のお話に戻りますが、初めて読まれた時、特に印象に残ったのはどんな部分でしたでしょうか。

「やはり自分が演じるシンが、ユリアに対して背負っているものですね。『北斗の拳』はアニメ版、映画版と少しずつストーリー展開が違っていて、今回の舞台版では直接語られないのですが、シンは或るキャラクターに吹き込まれて道が逸れてしまったという裏設定があるんです。でも本当のシンは…ということがあって、読んでいて思い入れが深まりました」

――そもそも彼がユリアを強奪しなければ、こんな大変な話にはならなかった…ということで、シンは物語の起点でもありますね。

「そうなんですよね。ただ、『北斗の拳』の男性たちはほぼみんなユリアに思いを寄せていて、例えシンが奪わなくても、後々誰かが奪ったのではないかと思います。今回のミュージカルではユリアを巡って、男性たちが戦うということが一つの宿命になっていて、原作にはない対決も描かれます」

――単純な敵役というわけではないのも、この役のポイントですね。

「悪い人の影響で非行に走っている瞬間もありますが、悪に染まっていない過去の回想もあって、いろいろな側面を見せられるのがこの役の面白いところです」

――彼の本心はどこにあるのか、を考えながら観るのも面白そうです。製作発表でも披露された、ラオウとのナンバー“揺るぎなき信念”を歌っている時ですとか…。

「オリジナルストーリーの中のシンとして、稽古をしながら作っています。そのナンバーについても、今の段階では一つの方向性を決めていますが、それがお客様からうかがえるように演じるのか、逆にわかりづらくやるのか。開幕まであと少しあるので、試行錯誤しています」

――“強い者は欲しいものを奪える”と言い放ったり、ユリアに宝石を与えて“これでケンシロウを忘れるだろう”などと、短絡的なことを言ったかと思えば、後半には非常にロマンティックな言葉も発しています。

「冒頭で“極悪”ぶりを見せるからこそ、後半のフレーズが効いてくると思います。宝石の場面については、(女性の歓心を買うためにモノに頼るなんて、と)女性キャストの皆さんから呆れられていて(笑)、僕はそんなことはやったことはないけれど、一歩間違えればやりかねないな、という感覚はあります。男が異性に対して、尽くし方が分らない時の最終系がこういうことなんだな、と。でも、こういう(惜しい)一面があるからこそ、後半とのギャップが効いてくるね、と共演の方々も言ってくれます。もしかしたら登場人物の中で一番起伏の激しい役かもしれないですね」

――前述の通り、大変麗しいヴィジュアルなのに冒頭でケンシロウに傷を負わせるほどの強さも兼ね備えているようです。

「実は、冒頭でのケンシロウはまだ自分の力に気づいていないというか、覚醒していないんです。平和モードでいるところに突然シンが攻撃してきたので、シンとしては、分かり易く言うと“ずる勝ち”と言いますか(笑)。
だからこそ、僕の解釈では、シンの中では時間が経つにつれて、ちゃんとパワーも心も備わった、対等な状況でケンシロウと戦いたい、という思いが生まれてくるのではないかと思います」

――本当のファイターなのですね。

「そうなんですよ。
シンはユリアが戦いを嫌っていることに気づきますが、そのわりには戦いをやめようとしないな…と思っていました。でも稽古を重ねる中で、彼は“強奪”ではなく、本当の戦いを経て(改めて)ユリアを愛したいんだな、と思うようになってきました」

――もしかしたら女性観客の間で一番人気のキャラクターになるかも…。

「そこはむちゃくちゃ期待してます(笑)。言っていただいて嬉しいです」

――新作ということで、植原さんのアイディアも反映された演出になっているのでしょうか。

「今回はかなり自由にやらせていただいています。見え方、動き方についてはまず自分でやってみて、どこでボケるかとか、歌いながらどういう手振りするかもまずは自分で考えています。その中で見えてくる細かい心情については、(演出の石丸)さち子さんが熟慮されているので、そこについては委ねてやっています」

――どんな舞台になりそうでしょうか?

「今、稽古場で行われていること全てがとてもいい感じです。フライングにアクション、ダンスと、作品の要素を見ていて、これら一つ一つの精度が上がっていけば、誰も観たことがないエンタテインメントが出来上がるのではないかな、と感じています。ふだんミュージカルで活躍されている方々がばんばん飛んだり、地面を転がる姿にも感動しますし、演出が石丸さんということもあってすごく演劇的な要素も感じます。ただ歌って動いて、ではなく、とても人間ドラマを感じられる演出です。全体のクオリティが上がっていけば、きっと新しいエンタメが生まれるのでは、と僕自身、わくわくしています」

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植原卓也さん。©Marino Matsushima 禁無断転載

――前回、植原さんにインタビューさせていただいたのが2年前の『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の時でしたが、その後コロナ禍によって様々な影響がありました。植原さんは舞台や演技について考えが変わったりといったことはありましたか?

「僕が一番感じたのは、応援して下さる方の存在でした。(ステイホーム期間中は)極端な話、一人でいろいろ考えると心が折れてしまいそうになって、足を止めてしまうことも簡単だったと思います。でも“私たちも頑張るのでお稽古頑張ってください”といったメッセージをいただくなかで、僕らの舞台を観たいという方がいらっしゃるんだ、まだ進まなくちゃいけない理由はこれだ、と明確に感じることが出来ました。皆さんの言葉は今も、有難いことに僕のエネルギーになっています」

――ファンの存在をよりリアルに感じた期間だったのですね。

「舞台が何もできなかった時期に配信ライブをやったのですが、こういうものは、観よう!と思わないと観ないものじゃないですか。もし誰にも観ていただけなかったらダメになっていたかもしれないけれど、実際はたくさんの方に御覧いただけて、自分のエンタメを望んで下さる方がいるんだ、だったら足をとめられない、と素直に思いました。その思いは今もなくしたくないし、(再開後も)作品ごとにいろいろなモチベーションがありますが、僕にとってはやっぱり応援してくれる人の存在が一番大きい、と感じています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳』12月8~29日=日生劇場、22年1月8~9日=梅田芸術劇場メインホール、1月15~16日=愛知県芸術劇場大ホール 公式HP
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