第一次世界大戦さなかの1917年、二重スパイとして処刑されたダンサー、マタ・ハリ。その愛の悲劇を描いて2016年に世界初演、日本には18年に上陸したミュージカルが待望の再演を果たします。
エキゾチックな舞姫としてヨーロッパを股にかけ、活躍したマタ。
彼女に目をつけ、スパイとして利用しようとするラドゥー大佐。
マタが出会う孤独なパイロット、アルマン。
彼らの描く緊迫した三角関係が見どころの人間ドラマですが、その中で(前回から続投の)東啓介さんとダブルキャストでアルマンを演じるのが、三浦涼介さんです。
暴漢に襲われていた彼女を助けようとするも、逆に手酷く殴られ、マタに介抱されるアルマン。アパートの屋上で朝日を眺め、ともに平和な世界を夢想するうち、心の距離を縮めてゆく二人ですが、戦禍の中での愛は一筋縄ではいきません。ドラマティックにしてロマンティックなことこの上ないアルマン役を、現時点で三浦さんはどうとらえ、アプローチしているでしょうか。ミュージカルに対する思いを含め、たっぷりとうかがいました。
希望や“小さな幸せ”を
持ち帰っていただける
舞台になればと願っています
――三浦さん、ミュージカルの舞台はお久しぶりでしょうか?
「(ルドルフ皇太子役を演じた)去年の『エリザベート』全国公演がコロナの影響で中止になってしまって、それ以来舞台には立っていなかったので、久しぶりです」
――観客としては“おかえりなさい”という気持ちですが、ご自身的にはこの間、ミュージカルに対してエネルギーを蓄えていたという感じでしょうか?
「それは少なからず、あったと思います。この3,4年ぐらい続けざまにお仕事させていただいて、有難いことに休みなくやってきましたが、去年1年間は舞台には立たずという状況で、最初はどうなるんだろうという不安がありました。でも、制約がある中でも自分なりに日々を過ごしていましたし、今では“いい時間だったな”と思えています」
――ご自身でトレーニングを重ねたりとか?
「そうですね。舞台に関しては、お話はいただいていましたが、その一方で、ここ数年抑えていた映像作品に多く出演するようになり、映像のお仕事の楽しさを再発見していました」
――そんな中でミュージカル・ファンがどよめいたのが、「民衆の歌」動画へのご参加でした。
「あれは発起人の上山竜治さんから“参加してもらえませんか”とお話をいただいたものでした。僕自身は『レ・ミゼラブル』に出演したこともなかったし、はじめは“そんなそんな…”という感じだったのですが、是非とおっしゃっていただいて。役ではなく、僕自身として歌わせていただきました」
――まさに“三浦さんご自身”の歌声に鼓舞された思いのファンは多いのではないかと思います。
「ありがとうございます」
――そして今回の『マタ・ハリ』ですが、日本初演はご覧になっていますか?
「拝見していません。ですので今回、台本をいただいて初めてストーリーを知りました。(出演の)お話自体はずいぶん前にいただいていたので、その際にも読んでいたのですが、コロナ禍になってからまた読むと、以前と感じ方が全く違っていて。台本の細かい部分に至るまで、こんなにも自分に響く作品だったかと、読めば読むほど魅力を感じましたし、涙なくしては読めませんでした」
――どのあたりが“刺さり”ましたか?
「この作品の舞台は第一次世界大戦下のパリで、(当時は終わりの見えないまま戦争が3年目に突入、人々が食糧難と配給に耐えるという)制限された生活の中で、誰しもが心も体も疲れ切っていたと思います。その中で皆が明るい未来を思い、そこに向かって生きているという作品であることが、(やはり皆の生活が制限されている)コロナ禍を経験することで、より響いてくるものがあります」
――戦争で皆が息苦しさを感じるなか、唯一奔放に生きていると思われていたのが、踊り子としてヨーロッパを自由に往来していたマタ・ハリ。しかしそのイメージが仇となって、彼女も歴史の渦の中に巻き込まれて行きます。そんな彼女と運命的な出会いをするアルマンは、実はある秘密を抱えているため、特に前半、本当は何を思っていたのか、振り返ってみると少々ミステリアスですね。
「僕も台本を読んでそう感じていました。実はアルマンが(舞台上に)出ている時間はそれほど長いわけではないので、ただミステリアスな人物がマタ・ハリと恋に落ちて彼女のために…という風に演じてしまうと、あっという間に終わってしまうし、もったいない、と思っています。なので僕自身は今回、この役をミステリアスにしていません。人物の背景や心の中にあるものは同じでも、見せ方としては僕のアルマンの作り方にしているので、(ダブルキャストの)東さんとは違うものになっているかもしれないし、もしかしたら台本とも違う印象になるかもしれません」
――マタを助けようとして怪我をした彼は、彼女の家で介抱され、二人は屋上で日の出を待ちます。この時点での二人はどういう関係なのか、台詞のレベルでは限定はされていませんね。
「そこはご想像にお任せしますというところだと思うので、見ていただいた方が“どんな夜を過ごしたのかな”と想像してもらえる朝にしたいなと思います。実際どうだったのか、自分の中では決まっています。相手役の方によっても違ったりしますが…。いずれにしても、マタがこうして大切な場所にアルマンを連れていくからには、前日の夜は二人にとってはすごく大事な時間で、素敵な夜があったんだと信じたいです」
――マタ・ハリと出会ってすぐ、“一人で三人に立ち向かっていくなんて”と驚かれたアルマンは、自分は小さいころから暴力には慣れっこで、生き抜くためには闘う主義なのだと語ります(ソロ・ナンバー“人生と闘え”)。この信条は彼自身の実体験に即したものだと思われますか?
「そうだと思います。そしてアルマンのそういうところが、マタ・ハリの心(の琴線)に触れるのではないかと思います」
――しかしアルマンの抱える秘密が明るみになると、マタ・ハリとの愛はどのようなものだったのか、その前提が揺らいできます。
「最初はもちろん、自分が与えられた使命のもとで生きていたのだと思いますが、マタ・ハリと出会ってからは、彼女があまりにも魅力的だったのと、生きてきた背景が全く違うと思っていた彼女にも実は秘めた過去があって、そのうえでマタ・ハリというダンサーとして生きていくことを決めたんだということが分かって、どこか自分と通じるものを感じたのだと思います。そんな彼女と今、同じ空を見ている。ならばすべてを受け入れることにしよう、という自然な流れになっていったのではないかな、と思います。彼女とのシーンの一つ一つは短くても、その中で自然に気持ちを寄せていけると、自分でも演じていて感じられます」
――置かれた状況のために、アルマンはある種シニカルというか、乾いた感覚も持ち合わせているでしょうか。
「厳しい状況を生き抜いてきているので、それはあると思います。というか、人間誰しも、そういう部分はあるのではないかな。でも、今回はそこばかりをチョイスしたお芝居はしていません」
――マタ・ハリをスパイとして利用するラドゥーも、実は彼女に男性として惹かれていて、そのことはアルマンも察知するところとなります。微妙な三角関係が出来上がりますね。
「“二人の男”という、まさに対決めいたナンバーがあります。そこでの対立関係を面白く観ていただけるよう、試行錯誤しながら稽古しています」
――社会的な立場としてはラドゥーの方が上ですが、アルマンは“今、マタと恋愛関係にある”という、彼なりの自負がある。どちらも譲らない、緊迫した空気にひりひりしそうです。
「男性同士のライバル心というのは、確かにありますね。以前、(ラドゥー役の)田代(万里生)さんがおっしゃっていたのが、ラドゥーとしてはアルマンに対して羨ましさがあり、ここではラドゥーの哀しみや苛立ちが波打っていると感じるそうです。確かにそういうところはあるな、そういうことなんだな、という気づきは、歌っていてありますね」
――一匹狼的に見えるアルマンですが、戦地では実戦に怯える若い兵士たちを励ます場面もあり、リーダーシップも備えた人物のようですね。
「そうなんですよね。そこは僕も驚いて、はじめはどうやればいいか悩んでいたのですが、通して稽古をすることで、見えてくるものがありました。その前に“二人の男”のナンバーと、マタに手紙を書くシーンがあって、その次にこの、若い兵士との出会いがあることで、感情の流れがより引き立っていくんです。アルマンから溢れ出る感情がここでお見せできてすごくいいな、と思っています」
――石丸さち子さんとは今回初めてご一緒されているかと思いますが、どんな演出家ですか?
「お稽古が始まって印象的だったのが、稽古を観て涙されたことでした。そういう姿を拝見するのが蜷川(幸雄)さん以来で、とても驚きました」
――蜷川さんが、涙を…⁈
「『わたしを離さないで』というストレート・プレイ(2014年)だったのですが、“お前はいつもこうやって苦しんでたんだな”と言われたのが印象的で、はっきり覚えています。それはたまたまそういう(感動的な)シーンだったのだと思うのですが、今回、石丸さんの姿を拝見して、なんて素敵な方なんだろうと思いました。
ただ、そこに行きついてしまうと、それを超える作業がすごく難しくなってしまうんですね(笑)。その分、毎回新鮮な気持ちで取り組まないと、と思っています。アルマンの出番はワンシーン、ワンシーンがそれほど長くないし、台詞も多くは語ってないので、相手の目線だったり心の動きを逃さないように感じながら稽古しています」
――ちなみに、石丸さんが涙されていたシーンとは…。
「内緒です(笑)」
――今回のラドゥー役、マタ・ハリ役の方々にはどんなカラーを感じますか?
「ラドゥー役の加藤和樹さんはかっこいいし、田代万里生さんは圧倒されるというか、生半可には対応できない空気があるので、気を引き締めてぶつかっています。まだ、どこかで“加藤和樹さんだ、田代万里生さんだ”と思って(意識して)しまっているのかもしれません(笑)。なので、負けないようにぶつかっています。
マタ・ハリ役の柚希礼音さんと愛希れいかさんはお二人とも魅力的で、いろいろなものを持ち合わせている方です。柚希さんは今回、初めましてですが、オーラがあって、本当に一瞬で空気が変わるのが凄いです。愛希さんは『エリザベート』で親子役でしたが、共演といっても歌だけだったし、一瞬で過ぎ去ってしまうシーンだったので、今回は台詞のやりとりができたり、役についてこうしようかというお話ができるのが嬉しいです。他の出演作もそれぞれに魅力的だったけど、今回のマタもすごく魅力的に演じていらっしゃると思います。柚希さんと愛希さん、それぞれにタイプは違いますが、お二人にとってアルマンとして魅力的に映るよう、心がけています」
――マタのタイプが異なることで、アルマンの演技も変わってきますか?
「(台詞などの)タイミングや雰囲気が変わってきますし、どこでどういうふうに恋に落ちるかという見え方も変わってくると思います。それはお芝居していて自分でも感じられるので、観ている方にとってもそうではないかと思います」
――今回、ご自身の中でテーマにしていることはありますか?
「ライブの感覚というか、演じている、今日のコンディションみたいなものを逃さないようにしたいと思っています。毎日稽古していく中で、決まった動きを繰り返していると、例えば寝ていても動くというくらい体に入ってしまっていますが、なぜ、その一歩を歩けたのか。その動きに込められた“魂”をきちんと表したい、と思っています」
――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?
「決してハッピーエンドではないけれど、観ていただけたら、今置かれている環境から“いつかきっと”という目標みたいなものだったり、小さな幸せみたいなものを感じ取ってもらえる作品ではないかなと思います。そういうものを家に持って帰っていただいて、より優しい人たちが増える舞台になってほしいなと思います」
――以前のインタビューで、三浦さんは17年から3年間ほど“ミュージカルを頑張る期間”を経験されているとうかがいました。その後、昨年のコロナによる舞台お休み期間を経て今がありますが、現在、ご自身の中でミュージカルとは、どんな存在でしょうか?
「その瞬間、何もかも忘れられるというような世界…そう思うと、それをステージ上で自分が演じられるって、すごいことだと感じています。そのための準備はとても大変だけれど、そういうものがないといくらでも堕落した生活になってしまうので(笑)、それじゃいけないというところに、常に前向きに戦っていくことに向き合わせてくれる、ちゃんとしなきゃというところにおいてくれるのがミュージカルだと感じています。
そもそも、お芝居にダンスに歌、と三つもやってのけるなんて、そんなこと、人間に出来るの?(笑)と思います。でも、ステージ上でライトを浴びて、素敵な衣裳を着てセンターでお芝居するというのは僕の夢でもあって、だからこそ頑張れる。もちろん、ストレート・プレイもTVドラマも映画もですが、精一杯やりたい仕事の一つがミュージカルです」
――これからたくさん、ステージ上の三浦さんにお目にかかれそうで楽しみです。
「有難うございます、頑張ります!」
(取材・文=松島まり乃)
*公演情報『マタ・ハリ』6月15日~27日=東京建物Brillia HALL、7月10~11日=刈谷市総合文化センター アイリスホール、7月16~20日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP
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