新たなクリエイターとの出会いを求め、ホリプロが昨年立ち上げた「ミュージカル・クリエイター・プロジェクト」。その「脚本部門」から生まれた新作『Party』のパイロット版が現在、無料配信中です。
NYの投資銀行に勤務する日本人女性ユリが、あるパーティーに招かれ、様々なゲストに出会う。横山清崇さんによる、リアルとファンタジーが入り混じった物語の中で、主人公が出会うゲストの一人、ボス・ジャックを演じているのが石川禅さん。
これまで様々な作品に出演し、百戦錬磨の石川さんですが、その彼にとっても今回の収録はかなり異例な体験だった模様。短い時間の中で作品を読み解き、役を作り上げる醍醐味など、たっぷり語っていただきました。
シンプルな台本こそが難しい。
立ち止まり、立ち止まりながらの
挑戦でした
――石川さんはオリジナル・ミュージカルに対して思い入れはありますか?
「今回は音楽でジェイソンが参加してくれているけれど、脚本も音楽も日本で作れば日本で完結しますので、今後はこういう作品は増えていくのかなと思っています。
海外作品は海外のビートで作られているので、日本のオリジナルを作ったほうが歌詞ののりも不自然ではないでしょうし、これまでもオリジナルで出演させていただいたもののほうがしっくりくるんですね。『レ・ミゼラブル』でも、初演から相当歌詞が変わってきていますが、その背景には、皆さんご存じの通り、英語の歌詞を翻訳して(メロディに)はめようとすると半分以下の情報量しか入らない、ということがあると思います。そういう意味ではオリジナルが増えるといいなというのは、コロナ禍になる前から思っていました」
――では今回、期待値も高かったでしょうか。
「僕にとっては、それを配信でやるというのも(魅力が)大きかったです。これまでにも楽曲を配信で発表されている方はいらっしゃいますが、僕にとっては初めての試みでしたので、お話を聞いて“やるやる!”ともろ手を挙げて参加させていただきました」
――台本についてはどんな第一印象でしたか?
「(数年前に上演されたミュージカル)『アリス・イン・ワンダーランド』にシチュエーションが似ているのですが、内容は全く違いました。ト書きが立体的に書かれていて、これを配信でどう表現するのだろう、とはじめは想像がつかなかったです。以前、西田シャトナーさんの『遠い夏のゴッホ』という作品に出演したときも、登場するキャラクターが全部虫で、ト書きを読みながら“これをいったいどう表現するんだ”と思いましたが、それと同じ感覚がありましたね。わくわくしながら読ませていただきました」
――作者の横山清崇さんが、石川さんとお話する中で、書いた自分でも気が付かなかったことを教えられたとおっしゃっていました。
「終盤、自分の中で立体的に整理するとこういうことなのかな?という解釈が見えてきて、“これはアリですか?”とお話したら、“なるほど”という感じで受け入れて下さいました。OKなんだと思って本番ではその解釈でやらせていただいたけれど、翌日もう一度考えて、立体的な表現だったら成立するけれど、今回はスタンドマイクで、相手役も見えていない状況で演じているわけで、そのなかでお客様がどこまで理解して下さるかな…と思いなおして、ちょっと後悔しました。何度も、横山さんに電話したい誘惑にかられました(笑)」
――台本を読むときにはどんなことを心がけていらっしゃいますか?
「先入観を持たずに、まっさらで読むことですね。それは初日が開いて、千秋楽まで続きます。感性を総動員して、あらゆる角度からこれはどう、あれはどう、と考えながら読むということをしているので、僕は台本を読むのがとても遅いんですよ(笑)。牛みたいに餌を反芻して食べるような読み方をするので、3歩進んで2歩下がるような感じですね。“天才”と呼ばれるような、感覚的にすこんと台本を読めてしまう方がうらやましいです」
――世の中には饒舌な台本もあれば、シンプルな台本もありますが、後者の場合はご自身の想像力で埋めて行くという感じでしょうか?
「むしろシンプルに書かれてるもののほうが難しいですね。それは『シスター・アクト』でギャングのボス、カーティス役をやった時に感じました。読み物としてはするっと読めてしまって、ギャングのボスね、と思って読んでいたのですが、いざ稽古で立った時に、彼があまりにステレオタイプな、どなたの頭にも出てくるギャングのボスで、どうやっていいかわからなくなってしまったんです。彼の人生観や内面が見えないんですよね。なぜこの人はこの女の子を執拗なまでに、修道院まで追っかけ、銃を乱射するなんていう無謀なことをしたのだろう、と。そう思うと一歩も進めなくなって、いろいろな資料にあたりました。以来、シンプルな台本こそ注意します。わかりやすい台本と、どうやったらそれを演じられるかは別物なんですね。立体になると全然違ってくる。面白いなぁと思います」
――石川さん演じるボス・ジャックは、ユリのお父さんでもあるという設定ですが、確かにそこにいる人物なのか、それともユリの記憶の中の人物なのか…、謎めいた存在ですね。
「僕としては、ユリの夢の中に登場してきた、幼いころに思い描いていた理想のお父さん像として作り上げました。ただその理想のお父さんがなぜか、娘とうまくいってないという話を始めてしまって、それがこの作品のミソなんですよね。超自然現象的です。
もしそこが彼女の見ている夢の世界だとしたら、理想のお父さんはそんなことを話さないでしょう。夢の中の住人としてまっとうしたほうがいいのかとも思いましたが、何か超自然というか、『アリス・イン・ワンダーランド』みたいに、キャラクターが主人公を助けようとしているということなのかな、と解釈してやりました。演出の元吉さんもそんなことを言ってくれたし、ナンバーからもそういうふうに読み取れました。
台本を読んだ後に楽譜をいただいたのですが、僕らのナンバーはマイナー(短調)だと想像していたので、この作品で一番笑えるような明るい曲だったことに驚きました。そうなると余計に夢の中のお父さん、お母さんが漫画チックに見えてきて、この曲を聴いて確信に変わりましたね。シンプルなストーリーではありますが、立ち止まり、立ち止まりしながら役を作っていきました」
――収録直後に音楽監督の竹内さんにお話をうかがった際、“皆で会うのは今日でまだ3回目で…”とおっしゃっていましたが、出演者としては…。
「大変でしたよ(笑)。ものすごいスピードでしたし、もろ手を挙げて参加させていただいたはいいけれど、スコアを見たら“こんなに歌うんかい!”と(笑)。コーラス部分は全員でフォローする形だったので、10曲ぐらい歌ってなおかつソロも。それを2週間ぐらいで仕上げたのかな。
本番は試演というより“挑戦”ですから、間違ってもそのままでいいですよと言われていたのですが、実際、間違えましたね(笑)。というか、私も寄る年波で、小さい文字が見えにくいんです(笑)。今回、譜面台一台で台本とスコアを何度も入れ替えなくてもいいよう、制作さんが考えて、台本の中にスコアを閉じこむ形で製本してくださったんですね。一応自分のソロの歌詞は覚えていたんだけど、途中でぽーんと頭から抜けたので、譜面を見ようと思ったら文字が小さくて。近づいたら、カメラからもマイクからも、そこだけフレームアウトしまして(笑)、あぁマイクマイク、と思ってやっと声が入りました。今後またこういう収録があるかもしれないので、一つ肝に銘じましたね。歌詞は大きく書いておこう、と(笑)」
――今回は石川さん含め、綺羅星のようなキャストが集まりました。
「勝手知ったる連中でしたので、本番は楽しくやらせていただきました。“初めまして”だったのは主演の鈴木瑛美子ちゃんと廣瀬(友祐)君、グランマ役の五十嵐(可絵)さん、この後『ジェイミー』でご一緒する樋口(麻美)さん。みんな歌がうまくて、特に瑛美子ちゃん。前作の『RENT』は拝見していなかったけれど、『RENT』って日本人離れした人たちが大挙して出る演目じゃないですか。とんでもない人材が来たなと思っていたら、案の定、日本人の役なのに誰よりもアメリカン・テイストを持った歌唱で。面白い仕上がりになっていると思います。」
――本作には今後、どんな可能性が秘められていると思いますか?
「まさにそこですよね。先日、ホリプロの60周年コンサートか何かのパンフレットに“エンタテインメントの新しい世界にようこそ”とコメントを寄せたのですが、今回のプロジェクトはまさにそれだと思っています。
コロナ禍で客席に来れない方が沢山いらっしゃる中、今回のように、ご自宅でリラックスしながら楽しんでいただける作品、それがこれからの新しいエンタメのかたちなのだとしたら、どんどん発展していってほしいですよね。その作品が“今度舞台化するらしい”となったときに、ワクチンが皆さん接種出来て外出できるような状況であれば、ミュージカルが非常に活気づくのではないでしょうか。だいぶミュージカルのお客様が増えてきたと思ったとたんにこういうことになって、業界も相当痛手を被ったと思いますので、そういう意味でこうした企画には期待したいです。
出演者としては、当日、私服を着た状態で、役の自分と役からアウトした自分をお見せする、それも一人につき2台ずつカメラに撮られているというのが初めてで、“本番”という声がかかったとたん、それまで和気藹々だったのがみんなかちんこちんに固まってしまったのを感じました。もっとぼけーっとしていればよかったかもしれませんね(笑)。今後こういう企画に慣れていけば、そうした面でも面白いものに出来るかなという可能性も感じています」
――世界展開もありえると思われますか?
「それは十分にありうると思いますね。曲を書いているのがジェイソンなのでノリとしてはゴスペルチックというか、アメリカのビートが体に入ってる方が歌ったほうがしっくりくるナンバーが多いですから。はじめに楽曲にあたったとき、なかなか歌ったことのないビート揃いだったので、“僕、歌えるかな”と思いました。そういう意味で本作は僕的に“挑戦”でした」
――今回の経験はご自身のキャリアにも何か影響を与えそうですか?
「与えると思います。僕はどんな作品も“挑戦”ととらえて、同じスタンスでさせていただいています。今回は本番の前日の稽古で“こういうふうにやってもいいかな”と提案して、それを受け入れてくれていただいたことに感謝していますし、言ったからにはよくしなきゃと思ってやりましたが、そうしたことも僕としてはいつものこと。常に向上心を持ち、精進しなきゃと。常に高みを目指してゆくのに、本作も引き出しの一つになってくれたんじゃないかなと思います」
――最後に、読者の方々にメッセージをいただけますか?
「とにかくこれだけの役者が…って自分で言っていますが(笑)、きらきらしている役者がこれだけ揃って、脳みそに汗をかきかき本番に臨んだ、非常に面白い作品だと思います。気軽に観ていただけたらと思いますし、ミュージカル初心者にもお勧めの作品です」
――石川さん、ちなみに次回作は…。
「『ジェイミー』です。ヒューゴ役で、初のドラァグ・クイーンを演じます。ヒューゴはロコ・シャネルという伝説のドラァグ・クイーンで、今ではビクターズ・シークレットという名前で、ドラァグ・クイーンのショップのオーナーをやっています。そこにジェイミーがやってきて、ドラァグ・クイーンの道ってこうなのよ、と諭してゆく、心の師匠みたいな役どころです」
――ドラァグ・クイーンのメイクなどもされるのでしょうか?
「そういう場面もあるのですが、30分弱で化けなくちゃいけなくて、大変なんです(笑)。今SNSで素顔をメイクでドラァグ・クイーンに仕上げるまでの動画がいろいろアップされていますが、このメイクを25分で完成させるのは、普段の舞台メイクでも1時間くらい掛かる僕には、とてつもなく高いハードルで、今は芝居のことよりそちらのほうが心配です(笑)」
(取材・文=松島まり乃)
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