Musical Theater Japan

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ミュージカル『衛生』咲妃みゆインタビュー:恐れずに挑む覚悟

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咲妃みゆ 宮崎県出身。2010年に宝塚歌劇団に入団し、14年に雪組トップ娘役就任。17年に退団し、『GHOST』『ラブ・ネバー・ダイ』『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』『NINE』などの舞台、TVドラマ、映画など幅広く活躍。音楽活動も展開している。2021年、ミュージカル『NINE』のルイザ役、ミュージカル『ゴースト』のモリー役で第46回(2020年度)菊田一夫演劇賞を受賞。(C)Marino Matsushima 禁無断転載

し尿汲み取り業の一族が、悪事の限りを尽くし、成功を収めてゆく…。
そんなミュージカルらしからぬ物語を敢えてミュージカル化した新作舞台が、古田新太さん、尾上右近さん(ダブル主演)、福原充則さん(脚本・演出)という異色の顔合わせで実現。
この作品でヒロイン…と呼ぶには屈折しすぎ(⁈)の二人の女性を演じるのが、咲妃みゆさんです。

宝塚歌劇団という“清く正しく美しい”世界のご出身である彼女のイメージからはかけ離れた役どころを、今回、なぜ演じたいと思い、どう格闘されているか。
大きなチャレンジを前にした心境を、丹念に、そして率直に語っていただきました。

【あらすじ】
まだ水洗トイレが普及する前の、昭和30年代。し尿汲み取り業者の「諸星衛生」を経営する良夫、その息子・大は政治家を後ろ盾に悪事の限りを尽くし、事業を拡大していた。
事務員の麻子は従業員・代田の好意を知りながらも、大からの唐突な求婚を受諾。しかし10か月後の結婚式である事件が起き、身重の彼女は命を落としてしまう。
時は流れて昭和50年、麻子が遺した娘・小子は18歳に成長。諸星衛生は今や地元の経済を牛耳るまでになっていたが、その陰では会社に恨みを抱く人々が密かに復讐を誓っていた…。

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ミュージカル『衛生』古田新太さん、尾上右近さん
未知の世界に連れていってくれる作品に
覚悟をもって挑んでいます


――今回の出演は台本を読んだうえで決められたのですか?

「オファーをお受けした時点では台本はまだなく、だいたいの物語の構成と、作者である福原さんが“どうしてこの作品を世に放ちたいのか”が書かれた資料を拝見しただけでした。台本は稽古開始の少し前に完成したのですが、実際に読んでみて、想像を上回る衝撃をうけました(笑)」

――では資料を読んでオファーを受けた一番の動機は?

「一番の動機は、“お芝居が好き”という気持ちに素直に従おうと思ったことです。いろいろなお役に挑戦させていただきたいという気持ちがありましたし、知らない世界に足を踏み込んでいきたいという目標が大きな動機でした」

――目の前の咲妃さんとはなかなか結び付かない役柄ですが、なぜご自身にオファーがあったと思われますか?

「なぜでしょうか(笑)。…根性がありそう、と思って頂いたのでしょうか。本当に難しいお役なので、四苦八苦していますが…」

――今回の劇世界は、咲妃さんが在団されていた、清潔感溢れる宝塚歌劇団とはまさに“真逆”ですので、そこに飛び込むのは大変な勇気が要るようにも思えますが、戸惑いはなかったですか?

「無かったと言えば嘘になりますが、この作品に触れて衝撃を受けた自分を改めて見つめた時、“私は役者として成長したいんだ”と改めて思いました。であるならば、世の中にいろんな人生を歩む役柄がある中で、これほどのお役に巡り合えるのもご縁だよ、頑張りなさい、と自分自身で背中を押した感じです」

――宝塚時代から“チャレンジャー”タイプだったのですか?

「情報過多になると身動きがとれなくなってしまう方でしたので、むしろ、“守りに入りたいタイプ”でした。正直、宝塚を深く知らずに飛び込んだからこそ、果敢に挑戦できたのかもしれません。

私は今でも、自分自身のことが未知。だからこそ、咲妃みゆとしてこうありたいと定めずに踏み込んでいけるのかもしれません」

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ミュージカル『衛生』咲妃みゆさん

――少し近い役柄としては、昨年『シャボン玉とんだ宇宙までとんだ』で演じた、スリで生計を立てていた少女・佳代役があるかと思います。冒頭の登場時のすさみきったオーラに、役に自分をささげる覚悟をお持ちの方だと感じましたが…。

「確かに『シャボン玉~』は転機になったと思います。作品全体を通してどういう存在であるか、そこに意識を向けないといけないと感じるようになりました。

『シャボン玉~』では、そういう(育った環境のためにすさみきった)役を演じる覚悟が出来たと思うし、お佳代がどう変わっていくかが物語に必要なエッセンスなのだと思いました。私はふだん、演技で煮詰まりがちなのですが、役作りどうこうというより、もう少し広い視野で作品に向き合うことで道が開けましたし、自分一人で悩んで解決するものではないと気付けたので、演出家さんや共演者さんに、わからないことはわからないとSOSを出すようになりました」

――本作では冒頭から“汚穢(おわい)業”という、ほとんど語られることのなかった仕事の歴史が紹介されます。いわばタブーに踏み込んでいて、なかなかリスキーな作品ですね。

「リスキーだと思います。でも、そのリスクを冒してでも伝えたいメッセージが確かにある、とひしひしと感じます。最初に台本を読んだ時の衝撃を引きずるのではなく、そこから先に進めている感覚は確かにあります。(開幕して)飛び込んでくるパフォーマンスに対して、お客様もそれぞれにお感じになることはあるかと思いますが、どうぞ心を閉ざさず、しばらくは心がざわざわされるかもしれませんが(笑)、しばらく御覧いただけますと、(作品世界が)癖になるかもしれません」

――物語が進んでゆくと、破天荒にもほどがある人々ばかり登場するので、“モラル”の見え方が変わってくるかもしれませんね。

「善と悪は紙一重だと思うので、“そもそも善ってなに?”というところに行きつくかもしれません。今、私が演じている二役も、見方によっては悪ですが、それを彼女たちは悪と思ってない。この作品に携わることで、自分も物事の観方が変わりそうだなという予感がしています」

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咲妃みゆさん。(C)Marino Matsushima 禁無断転載

――咲妃さんが演じる二役のうち、後半に登場する小子さんは人生の目的が明確ですが、前半の麻子さんは“流され”型というか、人生にどんな目的を持っているのか、見えにくい女性ですね。

「麻子さんがもし、この場でインタビューを受けていたら、“目的がないとダメですか?”と逆に質問するかもしれません(笑)。劇中にも登場する言葉ですが、“可もなく不可もなくじゃダメですか?”と。いろいろな経験をする中で、彼女はこの“可もなく不可もなく”というところに行きついたのではないかな、と思います。

でも、決して自分の人生を“どうでもいいや”とは思っていなくて、自分の居心地がいい、安心できる場所が、感情をできるだけ荒立てず生きることだったのではないでしょうか。福原さんにも、彼女は覇気がないとか無感情というわけではなくて、燃えたぎるものは絶対にあると忘れないでください、と言われています。麻子さんが“本当はこんなことを考えている”というのをお届けできるかがポイントかな、と思っています。その瞬間を際立たせるために試行錯誤しているところです」

――今回、ご自身の中でどんなテーマを持っていますか?

「お稽古の行き帰りに、毎日一度は頭をよぎるのが“やるしかない”という思いです。その覚悟が日々、高まっているのを感じています(笑)。稽古を重ねていく中で、自分自身がどういう感情をもってこの作品に向き合えるか、未知だし怖さもありますが、決して“なあなあ”ではない、意味のある時間にしたい。そんな気持ちが私を燃えたぎらせています」

――水野良樹さん(いきものがかり)、益田トッシュさんによる楽曲はいかがですか?

「今までなかなか出会う機会のなかったジャンルの楽曲ばかりです。各登場人物の心情が見事に音楽で表現されていて、聴きどころ、見どころ満載です。お客様もきっと飽きることなく、この舞台をご覧いただけるだろうなと思います」

――共演の方々は“初めまして”の方が多いですか?

「皆さん“初めまして”です。古田さん、尾上さんはこの作品の要でもあるので率先して悪を追究していらっしゃいます。お二人に限らず、お芝居巧者さんばかりですし、すさまじい熱量ですが、個人的には佐藤真弓さん演じる箕倉さんが好きですね。一途な愛が屈折していて、彼女も確実に“悪”寄りだと思いますが、憎めない。他のキャラクターもみんなそうです。だからお客様にはお気に入りの悪者をどうか見つけていただいて、お楽しみ頂けたら。“自分はそこまで悪じゃないな”と安心していただけたら、と思います(笑)」

――どんな舞台になればいいなと思っていらっしゃいますか?

「世の中ではタブーとされている様々な物事が、この舞台上ではこれでもかというほどあらわになる中で、感情の描写が丁寧だなと思います。人間ってそういうものだよ、かっこつけずに思う道を進んだらいいんだよということを、この作品を通して感じていただけるのではないかと。

お届けしたいメッセージは決して後ろ向きではなく、“悪”に触れていただくことで、明日を生きるエネルギーにつなげていただけたら。私たちとしては相当な覚悟を持ってお届けするつもりでいますので、お客様もある種の覚悟を持ってお運びいただけたら…というと、挑戦状みたいですね(笑)。それだけのインパクトがあり、未知の世界に連れていってくれる作品だと思います。その中で、一役者として全力を出し切ります」

――この作品を経て、どんな表現者になっていけたらと思っていますか?

「正直、この旅路がひと段落した時何を感じるか、今の段階では想像できません。今までの人生で経験したことのないことが多々起こっていて、昨日の感情すら今日は抱いていない、ということが結構あります。もちろん、台本を最初に読んだときと今の私も違います。ですので、安易にはお答えできないですね…。

この作品で何を掴めるのか…。この歩みを終えたとき、またお尋ねいただけますか?」

――ということはますます、この舞台は必見ですね。

「そう申し上げたいです。必見ですが、少々覚悟を持ってお越しください(笑)」

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*無断転載を禁じます
*公演情報 ミュージカル『衛生』〜リズム&バキューム〜7月9~25日=TBS赤坂ACTシアター、7月30~8月1日=オリックス劇場、8月9~11日=久留米シティプラザ 公式HP
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