Musical Theater Japan

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ミュージカル・クリエイター・プロジェクト特集Vol.5『PARTY』プロデューサー・井川荃芬インタビュー

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『PARTY』

コロナ禍の中で昨年、ホリプロが公募し、演劇業界・観客双方にとって大きな希望となった「ミュージカル・クリエイター・プロジェクト」。その「脚本部門」から生まれた作品『PARTY』について、Musical Theater Japanでは数回にわたり特集してきましたが、最終回ではその“仕掛け人”であるプロデューサー、井川荃芬さんのインタビューをお届けします。

今回の公募にはどんな意図があったのか、また選考ではどのような点がポイントとなったのか。今後、どのような展望を意図しているのか。井川さんご自身のバックグラウンドも含め、様々なお話を伺いました。

一つ一つの作品を丁寧に
お客様と一緒に育てていきたいです

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『PARTY』収録より。写真提供:ホリプロ

――今回の『PARTY』パイロット版は既に多数閲覧されていますが、手ごたえはいかがでしょうか?
「今回参加してくださったキャスト、スタッフの皆さんは、海のものとも山のものともわからないまま私からのたった1本の電話だけで参加を決めて下さって、まずは心からの感謝を伝えたいです。そして、短い制作期間ではありましたが、お客様に新しい体験として楽しんでいただけるものが生まれたのではないかと思っています。リーディング・ワークショップを実施したことで、今後劇場で上演するためには手直しが必要な部分も見えてきています」

――配信が無料であることにはどんな意味があるのでしょうか?
「日本ではトライアウト公演やリーディング・ワークショップを公開する機会があまりないのですが、『デスノートTHE MUSICAL』でアシスタント・プロデューサーを務めていた時に、(作曲の)フランク・ワイルドホーンさんを中心に、ブロードウェイでプロの俳優たちを集めて、現地の関係者やプロデューサーを集めてワークショップを開催していたんですね。その時に作品のかたちや改善点も見えて、このようなことがNYでは普通に行われるのか、と知りました。
新作を劇場で上演するのには最低3年はかかりますが、コロナ禍で配信という新しい観劇方法が広まったことで、日本でできる制作方法は何だろう、と考えた時に、作品を生み出す過程を配信という形でお客様に公開し、曲や作品を知っていただき、お客様と一緒に作品を育てていくということが出来たら、という思いで今回、このような形で発表にしました」

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『PARTY』収録より。写真提供:ホリプロ

――こうした公募は日本ではまだまだ少ないですね。
「俳優のオーディションやドラマのシナリオの公募はあっても、ミュージカルの脚本公募はあまりないですね。今回のコロナ禍で、海外のクリエイターたちとはリモートでお仕事は出来ても来日していただくことが難しく、日本人のクリエイターとの出会いがあればという思いでこのプロジェクトを立ち上げました。50作品くらい応募していただけるかなと思っていたら、500作品以上のご応募を頂き、SNSでも“こういう場を待っていた”という声が見受けられて嬉しかったです」

――集まった作品に傾向はみられましたか?
「今回は、完成脚本でなくストーリーラインでもOKということで募集したので、内容は本当に多岐に渡っていました。
すぐに上演できそうなものがあったか、という点では、私たちも通常3、4年かけて熟考に熟考を重ねて作っていきますので、すぐには難しいですが、ブラッシュアップさせれば面白いかも、というものはありました。
日本では学生演劇や小劇場で優れた作品が多数生まれていますが、弊社では中規模以上の劇場で上演する作品が多いので、思い切ってもう少し枠を飛び出して書いてみて頂けたらもっと面白いものが生まれてくるのではないかという作品も沢山ありました」

――選考にあたって意識された点はありましたか?
「国が変わってもお客様がその情景を感じ取ってもらえる作品かどうか、という点は審査の中でもポイントではありました」

――そしてまず第一段階の通過者が決まったのですね。
「脚本部門、作曲部門ともに、20名程度の方にステップ2に進んでいただきました。皆さん、これまで出会ったことのない方ばかりで、小劇場演劇で書かれている方もいれば、海外で勉強されている方もいらっしゃいました。このプロジェクトが無ければ出会えなかった多くの新たな方と出会えたと思っています」

――今回は最終的に一人が選ばれましたが、御社としてはこの20人が今後新作を作る際の人材候補というイメージでしょうか。
「ブロードウェイでは新作を作るときに、作曲の事務所にテーマを投げかけて、興味を持った5,6人の作曲家で(クローズドの)コンペをすることがあると聞いています。日本でも、今後こうしたチャンスが生まれてくるのではないかなと思っています」

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(左)作曲・ジェイソン・ハウランドさん。(右)プロデューサー・井川荃芬さん。井川さんは大阪府出身。担当作品:「ジェイミー」「スリル・ミー」「デスノートTHE MUSICAL」「スクールオブロック」「メリー・ポピンズ」「ビリー・エリオット」「マシュー・ボーンの白鳥の湖~スワン・レイク~」「ライ王のテラス」ほか

――今回、ステップ2でジェイソン(・ハウランドさん)の楽曲が使われたのはなぜでしょうか?
「ジェイソンと連絡を取り合う中で、このコロナ禍で仕事がなくなってしまったブロードウェイの俳優たちのために彼が『Killer Party』という新作を書いたことを知ったのがきっかけです。素晴らしい楽曲揃いだったので、これを今回のプロジェクトで活かせないかと話していたら、違う脚本で作品化してもいいよ、歌う男女を入れ替えてもいいよと寛大に言ってくれたことで、ステップ1を通過した方々の課題にさせていただきました。
将来的には、音楽も脚本も完全に新しいクリエイター同士で作品を創り出すことを目指したいですが、今回、トップクリエイターの音楽を落とし込んで作品にすることで、脚本家の方にとっても、新たな挑戦かつ、新たな経験になるのではないか、と思ったのです。
これができるのは長年にわたって培ってきた海外とのネットワークがあるからこそで、弊社ならではの強みだと思っています」

――井川さんご自身についてもうかがわせてください。井川さんはそもそもなぜこの業界に入られたのですか?
「高校生の時にラスベガスでセリーヌ・ディオンさんの常設のショーを観た時に衝撃を受け、その後NYを旅行して、ブロードウェイで劇場空間のエネルギーやパフォーマンスに圧倒されました。こういうものを日本で上演できたら、そして日本の良さも世界に伝えられたら、と思ってエンタメの会社に就職したいと思いました。
ホリプロを選んだのは、この会社はあらゆる業種を行っていて、いろいろな企画が実現できるかなと思ったからです。入社してはじめに希望したのが、“人が好き”ということと、日本のエンターテイメント業界を勉強したい、という思いがあって、俳優のマネージメントでした。7年弱、俳優をマネージメントしていくなかで舞台の世界も覗き見ることができたし、映画もCMもバラエティも、日本のエンタメ界を色々と経験することが出来ました。それから異動希望を出して、有難いことに受け入れていただいて舞台製作に。今回のプロジェクトを含め、やりたいことをやらせていただいています」

――それは社風なのでしょうか?
「そうかもしれません。弊社は各部署がそれぞれ新しい挑戦をしていて、私もまだまだ勉強中ですが、有難いことに新作にも取り組み、上司や同僚、他部署ともコミュニケーションをとりながら、責任をもって仕事をすることができます」

――そうした環境で、どういう作品を生み出していきたいと思っていますか?
「何かしら身近に感じられるテーマを含むものを作れたらと思っています。次に担当する『ジェイミー』を初めてロンドンで観たとき、“自分らしく生きる”というテーマには誰しも共感できると思いました。今後、タイプは違ってもどこか共感いただけて、明日への活力を持ち帰ってもらえるような作品を作れたらと思っています」

――御社は中規模以上の劇場公演が多いですが、小劇場作品にも魅力的なものはありますよね。
「仰る通りです。弊社ですと『スリル・ミー』があります。本作は小劇場で日本初演した後、中規模で上演していたのですが、演出の栗山(民也)さんが“小さい劇場でこそ感じられるものを生み出したい”とおっしゃって、でしたら小さい劇場がとれたらやりましょうという話になり、18年に東京芸術劇場シアターウエストで上演しました。おかげさまで多くのお客様に作品を愛して頂き、改めて劇場と作品との相性の大切さを感じ、今年も同じ劇場で上演をさせて頂きました。ただ、興行として成立させる必要があるので、劇場のサイズというのは重要なポイントではあります」

――そういう意味でも、海外ものよりオリジナルのほうが上演しやすいかもしれないですね。
「そうかもしれないですね」

――井川さんはソウルの演劇のメッカ、大学路にはいらっしゃいますか?
「コロナ禍の前には時間を見つけては訪れて勉強していました」

――小さな劇場がひしめく中で新作ミュージカルが多数生まれている、素敵な場所ですよね(参考記事)。日本でもこういうエリアが生まれたらいいなぁと思ってしまいます。
「素敵ですよね。大学路で育った作品が大きい劇場に進出するのを見たりしていて、率直に悔しいです。お隣の国でもできるなら日本でもできるんじゃないか、と。」

――プロデューサーとして、どんな夢をお持ちですか?
「大きな夢としては、一つでも多くオリジナル作品を作って、日本から世界へ発信したいです。それと同時にいつも思っているのは、どの作品でも、担当作品に関わってくださった方々が、一緒にやってよかったと思っていただける作品創りも心がけたいです。今回の『PARTY』でも、多くの方を巻き込んでしまいましたが、楽しかった、参加して良かった、と思っていただけていたらいいな(笑)。一つ一つの作品を丁寧に創りつつ、“世界に発信できる作品創り“という会社の大きな夢の一員になれたらと思っています」

(取材・文=松島まり乃)
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