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『スリル・ミー』新納慎也インタビュー:二人だけの“愛”のかたち

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新納慎也 神戸市出身。20歳で上京し、97~99年にNHK教育テレビ『にこにこぷん』で歌のお兄さんをつとめる。『ラ・カージュ・オ・フォール』『エリザベート』(初代トートダンサー)『GODSPELL』『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』『next to normal』『パジャマ・ゲーム』『生きる』など、様々な舞台、大河ドラマ『真田丸』、映画、ライブなど多彩に活躍している。(C)Marino Matsushima

今から100年ほど前に実際に起きた事件をもとに、二人の若者が犯罪に手を染めてゆく様を描く『スリル・ミー』。2005年にオフ・ブロードウェイで初演後、2011年に日本に上陸したミュージカルが、2年ぶりに上演されます。

3組のキャストの中で“待望の復活”と話題を集めるのが、2011年の初演、翌年の再演で絶賛された田代万里生さん(“私”役)&新納慎也さん(“彼”役)ペア。100分間、たった二人(とピアノの生演奏)で展開する密室劇は、どのように生まれ、また2021年の今、どう深められようとしているでしょうか。ご自身も“まさかの再登板”と驚く新納慎也さんに、たっぷりとうかがいました。

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『スリル・ミー』

【あらすじ】監獄で審理される、ある囚人の仮出獄。54歳のこの囚人は、審理官に事件の本当の動機、隠された真実を語るよう求められ、静かに当時を振り返る。19歳の“私”は幼馴染の“彼”と久々に再会。ある“契約”を交わした二人は、放火や窃盗を重ねるが、”超人”を自認する“彼”はそれに飽き足らず、“偉大なる犯罪”を提案する…。

家にいるだけでは得られない
心の動きが感じられるのは劇場なんだな
と思っていただけたら嬉しいです


――新納さんにとって『スリル・ミー』とは、どんな作品でしょうか?

「初演の時には“100人の劇場で、二人だけの100分のミュージカルをピアノ一本、栗山民也さんの演出でやりませんか”というお話をいただいて、すぐに“やります”とお返事しました。
一見、“子供を殺す男同士のカップルのお話”に見えるのですが、最初の稽古で台本を開く前に、栗山さんが“この作品は壮大な愛の物語だ”とおっしゃったんです。自分では台本をそういうふうに読んでいなかったので、衝撃を受けつつも、僕と(田代)万里生とで、とにかく壮大な愛の物語なんだ、と思いながら取り組みました。
初演の幕があがって以来、少しずつ話題になって、今では『スリル・ミー』狂というほど、作品を愛してくださる方もいらっしゃいます。この作品に限らず、僕は初演を立ち上げて、その後その作品が“伝説化”されることが多い俳優でして(笑)、初演出たの俺なんだけど、今の『スリル・ミー』ファンは知らないよね~と思っていたから、今回、久しぶりに呼んでいただけてとても嬉しいです」

――お話をもらって最初に惹かれたのは、100分の、ピアノ一本で演じる二人芝居という枠組みだったのですか?

「そうですね、最初に伺ったときは、それくらいの情報しかなかったんです。曲は2,3曲聴かせていただいたけれど、台本もまだない状態でした。僕と万里生だったらもっと大きな劇場でもよかったのに、わざとその小さい枠組みでやるということにわくわくして、濃厚な密室劇ができるんじゃないかなと期待しました」

――稽古が始まり、栗山さんとお芝居を作ってゆく過程はいかがでしたか?

「栗山さんとはこの作品が初めてでしたが、面白かったですよ。
栗山さんは役者が持ってくる素材を決してNOと言わないんです。でも、ものすごく細かい。最初に動き、ミザンスがつくのですが、“こちらから出てきてあちらにはける”だけじゃなくて、“この台詞で髪をかき上げ、この台詞で腕をまくり上げる”というのが一つずつついていて、それをメモるのが最初は大変で(笑)。
それらについて理由をおっしゃらないのですが、やっていくうちに、役としてはそう動かないではいられなくなっていくんですね。知らず知らず、栗山ワールドに引っ張り込まれて、意味の分からなかった動きの理由もだんだん明確になっていく。“超・不思議体験”といった感じでした」

――こういう心の流れだとこういう動きになる、というのが栗山さんの中にはあるのでしょうか。

「そうなんでしょうね。言われた時には“なぜ?”と気になるのだけど、それを考えている暇はないんです。栗山さんは“こういうふうに考えて”と言うことはおっしゃらないけれど、“人間ってこうなんだよな”“好きなくせにこういっちゃうんだよな”みたいなことを、ポロっと言う。そして、役者が“そうか”と気づく。そして納得して進む…ということを、うまくなさってると思います。
『スリル・ミー』はすごく難しい戯曲だと思うんです。僕の演じる“彼”はポーカーフェイスであまり感情を出さない役で、台本からは、二人は愛し合っているということは、ほとんど分からないと思います。
そこに愛があるというのをどう表現したらいいんだろうと思うのだけど、そこを栗山さんはうまく導いて、愛していると見えるようになさる。この作品はすごく曲数がある作品ですが、まるでストレートプレイを見たかのような濃厚な感じがするのは、栗山さんのお力だと思います」

――観ている側としては、“私”の愛は強く感じられますが、“彼”の愛というのは、どういうものなのでしょうか。

「ご覧になって“彼は全然愛してないんだな”と感じて下さってもいいし、逆にひしひし伝わると思ってもいい。とらえ方だと思うんですね。
アメリカの片田舎で、すごく狭い世界で育ったこの二人には、彼らにしかわからないルール、愛の形がある。それをどう表現したものかなと、万里生ともすごく話し合いました」

――最近では“愛”と言えば、無償のものであったり自己犠牲ととらえることが多いかと思いますが、本作では所有欲に近いものなのでしょうか?

「結局、愛に定義なんてないよね、みたいなことなのかな、と僕は思いました。演じていると、理解できてくるんですよ。これが彼の愛し方で、こういう愛情表現にならざるをえないけれど、わかってるだろお前だけは、こうするということはお前を愛してるってことなんだよ、というツーカーの何かがあって、それをお客様に分かるように見せているという感じはないです。二人だけの世界、秘密なのだと思います」

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新納慎也さん。(C)Marino Matsushima

――本作には終盤に大きな出来事があり、“彼”からすると大きな感情の揺らぎがありますね。

「衝撃ですよね。でもそれは“騙された”という衝撃ではなく、自分の愛情が伝わり切ってなかったのか…という衝撃だったと思います。そんなふうに感じたので栗山さんにお話して、“そうやってみたら”と言ってもらって初演では演じました。
稽古も、初演の時は独特でしたね。セットを組んで、濃密な空間で。初演なのでサンプルがないし、松下・柿澤チームとも別々に稽古していて、僕たちはこういうふうに行こう、ということを常に話し合っていました」

――19歳の役、ですね。

「そうなんですよ(笑)。だから今回、“もう一度『スリル・ミー』を”とうかがって、冗談かと思ったんです。まさか本気だったとは、と(笑)。それも3年前にオファーをいただいて、その時から3年後の僕ですよ! ものすごく僕、歳をとっているかもしれないのに、よくオファーしたなと思います(笑)。
本作は、54歳になった“私”が、事件当時を振り返って“こうだった”と語る話であって、“彼”は、“私の中の彼”なんですよ。なので、台詞の一つ一つ、本当に彼が言ったのかはわからない。“私”が見た“彼”なので、54歳まではできるんじゃないかとも思いますが、この作品は世界中で若い俳優が演じているんですよね(笑)。
ただ、本作の原作者に“またやることになりました”と連絡をしたら、びっくりしつつも“君は大丈夫だよ、(年齢は)気にするな”と言っていただきました」

――“私”を演じる田代万里生さんは、どんな相手役ですか?

「万里生は今でこそ大スターだけど、当時は歌だけじゃないミュージカルは初めてで、お芝居もちゃんと訓練したことがないという状態でこの作品に入って、当時プロデューサーの方にも、そういう田代の相手役としてお願いしたいんですと言われました。
よく、素人の方が台本を読んで、“僕は悪いことを企んでいる”と書かれていると、その通りに(悪そうに)表現されますが、はじめ、万里生はまさにそういう感じでした。
そこで栗山さんに“すみません、3時間ぐらい万里生と二人きりにさせてください”とお願いして、お芝居というのはこういうものだと思うよ、というような共通認識を持ったんです。悪いことを考えているとき、それは顔に出さずに、普通の顔をしてやるでしょ?というようなことを話したら、万里生は、“こういうこと、今まで誰も教えてくれなかった”と言って、スポンジのように吸収して、それを体現していきました。
それと、彼は音楽に長けているだけに、音楽で台詞をとらえていたんですね。でも、台詞をメロディとして喋ったら感情が抜けてしまうよ、毎回音符は違っていいんだよ、と言ったら、その部分も変わっていきました。本当に素直な、純粋な人なんだなぁと思いましたね」

――ある意味、田代さんにとっての“師匠”的な存在ですね。

「いやいや、芝居を“教えた”わけではないです。芝居を一緒にやるパートナーとして、同じ世界を表現しようよ、という話をしたんですよね。結果的に同じ世界観が共有出来て、楽しかったです」

――今回、ご自身の中で何かテーマにされていることはありますか?

「一度卒業した、年齢制限のある役に呼び戻されることって本当にないことなので、この機会をすごくありがたく思っています。“彼”を生きるにあたって、10年前の自分がライバルなのかな。10年前の自分は役に近い年齢だったけれど、今は10年分のキャリアがあるので、その部分で闘えばいいかな、と。
ご覧になっていない方にとって、“初演”はどんどん美化されてしまう部分もあると思います、そうでもなかったはずなのに(笑)、伝説化してしまって。お客様の期待値は高いはずなので、“こんなものか”と思われないように、というプレッシャーは初演の時よりはあります」

――どんな舞台になればと思っていらっしゃいますか?

「初演の時には、お客様から“100分間、息をしていたか覚えていない”と言われることが多かったです。終わった時に、何が起こったのだろうと呆然としてしまった、と。今回はそれをより、濃厚にできるといいなと思っています。
『スリル・ミー』は『生きる』のような、コロナ禍にふさわしい内容の物語とは言えません。人殺しの話だし(笑)。でも、映像と違って、同じ空間でこそ体験できるものが、演劇にはあると思います。劇場が閉まっていた期間に、家でぼーっとしていただけでは絶対感じられなかった心の動きを得られるのは劇場なんだな、と思っていただけるといいなぁ、と思います」

――プロフィールを振り返りますと、新納さんは今回のような尖ったお役から、『女子高生チヨ』で演じられた“普通のお父さん”まで、幅広いお役を演じていらっしゃるように思います。どういう表現者でありたいと思っていらっしゃいますか?

「自分としてはそう言っていただけると嬉しいですね。いつも幅広く演じられる人でありたいと思います。見た目の問題もあって、僕は変わった役が多いけれど(笑)、この劇空間ならこういう人いそうだなとか、この人、普段はこういう買い物をしていそうだなとか、スピンオフが観たくなるような役者になれたら。
僕、演劇を観ていて素敵だと思うのは、“早くあの人出てきてよ”と思う方なんですよね。そういう役者であれたらいいな、と思います。変わった役であろうがニュートラルな役であろうが、出てくるとわくわくしていただける、そんな役者でありたいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『スリル・ミー』4月1日~5月2日=東京劇場シアターウエスト 公式HP
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