80年代に誕生以来、世界中にファンを持つ漫画を舞台化し、昨年の初演が大きな話題となった『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』が、早くも再演。
注目の新キャストの中で、主人公ケンシロウの兄トキを演じるのが、小西遼生さんです。
核爆発後の世紀末という絶望的な状況で、自らも被爆しながらも残りの命を人々のために使おうとするトキを支えるものとは。
新たな“哀しみのヒーロー”、トキ誕生への期待がいや増すインタビューをお届けします。
【あらすじ】
核戦争によって荒廃した世界。
北斗神拳の修行に励んでいた三兄弟(ラオウ、トキ、ケンシロウ)のうち、ラオウは力による世界支配を目指し、被爆したトキは残り少ない時間を人々の病を治すことに使い、ケンシロウは愛するユリアをシンに奪われ、放浪の旅に出る。
孤児バットとリン、女戦士マミヤや用心棒レイらと出会ったケンシロウはラオウの軍に囚われたトキを助け出し、恐怖で支配された世界に光を取り戻そうとするが…。
――原作漫画には以前から親しんでいらっしゃいましたか?
「20年程前に、(自動車)教習所で待ち時間に愛読していて、今回のお話をいただいて久しぶりに読み返しました。当時、男くさい画風の漫画が流行っていた中でも、本作はその最たるもので、筋肉隆々の強い男たちが死闘を繰り広げ、倒しても倒しても次の敵が出て来るので、たしか2日掛かりで一気に読みましたね」
――では初演の情報が駆け巡った際には“まさかミュージカルに⁈“…と?
「思いましたね。数多ある漫画の中でこれを?と。でも実際の舞台を見ると、よくぞこの題材を消化したというか、原作のけれん味を保ちつつ、一方で物語としては人間愛がより強く感じられる。起きていることは大きなことだし、アクションもド派手だけど、人間物語としては繊細だな、と。
ケンシロウが強く生き抜くための最も大切な要素として、愛がある。そしてその愛のストーリーは、どのキャラクターの根底にもあるんですよね。その愛を中心に物語を紡ぐことで、短い時間の中でまとめ上げなければならない舞台作品だからこその有効的な見せ方になっているなと思いました」
――稽古期間が始まるまでは太極拳をなさったそうですね。
「太極拳と体づくりですね。もっともトキの場合、ケンシロウと再会した時に言われた第一声が“痩せたな“なので、他のキャラクターほど剛健なイメージはありません。まだみんなの(できあがった)体を見ていないのでなんとも言えないけれど、少なくともボディビルダーみたいなマッチョにはならないよう、トレーニングしています。
太極拳は一言で言うと、内なる気を感じる拳。掌に気の温かさを感じたりといったことが参考になりましたし、普段から体の内側をイメージするトレーニングもしているので、自分に合っているなと思いました。早朝の公園でやっているイメージがありますが、自然の中の音や風を感じながらやると心身に良さそうですよね。
稽古に入ってみたら、トキの拳法は太極拳とは違ったけれど、緩やかに気を纏い流れるような動きで、という点では通じるものがありました」
――トキの人物像について少し伺いたいと思いますが、冒頭で師匠のリュウケンは、彼を“我欲がない“人間と評していますね。
「ラオウとトキの兄弟は幼くして親を亡くしていて、二人で生きていかなければならなくなりました。トキは生来、気が優しく弱い子でしたが、二人一緒に生きのびるためにどんどん強くなっていくラオウに憧れ、置いていかれないよう、必死についていこうとします。そして兄と交わした約束を果たす為、兄をも越えようとします。彼が強くなろうとする理由には、兄に対する思いによるところが大きいんです。自らの拳をもって何かを支配したい、世の中を変えたいというよりかは、守りたいものがある、ということなんですね」
――そんな弟の思いをよそに、ラオウは師匠のリュウケンを倒し、去っていってしまいます…。
「修行の過程でラオウは少しずつ変わっていき、我がために強くなって行くんです。天を目指して去っていった兄に対して、トキは言葉にはしづらい、複雑な思いを抱いたと思います。
その後、核爆発によりトキは自らも被爆しつつ、残りの命を生き残った人々を救うために使おうとしますが、拳王となったラオウの非情ぶりを目の当たりにするんですね。原作には、ケンシロウとトキが揃うことを恐れたラオウが、トキが救った人々を町ごと滅ぼし、トキを幽閉するという、とても非情な描写があります。強さに飲まれてしまったラオウを止めなくては、という一心で、トキは自分の拳を振り上げるのです」
――彼の中に勝算は…?
「トキ自身は、例え兄を倒すことはできなくとも、自らの拳を見せることでケンシロウに託せれば…という思いです。原作にも、この魂はおまえに残そう、そしてこの肉体はラオウとの死闘に捨てよう、という台詞があります。彼の生き方は我欲の正反対にある、自己犠牲の人生なんですよね。ユリアに対しても、彼女がケンシロウと思い合っていることを知っているから、秘めたる思いで終わっています」
――彼の人生で、報われたと感じられた瞬間はあったのでしょうか。
「舞台でも歌唱ナンバーとして登場しますが、両親を亡くした後、(素質のあった)ラオウだけリュウケンの養子にと言われた時、ラオウが“(弟と)二人一緒じゃないと養子にはならない”、そして“お前のことを守るために強くなる”と言ってくれた、あの瞬間がトキにとっては、一番の救いだったと思います。だから、トキが最後に命を賭して闘うのは、世を救うためという以上に、兄を救いたいという思いが強かったのではないかと思っています」
――なんと切ないキャラクターでしょうか。
「この作品には、幸せな瞬間ってすごく少ないんです。人間の喜びや幸福を問いかけているけれど、実際にそういう時間はとても短いんですよ」
――今年はウクライナ侵攻という、世界を揺るがす事態が起こってしまいました。そんな中で改めて本作を上演する意義を感じていらっしゃいますか?
「初演から一年足らずでの再演にもかかわらず、その間にこれほど世の中が変わってしまいましたからね。“明日は何が起こるか分からない”ということを描いた本作を今、上演することはとても意義深いと思っています。
特に(コロナ禍をきっかけに)この3年ほど、作り手は“この時代にやるべきものは何か”をすごく考えるようになったと思いますが、その中でも本作は特別、リアルタイムに強いメッセージを込めているように見えます。生々しく感じる方もいらっしゃるかもしれないけれど、目をそむけずに観ていただけたら。(演出の)石丸(さち子)さんはじめ、皆で、(残酷な現実は)伏せよう、ではなく、真正面から取り組んでいます。だから稽古ではとりわけ民衆の心の動きを細かく作っていますね。そこにリアルがあればあるほど、人々が幸せな時間を過ごしていた次の瞬間に拳王軍が来て、全員命を奪われてしまうことの残酷さが浮かび上がる。そういう人間世界のドラマを丁寧に作っています」
――本作の見どころの一つにファイティング・シーンがありますが、トキの殺陣はいかがですか?
「トキはワイヤー・アクションで結構トリッキーなことをするのですが、稽古場にワイヤーは吊るせないので、実際に動くのはまだ先になります。今回は劇場の機構の違いで、前回2本あったバトンが一本なので、二人が交差するようなアクションはありません。でも、そういう時こそ(アクションを)工夫して前回を超えちゃおう、と石丸さんがおっしゃっていて、どういうことになるかドキドキしていますね。
僕の箇所以外にもアクションはいろいろあって、稽古場で間近に観るとすごい迫力です。ここに映像や衣裳も加わって、本番ではさらに見応えのあるものになると思います」
――フランク・ワイルドホーンさんの音楽はいかがでしょうか?
「一曲一曲がすごく好きです。本作は名曲揃いというか、そのままシングルカットできそうな曲ばかりですよね。ワイルドホーンさんの“創りたい”という初期衝動が込められていると感じます。
作品自体、壮大な物語なので演じ手として最大限の熱量を込めて演じていますが、これを具現化できているのは音楽の力によるところが大きいと感じます。本作に登場するそれぞれのキャラクターのドラマに山場を感じられるのは、これらの名曲があってこそだな、と。
ただ、今回は(当初、中国公演を予定していたため)生オケではないんですよね。初演で指揮棒を振っていた塩田明弘さんは、演じる指揮者というか。音楽のみならず、作品や役を理解して、誰よりも客席の近くで指揮棒に情熱を込めて振る方で、本作にはぴったりだろうと思っていたので。初演の成功の理由の一つは塩田さんが振っていらっしゃったことではないかと思っています。今回は塩田さんが監修して音楽が録音されているので、その魂を受け取りながら歌いたいと思っています」
――どんな舞台になるといいなと思われますか?
「熱くなるしかないですよね(笑)。没入できる舞台になると思います。漫画が原作だし、ヒーローショーのような大きなアクションシーンもあるけど、そこにもリアリティを感じてもらえるような舞台に出来たらと思います。客観的に“わー、すごい”と思いながら観て頂くというより、“(この世界に)飲まれた!”と感じていただけるように。それぞれのキャラクターに感情移入しながら御覧いただければと思います」
――小西さんの直近の出演作は『ピーターパン』ですよね。ダーリング氏/フック船長役と、今回のトキとのギャップの大きさには驚かされます…。
「振り幅を考えることはあまりなくて、切り替えは自然にやっています。演劇において、役はその作品に必要なピースであって、自分はその役割を果たしているという感覚なので、前作と全然違う役であっても、台本と向き合ってから稽古場に入って、その役に必要なものを一つ一つ見つけていく…という過程の中で、前の作品のことはあっという間に忘れているかもしれません」
――ファンの方からすれば、本作でやっといつもの二枚目路線に戻っていらしたという感覚かも⁈
「トキって二枚目なのかな?(笑)」
――順調に引き出しが増えていらっしゃるのですね。
「そうですね、色々な役をやらせていただいています。その過程でもちろんたくさんのことを学んできたし、ステップアップもしているつもりですが、以前の自分を見返してみると、その時にはその時の良さがあったと感じます。その都度ベストを出そうと思ってやってきました。
僕の中には、とにかく(この仕事を)続けて行きたいという思いが強いのですが、その中で“今しか出来ない芝居”とたくさん出会いたい、と思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』』9月25日~30日=Bunkamuraオーチャードホール、10月7日~10日=キャナルシティ劇場 公式HP
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