Musical Theater Japan

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ストレートプレイへの誘い『黒白珠』村井國夫に訊く“台本の読み方”

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『黒白珠』

1990年の長崎・佐世保を舞台に、一組の双子とその周囲の人々のかかわりを繊細に描くストレート・プレイ『黒白珠(こくびゃくじゅ)』。青木豪さん(『花より男子 The Musical』)渾身の書き下ろし作が河原雅彦さん(『ロッキー・ホラー・ショー』)を演出に、松下優也さん・平間壮一さんを双子役に迎えて上演されます。

本作で主人公の親戚(父のはとこ)にして、父の経営する真珠加工・販売会社に勤めていた人物・須崎を演じるのが、村井國夫さん。ミュージカル・ファンには長年『レ・ミゼラブル』のジャベール役を演じたことで知られていますが、もともとは演劇のご出身です。音楽やダンス要素のないストレート・プレイで作品理解の唯一の手掛かりとなる台本と、村井さんはどう対峙していらっしゃるでしょうか。ミュージカルでのご活躍機会の多い松下優也さん・平間壮一さんの“芝居に対する姿勢”とともに、じっくりうかがいました。

人間の心の葛藤を大きなうねりとして描く戯曲

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村井國夫 佐賀県出身。俳優座養成所を経て俳優デビュー。自由劇場の旗揚げに参加した後、演劇・映画・TVドラマで幅広く活躍。ミュージカルには89年『レ・ミゼラブル』ジャベール役で初出演、以後『エリザベート』『ルドルフ~ザ・ラスト・キス』等多くの作品に出演している。©Marino Matsushima

――青木豪さんの作品へのご出演は今回が初めてでしょうか?

「初めてです。これまで何本か拝見していて、家庭の話であったり、等身大の世界の中で人々が抱えるいろいろな問題を、ペーソスを含めて描くのが上手な方だなという印象がありました。今回の『黒白珠』の台本は、そういったドラマはもちろん、シアターコクーンという大きめの劇場ということもあって、ドラマチックであったり、演劇のダイナミズムをうまく使っていこうとされている痕跡があって面白いですよ」

――ドラマチックというのは、ホームドラマ的な物語にサスペンス的な要素を取り入れているといったことでしょうか?

「サスペンス的な要素もなきにしもあらずですが、お互いに傷を持っている人間たちがどう生きていくかという物語の中で、人間の心の葛藤を大きなうねりとしてお書きになっているので、演じ手としてそれをうまく表現できればいいなと思っています」

――村井さんが今回演じるのは、松下優也さん・平間壮一さん演じる兄弟の親戚のおじさんである“須崎”。どんな人物としてとらえていらっしゃいますか?

「松下君たちきょうだいの父親を演じているのが風間杜夫君。須崎はその“はとこ”で、彼の会社に長年勤めてきた男なのですが…まあ、いい加減な男です(笑)。とにかくお調子者で、言ってはいけないことをペラペラしゃべる。これまで僕はインテリジェンスで仕事をしてきたけれど、それが一切要らないという…(と、とぼけた表情にておっしゃる村井さん)」

――私は初稿を拝読したのですが、須崎はある意味、闇を抱えていて、この役面白い!と感じました。

「その頃と今とでは、だいぶ設定が変わりました(笑)。稽古場で僕の様子を見て、いい加減なほうがいいんじゃないかと思われたのか、その日をうまく過ごしていけばいいやというキャラクターになっています。それがコメディリリーフというか、深刻な物語の中でもポイントとなっていければいいなと思っていますね。

全体的には、明るい部分とシリアスな部分がないまぜの作品になっている感じがあります。ただただ暗いと、パターンになってしまうし人間が浮き出てこない。いかにリアリティをもって人間を浮き上がらせるかという点において、決定稿は明確になってきていると思います。

僕と“はとこ”の関係性についても、よくありがちな単純なものではなく、今はより具体的な関係が出てきて、さらに面白くなっています。曲者だけどちょっと軽い、“あいつセコいな~”と言われそうな役だけど(笑)、最後にそれをエクスキューズするような部分も数行あって、嬉しくやっていますね」

――役者の演技を見て設定を変えるというのはよくあることですか?

「東憲司さんや亡くなった井上ひさしさんは僕たち出演者の顔写真を並べて書いていましたよ。僕らが言いそうな台詞をあてはめていくんです」

役柄のカギを探しながら台本を読み込む作業

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『黒白珠』キャスト

――村井さんは台本を読まれるときは、まずは読み物として読まれますか、それともご自身の演じる役をイメージされながらでしょうか?

「まずは全体の流れを掴まなくてはいけないから、ただただ読みます。今回ははじめ、1幕までしかなくて、1幕を何度も読んでいたんですよ。そうしたら2幕の台本が届いた時、予想と違って“あれ?”って(笑)。もっと悪い企みがあるのかなと思ってたら、全然セコくてね(笑)。そういうこともあるけれど、まずは全体を把握して、それから自分のものを見つけるというのが台本の読み方ですね」

――この台詞がキーだなと意識したりしながら、でしょうか。

「もちろん、そこを探します。台本を読む時には、自分のキーはどこなのかというのを探しますね。納得できる台詞があればそこからその役を派生させるというのがありますから、それを見つける作業ですね。これは表面的に言っているだけの台詞だなとか、ただ(返事を)返しているだけの台詞だなとか、(精査して行く中で)これはという台詞が見つかると、そこから自分のなかで(腑に)おちていくということがありますね。今回ももちろん、見つかりましたよ、これだなと」

――見つけやすいものですか?

「見つけやすくはないけれど、それはある意味必死の作業です。読んで読んで、見つけないと。もちろん、読み間違うこともしょっちゅうあるわけで、今も現場で演出家から指摘されて“そうなの?”ということもよくありますよ。俳優の考え方は肯定され否定され、その中から(芝居が)出来ていくんです」

――主人公の松下さん、平間さんはどんなご様子ですか?

「二人とも素敵ですよ。言葉もしっかりしているし、彼らが台本をどう読んできて臨んでいるかが分かる。それが正しいかそうでないかではなく、意思が感じられる。こうやりたい、こう理解したというのが感じられるので、その姿勢は素晴らしいと思います」

――ミュージカルの俳優さんは、ストレートプレイの稽古場では皆さん台詞の一言、一言にこだわっていらっしゃることにしばしば驚かれるようです。

「(ストレートプレイでは)言葉が全てですからね。でも松下さん、平間さんはちゃんとやっていますよ。“出来ている”とは言わないし、表現としてはまだまだ未熟な部分もあるだろうけれど、そこに向かってのアプローチの仕方は僕は正しいと思うし、いいなと思います」

――どんな舞台に仕上がりそうでしょうか。

「まだわかりません。もちろんだいたいのことは掴めているけど、より良い方向に向かって作業しているところです。自分はどういう役なのか、この台詞はどうなんだろうとそれぞれが試行錯誤している。それだけみんな真剣に考えているわけで、初日にはちゃんとしたものが出来上がると思っています」

『レ・ミゼラブル』の秀逸さ

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『シスター・アクト~天使にラブソングを』写真提供:東宝演劇部

――ミュージカルでのご活躍についても少しうかがわせてください。

「ここ何年か、Japanese Musical『戯伝写楽 2018』のような音楽劇には出たけれど、ミュージカルにはあまり出ていませんね。『シスター・アクト~天使にラブソングを』はミュージカルだけど、僕が演じたオハラ神父は歌う役ではなかったな」

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『モンテ・クリスト伯』写真提供:東宝演劇部

――2013年には『モンテ・クリスト伯』に出演されましたね。

「ファリア神父ね。6年前だけど、自分の感覚としてはもっと前のことのようだなぁ。もともと僕は音楽教育を受けていないし、たまたま『レ・ミゼラブル』に出たことで『サウンド・オブ・ミュージック』『マイ・フェア・レディ』はじめ、いろんなミュージカルに呼んでいただけるようになったけれど、今でも自分をミュージカル俳優だと思ったことはないですね」

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『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部

――『レ・ミゼラブル』ももともとやりたいと思って出演されたわけではなかったのですか?

「もちろんやりたかったですよ。ちょうどTVで台本が希薄な作品にばかり関わっていた時期で、もう一つ頑張らなくちゃと思っていたところに、細川俊之さんから“僕も受けるから君もどう?”とオーディションに誘ってもらったんです」

――見事合格され、再演から長くジャベールを演じました。

「作品自体は大変だったけど、演出のジョン・ケアードとはうまくいっていました。ジョンたちが作った以前の演出はね、エックス型に交差させる照明だけで人物の対立関係を見せたりと、観客のイマジネーションをかきたてていて、素敵だったんですよ。下水道のセットも実はぺらぺらのベニヤ板だけだったけどね(笑)。

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『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部

ジョンはアンサンブルの一人一人の芝居にもこだわっていて、“君、今どこから来てどこに行こうとしているの?”と聞くんですよ。“あの、下手から上手へ”とアンサンブルが答えると“そういうことじゃなくて、今仕事に行くところなのか、帰るところなのか。娼婦の君は、以前は何をしていたのか。俳優業で食べられなくて娼婦になったのか。貧しい家の出で娼婦になったのか”と。RSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)出身の人だから、芝居を作り上げるということにすみずみまでこだわっていましたね」

――これからミュージカル界がこうなっていくといいな、というものはありますでしょうか?

「僕は門外漢で、むしろ拡声された声よりも生の声が聞こえる空間で芝居をしたいタイプだから、そういうことは考えたことはないですね」

――日本では観るものを限定する傾向があって、ミュージカル“だけ”、演劇“だけ”ご覧になる方も多いような気もしますが…。

「それはありますね。ストレートプレイなんてご覧にならない方も多いかもしれないけど、それで満足ならどうこう言うことでもないでしょうね。ただ、どちらも面白いとは思いますよ。舞台芸術って“嘘っこ”であって、それをどう上手に見せるかというのが、ジャンルを問わずポイントなわけで」

――では最後に、村井さんにとって、演じることの喜びとは?

「喜びより苦しみの方が多いですよ。自分でない人間を作り上げないといけないから、模索する時間が長い。でも過ぎてしまえば、その苦しみながら作っていく時間が一番楽しいかな。(舞台上で)拍手喝采されたらそれももちろん嬉しいけれど。

稽古中の今はしんどくていやだなぁと思うけれど、結局この時間を持ちたいために俳優をやっているのでしょうね。この中でいろんな人に巡り合うことの楽しさ。今回もいろんな人が出ていらっしゃるわけで、そうした方々との出会いはかけがえのないものです」。

(取材・文=松島まり乃)
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公演情報『黒白珠』6月7~23日=Bunkamuraシアターコクーン、6月28~30日=兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、7月6~7日=刈谷市総合文化センターアイリス大ホール、7月10日=長崎ブリックホール 大ホール 7月6~7日=久留米シティプラザ ザ・グランドホール 公式HP

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