Musical Theater Japan

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『ローマの休日』観劇レポート:おおらかにして美しい“ミュージカル御伽噺”

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『ローマの休日』

某国の王女アンの諸国訪問のニュースと共に、紗幕に映し出されるヨーロッパの名所の数々。ローマのコロッセオの写真を最後にその幕が上がり、舞台には壮麗な謁見の間が。集まった各国の代表者たちの前に、輝くばかりに美しい王女が現れます。

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『ローマの休日』

優雅なワルツの曲調に乗って延々と続く謁見に内心、辟易していた王女は、長旅の疲れも重なって就寝前に泣きだし、安定剤を処方されます。一人寝室に残された王女は、窓の向こうで行われている祭りに興味津々、「本当の自由を知りたい」と外へ。バルコニーから別の部屋、キッチン、そしてトラックの荷台経由で門の外へと脱出するまでが、廻り舞台を使い、スリリングに描かれます。

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『ローマの休日』

街に繰り出したはいいけれど、先ほど処方された薬が効き、階段で眠り込んでしまう王女。偶然通りかかった新聞記者のジョー・ブラッドレーに助け起こされ、彼の下宿で眠りこけます。
新聞を見て彼女の正体を知ったジョーは、王女のお忍び観光をスクープしようと、友人のカメラマン、アーヴィングともども、身分を隠して街を案内するのですが…。

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『ローマの休日』

往年の同名映画を世界で初めてミュージカル化し、大地真央さん、山口祐一郎さんのコンビで1998年に初演。東宝のオリジナル・ミュージカル史を拓いた伝説的な作品が、キャストを一新して帰ってきました(演出・山田和也さん)。スペイン階段で食べるジェラート、スクーター、真実の口など映画版に登場した要素はおさえつつ、主人公たちの心情を大島ミチルさんによる優しく、耳馴染みの良い楽曲で丁寧に描写。またローマ市民を巻き込んだ騒動のハチャメチャぶりを人々のサンバで誇張するなど、ミュージカル版ならではの肉付けも楽しめます。

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『ローマの休日』

ストーリー自体は広く知られている上に比較的シンプルとあって、本作の成功には主人公たちに感情移入できることが不可欠なのですが、この日の公演でアン王女をつとめた土屋太鳳さん(朝夏まなとさんとのwキャスト)は、天真爛漫だがまだ子供っぽいところもある王女から、ジョーとの恋を通して責任感ある大人の女性へと成長する様が鮮やか。特に終盤の記者会見のシーンでは、落ち着いた口調で話しながらも随所にジョーへの思いを滲ませる姿が切なく、引き込まれます。船上パーティのシーンでは伸びやかなダンスも披露。

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『ローマの休日』

いっぽう、自分の人生に何か物足りなさを感じていたのが、アンに出会い、人を疑うことを知らない純粋な彼女に少しずつ惹かれてゆくジョーを演じるのは、加藤和樹さん(平方元基さんとのwキャスト)。世慣れた「大人の男」感がたっぷりで愛情表現もごく自然にこなし、本作のロマンティックなカラーを決定づける二枚目ぶりです。

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『ローマの休日』

ジョーの仕事仲間であり親友でもあるカメラマン、アーヴィングは、秘密がバレないようジョーに水をかけられたり転ばされたり、とさんざんな目に遭うややコミカルな役どころ。太田基裕さん(藤森慎吾さんとのwキャスト)のアーヴィングにはそれに加えてどこかシニカルな味があり、せっかくの儲け話がふいになってもさらりと流す姿に、ジョーとはまた別の大人の男の魅力が覗きます。

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『ローマの休日』

アンサンブルの面々が演じるローマっ子たちの、生き生きとした姿も本作の魅力。王女とジョーはあることで彼らに大迷惑をかけてしまいますが、それに対してはじめは怒り心頭の人々が、ジョーが苦し紛れに「結婚式に向かうので急いでいた」と言い訳すると、“結婚”という言葉に大喜びして去ってゆく様は、なんともおおらか。年初からコロナウイルス禍で世界が様々な制限を経験し、誰もが生きにくさを感じる中で、この寛容さはいっそう素敵に、感動的に映ります。

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『ローマの休日』

全編を通しても、悪意めいた要素が無く、気持ちよく浸ることのできる舞台。図らずも今この時にぴったりの、優しく、美しい“ミュージカルお伽噺”と言えましょう。

(取材・文 松島まり乃)
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*公演情報『ローマの休日』10月4日~28日=帝国劇場、12月19日~25日=御園座、2021年1月1日~12日=博多座 公式HP