余命を知った男が、残された時間で“意味のあること”を成し遂げようとする姿を描く黒澤明監督の映画が、2018年にミュージカル化。主演の鹿賀丈史さん・市村正親さん(ダブルキャスト)の名演も手伝って大評判を呼んだ舞台が、主人公の息子・光男役に新たに村井良大さんを迎え、再演されます。主人公と息子の親子愛もテーマの一つである本作に、村井さんはどんなイメージで取り組んでいるでしょうか。自粛期間中に考えていたこと等、“今”の人生観も含め、たっぷりお話いただきました。
物的なものではなく、芝居という形の無いものに僕は惹かれているんだ、と改めて気づかされました
――本作にはどんな経緯で参加されることになったのですか?
「『デスノート』のプロデューサーの方から“今後上演する作品で、村井さんに合う役があるんです”とおっしゃっていただきました。詳しくお話を聞いたところ、『生きる』の光男という役でした」
――初演はご覧になっていましたか?
「映像で拝見したのですが、シンプルに泣きましたね。観る前は、あの『生きる』という映画をミュージカルで表現するってどういうふうになるんだろう…と思っていたけれど、あぁ、こう作るんだ。映画をミュージカル化することで、シリアスな物語にコミカルな味が加わるんだな、と思いました。主人公の渡辺勘治が病院で(実は癌であることを意味する)胃潰瘍と言われて、ガーンとピンスポットがあたる描写だったり。ミュージカルという形式になることで、こんなにも作品が新しい形になるんだな、戦後昭和の世界がこういう切り口でミュージカルになるんだな、と面白く感じました」
――演出の宮本亞門さんとのお仕事は過去にも…?
「今回が“初めまして”です。亞門さんの演出作では、『プリシラ』が印象に残っていて、陽のエネルギーを打ち出される方、というイメージがありました。自粛期間中に(エンタメ界の人々が歌い継ぐ)“上を向いて歩こう”の動画を発表されていたりもしていて、ハッピー・ミュージカル、お客様に元気を与えるモノ創りをしていらっしゃる方だな、と」
――そういうクリエイターだからこそ、『生きる』のようなシリアスな題材のミュージカル化が実現したのですね。
「そう思います。しかもこの作品は終戦から数年後が舞台で、レトロな空気が終始流れている。そんな中から、登場人物の心情がごく自然に歌になって、エネルギーが湧きたっていると感じます」
――レトロな空気ではあるけれど、作曲は米国人のジェイソン・ハウランドが担当していて、音楽的には“ザ・昭和”ではないですよね。
「映画版にはバースデー・ソングや“ゴンドラの唄”が出てきて、これを聴いて(プロデューサーは)ミュージカル化を思いついたのかな、と思ったのですが、(ジェイソンが作曲した)オリジナル曲もすごくいいですね。そして歌い手さんがいいから余計に素敵なんです。名曲って、誰が歌っても名曲になるというわけではなくて、本作は鹿賀(丈史)さんや市村(正親)さんの心が込められているからこその名曲。まさに今、日本の方々に聴いていただく意味のある音楽だと思います」
――光男というキャラクターには共感できますか?
「光男に関してはわからないところもあったけれど、作品全体としてはいろいろ共感できるところがありました。光男って、自分が悪いのか、あるいは奥さんやお父さんの問題なのか、父親と同居していながら、なかなか本音が言えないんです。非常に微妙な親子関係をずるずると続けてしまっているんですよね。すれ違いってこういうことだな、と思えるし、本音を隠して普段は建前を言っているというのは日本人らしいなと感じます」
――子供のころはお父さんと心が通じあっていたのに…と歌うソロナンバーもありますが、光男と勘治は何がきっかけで分かりあえなくなったのでしょう?
「きっかけがあれば、わかると思います。わからないから見つからないんでしょうね。みんな、そういうものじゃないかな。例えばいつの間にかお母さんと距離が出来ていたとか、何年か会わない間にいとこが大人びていてなんでこんなに話さなくなったんだろうと思ったりとか。
はっきりとしたきっかけがないから、なぜだろう、と思う。光男の場合は、勘治の病気を知らないことで、知らない女性を家にあげたり一緒に外を出歩くようになった父が不貞をしている、と思い込んでしまいます。
このご時世、いろんなニュースが目に入りますが、“結果”はわかってもそれが何がどうしたから起こったことだという内情はわかりません。書き手によっても伝え方は違いますし。思い込みでものを言わないよう、気を付けないといけないなと、光男を見ていて思いますね(笑)」
――SNSで情報が溢れる時代だけに、要注意ですね。
「今に限らず、人って昔からそういうものだったのかもしれないですね。自分の思い込みで、“それはやめたほうがいい”と言ったりする。コミュニケーションをとって理解すれば誤解は解けるけれど、コミュニケーションできないまま行ってしまうと、そこからズレが生じていってしまうのかなと思います。すごく今にも通じるテーマだし、それ以前に『生きる』というタイトル自体、誰もが今、痛烈に感じていることかもしれません。コロナのことで、人に迷惑かけてはいけないなとか、コロナにかかったら死んでしまうかもと思った時に、(逆に)どう生きるべきかと考えるということが、ここ数か月で何度あったことか。そういうこと、ありませんでしたか?」
――個人的には、日々のことで精一杯でした(笑)。
「もちろん僕も日々精一杯だったけど、どう生きていこうかな、ということはすごく考えさせられました」
――とても根本的なテーマですね。
「根本的です。自粛期間中に、矢沢永吉さんが“俺も食ってかなくちゃいけないんだよ”とおっしゃって有料配信をされたことがあって、あのコメントをしていただいてすごく救われました。そうだ、僕らも生きていかないといけないんだ、と(心強く)思えたし、それがきっかけで、お金をいただいて演劇をすることの意味、芝居に参加する自分はどういう状態であるべきかをさらに考えました。これからどう生きていきたいのか、と。」
――どんな考えに至りましたか?
「まずは“今、現在”にフィットする価値観と姿勢を持たないと、と思いました。そのうえで、改めて自分の仕事について考えたのですが、今回、コロナのことでエンタテインメントは一番最初に自粛し、復活は一番最後でした。震災の時も思ったけれど、平時でない時は、誰もが食べ物と寝る場所の確保で精一杯で、文化が栄えるどころではないんですよね。でもエンタテインメントは必要なものじゃないか…と、すごく葛藤しました。
そんな中で、作品に呼んでいただくことの有難さがいっそう感じられました。お仕事があるって、当たり前のことじゃない。呼んでいただくからには期待以上のものをお見せしたいし、それが出来る自分でありたい、とさらに仕事への向き合い方が変わりました」
――生き方を考えた時に、演技から離れる、という選択にならないでよかったです。
「ぐるーっと考えを巡らせた時に、結局この仕事が好きだったんです。お金のような“物的なもの”に衝き動かされて職業を選ぶのではなく、芝居という、形のないものに惹かれる自分がいて。そういう純粋なものが好きな自分で良かったです」
――光男役の話に戻りますが、今回はどんな光男になりそうでしょうか?
「なるべく素直でありたいと思っています。父親のことで思い込みをしている光男に対して、観客的には“光男、落ち着け!”となるかと思いますが(笑)、光男のあの感じは“愛らしさ”だと思うんですよね。ちょっと頑固でまっすぐというか、憎めない愛らしさがある。それを感じていただけるといいなと思います」
――真剣だけど勘違いしている、というような?
「そうなんです、真剣だから厄介。全くもって不器用な感じがすごくいいですね(笑)。みんな“光男~(そうじゃないんだよ~)”、となってしまうと思います」
――ずっと勘違いしていた彼が真実を知るラストは、感動の渦が押し寄せそうです。
「号泣がゴールかどうかはわからないけど、光男はあの瞬間から生き始めるんだと思います。それまではただただ時間をやり過ごして、お父さんが外で女性と遊んでいるという奥さんの言葉をうのみにしたり、世間体を気にしたり。そんな彼が真実を、お父さんが実際に成し遂げたことを知って、自分の考えを持って生きることに目覚めるんですね。夫婦の形も、少し変わるかもしれないですね。
勘治は自分が胃癌であることを知って、どうしようとなった時に皆のために公園を作ろうと思いつき、そこで初めて、生きるエネルギーが湧いてくる。この過程を観ていると、例え長い間生きられたとしても、だらだら過ごすだけでは死んでいるようなものだなぁ、そういうふうにはなりたくないな、と思います。せっかく俳優という、感受性を刺激される仕事をしているのだから、僕も毎日発見したり、考えるということを続けていきたいなと思います」
――鹿賀丈史さん、市村正親さんとも今回が初共演ですね。
「これまでずっと第一線で活躍されてきたお二人との共演が嬉しいです。長いキャリアの中では喜びも悲しみも悔しさも、いろいろな経験をなさっていると思いますが、そういう積み重ねがあるからこそ、あれほどのエネルギーが出るのでしょうね。それがいわゆる“演技を超えた、深い味わい”になってゆくのかもしれません。ご一緒している間、お二人から出来るだけ多くを学びたいと思っています」
――どんな舞台になればと思っていらっしゃいますか?
「シンプルに、この舞台を観て元気になっていただきたいです。今は難しいことを考えなくていいから、泣いて笑って、生きるってどういうことだろうと考えていただければ、それで十分かな。僕らとしても、崇高な舞台に、とかクオリティがどうこうというより、舞台上で“生きる”ことを大切にしたいです。実際、(自粛期間を経て)今、舞台に上がったら、みんな嬉しすぎて、誰も死なない話になるかもしれない(笑)。物語ももちろん素敵だし音楽もいいけれど、何より僕らと本作の世界を共有していただくことで、生きる価値を感じられるひと時になるんじゃないかな。想像するだけで、やばいです(笑)」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『生きる』10月9~28日=日生劇場、11月2~3日=オーバードホール、11月13~14日=兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール、11月21~22日=久留米シティプラザ ザ・グランドホール、11月28~30日=御園座 公式HP
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