Musical Theater Japan

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『In This House』綿引さやか・川原一馬インタビュー:愛しい人、人生に向き合うということ

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(左)綿引さやか・東京都出身。『レ・ミゼラブル』エポニーヌ、『Beauty and the Beast IN CONCERT』(LA)等様々なフィールドで活躍。(右)川原一馬・静岡県出身。最近の舞台に『ALTAR BOYZ 2019』『イヴ・サンローラン』等。(C)Marino Matsushima
舞台はアメリカの片田舎。以前住んでいたファームハウスで語らうヘンリーとルイーサのもとに、乗っていた車が故障したという若い男女、ジョニーとアニーが助けを求めてやって来る。夜が明けるまでともに過ごすことになった4人は、改めてそれぞれのパートナーとの現在・過去・未来を見つめ直すが…。
二組の男女がひょんなことから、永遠に忘れがたいひと時を過ごすさまを時に優しく、時に躍動感たっぷりの楽曲を織り交ぜ、ドラマティックに描き出すミュージカル『In This House』。誰もが生きていくなかで直面するであろう“結婚”“夢との決別”“愛”“喪失”といったテーマを含む舞台は、昨年の初演で大きな反響を呼び、再演が実現しました。 ヘンリー役の岸祐二さん、ルイーサ役の入絵加奈子さん、アニー役の綿引さやかさんが続投し、ジョニー役として今回、『宝塚BOYS』『イヴ・サンローラン』等で活躍する川原一馬さんが初参加。稽古場に綿引さん・川原さんを訪ね、仕上がりつつある作品の“共感ポイント”を、ご自身の人生観を交え、たっぷりとうかがいました! 
  

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『In This House~最後の夜、最初の朝』
何かを“プラスに”感じていただける舞台に
 ――綿引さんは初演にも出演されていたので、今はアニー役が“蘇ってきた”という状況でしょうか?
綿引さやか(以下・綿引)「それがですね(笑)、この1年間、アニーってこうかなぁといろいろ考えてきたけれど、今回、川原さんが(恋人の)ジョニー役で入ってこられて、前回と全然違うジョニーということもあって、同じセリフなのにアニーが感じることも全然変わってきまして。蘇ってきたというより、一つ一つアップデートされている、生まれ変わっているという感覚のほうが強いです」
 
――川原さんは初演はご覧になっていましたか?
川原一馬(以下・川原)「音源だけは聞かせて戴いたのですが、実際の舞台は観ていませんでした。前回ジョニーを演じた法月康平君は知り合いで、同い年でもあるのですが、彼の後に“はまる”というより、新しいアプローチでやってみたい、それによって自分の力もつけたいという思いがあり、資料映像も敢えて観ませんでした」
 
――では台本を読んでどんな印象を受けましたか?
川原「はじめはこの本に感情移入できる読み方が出来なくて、感情の流れがつかめませんでした。いったいこれはどう読み解いていったらいいだろうというのが大きかったです」

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『In This House』稽古より。岸祐二さん演じるヘンリーは元・野球選手という役柄。(C)Marino Matsushima
綿引「私も初演の時は、わからないことが多すぎるというか、余白がものすごく大きい作品だな、と戸惑いました。例えばヘンリーとルイーサは時々、ト書きのような“ヘンリーは~~した”という客観的な表現の台詞を言うのですが、これはいったい何なのだろう、と。だから川原さんが今回、戸惑う理由もわかる気がします」 
――その“ト書き風の台詞”は観客としても気になる部分です。これは例えば、二組のカップルが実は同じ次元で話しているのではない、ということを暗示したかったのでしょうか。
川原「ご覧になる方のとらえ方でいいと思いますが、僕自身は“同じ時間軸ではない”とは感じます。ただ、この台詞のアプローチ法もたくさんあると思うんですよね」
綿引「この表現に限らず、今回稽古に入って、“ここって実はこういう意味なんじゃないかな”と皆で言い合う機会がすごく多いんですよ。稽古場で一つ一つ発見して、もう一度深い層まで読み解いている感覚です。それはやっぱり川原さんが入って下さったから。毎日、新しい『In This House』が積み上げられているところです」 
――ご自身の参加が今回の公演に大きな影響を与えていらっしゃることを、川原さんは意識されていますか?
川原「いえ、僕は台本を読み込むことでいっぱいいっぱいです(笑)。ただ、この物語はジョニーとアニーが、ヘンリーとルイーサの小屋(ファームハウス)を訪ねることで成立するので、彼らにどう受け止めてほしいのか、それとアニーと僕は自分たちのことについてなかなか本音を言わないのだけど、それがお客様に分かりやすすぎてもいけないし、全くわからないままだとさらっと物語が終わってしまうので、そのひっかかりをどこに置くかを考えているところです」 
――ヘンリーとルイーサがどこかミステリアスなのに対して、ジョニーとアニーのカップルは観る側にとって身近に感じられる存在です。ただ、二人はかなり異なるタイプなので、そもそもどうしてこの二人が惹かれあったのか、不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。
綿引「アニーとしては、自分が持っていないものをジョニーが持っていて、その違いに憧れるし、愛おしいとも思っているのですが、その違いが結局溝を生んでしまうんですよね」

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『In This House』稽古より。入絵加奈子さん演じるルイーサは、或る思いをずっと秘めて生きてきた。(C)Marino Matsushima
川原「そうですね。ジョニーにとっても、アニーは一度決めたことを自信をもって実行できる行動力があって、そこに憧れているんだと思います。それはジョニーが潜在意識のなかで自分もそうなりたいという思いがあるから。でも自分の生きてきた環境の中では難しいものがあって…というのをどう見せるか。育った環境も考えていることも違って、惹かれてはいるけれどすれ違ってもしまう、というのをどう表現するかが難しいです」

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『In This House』稽古より。綿引さやかさん演じるアニーは、世界中を飛び回るトリアージナース。やりがいのある仕事だが、恋人ジョニーとの時間を十分持てないでいる。(C)Marino Matsushima
綿引「二人は同じ景色を見ているのに行こうとしてる道が違う、というのが切ないんですよね。序盤の“家族”というナンバーでも、見ている未来は同じなのに立ち位置は違うというのが、メロディからも歌詞からもわかる。リアルで、あるよなぁそういうこと、と思えます」
川原「男女の違いも大きいと思います」 
――保守的なイタリア系家庭で育った警官のジョニーとしては、海外出張が基本である彼女のライフスタイルを受け入れるのは大変そうですが…。
川原「アニーの仕事が忙しいというのは実はジョニーとしては二の次であって、彼としてはとりあえず結婚して、そこから考えていきたいというのがあると思います。まず結婚、という形を大事にしているんじゃないかな」 
――そんなジョニーに対して、アニーとしてはいろいろ考えてから結婚したいタイプ。だから結婚という話題が出た時、二人の間の大きな溝が明らかになるわけですね。
綿引「アニーとしてはいろいろ考えてその先にあるのが結婚だといいなという感じだと思うんですね。価値観の違いは感じつつも、アニーも仕事が忙しくてなかなか一緒にいられないので、もっと関係性を作って細かい違いもすり合わせ、“これなら結婚できるね”と思った時に一緒に生きていきたい、と思っているんじゃないかな」

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『In This House』稽古より。イタリア系の家庭で育ち、自らも温かな家庭を築くことを夢見るジョニー(川原一馬さん)。(C)Marino Matsushima
川原「男性はよく“結婚して落ち着きたい”と言うじゃないですか。それが一つの節目だと思っている。でも女性はそこがゴールではないというのがあると思うし、年齢や自分の仕事との関係性でタイミングを考えていると思うんです。うまく結婚までいけるカップルもたくさんいるけど、男女で根本的に結婚の概念が違うことで溝が生まれてしまうということが、ジョニーとアニーのケースでは起こっていると思います」 
――共感できますか?
川原「そうですね、僕自身は、結婚って節目と覚悟だと思っているけれど、ジョニーほど抱えているものはないです(笑)。結婚を考えるなら男として受け入れられるスタンスは先に作りたいけれど、ジョニーは最低限の生活はクリアしているから考えられるのでしょうね。僕自身はまだ具体的に考えたことはないけれど」 
――綿引さんはいかがですか? 初演の時に“わかる…”とおっしゃっていましたが。
綿引「より、わかります(笑)。女性にとっても、結婚って“覚悟”だと思うんです。アニーがそこに踏み出せないのは、価値観の違いもあると思うけど、今回、それはちょっと言い訳のような気もしています。

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『In This House』稽古より。音楽監督の桑原まこさんから、歌唱の微妙な部分までかなり細やかなリクエストが入ります。(C)Marino Matsushima

結婚を避けているわけではないけど、ジョニーに結婚話を持ち掛けられた時、彼女は“なんで勝手に!”とか言っていろんな理由を並べようとします。それは自分以外に守るべきものが生まれることに対して覚悟が決まっていなくて、ちょっと逃げに入っているんじゃないか。どんな仕事も責任はあるけれど、アニーは特に人の命を預かっている大変な仕事で、そこに区切りをつけてジョニーと一緒になる、というところ迄の覚悟はできてないのではないか、と今回思うようになりました」 

――女性も仕事を頑張れる“今”の時代だからこその悩みですよね。
綿引「そうですよね。共感してくれる方は多いような気がします。平等に働けるからといって、仕事と家庭を両立できるのか。不安になっている方も多いと思うので、ご自身と重ね合わせて観ていただけるかなと思います」 
――お二人はお互いをどんな共演者ととらえていますか?
川原「お三方全員そうだけど、綿引さんはまっすぐで、歌の説得力を含めてパワーがとても強いです。その部分で引っ張っていただいている分、僕ができることは何だろうと思うと、ふだんミュージカルではない作品が多いので、ストレートの要素が強いこの作品では、過剰な表現を抑えられる部分で自分が引っ張ったり、こういう空気にしたいということに意識的にチャレンジできると思うんです。先輩方がとても温かいので、そこは物おじせず作れていると思います」
綿引「川原さんは柔らかくて芯のある方、と初対面の時からずっと思っています。ジョニーってすごく難しい役で、例えばすべての女性を敵に回す演じ方もできると思うんです(笑)」

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『In This House』稽古より。4人の出会いは偶然だったのか、必然だったのか。ミステリアスな余韻が残ります。(C)Marino Matsushima
川原「台本をさらっと読むと、“こいつダメダメじゃん”と感じますからね(笑)。でもそれで終わってしまうのではなく、アニーが思っているジョニーの魅力をお客様にも知ってほしいです」
綿引「その点、川原さんのジョニーは愛すべきジョニーというか、男らしさだけでなく可愛らしさ、愛らしさがギュッと詰まっているので、アニーとしても惹かれた理由がわかるし、ヘンリーたちがいい意味で彼から影響を受けるのもわかります。お客様にもジョニーに共感していただけるんだろうなとも思います」
 
――ジョニーは一見、単細胞なタイプに見えますが、実は文章も書く人で、本当は文系なのに、親の勧めで体育会系に行かざるをえなかったのかな、と映ります。
綿引「そういう才能を知っているアニーとしては、悔しいというか、もどかしい部分があると思います」
川原「もともとのジョニーは、バスケをやったり小説を書いていたりして、それなりに評価されていたけれど、恐らくはお父さんの影響で諦めてしまっている。そこにコンプレックスを感じて、自分に自信がなかったり、それを近くで観ているアニーも、もっと自由に生きてほしいと思っているんだろうなと思います」
 
――お客様たちに本作をどうご覧いただきたいですか?
綿引「(演出の)板垣恭一さんが、私たちのやっている舞台は鎮魂や解毒剤といったものであってほしいとおっしゃっていたのが心に残っています。登場人物と完全に一緒でなくても、誰しも、“こういうことあったな”と心に引っかかっていたり、しこりになっているものってあると思うんですよ。でも本作をご覧になることで、それがやさしくほどかれて、久々にあの人に連絡してみようかなとか、思いを伝えてみようかな、と思っていただけたら最高です。
本作には、長い間言えなかったことを口にすることで、ほんの30秒ほどで大きな誤解が解ける場面があるのですが、伝えることで人との関係がもっと近く、もっと愛おしいものになるかもしれません。人ってそういうものだと思うし、向き合うきっかけにしていただけたら嬉しいです」
 
――日本人はとかく「言わぬが花」と思いがちですが、時には言ってみたほうがいいこともあるのですね。
綿引「“なんだそういうことか、笑えるね”、みたいなことってあるじゃないですか。すぐはできなくても、そのセンサーを無視しないほうがいいなと、私自身この作品を通して学ばせていただきました」
川原「それは僕自身も伝えたいことですね。それと、コンプレックスを抱えたり、夢をあきらめるという経験は誰にもあると思うけど、それが別に悪いことではないし、やってきたことに自信をもって生きて行ってほしいです。見終わった後に、少し清々しい気持ちになれたらいいのかな。いつもだったら踏み出さない一歩を今日から、明日から踏み出してみようかなとか、何かを始めるきっかけになったら嬉しいし、仕事とか対人関係で逃げていたことに対して向き合おうとか、何かプラスに感じてもらえたら」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
 
*キャストの4名から作品のアットホームな空気を感じていただけるメッセージ(動画)をいただきました。曲調を知っていただけるよう、ナンバーから少しだけ歌ってくださってもいます。
 
*公演情報『In This House』11月20日~24日=六行会ホール、11月27~29日=ひらつかホール 公式HP
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