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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』観劇レポート:“この世の深い闇“を忘れさせる熱狂のミュージカル

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
 ヴァンパイアの歯形が掲げられた額縁舞台。アブロンシウス教授の助手アルフレート(この日は東啓介さん)が“もしヴァンパイアに会ってしまったら、絶対にしてはいけないこと”…と作品内容に絡め、鑑賞マナーのアナウンスを行った後、場内はボリューミーなロックサウンドに包まれます。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
音楽と連動するように大雪のイメージが映し出される中、客席通路には“プロフェッサー、どこですか…”と、アルフレートが登場。ヴァンパイア研究の旅路ではぐれてしまった教授は無事見つかるものの、吹雪の中で凍ってしまっており、アルフレートに背負われても手足を曲げ、かちんこちんになったまま。漫画やアニメさながらの描写に、“もしかしてこれは…”と観客が本作の空気感を察し始めると、それに畳みかけるように、舞台上ではニンニクを首にかけた村人たちのとびきり能天気なナンバー“ガーリック”が歌われます。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
タイトルに“ヴァンパイア”という語が含まれているとはいえ、どうやら本作はホラーでも、シリアスな歴史ドラマでもないらしい。教授が宿屋のお湯で元の体に戻ってゆく過程と並行し、客席の空気もみるみるうちにほどけてゆきます。
 
宿の主人シャガールの浮気を巡るドタバタや、宿の娘サラとアルフレートの初々しい恋の予感が描かれたところで、曲調ががらりと変わり、客席通路には“この世のものならざる”気配が。マントに身を包んだ長身のその人は、舞台へ上がり、囁くように、そして高らかに歌う。“死こそが永遠の始まりなのだ”と…。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
娘を溺愛する父親に幽閉されたサラはその声を聴き、アルフレートとの出会いなど吹き飛んでしまったかのように陶酔。声の主からの贈り物である赤いブーツを履くと、その人…クロロック伯爵の城へと向かってしまいます。すぐにシャガールが追うも返り討ちに遭い、アルフレートは教授とともにサラ救出へと向かうのですが…。
 
中世以降ヨーロッパで脈々と語り継がれ、文学・映画・舞台など様々な形で作品化されてきたヴァンパイア伝説を、今や巨匠と呼ばれるロマン・ポランスキー監督が若かりし日、独特のユーモア感覚で映画化したのが本作の原作(『吸血鬼』1967年)。
 
97年にウィーンで世界初演された舞台版は、映画版のスラップスティックな風合いはそのままに、ジム・スタインマンのスコアを得て壮麗な世界観を創出。様々な要素を吟味したうえで纏め上げ、観る者を一気にクライマックスまでいざなうテンポの良さが日本版の特徴です(演出・山田和也さん)。5回目となる今回の上演では、LED独特の冷ややかにしてカラフルな照明を取り入れたゴシックな風合いのセットが登場(美術・松井るみさん)。クラシカルにしてスタイリッシュなヴィジュアルの中で、神の摂理に反する者たちと人間たちの攻防が描かれます。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
この日本版の世界観の中心にあるのが、山口祐一郎さん演じるクロロック伯爵。登場時の日本舞踊を思わせる“幽玄”のたたずまいや圧倒的な歌声でまさしく“唯一無二”と呼ぶにふさわしい存在感を示しますが、今回はとりわけ二幕、これまで歯牙にかけてきた少女たちを回顧するナンバー“抑えがたい欲望”の表現が鮮烈です。エネルギッシュでありながら虚無を漂わせたその歌唱は、古来から疫病や不可解な死の原因として恐れられると同時に、封建的道徳観からの解放のシンボルとして密かに憧憬されてきたヴァンパイアでさえ、結局は永遠に満たされることなく憂い続けなければならないというこの世の闇の深さ、そして作り手たちのニヒリズム的視点に思い致させるのです。2幕頭の“夜を感じろ”やクライマックスの熱狂は、こうした虚無感の反動として存在するものかもしれません。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
ヒロインのサラ役はダブルキャストですが、この日出演の桜井玲香さんは父親の束縛からの解放の場である風呂を愛し、外界への好奇心を抑えられない娘をみずみずしく演じ、赤いブーツで踊る姿も魅力的。またこの日アルフレートを演じた東啓介さんは“頼りない”青年役をあざとく演じることなく大真面目なアプローチで好感を誘い、“あの人とならどんな明日になるのだろう”と夢見るサラとのデュエットでは、その場をロマンティックに染め上げます。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部
宿屋の好色な主人シャガール役のコング桑田さん、その妻レベッカ役の阿知波悟美さん、そこで働くお色気たっぷりのマグダ役・大塚千弘さん、クロロック伯爵の忠実なしもべクコール役の駒田一さんもそれぞれに役柄を生き生きと演じ、伯爵の息子ヘルベルト役の植原卓也さんは決して長いとは言えない出番ながら一秒たりとも無駄にせず、全身で怪しくも愛嬌のあるキャラクターを造型(カーテンコールでの振付指導でも活躍)。またこの日のヴァンパイア・ダンサー役、佐藤洋介さんは滑らかかつダイナミックな動きで異世界の空気を醸し出し、アブロンシウス役の石川禅さんはやることなすこと間抜けてばかり、という教授役をむしろ知的に、力強い口跡で演じ、大劇場公演ならではの品格を作品にもたらしています。

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『ダンス・オブ・ヴァンパイア』写真提供:東宝演劇部

ところどころで稲妻のようなギター・サウンドを差し挟み、楽曲のスケール感、躍動感をあますところなく伝えるオーケストラの演奏も出色の本作。今この時ばかりは“この世の闇”を意識の底に押しとどめ、心から“解放”を味わいたいと思える公演です。
(文=松島まり乃)
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