舞台前面の紗幕に、浮かんでは消える水紋。ピアノと弦の柔らかな音色が劇場を包み、紗幕の向こうには椅子に腰かけた人々(今回採用された12人編成版Twelve “chairs”バージョンになぞらえている模様)が浮かび上がります。
舞台の薄闇に眼が慣れると、舞台には川面を覗く男、客席通路にはその背中を眺める若い男の姿が。二人は親子らしいが、その間にある空気はどこかぎこちない。結婚式のため久々に帰郷した息子ウィルは、何かにつけて話を“盛る”父エドワードが心配でならないのです。
案の定、披露宴で余計な話をする父に、ウィルは“もううんざりなんだよ!” と爆発。しかし父が癌を患っていることを知り、ウィルは新妻ジョセフィーンとともにかつて父が語ったエピソードを辿ってゆく。
魔女から自分の最期を聞かされたという話。人魚とのキス。洞窟の巨人。サーカス団での母との馴れ初め…。
奇想天外なエピソードの数々を回顧するうち、ウィルの中にはある疑惑が芽生える。“父さんは母さんを裏切っていたのではないか”。真実を知るため、彼は生まれて初めて、父の生まれ故郷アシュトンを訪ねるが…。
薄闇から眩いばかりの光景まで、光量のバリエーションを駆使した白井晃さんの演出、高見和義さんの照明のもと、舞台は親子が心の溝を抱えたまま父親の病に直面する現実世界と、父の語る輝かしい過去のエピソードを対比させつつ進行。
相いれない二つの世界は、ウィルが父の真実を探りに彼の故郷を訪ねたことがきっかけで、不思議に溶け合い始めます。ウィルが子供のころから壮大な話をし続けた父の、真の意図とは。そしてそんな父に“一生をかけて君を知りたい”と口説かれ、結婚した母の思いとは…。
前回公演よりもぐっと人数を絞り込んだ12人編成版ということもあり、もともと出ずっぱりで大忙しのエドワード役以外の出演者も、今回はそれぞれに数役を掛け持ち(驚くべき設定の方も!)。いっそうの団結力をもって、小劇場演劇のような濃密な空間を作り出しています。
物語ることでしがない人生を“ヒーロー”として生きようとするエドワードを、最後の瞬間までエネルギッシュに、チャーミングに生ききる川平慈英さんと、自身の価値観にとらわれ、父親の生きざまを肯定できないウィルの葛藤をリアルに表現する浦井健治さんの“対決”はスリリングなまでに力強く、一方では風変わりな夫を支えるサンドラを包容力たっぷりに演じる霧矢大夢さん、ちょっとした場面で聡明さが滲むジョセフィーン役の夢咲ねねさんの“賢妻”ぶりも印象的。
またエドワードの初恋の相手ジェニー役で"過去”と"現在”の姿を別人かと見まごう鮮やかさで演じ分け、人生の哀感を漂わせる鈴木蘭々さんはじめ、その他のキャストもそれぞれに好演しています。
人生はおかしくも切なく、そして素晴らしい。エドワードという、現実とイマジネーションの中で精一杯、力いっぱい生きた人物の物語は、きっと観る者の胸に温かな灯をともしてくれることでしょう。
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『ビッグ・フィッシュ』11月1~28日=シアタークリエ 公式HP