『タイタニック』『グランド・ホテル』等で知られる作詞作曲家モーリー・イェストンが、『ナイン』で共作した脚本家アーサー・コピットと再びタッグを組み、米国ヒューストンで初演。日本でも04年の宝塚歌劇団版以来、度々上演されてきた『ファントム』が、14年版で主人公エリック役を演じた城田優さんによる新演出で上演されます。
原作は1911年に発表されたガストン・ルルーの小説『オペラ座の怪人』。同じ題材を扱ったアンドリュー・ロイド=ウェバー版やケン・ヒル版と比べ、ファントム(エリック)が父や母、そしてクリスティーヌとの関係性の中で葛藤する様にフォーカスしているのが特色です。
本作をこよなく愛する城田さん演出のもと、木下晴香さんとのダブルキャストでヒロイン、クリスティーヌを演じるのが愛希れいかさん。宝塚歌劇団を昨年退団し、今年『エリザベート』(東宝版)タイトルロールで確かな存在感を示した彼女ですが、“もう一つの『オペラ座の怪人』”のヒロイン役にどう取り組んでいらっしゃるでしょうか。稽古佳境の某日、お話をうかがいました。
演出の城田さんに身を委ねつつ、 新たなクリスティーヌ像に挑んでいます
――愛希さんは稽古に入るまで、本作についてどんな印象をお持ちでしたか?
「城田さんや大沢たかおさんが出演された時の『ファントム』は拝見していませんでしたが、宝塚歌劇団版はおそらく全部観ていますし、韓国でも観たことがあります。(原作を同じくする)『オペラ座の怪人』と比べて、この作品はファントム(=エリック)の内面が描きこまれていて、彼に感情移入しやすいと感じてきました。両親やクリスティーヌとの“愛”が深く描かれていて、だからこそ宝塚という、愛をテーマにした作品を上演することの多いところで何度も上演されている作品なんだな、と」
――その『オペラ座の怪人』では、クリスティーヌは夢見がちな女性として言及されますが、本作ではクリスティーヌについて、あまり言葉では描写されていません。ご自身としてはどう造形されていますか?
「この作品のクリスティーヌは、とても難しい役だと思っています。筋を通そうとすると通せないようなつかみどころのなさというか、あちらに行ったりこっちに行ったりするんですね。それをどうとらえるか。(演出の)城田さんからは、無邪気で天真爛漫な女性、というヒントをいただきました。深く考えず、その時その時感じたままに反応していくタイプです」
――となると、年齢的には10代でしょうか?
「『オペラ座の怪人』のクリスティーヌはおそらく、20代前半ぐらいだと思われますが、本作のクリスティーヌはもう少し少女っぽく描かれている印象はあります。フィリップ・シャンドンに対して恋心が芽生えるところで、振付をいただきながら、ここはたぶん初恋の感覚でやったほうがいいんだろうなとも感じました。ただ、彼女は田舎出身で、田舎で育ったピュアさが溢れているということを考えると、年齢はあまり意識しないほうがいいのかなという気もします」
――田舎育ちの彼女がパリに出て、楽譜を売っているところでフィリップに見いだされ、オペラ座との縁が出来るのが物語の発端。音楽好きの少女だったのですね。
「父親の影響ですね。台詞にも、言葉を覚える前に歌を覚えたというような表現があります。そんな彼女がおそらく両親ともに亡くしたことでパリに出てきた。雑草の強さみたいなものはあると思います。だからこそ、その後の展開(歌手としてのデビュー)に繋がってゆくのだと思います」
――そんな彼女が音楽の“師”であるエリック(ファントム)の苦悩を知り、“マスクをとって”と話しかけるシーンは一つの見どころです。結果的には思いがけない展開となってしまうのですが…。
「キャリエールから、エリックが自分に母親を重ね、好意を持っていると聞いて、だったら彼を救えるのは私しかいないと思って行動してしまいます。天真爛漫で“子供”の部分があるゆえに、それがどういう結果を招くかというのを熟慮しきれないんですよね。
城田さんが、“絶対痛いって言わないからちょっとここ叩いてみて”って手を出したとして、たたかれると反射的に“痛っ”となるようなシーンだよ、と例えてくれました。私なら彼を救えると思って軽はずみなことを言ってしまうけど、でもやっぱり救えなかった。ある意味、残酷ですよね」
――そのあとにもう一度、彼女にはチャンスが訪れます。彼女の“成長”が見える場面ですね。
「そこで本当の“気づき”があるし、その後も相手のことを考えられるような人間に成長していくのだろうな、と思います。まだまだ未熟な彼女が精いっぱいの母性愛を見せる、という表現が難しいのですが、それが見えないとお話が繋がらないので、頑張っています」
――彼女とエリックの内面の葛藤がうまく絡み合うことで、観ている側もぐっと引き込まれるのですね。
「今回の演出ではエリックとクリスティーヌだけでなく、キャラクター一人一人が“立つ”ように城田さんが考えてくださっています。見どころはいくつもあると思います」
――ご自身的にテーマにされていることはありますか?
「私の中では宝塚版の印象がすごく強くて、はじめはそのイメージで取り組んでいました。宝塚は大好きな場所ですし、自分がここまで来られたのも宝塚のお陰ですが、今では良い意味で城田さん色に染まることを意識していますし、城田さんも新しい愛希さんを見せてほしいと言ってくださいます。新しいクリスティーヌをお見せしたいですし、お客様に、こういうクリスティーヌもありだと思っていただけたら嬉しいです。
今は本当に、初めに思っていたクリスティーヌとは全く違う方向に稽古しています。不思議な感覚ではありますが、クリスティーヌという女性像に“正解”はないと思うし、城田さんを信じて、身を委ねることを意識しています」
――城田さんはどんな演出家ですか?
「作品やキャストに対する愛や情熱がすごいです。そのまっすぐな思いに、ついていこうと思えますし、どんなことがあってもブレはしない。でもこちらにも寄り添ってくれて、悩んでいると“こうしようか”と提案してくださる。初めての感覚です。ご自身も演じていらっしゃるからかもしれません」
――エリックはその城田さんと加藤和樹さんのお二人。どう違いますか?
「全然違いますね。どういうふうに、というのはなかなか言葉で言い表しづらいのですが…。特に和樹さんは今まで拝見してきた舞台では男くさいイメージがありましたが、エリックはそういう感じではなく、新しい加藤さんを感じます。ご自身が優しい方なので、そういうところがすごく表れていますね。
フィリップについては、木村くんはチャーミングさ、廣瀬さんはスマートさの中にポップな要素があるのが素敵で、どちらも説得力があります」
――クリスティーヌと言えば圧倒的な歌唱力で周囲の人々が驚く、という設定ですが、歌についてはいかがですか?
「“天使の歌声”と形容されているお役ですが…そこはあまり考えないようにしています。私自身は人前で歌うときは考えたり、緊張もありますが、彼女は歌うことが楽しくて幸せで、歌わずにはいられない人。歌うことを全く恐れていません。
これまでの役では歌を細かく練習して自分を追い詰めてきましたが、今回はまず“歌うことが楽しい”ということを忘れないようにしています。心から楽しく歌える、だからこそエリックの心にも響いたのだと思うし、どんなに技術的な部分をこなしても、心から歌えていなければ人の心は動かせないと思います。もちろん練習は頑張っていますが、城田さんからも、芝居の歌を歌ってほしいとおっしゃってくださっているので、技術に走らず心から、ということを大切にしていきたいです」
その都度、“違うカラー”を出せる女優を目指して
――プロフィールについても少しうかがわせてください。愛希さんは本作が宝塚歌劇団を卒業後、二作目ですが、宝塚で得たもののなかで、一番大きかったのは何でしょうか。
「人との出会いです。同じ組の人たち、先生方、ファンの方々…。私はただただ舞台に立ちたくてこの世界を目指したので、自分にファンの方がついてくれるなんて夢にも思いませんでした。私を見たいと思ってチケット代を払って来てくださる方がいるということに心が動かされましたし、だからこそ頑張ろうと思えました。歌劇団では相手役さんや組子のみんなとの出会いによっていろんな経験が出来、教えていただくことも、気づかせていただいたこともたくさんありました。今も当時とは違う環境でいろいろなことを感じますし、人との出会いの大きさを感じますね」
――退団一作目として今年、演じた『エリザベート』では、タイトルロールを現代的な感性で好演されました。
「作品の芯はブレさせてはいけないけれど、自分がやるからには自分らしいアプローチを、と心がけていました。現代的というのは意識していたことなので、言っていただいて嬉しいです。宝塚でも演じた役で、一年半位あの役について考えていますが、それでもまだまだやりきったという思いがないというのが不思議ですし、課題も気付きも自分の中にはたくさんあります。今までやってきた中でエリザベート以上にそう思わせる役はないな、と感じます。自分が人生経験をしていくなかで気付くこともあると思いますし、深いなあ、と感じています」
――どんな役者さんを目指されていますか?
「この人ってこう、と思われないように…ということを意識しています。例えば今回は無邪気なキャラクターですが、別のお役であれば全然違うカラーを出せて、“何が出て来るかわからない”女優でありたいです。つかめない人。そんな表現者になれたら嬉しいです」
(取材・文・写真=松島まり乃)
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*公演情報『ファントム』11月9日~12月1日=TBS赤坂ACTシアター、12月7日~16日=梅田芸術劇場メインホール 公式HP
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