Musical Theater Japan

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2019年9月のミュージカルPick Up

まだまだ残暑の厳しいこのごろですが、暦の上では既に秋。心温まる作品で芸術の季節の訪れを楽しみましょう! 

【9月の“気になる”舞台】

『リトル・ウィメン~若草物語~』9月3日開幕←宮原浩暢さんインタビュー&観劇レポート

 

【別途特集の舞台】 

『エリザベート』←古川雄大さんインタビュー/『パリのアメリカ人』←石橋杏実さん・宮田愛さんインタビュー/『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』村井良大さん、三浦涼介さんインタビュー/『The Bodyguard The Musical』来日公演 英国公演レポート、キャストインタビュー/『ラ・マンチャの男』←上條恒彦さんインタビュー/『ビッグフィッシュ』←川平慈英さんインタビュー/『組曲虐殺』←上白石萌音さんインタビュー/『シスター・アクト~天使にラブソングを』←屋比久知奈さんインタビュー/『フランケンシュタイン』←中川晃教さんインタビュー/『デスノートTHE MUSICAL』←甲斐翔真さんインタビュー

 

人生の悲喜こもごもを乗り越えてゆく一家の姿に、勇気が湧いてくる『リトル・ウィメン~若草物語~』

9月3日~25日=シアタークリエ 公式HP

《ここに注目!》 美しく家庭的なメグ、小説家をめざすジョー、ピアノ好きなベス、おしゃまな末っ子エイミー。それぞれ個性を異にする四姉妹と優しい母が、戦地に赴いた父を思いながら助け合い、人生の悲喜こもごもを乗り越えてゆく…。

日本でも多くの子供たちに読み継がれてきたオルコットの名作は、これまで何度も映画や舞台で上演されてきましたが、今回上演されるのは、05年にブロードウェイで幕を開けたミュージカル版。『生きる』の作曲等で日本でもお馴染み、ジェイソン・ハウランドの出世作です。この舞台がジョー役の朝夏まなとさん、メグ役の彩乃かなみさん、ベス役の井上小百合さん、エイミー役の下村実生さん、母役の香寿たつきさんらの出演でシアタークリエに登場。今から1世紀半前が舞台でありながら女性の自立を爽やかに描いている点で、現代の観客も大いに共感できる内容です。四人の姉妹いずれかに自分を重ねつつ、“幸せのありよう”に思いを馳せることが出来るでしょう。

フリッツ・ベア教授役:宮原浩暢さんインタビュー

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宮原浩暢 静岡県出身。東京藝術大学で声楽を学ぶ。オーディションに合格しLe Velvetsを結成(2008年)。コンサート、CDなどで活躍する一方、『グランドホテル』『ピアフ』『笑う男』と着実に舞台での経験を積んでいる。

(8月30日掲載)

「なるほどこうなるよね」とお客様に納得いただける結末になるよう、ベアという人物をしっかりと体現したいです

――『若草物語』は多くの女性が少女の頃に触れている作品かと思いますが、男性の宮原さんにとってはいかがでしょうか?
「僕は読んだことはありませんでしたが、妹が二人いることもあって、家のなかで原作本を見かけたり、アニメ版をテレビで観たことがあるような気がします。まさかそれを自分が演じることになるとは思っていませんでしたが」

――実際の物語を今回、読んでみていかがでしたか?
「まず台本を読んで、とても素敵な、泣ける話だなぁと感動しました。それから原作本を読んだところ、ベア教授の描写が少し違うことに気づきました。原作ではちょっと風変わりだけど、大柄で温かい先生というイメージで、今回のミュージカルではやや人見知りで、本ばかり読んで人とのコミュニケーションが苦手な人物という印象です」

――およそ1世紀半前の話でありながら、女性の社会進出を扱っているのが特徴的ですね。
「僕の実家が祖父を家長とした古風な家だったことを思うと、それより100年以上も前に、ジョーもベア教授も先進的な考え方を持っていたことに驚きます。でもベアは自分の考えを公にしてしまうと社会の中で生きにくくなってしまうと思い、表に出してこなかった。それがジョーのあけっぴろげで感情のままに突っ走る姿に勇気を得て、思ったことを言えるようになっていくんですよね」

――ジョーが34歳のベア教授に対して「50歳に見える」と言うくだりがありますが、彼は実際に老けていたのでしょうか、それともジョーの身近に年上の男性があまりいなかっただけでしょうか?
「先日も演出の(小林)香さんと話していたのですが、ベア教授がアクティブではなくゆっくり動いていたことと、子供にとって大学生がすごく年上に見えるような感覚で、ジョーには自分より年上のベアがそれくらいの年代に見えたのではないのかなと思います」

――ベアに対して潜在的に父親への憧れ的な感覚もあったでしょうか。
「父に近いイメージはあったかもしれません。風貌ではなく、ものの考え方という部分で。ジョーというキャラクターは原作者のオルコットが投影された人物だそうで、オルコットのお父さんは貧しくても自分の哲学に生き、50歳を過ぎて評価され、大学の教授という地位を得たそうです。原作者のお父さんのイメージが本作のお父さん、そしてベアに近いというのはあるのかもしれないですね」

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フリッツ・ベア教授(宮原浩暢)写真提供:東宝演劇部

――ベアから見て、ジョーはどんな女性に見えるでしょうか?
「元気でパワフルで、思いのままに生きている人ですね。でも突拍子もないことばかり言って、自分の足元が見えてない(危なっかしさもあります)」

――ベアとしてはそんな彼女が序盤から気になるのでしょうか?
「ちょっとは関心があるかもしれないけど、はじめのうちは賑やかで、すぐ怒ったり笑ったりと感情のままに生きている人だな、くらいの感覚です。それが1ヶ月の間に一緒に講義を聞きに行ったり、ドイツ語を教えたり、シェイクスピアの『ハムレット』の芝居を見せたりするたびにどんどん距離が縮まる。彼女の見た目がどうこうというのではなく、エネルギッシュに生きる姿に、自分の殻に閉じ籠っていた彼は魅了されたのでしょうね。そのうち彼女がどたばた走る足音も、呼び声もどんどん心地よく聞こえるようになっていった。そして最終的に、彼女と共に歩んでいきたいという気持ちになっていったんだと思います」

――お稽古は順調ですか?
「魅力的なベアを演じるために、今はまだ模索中です。パワフルなジョーに対して、バランスがとれていないといけないのだけど、ベアは一癖も二癖もあって。これまで、好きなら好きと言える役が多かったので、意思はしっかりあるけれど人とのコミュニケーションは得意ではない人を演じるにあたって、(小林)香さんと相談したり、まあちゃん(朝夏まなとさん)にも付き合ってもらいながら役を作っています。油断していると、ジョーのキャラクターに押されてしまうんですよね。台詞を言ってみて、これでいいのかなと考えながら一つ一つ取り組んでいます。最終的には、僕が役を掴むことで、ああこういう結末になるよね、とご覧になる方が納得してくださるようにしたいです」

――朝夏まなとさん演じるジョーはいかがですか?
「あれだけの台詞を喋って歌っていても、まったく嘘がないんですよね。凄いと思います。芯から感情を出して悲しんだり笑ったりする姿がすごく魅力的で、すぐ好きになってしまいそうなんだけど、ベアとしてはそうなってはいけないので、抑えています(笑)」

――女性ばかりの一家が互いに思いやりながら過ごす姿は、男性の目にはどう映りますか?
「すごく仲がよくて、ほほえましく見えます。まあちゃんが圧倒的に背が高いから、次女に見えるのかなと思っていたけど、実際は全然違和感がないし、お母さま役の香寿たつきさんも、父親不在の家の中心でしっかり存在感を示して場を引き締めていらっしゃる。そしてそれぞれに性格の異なる四姉妹が時々ぶつかったりしながらも支えあっている姿が素敵です」

――ジェイソン・ハウランドの音楽はいかがですか?
「とても素敵なメロディです。キャラクターや感情がとてもよく表現されていて、ベアのナンバーの場合、どんどん盛り上がるのではなく、音を上げきらず、行ききらないところで感情を吐露させるようになっています。そのなかでどう表現するかというのが今回、課題ではありますね」

――どんな舞台に仕上がりそうでしょうか?
「これほどいろんな感情になれる作品も珍しいと思います。悲しんだり楽しんだり考えさせられたり、それが家族という世界の中で展開していきます。シンプルに心温まるものを感じていただければと思います。ミュージカルの中には曲ばかりが前面に出てくる作品もありますが、本作は内容がしっかりした、濃い作品だと思います。やっている側は大変ですが、そのぶん、どなたが観てもミュージカルとしてドラマとして、人の心を動かせる作品だと思います」

――プロフィールについても少しうかがいたいのですが、宮原さんはもともとヴォーカルグループで活動されていますが、ミュージカルへの進出は意図されていたのですか?
「芸大にいた時に師事した先生の影響で、純粋なクラシック音楽以外は視野にありませんでした。それが卒業後にヴォーカルグループに入って、いろいろな要素を求められるようになり、仲間のメンバーがミュージカルに出るようになって、『すごく勉強になった』『刺激的だった』という声を聞き、生まれて初めて観に行ったミュージカルが、仲間が出ていた『ファントム』。そしてまもなく、僕も『グランドホテル』を皮切りに、ミュージカルとの縁が生まれました。でももともと演技ということから縁遠かったので、いざ自分が演じるとなると感情表現や表情、動きの引き出しが足りないことに気づきました。なんでもっと興味をもって吸収してこなかったんだろうと、今は悔いていますね」

――では今は浴びるように吸収を?
「動画配信サービスでたくさん映画を見たり、舞台を観に行ったりしています。稽古場でも(共演者の)皆さんのお芝居を見て、ああ芝居って面白いんだなと見入って…。って、遅いって(笑)」

――『グランドホテル』は初舞台にしてはまり役でした。
「役がよかったんです。ラッキーでしたね。演出のトム・サザーランドさん、相手役の安寿ミラさんが、二人の距離感をいろいろ練習させて下さいました。あと、最後に湖月わたるさんと踊るシーンがあるのですが、それについてもわたるさんが練習をつきあって下さって。恵まれていました」

――次の『ピアフ』までは二枚目路線でしたが、その後の『笑う男』では明解な悪役。かなりの振り幅でしたね。
「悪い人の感覚が引き出しにないので、悩みましたね。人を見下したり、叩いたりって普通しませんから…。毎回、スタートでは苦労するんです。今回の『リトル・ウィメン』でも、前回とは逆の、はっきり打ち出すのではない演技に苦労していますが、はやく役をつかみたいですね」

――どんな表現者を目指していらっしゃいますか?
「昔から表現することは好きでしたが、なかなか思ったようにはいきません。でもみんなそれぞれだと思うので、こつこつやりながら答えを見つけていきたいです。自分の一番いいところは何なのか。いろんなものをやりながら、何ができるのかを自分も知りたいです。掘り下げて掘り下げていけばなにか出てくるのかもしれない。僕でしかできない何かがあるはずだから、そこは信じてやっていきたいですね。今回は芝居をやりたいと思っていた僕にはうってつけの、お芝居部分のしっかりしたミュージカルなので、いい出会いだと思って、頑張りたいです」

(取材・文=松島まり乃)

*無断転載を禁じます *宮原浩暢さんのサイン&ポジティブ・フレーズ入り色紙をプレゼント致します。詳しくはこちら

観劇ミニ・レポート:愛おしさが溢れ出す人生の応援歌 

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima

NYで作家修業をするジョー。出版社に原稿を送る度、女性への偏見に満ちた返信を受け取るジョーを同宿のベア教授が励ますプロローグから、物語は彼女が故郷で暮らしていた日々へとさかのぼります。 

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima

優しい母に見守られ、時には衝突しながらも固い絆で結ばれたメグ、ジョー、ベス、エイミー。ジョーの書く台本でお芝居ごっこを楽しむなど、日常のささやかな喜びを大切にする四姉妹は、戦争に出かけた父の帰還を母とともに心待ちにしています。慎ましく生きる一家は素敵な出会いに恵まれるいっぽうで、大きな試練にも見舞われることに…。 

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima

ジェイソン・ハウランドの優しいメロディに彩られ、原作小説の世界を丁寧に再現する舞台(演出・小林香さん)。

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima

良妻賢母タイプの長女メグを彩乃かなみさんが堅実に、執筆への情熱に燃えるジョーを朝夏まなとさんが表情豊かに溌溂と、ピアノを愛する穏やかなベスを井上小百合さんが可憐に、そして甘えん坊のエイミーを下村実生さんがおしゃまに、と四姉妹役のキャストがそれぞれのキャラクターを鮮明に浮かび上がらせます。 

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima

また娘たちの前では安心感を醸し出しながらも、一人になると夫の代わりに一家を支える心細さと闘う母親役の香寿たつきさん、隣人ローレンス役を懐深く演じる村井國夫さんら(ベスと心通わせた後のちょっとした仕草が何ともチャーミング)、姉妹を巡る人々も好演。とりわけベア教授役の宮原浩暢さんが、ジョーという存在によって劇的な内的変化を遂げる様を短い出番ながらリアルに演じ、結末に説得力を与えています。 

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima

一家5人で、あるいは四姉妹で、あるいはジョーとベスが…等々、互いを抱きしめる場面が多いのが本作の大きな特徴。それは絵的に美しく、愛おしいだけでなく、隣人やともすると家族さえ疎遠になりがちな現代社会の私たちに、身近な人々と互いの温もりを感じながら、喜びも苦しみも分かち合い、生きて行くことの素敵さを思い出させる光景でもあります。観劇後はじんわりとした温かさを胸に、帰途につくことが出来ることでしょう。 

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『リトル・ウィメン~若草物語~』(C)Marino Matsushima


(文・写真=松島まり乃)

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