闇の奥から歩み出る、一人の老人。
某財団の創設者である彼は、“私の遺志を継ぐ者たち”に向け、ある物語を語ろうとカメラ(に見立てた客席)の前に立つ。
ことの発端は、13世紀アステカ。おどろおどろしい呪文とともに、血塗られた儀式が再現され、〈謎の石仮面〉が誕生する。
そこから物語は19世紀英国へ。いつしか老人は若返り、“スピードワゴン”として二人の少年の青春を、ラップに乗せて語り始める。
一人は、ジョナサン・ジョースター(愛称“ジョジョ”)。父ジョースター卿によって、真の“紳士”となるよう、厳しくも温かく育てられていた。
そしてもう一人はディオ・ブランドー。スラム街に生まれ、暴力的な父ダリオを憎んで成長した。
かつてジョースター卿の命を救ったダリオが病死し、ディオは養子としてジョースター家に迎えられる。卿は二人を対等に育てようとするが、ディオは卿の目の届かないところで“ジョジョ”の初恋の人エリナや愛犬ダニーら、彼の世界を“侵略”して行く。
ディオの最終目的がジョースター家の財産であることを察した“ジョジョ”は、父を守るため、ロンドンへ。オウガー・ストリートのボス、スピードワゴンの協力で、ディオの企みの証拠を得る。
追いつめられたディオは、ジョースター卿が所有していた〈謎の石仮面〉をつけ、人間を超越した存在となって姿を消す。“ジョジョ”は〈謎の石仮面〉を追い続けてきたツェペリに“波紋法”を学び、邪悪な帝国を築こうとするディオに対抗しようとするが…。
荒木飛呂彦さんの人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』が、連載スタートから38年の時を経て舞台化。2月の東京公演を皮切りに、3月に札幌、4月に神戸で上演されています。
舞台化にあたっては作品のスケール感に相応しく、各方面から一流のクリエイターが集結。脚本・歌詞の元吉庸泰さんは、スピードワゴンの回想という“入れ子”構造の中で、長大な物語を約3時間半(休憩含む)に凝縮しています。馬車からのディオの颯爽たる着地や、“ジョジョ”ならではの“波紋”にツェペリが気づくくだりなど、ストーリー展開には影響せずとも各キャラクターの“肉付け”となる箇所は効果的に取り入れられており、原作へのリスペクトをもって慎重に取捨選択が行われたであろうことがうかがえます。
また、スコットランド女王メアリーに仕えた二人の騎士の逸話を繰り返すことで、本作を貫く対照的な人生観を強調。“人はどう生きるべきか”を問う、哲学的な風合いの作品となっています。
全編を包み込む音楽は、『1789-バスティーユの恋人たち-』で知られるドーヴ・アチアさんと、共同作曲のロッド・ジャノワさんによるもの。彼らのユーロポップらしい、憂いを帯びたキャッチーな旋律を、音楽監督の竹内聡さんが緻密に編曲しています。(特に二幕ラストで歌われる「ファントムブラッド」エリナのパートの、繊細な仕上がりが出色)。
いっぽうではスピードワゴンの“語り”(ラップ部分の作詞はYOUNG DAISさんによるもの)が躍動感をもたらし、左右の舞台袖に分かれた、蔡忠浩さん率いるバンドによる力強い演奏も、ぐいぐいと聴く者の耳を魅了します。
石原敬さん、牧野紗也子さん(BLANk R&D)による舞台美術は、中央にぽっかりと空いた大きな“穴”が印象的。一見シンプルなセットですが、一部を切り離したりスライドさせたりと多彩な“使い方”が可能とあって、ツェペリとタルカスの死闘シーン等で、意外性のある演出を可能としています。
ファッションデザイナー、久保嘉男(yoshiokubo)さんによる衣裳は、時代性を踏まえたものと見えて、よく見れば遊び心に富み、間近に見てみたくなるものばかり。原作の画を一筆書きで再現したような、奥平正芳さんのヘッドピースも個性的です。
こうした中で長谷川寧さんによる演出はというと、おそらく多くの人の予想以上に“アナログ”。
超人的な動きや“戦い”を舞台で描くのに映像(プロジェクションマッピング)が重用されることの多い昨今ですが、振付家でもある長谷川さんは、有名な“波紋”を含む動的な場面の多くを、出演者たちの身体表現を中心に据え、描いています。心を一つに合わせた集団の動きには独自の迫力と温もりがあり、生身の人間の力を信じる本作の精神に沿うものと言えましょう。
またアンサンブルの“黒子”的な活躍や、長谷川さんのアイディアであったという“ねぶた”の登場からは“日本ならではの表現”へのこだわりも感じられ、海外の観客(そしてマーケット)にも大いにアピールしそうです。
俳優たちの熱量の高い演技も、本作の大きな見どころ。ダブルキャストで“ジョジョ”役を演じる松下優也さんは、定評ある自由自在の歌唱力が存分に生き、使命感に目覚めた“ジョジョ”が歌い始めるナンバー「食屍鬼街(オウガーストリート)」では、シングル・カットに値する、胸のすくような歌唱を聴かせます。心優しい少年が少しずつ、逞しさを増してゆく過程も克明。
もう一人の“ジョジョ”役、有澤樟太郎さんは、人を疑うことを知らずに育った少年が、何度傷つけられても高潔さを保ち続ける姿を、みずみずしく表現。様々な喪失を体験し、まっすぐな中にあたたかみのある歌声が深みを帯びてゆくナンバー「黄金の精神Reprise」にも聴きごたえがあります。
対するディオ役の宮野真守さんは、固い決意を持って逆境から這い上がるも、野望が潰えそうになり…究極の決断を下すが、それでも父の呪縛からは逃れられない…という、これ以上ないほど劇的なキャラクターを、凄まじいエネルギーで体現。ロックスターさながらに“悪の華”を咲かせるナンバー「ディオの世界」は、本作のハイライトの一つでしょう。相手の台詞に対するちょっとしたリアクションでも、多彩な声色を駆使してシーンの密度を濃くしており、声の表現における確かな蓄積に唸らされます。
本作の数少ない女性キャラクターとして、重要な役割を担うのが“ジョジョ”の幼馴染、エリナ・ペンドルトン。その存在は弱い“ジョジョ”に成長のきっかけを与え、深い信頼で結ばれた二人の関係は“無敵”のディオが持たざるものを浮き彫りにします。演じる清水美依紗さんは彼女の芯の強さを、落ち着いた佇まいとハリのある歌声で描写。決意に満ちたソロナンバー「引き合う星」での高音に聴き惚れる方も少なくないことでしょう。
食屍鬼街のボスだったのが“ジョジョ”に魅了され、彼の冒険についてまわることになる“おせっかい焼き”のスピードワゴンを演じるのは、YOUNG DAISさん。ストーリーテラーとしてはヒップホップアーティストならではの軽やかな持ち味で物語をテンポよく牽引、いっぽう“ジョジョ”に寄り添うスピードワゴンとしては、飾り気のない好漢をおおらかに演じています。
“ジョジョ”に戦い方を伝授するだけでなく、“人間のすばらしさ は勇気のすばらしさ”と教え、“師”的な存在となってゆくウィル・A・ツェペリをダブルキャストで演じるのは、東山義久さん、廣瀬友祐さん。東山ツェペリは“兄貴”的な親しみを漂わせながら“ジョジョ”をリードし、廣瀬ツェペリは飄々とした中に大人の色気を漂わせます。“ジョジョ”に“波紋”の何たるかを教えるナンバー「波紋の決意」はジャジーな大曲ですが、二人の歌唱はそれぞれに楽しさに満ち、アンサンブルによる合いの手“スーハー”ともども、耳に残ることでしょう。
切り裂きジャックとアーチャー警部の二役を演じるのは、河内大和さん。アーチャーとしてはシェイクスピア劇で培った台詞術でジョースター家の各場に厚みをもたらし、切り裂きジャックとしては身体表現や歌も加えて闇の世界のキャラクターを体現。ディオに心酔する東洋人ワンチェン役の島田惇平さんは、まるでスーパーボールのように舞台狭しと飛び回り、文字通り人間離れしてゆくキャラクターを怪演しています。
ディオの父で小悪党のダリオ・ブランドーは、冒頭で病死してしまう役どころながら、今回の舞台では折々に登場。ダリオの亡霊としてなのか、あるいはディオ自身の内なる声としてなのか…は解釈が分かれそうですが、いずれにしても、コング桑田さん演じるダリオがディオの前に現れては低音で繰り返す“ディ~オ”は、強烈な印象を残します。
そして“ジョジョ”の父、ジョースター卿を演じるのは別所哲也さん。卿の精神の崇高さは音楽に反映され、そのナンバーには神に近づこうと高みを目指したゴシック建築同様、高音が多出します。別所さんは“命の恩人”と思っていたダリオの正体を知らされても、“覚悟をもって人間を信じる”と彼を赦すナンバー「黄金の精神」等で味わい深い歌唱を聴かせ、作品の“要”として大きな存在感を示しています。
目を奪うヴィジュアルや演出、耳に残る旋律…と、魅力的な要素が目白押しの舞台。しかしその中心には常に、運命に翻弄された二人の少年の壮絶な青春が、太い柱として存在します。
スピードワゴンの台詞とともに、響いていた歌声が徐々に絞られてゆき、ついには静寂に至る幕切れ。それはジョースター卿から“ジョジョ”へと受け継がれた“黄金の精神”が、今度はスピードワゴンを介して“選ばれた者”=観客へと届けられる瞬間と言えるのかもしれません。
人間は儚い存在だとしても、語り継ぐ者がいる限り、その魂は永遠なのかもしれない…と、希望を、心の中に眠れる“勇気”を呼び覚ます舞台です。
(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報 ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』2月=帝国劇場、3月=札幌文化芸術劇場hitaru 4月9~14日=兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
*【Blu-ray2024年12月発売予定】