1964年、アメリカ。
不慮の事故で顔が傷つき、25歳まで人目を避けて暮らしてきたヴァイオレットは、どんな傷も癒してくれるというテレビ伝道師に会うため、長距離バスに乗る。
南部から西部へ、1500キロ。
人生初の旅の中で、彼女は多様な背景、価値観を持つ人々に出会い、影響を受けてゆく。
旅の終わりにヴァイオレットが見たものとは…。
ドリス・ベッツの短編小説“The Ugliest Pilgrim”を、ジニーン・テソーリ(『モダン・ミリー』『ファン・ホーム』『シュレック・ザ・ミュージカル』作曲)が舞台化し、1997年にオフ・ブロードウェイで初演。2019年にロンドン、そして翌年日本で演出を果たした藤田俊太郎さん版の『VIOLET』が、4年ぶりに上演されます。
痛みと再生の物語で今回、主人公をダブルキャストで演じるのが、映画『ドライブ・マイ・カー』や大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、ミュージカル『手紙』等で知られる三浦透子さんと、『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『ジェーン・エア』等で着実にキャリアを重ねてきた屋比久知奈さん。稽古が始まり、気兼ねなく意見を交わしながら“ヴァイオレット”にアプローチ中のお二人に、作品や役柄への思いをうかがいました。
ダブルキャストだからこそ
深く掘れることがある、と感じています
――お二人は本作とどのように出会われましたか?
三浦透子(以下・三浦)「内容の詳細を知ったのは今回、お話をいただいて台本を読ませて頂いたタイミングだったのですが、実はそれ以前から意識していた作品でした。
初めて藤田さんとご一緒したのが『手紙』という舞台だったのですが、オファーをいただいた時に、挑戦したい気持ちもありつつ、ミュージカルをやったことが無かったので“自分にできるかな”という不安もあって、悩みました。
そこでいろいろ調べていたら、藤田さんの手掛けた作品のひとつに『VIOLET』があり、そこに(ヴァイオレット役として)優河さんのお名前があったんです。
私はアーティストとして優河さんをものすごく好きだったので、藤田さんはミュージカル以外の場所で活躍されている方も演出されているんだな、だから自分にも声をかけて下さったのかな、と思い、ミュージカルを挑戦してみようと決意するきっかけになりました。
その時はまさか後年、この役でまた声をかけていただけるとは想像もしていませんでしたが、今回、オファーをいただく前から頭のどこかにある作品でした。
台本を読んで、私はこのヴァイオレットという女性がとても好きになりました。いじらしいというか、素直じゃない部分がたくさんあって。でもその根底にはまっすぐな、信じる気持ちの強さがあって、自分の負った傷による苦しみと葛藤しながらもがく様がかっこよく見え、魅力的な女性だなと思いました」
屋比久知奈(以下・屋比久)「私は2020年の舞台を拝見しました。まず、音楽がとても印象的で、サントラを聴くくらいハマりました。作品も素敵で…当時、コロナ禍というタイミングで(スケジュールが変わったことで)いろいろな作品に触れることが出来たのですが、その中でも本作と出会えて、素敵な時間を過ごせました。
その後にお話をいただいて嬉しかったですし、同時に、ヴァイオレットは魅力的だけれどもとても難しい大役で、それを演じるということの恐怖、責任感も感じました。今は純粋に、この作品に携われることの喜びを日々感じています」
――人間誰しも多少のコンプレックスを持っていると思いますが、ヴァイオレットは残酷にも、顔に大きな傷を負って育ってきました。お二人は彼女にどの程度、共感されますか?
三浦「あまりパーセンテージで考えたことはないです。私はどんな役を演じる時にも、この人のこの部分って私の中にもあるな、と感じます。
私の中にも一人の人間として、いろんな側面があると思うし、その時に居るコミュニティや対峙する相手によっても、微細に変化していると思っているので、この役はあのコミュニティに居る時の自分に近いかも、というように役との親和性を感じるようにしています。ですので、ヴァイオレットのような部分は、確実に私の中にもあると思っています」
屋比久「私も普段、演じていくなかで、最初はわからなかったことがわかってくることもあるし、自分の経験とここで経験していることが繋がるなと感じることがあって、“こういう感覚あるな”というものを繋げていくことが出来るので、どんな役でも、全く共感できないということはないんだろうなと思っています。ヴァイオレットに関しては、私に限らず、いろいろな要素によって、多くの方が共感できる人物なのかなと思っています」
――ヴァイオレットは一念発起して伝道師に会いに行くわけですが、“目標とする容姿”は旅の間で、微妙に変化しているようです。彼女を突き動かしているのは明確な“なりたい顔”というより、もっと漠たるものだったのでしょうか。
三浦「難しいですね。解釈は人それぞれでいいと思いますが、私が今、思っているのは、ヴァイオレットは具体的な“なりたい像”を自覚していたような気はするんです。けれど自覚のないところで、もっと違う、心の本質的な傷と向き合う旅になっていった…ということなのかな。
“傷を負った”という強い自意識によって、それまで見えない自分や見えない他者があったのが、旅の間にどう変化してゆくのか。結果的に癒やされたものは何だったのか…。今のところ、ここの解釈はまだ自分の中で定まっていなくて、これからの稽古で変わって行くかもしれません」
屋比久「本当にいろんな解釈があると思いますが、私も旅に出る時点では、この傷がなくなってほしいし、なくなると信じていて、理想とする綺麗な顔になりたい…という夢を見ていたとは思います。
でも、旅が終わった時に“これがこの旅の目的だったんだ”というものが変わっていることって、あると思うんです。出会っていく人や経験することによって物事の見え方は変わるし、答えが見つかるのも、その時ではなく、何年も経ってからなのかもしれません。
ただ、ヴァイオレットが始めに抱いた一つの希望、信じるものは100%あって、強いものじゃないといけない。だからこそ旅に出ることが出来た…というところは、ブレずにいないといけないなと思っています」
――今回はダブルキャストのお二人ですが、お稽古は一緒になさっているのですか?
三浦「今は稽古の一周目(前半)で、出はけ(舞台への登場、退場の仕方)やダンスを中心にやっていますが、そこは二人一緒にやって、二周目(後半)は別々にやりましょうと(演出の)藤田(俊太郎)さんはおっしゃっています」
――ということは、お二人で相談されたりも…?
屋比久「めちゃくちゃしてます!(笑) ここ、どう思った?ここやりにくくない?とか…」
三浦「(屋比久さんは)違う時は違う、と(はっきり)言ってくれる安心感があるから、話せるんだと思います。自分の意見を持っている方なので、だからこそこちらも話しやすいし、自分が気付けていなかったことが(彼女の発言によって)確かにそうかと思えたり。二人でやっているからこそ、深く掘れることってあるんじゃないかな」
屋比久「それは本当に思いますね」
――現時点で、お互いのヴァイオレットをどう御覧になっていますか?
屋比久「きっと私たち、いい意味ですごく違うんだろうなと思います。だからこそシンプルに、ナチュラルな気持ちでお互いのヴァイオレットを見ることが出来ています」
三浦「もちろん、行動に至る動機などは台本があるから同じですが、それに対してどう反応するか、例えば悲しい時にどう泣くか。悲しいのは同じでも、人間が違えば違うよね、というふうに、藤田さんは本人らしさ、本人の中から自然に出てくるものを生かしてくださる演出家だと感じています。だから自ずと違ってくるというか。人柄がすごく出てくると思います。
屋比久さんのヴァイオレットは柔らかさがあって優しいけれど、その奥に芯の強さがある。そしてあのパワフルな歌! とても魅力的だと思います。
いっぽうで私は、藤田さんいわく、強さが見えるけれど根っこに明るさがあるようです。(カラーの)出方が違うのかな、と思います」
屋比久「透子さんのヴァイオレットは、静かだけどすごくエネルギーがあります。(胸を指して)ここで動いているものがすごく見えるような気がします。
だから彼女の信念、ここに来るまでの道に説得力があるんです。そして決してアグレッシブではないし、すごく冷たいわけでもないし、いろんな面が見えるヴァイオレットだと思います。
彼女がふと見せる表情から、(ヴァイオレットって)そういう表情があるんだ、と発見できるのも面白くて。ふと見えてくる柔らかさ、光…、そういうものが楽しいです」
――ジニーン・テソーリによる楽曲は、カントリー・ミュージックがベースになっていると思われますが、歌っていていかがですか?
三浦「難しいです、とても。言葉数も多いしリズムも難解ですし…。でも、サントラを聞いていると本当に喋っているように聞こえて、英語と日本語の違いかもしれないけれど、(極限まで)喋りに近づけていった結果、この音楽になっているのかなとも思います」
屋比久「特にヴァイオレットに関しては、ビッグナンバーを歌い上げるとか、一曲ソロを歌い切りましたという感じではなくて、喋っている延長で、気持ちをどんどん吐き出していくようなライブ感というか、お芝居の中にある歌というのが魅力的ですが、音の高低や言葉の入り方は難しいです。
カントリー・ミュージックって、私は歌う機会がなかったので、難しいけれど歌い甲斐がありますね。楽しめるようになれたらいいな、と思っています」
――どんな舞台になっていったらいいなと思われますか?
三浦「ヴァイオレットの、旅と共に変化していく心がちゃんと音楽と共に体感できるような、温度、密度のある、いい空間を作りたいなと思います」
屋比久「構造としては旅というシンプルな作品ですが、彼女の記憶に入ったり現実に戻ったりと、めまぐるしくシーンが入れ替わる作品で、或る意味、人間らしいと感じます。
ですので、お客様もその場で“ああ、なるほど”と理解するというより、観終わった後に思い返して、落とし込んでいくような作品なのかもしれません。
私たちもワンシーン、ワンシーンの濃さを積み重ねていかないといけないなと思うし、私たち二人だけでなく、ヤング・ヴァイオレット役も3人いて、それぞれに素敵で個性が違うので、組み合わせによって違うものが見えてくるかもしれません。それが舞台の面白さだと思うので、その日にしかできない『VIOLET』を、生身の人間として、全員で“裸の心”で演じられたらと思っています。
そうすることできっと感じていただけるものがあると思うので、みんなで肩を組んで、一つの目標に向かって進んでいきたいです」
可能性を自ら狭めず
“学びの多い道”を選びたい
――プロフィールについても少しだけうかがわせてください。三浦さんは先ほども言及された『手紙』で、主人公を支える女性を演じました。この時のソロでの胸を打つ歌声が忘れられない方も多いかと思いますが、ミュージカルに対して、どんな思いで取り組んでいらっしゃいますか?
三浦「今はただひたすら、(共演する)皆さんとの“体”の違いを痛感しています。ミュージカルにはミュージカル(を演じるの)に必要な身体があると思うので、必死で学んでいるところです。
私はいつも、選択肢が二つあったら、より学びが多いものをやりたいなと思うタイプですが、経験が少ない分、ミュージカルは私にとって学びの場所です。
今後、ですか? まずは今、目の前のものをやった後に、もう一度やりたいと思うのかどうなのか…。今はまだわからないけれど、まずは目の前に大きな課題があるので、全力で向き合いたいなと思っています」
――屋比久さんには前回、お話をうかがったのが2019年でした。最近の『Play a Life』の教育実習生役を含め、大活躍の5年間でしたが、手応えはいかがですか?
屋比久「あっという間ですね。前回、藤田さんとご一緒したのも2020年(『NINE』)で、最近のことのようだけどすごく前のことでもあり、不思議な感じです。
いろんな作品に出させていただく中で、一歩一歩経験を積み重ねてこその、自分なりの表現の仕方がきっとあると思うので、逃げずに取り組んでいきたいです。人間、やりやすい方向に行きがちですが、今は“こういうやりかたもあるよね”という道を選択したほうがいいのかもしれないなと思っています。同じ芝居をしていても表現の方法や出方が違う透子さんに出会ったことも、大きいです。
こういう道もあるかもしれないという可能性を、自分で狭めないように。いろんな役をやらせてもらった今だからこそ、挑戦できることがあるのかもしれないので、台詞一つにしても居方にしても、彼女がさっき言ったみたいに、学びのある方を選んでいきたいです。
このヴァイオレットをやった後に、新しい自分に出会えるのかもしれない…と、期待を胸に、頑張りたいと思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 ミュージカル『VIOLET』4月7~21日=東京芸術劇場プレイハウス、4月27~29日=梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ 公式HP
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