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『イザボー』観劇レポート:中世フランスの“稀代の王妃”が現代の観客に問いかけるもの

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

百年戦争の時代に欲望のままに生き、“最悪の王妃”と評されたフランスの王妃イザボー・ド・バヴィエール。

その波乱の生涯を、彼女の五男であるシャルル7世とその義母ヨランド・ダラゴンの目を通して振り返るオリジナル・ミュージカル『イザボー』が、1月に東京、2月に大阪で上演されました。

4月20日夜には収録映像がWOWOWで放映される本作をご紹介します。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

舞台は14世紀から15世紀にかけてのフランス。バイエルン大公の長女として生まれた少女は、シャルル6世に見染められ、フランス王家に嫁ぐ。

相思相愛の二人の間には次々に子が産まれたが、ある日シャルル6世は森で遭遇した男の“預言”がきっかけで妄想に囚われ、自軍の騎士を襲ってしまう。

王妃の献身にも関わらず王の狂気はエスカレートし、彼女に暴力をふるうまでに。

“身内”が権力争いに明け暮れる中で身を守るため、王妃は王の弟オルレアン公ルイに近づき、彼が暗殺されると今度は、政敵であったブルゴーニュ公の息子ジャンに接近する。

そのジャンも暗殺され、王妃は狂乱のシャルル6世に、フランス国をイングランドに差し出すかのような条約(トロワ条約)にサインさせるが…。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

不貞の果てに国を滅ぼしかけた人物として、(故郷ではエリーザベト、フランス読みではイザベルであるが)人々から軽蔑交じりに“イザボー”と呼ばれた王妃。一見、ただ保身のため、本能のままに生きたように見えた彼女の“真意”は、いったいどこにあったのか。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

脚本・演出の末満健一さんは今回、日本ではあまり知られていないこの人物にフォーカス。王の狂気に苦しみ、その叔父からは“着飾って跡継ぎを産んでいればよい”と軽んじられていたヒロインが、力のある者を見極め、次々とタッグを組んで行く姿は小気味よく、観る側に“彼女がどこまで行けるか、見届けたい”と思わせてくれます。

また中世ヨーロッパの宮廷物語というと、映画『エリザベス』『王妃マルゴ』等で見られた、明日の命も保証されない非情な世界が想起されますが、本作にも同様の緊張感、荒々しさが充満。その中で生き抜いて行く王妃の強靭さが際立つ作りとなっています。

一方では、若き日の王妃=イザベルが現れ、今の王妃に“幸せかどうか”を問う場面が度々登場。中世の宮廷を舞台としてはいますが、今を生きる観客に向けて“幸せとは何か”を問いかける作品であることがうかがえます。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

松井るみさんによる舞台美術は、ドーナツ型の回廊のような盆舞台が印象的。旋回する回廊のアーチの陰から人々が顔を覗かせては一節ずつ歌い継ぐ光景は、主人公の逃れようのない運命、あるいは世界の狭さといったものを象徴しているようにも見えます。

和田俊輔さんによる音楽はキャッチーかつクールなものが多く、主題歌的なナンバー「The Queen!最悪の王妃」では、リズムを弦と管楽器で刻んでいるのがユニーク。アコーディオン風の音色にも聴こえますが、実際はヴァイオリンとテノールサックスだそうです。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

タイトルロールの望海風斗さんは、一途に夫を愛する序盤から“悲劇のヒロインにはならない”と決意する中盤、“悪女ぶり”を発揮する後半、そして終盤…と大きく変貌してゆく過程を、鮮やかに表現。途中、かなり過酷な場面もありますが、(おそらくは本質的に)彼女のポジティブな持ち味が救いとなっています。大音量の中でも歌詞をクリアに聴かせる歌唱、颯爽たる立ち姿も魅力的。

シャルル7世役の甲斐翔真さんは、(少年の面影を宿した『ムーラン・ルージュ!』クリスチャン役とは打って変わり)風格を漂わせつつ、愛を与えなかった母への複雑な思いを滲ませ、シャルル6世役の上原理生さんは、狂気一辺倒ではなく狂気と正気の間を行き来しているがゆえの苦悩の表現に、豊かな人間味が。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載

ブルゴーニュ公ジャン役の中河内雅貴さんは時間の経過とともに鋭さを増して行き、ルイ役の上川一哉さんは軽薄さの中のしたたかさを、確かな台詞術で表現。(「口説き文句」でのイザボーとのラップの応酬も見事)。

『イザボー』©Marino Matsushima 禁無断転載


ヨランド・ダラゴン役の那須凜さんはお名前の響きの通り、凛とした声が魅力。今回はほぼストーリーテラーとしての登場ですが、イザボーとある種、ライバル関係にあったヨランドとの対比をもっと見てみたい、という方も多いのではないでしょうか。そしてブルゴーニュ公フィリップ役の石井一孝さんは、スケールの大きな歌唱と、イザボーに対する、淡々として“女性蔑視感”が滲む口調が、ドラマに奥行きを与えています。

なお、本作は“日本から世界レベルのミュージカルを発信する”という意図を持ったMOJOプロジェクト(Musicals of Japan Origin Project)の第一弾。今後、本作とプロジェクトそのものがどのような展開を見せるのか、大いに注目を集めるところです。

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*無断転載を禁じます

*公演情報 ミュージカル『イザボー』1月15~30日=東京建物Brillia HALL 、2月8~11日=オリックス劇場 

Blu-ray&DVD 7月24日に発売予定