1964年初演のファミリー・ミュージカル『はだかの王様』以来、多数のオリジナル作品を創出してきた劇団四季の最新作が、いよいよ5月に開幕。初日にさきだち、劇団の本拠地・あざみ野で行われた稽古場取材会(公開稽古と合同インタビュー)の模様をレポートします!
藤田和日郎さんの漫画『黒博物館 ゴーストアンドレディ』を原作とする本作は、近代看護教育の祖、フローレンス・ナイチンゲールの人生を、大胆な解釈で描く物語。19世紀に英国の上流階級に生まれた彼女(フロー)が、シアターゴーストのグレイに見守られながら困難を乗り越えてゆくさまが、フローの活躍を良しとしない軍医長官の陰謀や、グレイともう一人のゴースト、デオン・ド・ボーモンとの因縁を絡めながら語られます。
脚本・歌詞は、四季作品にとどまらず多彩な舞台で活躍する高橋知伽江さん。作曲・編曲は富貴晴美さん(『バケモノの子』)、舞台装置は松井るみさんが手掛けます。
さて4月3日、あざみ野の稽古場には取材陣がひしめき、新作への期待感が満ち満ちています。時計が午前11時をまわり、『ノートルダムの鐘』でお馴染みの演出家スコット・シュワルツさん、振付家チェイス・ブロックさんが、穏やかな笑みを浮かべて挨拶。スコットさんが各場の概要を解説し、厳選された三つの場面が披露されます。
はじめは第一幕第四場「国は責任をとれ」から、「走る雲を追いかけて」まで。英国の新聞社特派員ラッセルが戦場の惨状を報じ、それを受けて大臣がフロー(真瀬はるかさん)を「女性看護要員団団長」に任命。彼女と看護婦たちは戦地を目指し、船に乗り込む…というくだりです。
ラッセルの報道に対して、新聞紙を広げた市民たちが舞台のあちこちで嘆く中、中央奥から進み出るフロー。主人公が並々ならぬ使命感を持って旅立つまでが、真瀬さんの澄んだ歌声と毅然としたたたずまいを通して、力強く表現されます。いっぽうもう一人の主人公グレイ(金本泰潤さん)は、このシーンでは言葉少なでやや謎めいて映りますが、スコットさんの補足説明によると、この前のシーンで大ナンバーを歌ったのだそう。
場面が終わるとただちにチェイスさんが立ち上がり、フローと看護婦役の俳優たちに向かい、振りの細部(より克明な手の動きなど)について指摘。俳優たちは真剣なまなざしで耳を傾け、すぐにアカペラで歌いながら該当箇所を反芻します。決まった答えのない新作ミュージカルだからこそ、より良い表現を目指し、磨き続ける。そんなカンパニーの姿勢が感じられる光景です。
二つ目のシーンは第二幕第四場「裏切りの人生」。グレイがフローの前で、生前の人生を回顧するナンバーです。
時は18世紀。決闘代理人のグレイは魅力的な女優と出会い、恋に落ちるが…。
酒場らしき空間で人々が(民族舞踊のエッセンスを感じさせながら)陽気に歌い踊る賑やかなシーンから、甘い愛の台詞、そして驚きの“結末”へと、テンポよく切り替わってゆく一連の場面。颯爽たる剣さばきを見せるデオン・ド・ボーモン(岡村美南さん)に不思議な魅力があり、フロー、グレイ以外にも様々なキャラクターが登場する本作の中でも、特に注目を集めそうです。
そして三つ目の披露シーンは第一幕に戻り、第八場「不思議な絆」。フロー役は谷原志音さん、グレイ役は萩原隆匡さんに替わり、フローとグレイが別の空間でそれぞれに思いを吐露するさまが、可動式の二台のステップを使ってデュエットとして表現されます。
決してポジティブとは言えない出会い方であった二人の関係性が、戦地で困難に直面する中で、どんな変化を遂げてゆくのか…。谷原さん、萩原さんの切々たる歌声によって、その後の展開への興味がいや増すナンバーです。
続いて別室にて合同インタビュー。演出のスコットさん、フロー役、グレイ役のそれぞれお二人、そして劇団の代表取締役、吉田智誉樹さんが出席し、取材陣からの質問に答えました。以下、作品関連のコメントをお届けします。
本作の舞台化を決めた理由
吉田智誉樹(以下・吉田)「劇団のオリジナル・ミュージカルのセクションから提案があり、原作を拝読したところ、ナイチンゲールの評伝の体裁をとりながら、ゴーストとの交流という点で演劇的な仕掛けを持っているということと、さらには彼がシアターゴーストということで演劇的な要素が加わっている、そして私たちが必ず作品に込めている“人生は生きるに値する”というテーマを、十分に表現できる素材だと思いました。
原作者である藤田先生にお願いにあがったところ(舞台化の)ご快諾をいただくことが出来、本作を選択したという次第です」
本作に関わることになった経緯
スコット・シュワルツ(以下・スコット)「2019年に『ノートルダムの鐘』京都公演を観るため来日し、四季の皆さんと次なるプロジェクトについてお話しました。その時、一つのアイディアとして、本作の原作漫画の英語訳をいただき、帰りの飛行機で読み始めたところ、ストーリーに心を掴まれ、ノンストップで(上下巻を)読み終えました。
ナイチンゲールの人生をゴーストの目から描くというアイディアが面白く、現実とファンタジーを一つにした舞台が想像できましたし、ヴィジュアル的にもスペクタクルなものが出来るのではと思えたのです。飛行機を降りてすぐ、四季さんに短く“(これを)やりましょう”とメールしました」
原作漫画を読んで
金本泰潤(以下・金本)「ナイチンゲールがその功績を成し遂げる(背景)には、こんなゴーストがいたのではないか、という発想に驚き、とても素敵だと思いました。(二人の)バディ感も面白いです。
(古い価値観、因習を)打破したいナイチンゲールからもエネルギーをもらえます。SNSの存在によって人目が気になる現代ですが、(彼女のように)信じたものをやり遂げるべきという“教訓”を与えてくれる、素敵な作品だと感じます」
萩原隆匡(以下・萩原)「昔から、新しいをことをやると文句を言う人がいたのだな、ナイチンゲールという人もそうだったんだ、でもそれをやることで何かが変わるのだな、と思いました。
そして、その場にはゴーストがいて、佇まいから、全てがめちゃくちゃかっこ良い(笑)。こんな人がいたらいいなという、男の理想に映りました。そうできるように頑張ります(笑)」
真瀬はるか(以下・真瀬)「読み始めると止まらず、こんなに夢中になって漫画を読んだのは久しぶりだと思えるくらい、一気に読み終えました。
(漫画の)線の力が特徴的で、特に目が印象的です。その強さ、濃さと同じくらい、フローも勇敢な魂を持っていると同時に、揺らぎもある。度胸と愛嬌のどちらもある彼女に、共感します。そんな多面性をしっかり含ませながら演じたいと思っています」
谷原志音(以下・谷原)「私はふだん漫画を読まないのですが、本作はあっという間に読めました。
(偉人のイメージが強い)ナイチンゲールがチャーミングに描かれていて、もし他の作品でナイチンゲールを演じるとなったら“どうしよう”となったかと思いますが、この作品では自分と近いものを感じることができ、彼女も普通の、一人の人間なのだなと思えました。舞台版もそのように描いていると思うので、皆さんにもきっと共感いただけるのではと思います」
本作のメッセージとは
金本「この作品はグレイがフローの物語を届けるという構成ですが、この物語で彼はいったい、何をしたかったのか。
僕自身、最近まで迷っていましたが、“自分の過去を認め、人を信じて生きていく”ということなのかな、と作品を通じて学びました。誰しも、いわゆる“黒歴史”というものがあるかと思いますが、そういうものも背負って生きていく、というのがしっくりくるような気がして、稽古に臨みやすくなったかなと思っています」
真瀬「(この物語には)魂が癒される…という部分もありますが、それ以上に、“信じたいものを信じて人生を歩んでいい”ということや、“選んではいけない人生は無い”ということなのかな、と感じます。私自身、生きていく中で迷うこともありますが、この作品から勇気や肯定感をもらっています」
谷原「フローはグレイに出会った時に“殺してほしい”と持ち掛けます。つまり“死にたい”という心境から始まるのですが、物語が終わる時には全く変わっています。役に入っていくと、何も考えなくともそうなっていくので、どんなに大変でも稽古がすごく楽しいです。皆さんにも同じことを感じていただける筈だと思っています」
萩原「フローは名門の家に生まれて“こう生きなさい”と人生が閉じ込められているし、グレイはシアターゴーストとして劇場に閉じ込もっています。そんな二人がいろいろな人に影響されながら変わってゆく姿を劇場という場で、生で体験していただき、“人に影響される”ことっていいなと思っていただけるといいなと思っています」
スコット「一言でいうなら本作は“我々はいかに人を癒すことができるか”という物語です。また、本作はいわゆる“ボーイ・ミーツ・ガール”ではなく、複雑なラブストーリーでもあり、愛するということに抵抗を抱いている二人が、全編をかけて愛を知り、自分も愛することが出来るとわかる物語でもあります。冒険談でもあるけれど、中央にあるのはラブストーリーです」
吉田「人間がどう癒しあえるか、というテーマは、劇団四季の理念“人生は生きるに値する”に通じるところがあり、この舞台はこれをしっかりとお客様に伝えられると思っています。私自身、稽古を観ていて最後にうるっと来ることがありますので、これに舞台装置や衣裳が加わったらどうなるだろう…と、プロデューサーとして楽しみにしています」
(クリミア戦争が舞台となっているが)戦争という題材とエンタテインメント性の両立について
スコット「確かに現在も、クリミア半島を含むウクライナで大変悲惨な戦争が起きています。稽古では時間を割いて、戦争の核心にあるもの、その真実をさらけ出したいということを話してきました。戦争が人にもたらすものは何か。ナイチンゲールはそれを変えていきたいと思った女性です。『ノートルダムの鐘』では世界の闇、残酷さを描きました。本作も物語は異なりますが、そういったものを描こうとしています」
音楽について
スコット「最初に作曲の富貴さんと打ち合わせをした際、当時の大英帝国のイギリス人が聴いていたような音楽と、現代のミュージカル調の曲を組み合わせられたらいいですねとお話したところ、メロディアスだったり情熱的だったり、美しかったりと、実に多彩な楽曲を書いて下さいました。
一つお話するなら冒頭、オープニングですね。恐ろしい音楽がいきなり弾けて、舞台上に観客がいるという絵になり、そこでフローとグレイが出会います。二人が喧嘩するようなナンバーもあり、そこでは二人は取引をします。“殺してほしい”というフローに対して、グレイは“絶望の底まで落ちたら殺してやろう”と約束をするのです。このナンバーで富貴さんは、ワイルドでダーク、そしてダンサブルなナンバーを書いていらっしゃいます。
また、二幕には英国君主が登場するのですが、そこで“とあるサウンド”をお聴きになれます。これ以上はネタバレになるので言いませんが(笑)、わくわくしています。
スコアの芯となっている(高橋)知伽江さんの歌詞も大変重要な楽曲の要素です。全体的に、ビッグナンバーもあれば、ライトモチーフとして一つの主題が繰り返されたりと、演劇的に構成されたスコアになっています」
漫画を舞台化することについて
スコット「漫画は必然的に二次元であるのに対して、演劇は生きて呼吸をする人間が演じる、三次元の表現です。もちろん原作者である藤田さんの絵に我々は強く影響を受けており、稽古場の入口にも漫画を貼って日々見ながら入室しますが、今はそれを演劇的な言語に替えていくという作業を行っています。オリジナル性に富み、芸術性の高いものを志しています。
皆さんが劇場にいらっしゃった時には、原作の影響を受けつつも、我々が一体となって考えたプランに基づいて、演劇的に表現したものをご覧いただけると思います。原作のファンの方には“あの一コマだ”と感じていただける瞬間があると思いますし、原作を読まれていない方にも楽しんでいただきたいです」
(取材・文・写真=松島まり乃)
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*公演情報『ゴースト&レディ』5月6日~11月11日=四季劇場[秋] 公式HP