Musical Theater Japan

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ストレートプレイへの誘い『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』花總まり、奇妙な世界に「時には楽しみながら」立ち向かう

花總まり 東京都出身。宝塚歌劇団で歴代最長記録となる12年3か月間、娘役トップスターをつとめる。退団後も『レディ・ベス』『エリザベート』『シークレット・ガーデン』『ベートーヴェン』等の舞台で活躍。2016年に菊田一夫演劇賞大賞を史上最年少で受賞するなど、受賞多数。ヘアメイク:野田智子、スタイリスト:戸野塚かおる ©Marino Matsushima 禁無断転載

ある日、銀行が強盗に襲撃され、現場にいた人々はそれぞれに、不思議な現象に見舞われ始める。
主婦ステイシーの場合は、身長が少しずつ縮み始め、数学好きの彼女は「このペースで縮み続けた場合、8日後に起こること」に気づいてしまう。気のせいだと笑っていた夫も、ようやく事態の深刻さを知るものの、どうしたらいいか分からず、二人は…。

カナダの作家アンドリュー・カウフマンが2010年に発表した小説が、10年間構想をあたためていたという演出家G2さんの手で舞台化。花總まりさん、谷原章介さんらの出演で上演されます。

どこかカフカの『変身』を思わせる不条理な物語には、「98人に分裂してゆく年老いた母」「足首のタトゥーから抜け出し、走り回るライオン」など奇妙な現象が次々登場、舞台でどう再現されるのか、なかなか想像がつきません。

興味の尽きない本作でステイシー役に挑む花總さんに、稽古が始まって少しずつ見えてきた本作の面白さ、役柄について感じることなどを語っていただきました。

『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』Copyright © 2010 by Andrew Kaufman Used by permission of The Rights Factory Inc. through Japan UNI Agency, Inc., Tokyo

“ここに漂うこれは何?”と
余韻を楽しんでいただきたいです

 

――まず、原作を読まれての印象をお聞かせ下さい。

「こんな発想をする方がいらっしゃるのだな、と驚きました。
冒頭に登場する銀行強盗は、そこに居合わせた13人の魂の51%を奪って、“自らこの51%を回復しない限り、命を落としてしまうことになるだろう”と言って去って行きます。

それをきっかけにさまざまなことが起こり、魂の回復に成功する人もいれば、残念ながら…というケースもあるのですが、私が演じるステイシーのエピソードに関しては、夫婦の関係が(テーマとして)おさめられている気がして、読み終わった時にほっこりしました」

――“魂の51%”という数字に、深い意味がありそうですね。

「51というと、かなりの部分を奪われてしまっているように感じますが、翻訳者の方が、“(今、残されているのは49%だけど)あと2%取り戻せば過半数になる、あと少しだけ努力することで人生を変えられる、というようなことを意味しているのでは?”とおっしゃっていました。ステイシーも、はじめはどうすればいいかわからないのですが、自分の内面を見つめたり、いろいろなことを試みるなかで“もしかして…”と気づくかもしれない。そんな可能性が表現された数字なのかもしれません」

――不思議なエピソードのそれぞれに、意味がありそうですね。

「まだまだ、一つ一つのエピソードをどう表現するのか(ステージングなどを)興味深く見ている段階で、考察するところまで行っていないのですが、現時点では一つだけ、“ああそういう意味もあったんだ”という発見がありました。稽古の中で、自分なりに答えが見つかってゆくかもしれないと思いますので、楽しみです」

――花總さん演じるステイシーは、強盗に遭って突然身長が縮み始めますが、それに対して恐怖を抱くのでしょうか、それとも…?

「どちらかというと、ステイシーは“立ち向かっていく女性”だと思っています。決して弱気になることはなく、(好きな)数学の力でこれから起こることを解き明かします。そしてそれが計算できたのだから、その未来を止めることも出来るはずだと思っていますね。負けないし、絶望もしません。

そして、小さくなったからこそ出来ることをしてみたりと、どこか楽しんでいるところもあります。最初、台本を読んだ時には“(この人)楽しむんだ…”と驚きましたが、(演出の)G2さんからそういう一面もある人だとうかがって、今は人物像を作っているところです。決して弱気になったり、不安でいっぱいな日々を過ごす女性ではなく、立ち向かい、時には楽しんだりもする女性だと思っています」

――人と人との関係性の物語という意味では、花總さんが先だって出演された『ベートーヴェン』が思い出されます。ベートーヴェンと花總さんが演じたトニは、数えるほどしか会っていないのに、しっかり心が通い合っていましたが、本作のステイシーと夫は、毎日一緒に暮らしているし、衝突しているわけでもないのに、どこかで心がすれ違っているのですね。

「そこがこの作品の大きなテーマなのかもしれません。人と人との繋がりって、ものすごく微妙な心のすれ違いだったりタイミングだったり、ちょっとしたボタンの掛け違いの積み重ねで崩れることもあれば、そのちょっとしたことで取り戻せることもありますよね。関わり方次第でいろいろな状況が変わっていくというのはいつの世も変わらないことですし、自分たちの日常に置き換えられる問題なので、そういう意味でとても身近に感じられるお話だと思います。

今回、夫役の谷原章介さんとは初めてご一緒しますが、同学年ということもあって今ではあまり距離を感じませんので、この夫婦の関係性を丁寧に作っていけたらと思っています」

花總まりさん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載


――ちなみに、ステイシーは計算好きで“電卓”が宝物ですが、花總さんにこのような一面は…?

「電卓を持ち歩いたりはしませんが(笑)、巻き尺は使いますね。お部屋の隙間にうまい具合に家具がはまると“気持ちいい!”し、ダメだと“悔しい…”と思うタイプです(笑)」

――振付に山田うんさんのお名前がありますので、コンテンポラリー・ダンス系の身体表現があるのかと想像されますが、花總さんも踊られますか?

「ガンガンには踊らないと思いますが(笑)、皆さんの踊りの中に溶け込んだりはしています。うんさんらしい振付で、不思議な世界観にすごくマッチした踊りだなと感じています。とは言えまだ全部の振りはついていないので、たくさん踊ることになったらどうしよう…(笑)」

――本作はミュージカルではありませんが、一か所、花總さんが声の表現をされるところがありますね。本作の数あるエピソードの中でも特に謎めいたシーンですので、その謎を解き明かすカギとなるのか、非常に興味深いです。

「そこについてはまだ譜面をいただいていませんので(注・取材は3月上旬に実施)、自分の声の乗り方、方法はわかりません。登場人物の泣き声と私の歌声が重なりあうようなものになりそうなのですが、私自身はここでは(むしろ)歌詞が無くてもいいのではないかな、と思ってG2さんとお話しました。

まだどういう形になっていくのかわかりませんが、悲しいようで素敵でもあり、なんともいえない雰囲気になったらいいのかな…と想像しています。この作品の全体のトーンにも通じることですが、“これを表現する”という明確なものはないけれど、観た方が“ここに漂うこれは何なんだろう”と余韻を味わっていただけたら嬉しいです」

――一つの答えがあるわけではなく、いろいろな解釈の出来そうな作品なのですね。

「観る方によって、例えば強盗にしても、神様のような存在なのか、人間なのか…というところから始まって、自由に受け取っていただきたい作品です。今回はストレート・プレイですので台詞の量がミュージカルとは全然違いますが、台詞には台詞の力がありますので、それを大切にお伝えしたいと思っています。

ぜひ、不思議な世界を楽しみにいらしていただきたいです」

 

(取材・文・撮影=松島まり乃)

*無断転載を禁じます
*公演情報 舞台『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』4月1~14日=日本青年館ホール、4月20~21日=COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール、4月26~28日=御園座 公式HP

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