Musical Theater Japan

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古川雄大『エリザベート』“トートという存在”を語る

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『エリザベート』Photo by Leslie Kee/Design by COM Works

旧時代の終焉を象徴したハプスブルク帝国最後の皇后エリザベートの生涯を描き、1992年にウィーンで初演された『エリザベート』(ミヒャエル・クンツェ&シルヴェスター・リーヴァイ作)。“歴史もの”の重厚感、家族の心のすれ違いを描く人間ドラマとしての魅力に加え、死を擬人化したキャラクターであるトートとヒロインの禁断の愛というユニークな要素が人気を呼び、日本でも96年の宝塚版初演、2000年の東宝版初演以来、繰り返し上演されてきました。

その最新版となる2019年版では、花總まりさん(エリザベート)、井上芳雄さん(トート)という強力キャスト続投のいっぽうで、ダブルキャストとして新たに愛希れいかさん(エリザベート)、古川雄大さん(トート)が参加。特に古川さんは直近の3公演で、エリザベートの息子である皇太子ルドルフ役を演じ、本作への造詣も深いであろうことから、“満を持してのトート役”に注目が集まります。“概念”であるトートをどのようにとらえ、どう演じようとされているのか。古川さんの“今の思い”を、とくと語っていただきます!

【あらすじ】奔放な父の影響で自由に憧れて育った公爵令嬢エリザベートは、いとこの皇太子フランツ・ヨーゼフに見染められ結婚。姑ゾフィーから厳しいお妃教育を施され、生まれた子までとりあげられたエリザベートは、次第に母親に逆らえない夫との溝を深める。旅に安らぎを求めるようになった彼女の心中には常に、少女時代の木からの転落事故以来、“死”の誘惑があった…。

ルドルフという役の難しさ

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古川雄大 87年長野県出身。故郷でダンスを始め、2007年『ミュージカル テニスの王子様』で舞台デビュー。『エリザベート』『ロミオ&ジュリエット』『レディ・べス』『黒執事』『1789-バスティーユの恋人たち-』『モーツァルト!』『マリー・アントワネット』等に出演。映画やTVドラマにも出演、音楽活動も展開している。©Marino Matsushima

――古川さんにとって『エリザベート』はどんな作品でしょうか?

「ミュージカルというものを本格的に始めさせていただこうと思った作品です。それまで『ミュージカル テニスの王子様』や『ファントム』といった作品に出させていただいていましたが、初めての東宝ミュージカルが『エリザベート』で、大きな役をいただけるきっかけにもなりました。ミュージカルというものを教えてくれたし、これからも頑張ろうと思わせてくれた作品です」

――『エリザベート』では2012年、15年、16年と皇太子ルドルフ役を3回演じられましたが、その過程で“掴めた”という実感はありましたか?

「ルドルフはとにかく歌が大変で、(初代ルドルフを演じた)井上芳雄さんも、今でも“ルドルフは大変だよ”とおっしゃるくらいなんです。その意味では今でも掴めていないかもしれないです」

――どんな部分が大変か、少し教えていただけますか?

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『エリザベート』2016年公演より。写真提供:東宝演劇部

「ルドルフは時間にすると出番は20分ぐらいですが、そこにぎゅっと“詰まっている”んです。まず、父(皇帝フランツ・ヨーゼフ)と対立する“父と息子”は掛け合いということもあって、リズムがはっきり刻まれる中で語尾もちゃんと処理しなくてはいけないナンバーです。次の(トートとのデュエットである)“闇が広がる”はずっとキーが高いだけでなく、(喉が締まる)“う”であったり“い”が語尾に来ます。そしてその直後に、最高音で始まる“独立運動”を歌う時には、一発勝負の緊張感があります。ここで激しく踊って息が上がっている中で、次に“僕はママの鏡だから”で、低音から入ってバラードを歌うんです。2012年に当時、まだミュージカルを始めたばかりだった僕が歌ったことが今では考えられないほど難しい役ですが、そこから段階を経てだんだんレベルアップは出来たのかなとは思います。でも“掴めた”という段階には至っていないかなと」

――キャラクターの造型という点では、3回目のルドルフで一つの完成形を見たという感触は?

「役として、僕なりの完成形は作ったつもりです。でもクオリティで言うとまだまだつきつめられる部分はきっとある、と思っています」

――作品についてはいかがでしょうか、3回のご出演の中で“こういう作品なんだ”と見えてきたものがおありでしょうか?

「2015年版で演出が新しくなった際に、時代が動く瞬間を見せたいというお話が小池(修一郎)先生からありました。時代が動いていく中で自分を主張して生きるエリザベートを描くことで、お客様の生きるエネルギーになれるように、と意識をしてきました」

“トート”とはどんな存在なのか

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『エリザベート』2016年公演より。写真提供:東宝演劇部

――今回はエリザベートを死へといざなう黄泉の帝王、トート役。ルドルフを演じていた頃は、トートはどういう存在ととらえていましたか?

「僕自身は、トートはルドルフが自分で作り出し、映し出している存在、ととらえていました。最後の“マイヤーリンク”でも、死が近づくにつれて葛藤する振付がついていたこともあって、そんな解釈をしていました」

――ということは、エリザベートにとってのトートとルドルフにとってのトートは別個の存在なのかも…?

「その日のトート役の方の演じ方によっても変わると思うし、お客様がどう感じたかはわかりませんが、僕自身はそういうふうに解釈していました」
――では役者としてはトートという役はどう見えていましたか?

「観ている限りはナンバーも素敵で、印象に残る役だなぁと憧れていました。漠然とですが、初出演の時から“いつかやってみたいな”とも思っていました。でも(前回この役を演じた)芳雄さんが“こんなに楽しい役はない”と言ういっぽうで(城田)優君は“こんなに大変な役はない”と言っていて、とらえかたによってはものすごく大変な役なんだろうな、と思えました。トートとは何なのか、(絶対的な)正解がないので、考え始めるととても難しくなってしまいます」

“概念”が歌う“愛”

 ――トートはドイツ語で“死”。“死”という概念を擬人化したのがトートということになるかと思いますが、彼はエリザベートに対して愛を歌っていますよね。概念が愛を歌うというのはどういうことなのか、気になる方もいらっしゃると思います。

「僕も思います。そこをどう“本物”に見せるか。一つのポイントとして、トートという役には美的センスが入っていますが、それをどう解釈するかによってお客様に伝わるものが変わると思っています。死は誰にでも訪れるものですが、エリザベートやルドルフにはいつも死が寄り添っていて、人生のポイント、ポイントで絡んでくる。それが美しく見えるのは彼ら自身、死を意識していたからなのかなと思えます」

――トートはエリザベートを死にとりこもう、とりこもうとしますが、ルドルフが死んで彼女が自死を意識した時、“まだだ”と彼女を拒みますよね。あれはどう解釈したらいいでしょうか?

「僕は、ルドルフをトートが自殺に追いやったのは、エリザベートを死に向かわせるためだと思っていました。でも、先日歌稽古をしていてこの曲を歌ってみると、トートはエリザベートの様子を見て、“まだ私を愛していない”と突き放し、エリザベートを生の世界に踏みとどまらせているんですよね。ここをどう解釈するのか。もしかしたら、トートとしてはエリザベートを自分の世界に引き入れるためにルドルフを殺しはしたけれど、一時の感情だけで死のうとするエリザベートの姿に、自分ときちんと向き合っていないと思えたのかもしれない、トートは導きもすれば突き放すこともする存在なのだ、と現時点では考えています」

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『エリザベート』Photo by Leslie Kee/Design by COM Works

――トートの言う“愛”と人間の“愛”は違うのでしょうね。

「それも解釈の仕方だと思います。ただ単にエリザベートを死なせることが愛なのか、その過程を愛としているのかはわからない。僕もいろいろ疑問を持って、それを稽古の間にクリアにしていけたらと思っています」

――この世のものでないものを演じるという意味では、(悪魔である、『黒執事』の)セバスチャン役が参考になるでしょうか?

「人間ではない、という点ではセバスチャンからヒントをもらえるかもしれませんが、根本的な部分ではちょっと違うかなと思っています。セバスチャンの時は(漫画という)原作の中にイメージできるものがあったのと、いつも舞台を陰で支配しているようなところがありました。今回はちょっと違って、イメージは演じる俳優によって無限にあると思います」

“古川トート”が目指すもの

 ――音楽的には、トート役はいかがでしょうか?

「やはりソロの2曲(“愛と死の輪舞”“最後のダンス”)が肝かなと思っています。リーヴァイさんの音楽は歌っていて“ノれる”ものが多いのですが、例えば“最後のダンス”もそれまでなだらかな曲が続いていたのが、急にロックが始まってトートとしても作品としてもがんと変化する。こちらの気持ちも動きやすいです。『闇が広がる』では今度は立場が逆転しますが、ルドルフの気持ちはよくわかっているので、やりやすいのではないかなと思います」

――歴代、そして世界各国に様々なトートがいらっしゃいますが、古川さんの場合、どんなトートになるのでしょう?

「わからないですね(笑)。今までにないトートだねと言われたい気持ちはありますが、そこを狙ってあまりに個性的なことをやるのは違うと思いますし…自然に、今までにないトートになったらと思っています」

――具体的に何かアイディアをお持ちですか?

「“死”とは何なのか、それをすごく考えています。安らぎと感じる人もいれば、愛ととらえる人もいらっしゃるかもしれない。お客様が観終わった時に疑問や考えさせる何かが残るには、どういう風に演じたらいいか。疑問ではなく、恐怖を感じていただいたほうがいいのか。いろいろと浮かんできています」

――どんな舞台になりそうでしょうか?

「主人公のエリザベートは、困難な状況の中で自分の歩む道を決断して生き切った人で、今の時代を生きる方々にもエネルギーを与えられる、背中を押せる作品だと思います。その中で、主人公に寄り添う形で存在するのが僕の演じるトート。死は誰にでも訪れるし、いつそれが来るかはわからないですよね。観終わった時に、死って何なんだろうという疑問がお客様の中に残っていたら嬉しいですね」

抜擢に応えるために

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『モーツァルト!』2018年公演より。写真提供:東宝演劇部

――プロフィールについても少しお聞かせ下さい。近年、古川さんは『ロミオ&ジュリエット』(2013、17、19年)『モーツァルト!』(2018年)はじめ、大舞台の中心をつとめることが多くなってきました。どんな思いをお持ちでしょうか?

「今の状況は全く予想していませんでした。当初は出来ないことが多くて、どうして自分は出来ないんだろうと悔しく思いながら一生懸命やっていたら、いつしかそれが面白さに切り替わっていったという感じです。『モーツァルト!』のタイトルロールを演じることになった時も、めちゃくちゃ大変な役であることはわかっていたので、抜擢された嬉しさと同時に不安な気持ちがありました。でも結局は、自分で自分を“頑張ったな”と思えるほどトレーニングを積んで頑張りました」

――昨年はテレビドラマ『下町ロケット』にも出演されましたが、“悪役”への抜擢はご本人的に意外ではありませんでしたか?

「驚きはなかったです。ふだん舞台で悪役的な要素のある役を演じることも多いので、今回も主人公を妨害してばかりの農協職員を演じることにもとまどいはありませんでした。楽しく、いい緊張感の中でやらせていただきました」

――以前、石丸幹二さんが『半沢直樹』に出演して「映像だとこんなに近い距離感で演じるのかと驚いた」とおっしゃっていました。

「お芝居(演技)のサイズは確かに違うかなと思います。でも距離については舞台もわりと近いところでやっている時もあって、最近ですと『マリー・アントワネット』(2018年)でフェルセン伯爵を演じている時に“こんなに近いんだ”と思いながら演じていました」

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『マリー・アントワネット』2018年公演より。写真提供:東宝演劇部

――ご多忙の中、インプットとアウトプットのバランスはどうとっていらっしゃるでしょう。定期的に旅行されたりといった感じでしょうか?

「あまり外に出ようという意識はないですね。休みがあっても家にいます。発散というものをしなくても大丈夫なタイプです。仕事で向かっていくものがうまくいけば、それが発散になっています」

人生は何が起きるか…。

 ――ミュージカル界を背負っていく立場になってこられましたが、ミュージカル界がこうなったらいいなと思うことはありますか?

「もっといろいろな世界から人が集まってくるといいなと思います。『ロミオ&ジュリエット』の時がそうで、大人の役の方々がずっとミュージカルをやってこられた方々が多いのに対して、僕ら世代の役はミュージカルが初めてというメンバーも多くて。小池(修一郎)先生はそういう事も含めて、ミュージカルを新しいものにしようとしていらっしゃるのだなと思います。今、上演中の『レ・ミゼラブル』にも外の世界から入ってきたキャストがいて、こういうふうにミュージカル界がナチュラルなものになっていくといいですよね。それによって観る人の幅も広がっていくと思います」

――一昨年にお話を伺った際には、自分を縛らずにいろいろなことをやってみたいとおっしゃっていました。現時点でのビジョンはいかがでしょうか。

「トートをやる今は、トートしか見えていません。終わった時に次が見えるかもしれないけれど、自分の中には、ビジョンは無いです。だって人生、何が起きるかわかりませんから」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報*『エリザベート』6月7日~8月26日=帝国劇場 公式HP

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