Musical Theater Japan

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『キッド・ヴィクトリー』ひのあらたインタビュー:“リアルなのに、優しい”戯曲に魅せられて

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ひのあらた 福岡県出身。劇団四季で『美女と野獣』ガストン、『ライオンキング』ムファサなどを演じた後、退団。『キンキーブーツ』『GHOST』『リトル・ナイト・ミュージック』『ペテン師と詐欺師』『蜘蛛女のキス』等の舞台で活躍。04年にアプローチシアターを創立し、出演のほか演出も手掛けている。


『蜘蛛女のキス』のジョン・カンダーがグレッグ・ピアースとともに書き上げ、オフ・ブロードウェイで上演した『キッド・ヴィクトリー』が、2年前の日本初演に続き、奥山寛さんの演出で登場します。

行方不明だった少年ルーカスが、一年後に帰郷。両親は彼が元の生活に戻れるよう心を砕くが、ルーカスはどこか居心地の悪さを感じる。それは何故なのか…。

今回出演する「EAST」「WEST」の2チームのうち、「WEST」チームで主人公の父を演じるのが、ひのあらたさんです。少年と周囲の人々の織りなす繊細なドラマをどのようにとらえ、アプローチしているでしょうか。劇団四季時代や最近のご出演作のお話も含め、じっくり語っていただきました。

 

少年の成長物語であると同時に、
父親の成長物語でもあるかもしれません

――ひのさんと言えば何といっても『キンキーブーツ』のジョージ、とイメージされる方が多いかもしれませんが、筆者にとっては『ライオンキング』のムファサです。一時期、何度拝見してもムファサ役はひのさんでした。

「2001年前後でしょうか。2年ちょっと出演していました」

――100回以上ご出演を?

「ええと、1000回以上ですね」

――なんと!

「けっこう毎日出ていました(笑)」

――お疲れさまでした…。

「いえいえ(笑)」

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『キッド・ヴィクトリー』

 

――では本題に入りますが、本作に触れての第一印象はいかがでしたか?

「僕はこの作品を観たことがなくて、まず台本を読ませていただいたのですが、“大好物”の作品でした。僕は四季をやめた後、自分でユニットを組んで自分がやりたい海外戯曲を、版権交渉も自分でやって上演していたりしたのですが、そこで選ぶ作品と同じような空気を感じました。日本の作品では味わえないような会話がすごく好きでしたね。

翻訳が素晴らしいということもあると思うのですが、作品では少年の周囲とのセンシティブなやりとりが生々しく描かれているのに、どこか柔らかな言葉に満ちていて、優しい会話になっている気がするんです。語弊があるかもしれませんが、“お洒落さ”を感じましたね」

――テネシー・ウィリアムズに代表されるように、アメリカ戯曲では人間の内面を抉り出すような作品も少なくないのですが、本作はそれとも異なる魅力がある、と?

「内面を抉り出す部分もありながら、言葉づかいがお洒落なんですね。僕の好きな戯曲に『季節はずれの雪』(スティーブン・メトカルフ)というものがあって、ベトナム帰還兵を巡るきつい話ではあるのですが、会話自体は洗練されています。その作品や『お月様へようこそ』(ジョン・パトリック・シャンリィ)に通じるものが本作にはあるな、と感じます」

――今回、ひのさんが演じるのは、主人公の父役。観る人の年代や経験によって、いろいろな見方が出来るような気がします。

「このお父さんの、息子に対する気持ちはよくわかるし、息子とうまくやろうと思うけれどうまくいかない、愛情をうまく伝えられない、というのもわかるような気がします。親だから絶対に正しいということもなくて、親もまた未熟なんですよね。むしろ未熟さを受け入れたときに、関係はうまくなっていくのだと思います。

この両親はどうにかして戻ってきた息子を助けたい、元に戻したい、と思って一生懸命なのですが、どこかで一方通行なんでしょうね。僕自身、最近猫を飼い初めまして、こうしなきゃだめよと教えようとすると反抗してどこかに行ってしまうけれど、受け入れる姿勢を見せるとこっちを向いてくれて、勉強になります(笑)。そうした(繊細な)ものが、台詞にも行間にも描き込まれていると感じます」

――コミュニケーションというものの難しさ、ですね。

「そこが一番ドラマになりますよね。前半の父親はほとんど“聴いているだけ”の芝居になりますが、そんな彼が息子の決断をどの段階で受け入れるようになるのか、フックになるところをしっかり作って、お父さんのもがきをお見せしていきたいと思っています。

少年の成長物語のように見えるかもしれませんが、実はお父さんの成長物語であるのかもしれません。僕が思うに、母親が“すべてをもとに戻して家族の幸せを”と考えているいっぽうで、お父さんは起きたことをある意味、受け入れていて、そのうえでこの状態もまた家族なんだ、現実を共有しよう、ということを言っているのかもしれません。
本作のいいところは“見せられている”感が無いところ。基本的にリアルなので、芝居を観ているという感覚を忘れられると思います。僕らもそうやって観ていただけるよう、稽古を頑張っています」

――ルーカス役の坂口湧久さんとの共演はいかがですか?

「坂口さんとは、彼が10歳くらいの時にも共演したことがあるんです。当時もそうだったけれど、彼はナチュラルな芝居をする人で、こちらの言葉にもしっかり返してくれて、やりやすいですね。稽古場で彼との関係をしっかり作り上げていきたいです。本当なら半年間ぐらいテーブル稽古(読み稽古)をやってほしい作品ですが、そうもいかないので(笑)、稽古期間の中でいろんな球を投げながら、正解を見つけたいと思っています」

――音楽はいかがでしょうか?

「素晴らしいですね。昔、カンダ―の『蜘蛛女のキス』に出演したことがありますが、本作でも“こういうリズム、こういうメロディで不安感を醸し出すのだな”と感嘆しています。翻訳もいいし、音楽もいい、これは出たいです、と(台本と音楽に触れて)即答しました」

――どんな舞台になれば、と思われますか?

「初日までまだまだ頑張らなくちゃいけないけれど、“観劇する”というより、何かやばいものを“目撃する”感覚になれるような作品だと思います。今回の上演劇場の浅草九劇がそういう空気で満たされたら、きっとそこでしか生まれない舞台になるのでは、と思います。みんなでリアルな体験を楽しんでいただけるような作品に出来たら、と思っています」

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『キッド・ヴィクトリー』

 

――プロフィールについても少しだけうかがわせてください。ひのさんが劇団四季に入団されたのは、ミュージカルをやりたかったから、でしょうか?

「そうではないんです。
僕は北九州の出身で、現地の劇団に所属していたのですが、そこの方向性が変わっていったところに、ちょうど福岡シティ劇場が出来るということで、九州の俳優の募集があったんです。

東京に行くつもりはなく、うまくいけばシティ劇場で仕事が出来るかなくらいに思ってたら、東京で全国オーディションを受けて下さいということになって、後にそれが『美女と野獣』のオーディションだったことを知りました。なぜか合格して、最初に出ることになったのが福岡で開幕した『オペラ座の怪人』。劇団四季だから少しは歌もやらなくちゃいけないだろうとは思っていましたが、よりによって音大出身者が集まる、ロイド=ウェバーの音楽の王国に迎えられてしまって、すごく苦労しながらも、周りに助けていただきながらデビューしました。アンサンブルを3枠か4枠担当して、後に司会者やマネジャーも勉強しましたね。

そうこうしているうちに『エビータ』でまたロイド=ウェバー作品に出ることになって、椅子取りゲームの場面などに出ました。僕にとってハードルの高い2作品でしたが、やりがいもありましたね。

その後、福岡以外の公演にもキャスティングされるようになりまして、『王子とこじき』の旅公演に行ったり、『冒険者たち』のノロイ役では初めてメインキャストをいただいて。そして『美女と野獣』のガストン、そして『ライオンキング』のムファサと、合計8年間在籍しました」

――劇団を離れられることになったのは?

「『ライオンキング』ではたくさん勉強させてもらったし、一年間ずっと芝居に出られるのも有難かったし、お客様もずっと大入りだったのも嬉しかったけれど、会話劇をじっくりやりたいなという気持ちがありまして。小劇場ものをやってみたいんです、とお話して、円満に退団しました。それからは自分プロデュースの公演では好きな芝居をやり、お声がかかれば他のミュージカルにも出る、という形をとらせていただいています」

――近年で印象的だったのが『ラブ・ネバー・ダイ』。現実と妖しの世界を繋ぐような3人組のハーモニーの美しさが際立ちました。

「3人がいつも一緒にいて、♪コニー・アイランド…♪と歌って空気感を作る。あれ、いいですよね。僕の年齢ではなかなかハードな役でしたが、楽しかったです。市村(正親)さん、鹿賀(丈史)さんとも、『ペテン師と詐欺師』で共演させていただいたことはあったけれど、本格的に共演させていただきましたしね」

――そして『キンキーブーツ』のジョージさんは、日本初演、再演と回を重ねるなかですっかり“愛されキャラ”として人気です。

「日本初演の時、お声がけをいただいてオーディションに行ったら、“ロック・ポピュラーな楽曲は歌えませんか”と言われて、他に思い浮かぶものがなく矢沢永吉を歌いました。それがすごくよかったらしく、海外スタッフの方から一発でOKが出たんです。
こうして出会えたジョージ役ですが、来年、3回目の出演を予定しています。全く新しい一歩になると思いますね。二度と出来ない(これまでの)2回の公演は永遠に残っていくけれど、その2回のためにも、僕が出ようが出まいが、この作品は生き残り続けてほしい。すごくいい話ですし、演じていても幸せになれるミュージカルですから」

――この2年間、コロナ禍でいろいろなことがありましたが、ひのさんは“役者観”などに変化はありましたでしょうか?

「コロナ禍に限らず、このところ僕自身いろんな変化があって、自分が生きていることを再確認したという実感があります。『キッド・ヴィクトリー』のお父さんの台詞じゃないけれど、“今”が大事。先のことも考えなくちゃいけないし昔の思い出もいっぱいあるけど、やっぱり大事なのは今だな、今日この時もどんどん過去になっていって、一回きりの人生の中で二度と戻ってこない時なんだな、と感じます。

だからうまく行っても行かなくても、一回一回の稽古、舞台を楽しんで、『キンキー~』の時に知った言葉ですが毎回“FULLOUT(全力投球)”で生きていこう、と思うようになりました。舞台は明日中止になるかもしれないし、実際中止になって魂を抜かれたような気持になったこともありました。だからこそ、稽古場でも本番でも今のこの一回を大事に、懸命にやることでもっと愛おしくなる。そんなことを感じています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 オフ・ブロードウェイ ミュージカル 『キッド・ヴィクトリー』
Music&Book John Kander  Lyrics&Book Greg Pierce 12月15~26日=浅草九劇 千穐楽公演はライブ配信も予定 公式HP

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