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『ライオンキング』青山弥生インタビュー【後編】“日はまた昇る”という言葉を胸に

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『ライオンキング』フィナーレ。中央でのけぞるようにプライドロックを見上げているのが青山さんのお気に入り、チーター(インタビュー前編で言及)。Photo by Marino Matsushima ©Disney 禁無断転載

1998年の日本初演開幕時から『ライオンキング』でラフィキ役を演じてきた、青山弥生さんへのインタビュー。後編では、前回お話いただいた〈サークル・オブ・ライフ〉に続く見どころをいくつかとりあげ、演出のポイントやラフィキの視点をうかがいます。作品愛、そしてカンパニー愛に溢れる青山さんのお話を、ごゆっくりお楽しみください。

青山弥生 宮崎県出身。確かな歌唱力、表現力で『ライオンキング』ラフィキ、『マンマ・ミーア!』ロージー、『ウェストサイド物語』ロザリア、『エルコスの祈り』ダニエラ、『リトルマーメイド』アースラなど、多彩な役を演じ分けてきた。俳優たちのまとめ役を担い、周囲の信頼も厚い。写真提供:劇団四季
“ゼロ幕”のラフィキの思いが
“シンバ、シンバ”の台詞へと繋がって行きます

――青山さんが本作で特にお好きな場面を挙げるとしたら、どのあたりになりますか?

「私は(序盤でムファサとヤングシンバが散歩する)大草原のシーンが大好きなんです。アンサンブルが草原の“草”を体現するのですが、それまでそれぞれアクティブに動いていたのが、ぴたっと揃って動く姿に、畳の上をすり足で歩くということを(先祖代々)やってきた日本人ならではの様式美があって、とても素敵なんです。爆発的な(インパクトの)〈サークル・オブ・ライフ〉から一転して、母なる大地にあたたかな風が吹いてくるようなこのシーンが、一つの見せ場だと思っています」

――私も初めて本作を観たとき、下から一列に並んだ草がずずっとせりあがってくる光景に衝撃を受けました。

「そうです、そうです。人間たちが一体になって大草原を表現するというのが凄い発想ですよね。 〈マ マ イェ、マ マ イェ〉というコーラスでは“お母さん、お母さん”と言っています。(シンバと散歩する)ムファサが父親の愛を体現していて、それを母なる大地が包み込んでいるイメージでしょうね」

『ライオンキング』せりあがる「草」たち。Photo by Marino Matsushima ©Disney 禁無断転載

――この大草原のシーンやメスライオンの狩りの場面では、皆さんの歌声の中に生き生きとアフリカンビートが躍動していますね。

「これも四季劇場[夏]の公演が開幕した際、磨き上げた部分です。アフリカンビートについては初演の時に(作詞・作曲補の)レボ・Mさんやミュージック・スーパーバイザーのジョセフ・チャーチさんに教えていただいたのですが、年月が経ち摩耗してしまっていた部分を、来日したスタッフが発音一つからきめ細かく教えてくださった。改めてアフリカンビートを(体に)取り入れることが出来ました」

――ラフィキは“サークル・オブ・ライフ”の後、ズールー語でいろいろと独り言を喋った後に大木にシンバの姿を浮かび上がらせ、“シンバ、シンバ”と言いますが、青山さんのラフィキはここが非常に愛情深く聴こえます。どんな心情なのでしょうか?

「私は一つの役を演じるにあたって、いつも“ゼロ幕”といって、登場前のそのキャラクターについて深く考えるようにしています。

このシーンでのラフィキの独り言は、テイモアさんが季節感のある内容を入れたいとおっしゃったそうでカエルの鳴き声が入っているなど、雨季の話をしています。私の中では、(季節の話にからめて)ムファサとサラビの王国を継承するシンバが生まれて、動物の子だから天敵に襲われて亡くなることも多い中で、ここまで…人間でいえばお宮参りができるくらいにまで、成長した。もう大丈夫、きっとこの子は跡を継げる、とラフィキは考えているのではないかな、とイメージしています。だから愛おしくてたまらず、あの“シンバ、シンバ”という台詞に表れるのだと思います。

シンバへの思い入れは〈サークル・オブ・ライフ〉の第一声から始まっていて、単に“ライオンが生まれたよ”ではなく、“この子ならきっと生きていける、次の世代も安泰だ”と、祈るような気持ちで歌っています。そこからこの“シンバ、シンバ”という台詞までずっと(思いが)繋がっているんです」

――ラフィキやムファサたちの愛情を一身に受けるシンバが、無邪気に夢を語るのが〈早く王様になりたい〉。アフリカのヴィヴィッドな色彩感覚が印象的なシーンですね。

「『ライオンキング』にはアフリカのビートのみならず、色彩が登場しているところがたくさんあって、まるで色が弾けているようですよね。この場面はシンバが自分の作る王国を夢見ているシーンなので架空の動物たちも出てきます。私、ここで登場するこのトリックスターが大好きです。空想の動物だからこそのヴィヴィッドな色使いなのかもしれません。あと、このシーンはパーカッションが凄いんです。(今度御覧になる時)ぜひお聴きになって下さい」

――このシーンのみならず、1幕では子役さんが大活躍します。開幕当時と今とでは子供たちの空気などに変化はありますか?

「以前に比べ、今は(ミュージカルの)レッスンをされているお子さんも多いですね。ヤングシンバは“ちょっと出てくる、かわいらしい子役”ではなく、1幕を背負って立つ存在なので、本当に大変だと思います。カンパニーには子役担当がいて、私たちも一生懸命指導しますが、相当のガッツと精神力、集中力がないと難しい。そんななかで皆、頑張っています」

『ライオンキング』〈早く王様になりたい〉ヤングシンバとカラフルなトリックスターたち。Photo by Marino Matsushima ©Disney 禁無断転載

――ヤングシンバやヤングナラ役を経験したお子さんが、大きくなってまた『ライオンキング』に戻ってこられる例もありますね。

「たくさんいます! 一緒に舞台に立っているのが不思議な感じがします。昨日も、開幕の頃に子役で出ていた劇団員と“あの頃は小学生だったよね”と23年前の話をしていました。今日も一人、ヤングシンバをやった子が大人の役で出演します。子供の頃にこの作品を経験すると、また大人になって戻りたいと思うようです」

――目標とされる演目、なのですね。

「『ライオンキング』って、本当にいいお話ですもの。私もしばらく他の演目に出演してここに戻ってくると、故郷のような心地がします。温かいし、動物たちの話ではありますが、人間が忘れてはいけないことをすごく思い出させてくれます。人生の過程それぞれで、教えてもらえるものが変わる作品だと思います」

『ライオンキング』Photo by Marino Matsushima ©Disney 禁無断転載

――大人のシンバ役ではこの23年間で、続々と“期待の若手俳優”が登場しました。彼らの挑戦をどう見守ってこられましたか?

「シンバが歌うナンバーは高音を出す部分もあり、ふだんどんなに高い音が出ても、舞台上で動きを伴った上で歌うのは相当大変なんです。技術面だけでなく、メンタル面をコントロールすることも難しい。そんななかで皆、すごく頑張っていると思います」

――後輩思いでいらっしゃる青山さんとラフィキがだぶって見えてきますが、物語に戻りますと、スカーから逃れようと、ナラが王国を出て行く際、ラフィキはズールー語で彼女に言葉をかけています。ここでは何かのパワーを授けているのでしょうか?

「言葉とパワー、どちらも授けていると私は思っています。荒廃してしまった王国を出て行こうと決めたナラに対して、ラフィキは“私の子供よ”と言いながら聖水をふりかけます。国の今後のことを思うと複雑な思いもあるけれど、あなたが行くと決めたなら応援する。行きなさい、そして戻ってきなさい。あなたの安全を祈る。ラフィキとしてはそんな思いでいます」

――旅立ったナラは訪れたジャングルで偶然、シンバと再会。二人の間には恋心が芽生えますが、この〈愛を感じて〉の開幕時にあったアルヴィン・エイリー風のダンスが、現在は割愛されていますね。個人的には、ここがブラッシュアップでの最大の変更点のように感じます。

「ここの変更は、テイモアさんの強い意向によるものだそうです。上演時間を短縮し、ブラッシュアップを行う中で、シンバとナラの愛にフォーカスするようにしたそうです」

『ライオンキング』〈愛を感じて〉Photo by Marino Matsushima ©Disney 禁無断転載

――確かに、観る側も必然的にシンバとナラに集中するようになりました。
その後、“王国に帰るべきだ”とナラに指摘され、喧嘩別れして自分を見失いかけたシンバの前に、ラフィキはどこからともなく現れ、“気づき”を与えます。ラフィキは歴代の王たちに対して、いつもこうした役割を果たしてきたのでしょうか。

「気づきは与えてきたかもしれません。でも、これほどの苦難にあったのはシンバが初めてでしょう。父が亡くなった責任が自分にあるかもしれないという苦悩を抱えているわけですから。そんなシンバに対して、飄々としながら“あなたは王様だ”と思い出させる…というのが、私としてはすごく難しいです」

――どことなく、仙人のようにも見えますね。

「達観してはいるけれど、(シンバと)会話をするなかで、かみ合わなくなってもいけないので、難しいんです」

――この“気づき”を与える〈お前の中に生きている〉で、アンサンブルの方々がムファサの肖像をモザイク的に浮かび上がらせる演出がありますね。完成したムファサのお顔に微妙な浮遊感があって、まるで呼吸しているように見え、印象的です。

「ピースを合わせるところですね。まるで宇宙に浮かびあがるようですよね。実はこのピースは意外に重くて、俳優たちは大変なんです。

でも、こういう演出が『ライオンキング』らしさなんですよね。ムファサの顔を出すだけなら、映像ですとか、他のやり方もあると思いますが、そこを敢えて人間が表現する。ハード面では、大がかりな舞台装置もありますが、ソフト面では思い切り人間の表現力にゆだねているのがこの作品らしく、素敵だなと思います」

――さて、迷いから醒めたシンバは王国に帰り、ハイエナやスカーたちとの死闘を繰り広げます。全てが終わった後に、ラフィキは彼にケープをかけますが、この時点でのラフィキの心境はいかがでしょうか。

「この時の王国は、終戦後の焼け野原のイメージでしょうね。第二次大戦直後は目黒から上野が見えるほどだったとよく聞きますが、(サバンナの)広大な焼け野原の中に、一人また一人と一緒に戦った仲間たちが集い、ザズがシンバに向かって“陛下”とおもむろにお辞儀する。私はこの瞬間がとても好きで、シンバはこの時、王になるのだなと感じています。

シンバにケープをかけるのは重要な役目で、ここで失敗は出来ないと、毎回、緊張します。紆余曲折を経てシンバはここまでたどり着いた、そのことに対して、一件落着といいますか、“これでよし”という思いで、シンバに100点を上げるようなつもりで、ケープをかけています」

――最後に、開幕から23年を経て“今”のお客様たちに、『ライオンキング』をどう御覧いただきたいですか?

「今、世の中は疫病に侵され、私たちも一時期、全ての公演が中止になる期間を経験しましたが、〈終わりなき夜〉にある“夜はいつか終わる”“日はまた昇る”という台詞を胸に、日々、取り組んでいます。

まだまだ先の見えない中で、ラフィキの“過去から逃げるか、学ぶか”という台詞も痛感される毎日ではありますが、皆の生活は少しずつ戻ってきているように感じます。劇場も“安心、安全”に努めており、本当にありがたいことに、最近はお客様が劇場に戻ってきてくださっています。どうぞこれが続きますように。そう祈りながら、精進を続けて参ります」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報ディズニーミュージカル『ライオンキング』ロングラン公演中=有明四季劇場、名古屋四季劇場 公式HP