Musical Theater Japan

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『ミス・サイゴン』チョ・サンウン インタビュー:クリスにとっての“運命の瞬間”

チョ・サンウン 韓国プサン生まれ。2006年に劇団四季入団、『ライオンキング』シンバ、『コーラスライン』マーク、『キャッツ』スキンブルシャンクス等で活躍。2011年の退団後は韓国で『レ・ミゼラブル』マリウス、『ウィキッド』フィエロ、ロンドンで『ミス・サイゴン』トゥイ等を演じる。映画やTVドラマでも活躍している。🄫Marino Matsushima 禁無断転載

ベトナム戦争末期に出会った男女の悲劇を通して、戦争の不条理を問う大作ミュージカル『ミス・サイゴン』。本作のロンドン・リバイバルでヒロイン、キムの婚約者トゥイを演じ、今回の日本版では主人公クリスを演じているのが韓国出身のチョ・サンウンさんです。
以前はトゥイ目線で本作をとらえていたというサンウンさんですが、クリス目線で感じることとは? 稽古中の新たな発見、俳優としての思い等、じっくりお話いただきました。

(このインタビューは2020年の公演に向けて行われました。今回、所属事務所のご了解をいただき、掲載させていただきます。)

『ミス・サイゴン』
誰よりも強い意志を持つクリス

 

――チョ・サンウンさんはかつて、三雲肇さんというお名前で劇団四季に在籍されていました。特に『春のめざめ』モリッツ役(2009年初演)の演技は鮮烈で、今も忘れられない方は多いのではないかと思います。

「よくそう言われます。嬉しいです」

――今回は久々に日本でのお仕事となりますが、『ミス・サイゴン』には既にロンドンで出演されていますね。

「2015年です。その前年にウェストエンドでリバイバルが始まって、韓国人の先輩がトゥイ役にキャスティングされました。その後このカンパニーがブロードウェイに行くという噂を聞いて、僕にも万が一でもチャンスがあればと思い、英語のレッスンを始めたのですが、3か月ぐらい経ってその話は無くなったと。

それで勉強はやめたのですが、今度はウェストエンドでもう一年続演することになり、1年契約なので、新たなトゥイ役を探しているが出来そうな人はいないかと、韓国の会社に声がかかりました。

韓国だけでなく、アメリカやフィリピンなど、各国から募っていたとは思いますが、その時点で一からの勉強は難しかったと思うので、3ヶ月勉強しておいて本当によかったです。ビデオ審査を経て、出演できることになり、(16年の日本公演でジジ役を演じた)中野加奈子さんとも共演しました」

――今回はどういった経緯で出演されることになったのですか?

「『エリザベート』や『モーツァルト!』が好きで、以前から東宝さんの舞台に興味があったのですが、ある日、何気なく東宝さんのフェイスブック・ページを見たら、『ミス・サイゴン』のオーディションが告知されていて。“これ、やるんだ!それならチャレンジしてみたい!”と思いました。僕は日本語も喋るし、ロンドンでこの作品にも出ていたので、その経験が生かせるのではないかな、と。

ロンドンで出演経験があったので、一次審査は免除にならないかな~と思ったけれどそれは無理だったので(笑)、日本語を磨きなおして、課題曲のビデオを何度も撮り直し、完璧!と思えたものを送りました。『ライオンキング』のシンバのナンバーです。そうしたらクリス役で次の審査を受けてくださいといって楽譜が送られてきて、僕も今度はクリスを演じたいと思っていたので、すごくうれしかったです」

『ミス・サイゴン』クリス(チョ・サンウン)

――日本のプロダクションでは歌稽古から“サイゴン・スクール”、そして本格的な稽古、と段階を踏んで丁寧に舞台が作られていきますが、ロンドンでも同様でしたか?

「僕の場合は抜けた人の代わりに(出来上がった)カンパニーに入るという形だったので、その意味ではやりやすくもやりづらくもあり…、といった感じでしたが、基本的にプロダクションの作り方は世界各国同じではないかと思います。

今回、出演が決まって自分なりの予習もしましたが、実際にカンパニーに参加してゼロから作り始めるなかで、皆で一緒に経験するということがすごく大事で、(この長期にわたる稽古は)必要な時間だし、こうして新しい『ミス・サイゴン』が生まれるんだな、と感じています」

――クリスという人物像について、アイディアが生まれてきていますか?

「ロンドンでトゥイを演じていた時はトゥイの視線で(物語を)見るので精いっぱいで、正直、クリスは“よくない男だな”くらいにしか思っていませんでした(笑)。今回、クリスの視点で見ることで全く違う世界が見えてきたし、今後稽古が深まる過程でさらに見えてくるものがあるんだろうなと感じています。

これからまた変わっていくかもしれないけれど、現時点では、クリスは誰よりも強い意志を持つ男だと思っています。だからこそキムを連れて行く決断もできたし、帰国してからエレンと結婚することもできたのではないでしょうか。ただの優柔不断な人物ではない、というように作っていきたいです」

――キムと出会って、彼女が明日は店に出るというと“ダメだ、一緒に過ごそう”と即、言ったのはそのあらわれかもしれませんね。

「そう思います。人間にとって、“運命の時”ってあるじゃないですか。それがクリスにとってはこの瞬間だった。ああ、こういう出会いってあるよな、とお客様も感じられるのではないかな。先輩たちからもよく、結ばれる相手は出会った瞬間にわかると聞きますから。本作の場合は、相手の過去を全く知らない、それも戦火の中での出会いなので、さらに深く、強烈な瞬間。そうとらえて、話し合いながら作っていきたいです」

『ミス・サイゴン』2016年公演より。写真提供:東宝演劇部

――“サイゴン・スクール”では、自分の役になりきって、誰かに手紙を書くワークショップがあったと聞きました。サンウンさんは誰に、どんな手紙を書いたのですか?

「キムに出会う前の自分自身に書きました。戦争とは何だろう、何が正義なんだろう、と問いかける内容です。(戦争を)実体験はしていませんが、いろいろ考えながら複雑な思いになって、すごく勉強になりました。アンサンブルの人たちも、ベトナムの民衆として、敵として分かれた北の友達に書いたりして、皆がどんなことを考えているかわかってよかったです」

――どんな舞台になるといいなと思っていらっしゃいますか?

「作品は時代によって変わるし、お客様もその日によって感覚が変わってくると思います。1000人座っていたら1000通りのとらえ方があるかもしれません。僕としては、責任をもってこの作品をお届けすることで、お客様の中に何か一つでも、考える時間が生まれたらいいなと思っています。それが僕ら俳優の義務ではないかな、と。常に“もっといい舞台を作りたい”と思いますし、自分の中でも期待しています」

――サンウンさんはどんな表現者を目指していますか?

「目標はその時その時で変わるし、それに正解は無いと思います。今の僕の正直な気持ちとしては、お客様が信頼できる俳優になりたい。そしてそれ以前に、仲間たちに人間的な部分を含めて信頼される存在でありたい。そこを目指して頑張っています」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ミス・サイゴン』7月29日~8月31日(プレビュー7月24~28日)=帝国劇場、その後各地を巡演 公式HP
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