キューブ状の椅子が無造作に置かれた空間。
ジーとベルが鳴ると、女性教師のシルエットが浮かぶ中で生徒たちがざわざわと集まり、進路指導の授業が始まります。
生徒たちは勝手に喋り、“何になりたいの?”と問われても、出てくるのは非現実的な思いつきばかり。
一人ぼんやりしていたジェイミーも“さあ、わかりません”と答えますが、心の中で“僕が本当になりたいのはドラァグ・クイーン…”とひとりごち、浮き浮きと歌い始めます。(M1「誰も知らない」)
“…みんなが僕のスタイルに憧れる”
“主役は僕、自由に飛ぼう…”
生徒たちや教師を巻き込んだ賑やかな妄想を楽しむものの、いじめっ子ディーンの心無い言葉でたちまち現実世界へ引き戻されるジェイミー。しかし16歳の誕生日であるその日、帰宅した彼は最大の理解者でもある母マーガレットから、憧れていた赤いハイヒールをプレゼントされます。友人のプリティにも背中を押され、行動の時だと意を決したジェイミーは、ドラァグ・クイーン専用のドレスショップへ。
そこで伝説のドラァグ・クイーン、ロコ・シャネルだったという店主ヒューゴに気に入られたジェイミーは、早速ドラァグ・ショーにデビューすることに。一躍“時の人”となった彼は、自分らしい装いで通学し、卒業記念のプロムにもドレスを着て行こうとしますが、ディーンや教師ミス・ヘッジから横槍を入れられ、さらには自分にとって最大の心の傷を再び抉るような出来事が…。
一人の高校生が夢に向かって歩き始める姿を通して、自分らしく生きること、それを認め合うことを伝えるミュージカル(作=トム・マックレー)。実話がベースとあって、英国の一地方都市の今を切り取ったようなリアルな台詞が飛び交いますが、ミニマルで抽象寄りの舞台美術(美術=石原敬さん)や、英国ポップスを基調としながらもボキャブラリー豊かなダン・ギレスピー・セルズの音楽が、特定の個人の物語に“普遍性”をプラス。華やかなシーンで楽しませながらも、ジェイミーと周囲の人々が対峙するドラマ部分もしっかりと見せ、人との交わりの中で若者が成長し、そしてコミュニティそのものも進化してゆくことをポジティブに印象付けます(演出・振付=ジェフリー・ペイジさん)。
幅広い層が集うキャスト陣ではまず、森崎ウィンさんが“自分の人生の主役”を懸命に生きるジェイミーを、エモーショナルに体現。とりわけ2幕のナンバー“醜い世界の醜い僕”で苦しみを吐き出す姿に鬼気迫るものがあり、少年期の無邪気さが失われる残酷な瞬間を鮮やかに描き出します。
いっぽう、ダブルキャストの髙橋颯さんは、1幕で赤いハイヒールを手にし、一歩踏み出そうとして歌う「頭の中の壁」での、希望と不安が入り混じった風情が実にナチュラル。ドレス姿がゴージャスなウィンさんに対してチャーミングな髙橋さんと持ち味は異なりながらも、誰もが応援せずにはいられないジェイミー像をそれぞれに確立しています。
そんなジェイミーに愛情を注ぐシングルマザー、マーガレットを演じるのは安蘭けいさん。元・夫の冷淡さに耐え、ジェイミーに優しい嘘をつき続ける母親像を、悲壮感なく描き出しています。激情にかられたジェイミーに激しい言葉をぶつけられ、一人取り残されても“いくつになっても我が子”“心満たしてくれるもの 我が子”と無償の愛をつぶやくナンバー「我が子」での、淡々としたメロディを情味豊かに膨らませた歌唱は、多くの観客の心に染み入ることでしょう。
マーガレットの気のいい“ご近所さん”であり親友、そしてジェイミーの叔母的存在でもあるレイ役は保坂知寿さん。颯爽としてさばけた持ち味が安蘭マーガレットと相性抜群、彼女が友人である限りマーガレットは大丈夫、と思えるほど共感力と頼もしさに溢れた人物像を作り上げています。
その彼女をして“むかつく!”と言わしめるのが、ジェイミーのドレスでのプロム参加を阻止しようとする教師ミス・ヘッジ。かつて『マンマ・ミーア!』で保坂さんと母娘を演じた樋口麻美さんが、今やひっつめ髪にパンツスーツ、ハイヒールという隙の無いいでたちで周囲に“圧”をかける教師を演じていることに、感慨を抱く方も多いかもしれません。しかし“鉄の女”然としながらも時折、思い通りのキャリアを築けなかった挫折感や生徒たちの若さに対する嫉妬心がちらつき、人間味の感じられる造型が魅力的です。不器用でかわいい一面があらわれるシーンはアドリブが任されているのか、筆者が観た2回は全く異なる表現となっており、持ち球の多彩さにも驚かされます。
ジェイミーのクラスメイトで秀才のプリティは、医師になるという明確な夢を持ち、マイノリティの孤独も知る、ジェイミーの最高の理解者、ある種の同志。この日、演じた田村芽実さん(山口乃々華さんとのダブルキャスト)は、一つ一つの音にプリティの内なる情熱をこめ、その確かな歌声が、ジェイミーを励ます過程でプリティ自身、自分の殻を破ってゆくという、本作のもう一つの“胸熱”要素を浮かび上がらせています。
対して、いじめっ子のディーンは終盤近くまでネガティブな“気”に包まれ通しですが、演じる佐藤流司さん(矢部昌暉さんとのダブルキャスト)は台詞のない瞬間も目で多くを語り、いじめが楽しくていじめているというより、自身が抱える不安や不満のはけ口にマイノリティであるジェイミーを利用してしまっていることをうかがわせます。そんな彼の心が揺れ動きながらも見せる変化は、微かだからこそ真実味があり、ジェイミーとの意外な“決着”は本作の隠れたクライマックスと言えるかもしれません。
思ったことをぽんぽんと言う奔放なベックス(鈴木瑛美子さん)やベッカ(フランク莉奈さん)ら、学生生活最後の日々を送る生徒役たちの“リアルな生態感”も楽しく、ドレス・ショップでヒューゴがロコ・シャネルの伝説を歌うシーンでは、かつての愛の修羅場(?)を再現するドラァグ・クイーンのトレイ(吉野圭吾さん)、サンドラ(今井清隆さん)、ライカ(泉見洋平さん)が 、“ガヤ3人組”的な登場にも関わらず、凄まじい存在感で場を席捲。今井さんはジェイミーの薄情な父親役としても活躍します。(男性諸役のアンダースタディをつとめる永野亮比己さんがトレイを演じる回では、吉野さんとはまたひと味異なる優雅なドラァグ・クイーンが誕生しており、こうしたヴァリエーションもリピート鑑賞の楽しみの一つとなっています)
そして偶然の出会いとは言え、ジェイミーの夢を後押しするメンターとなってゆくヒューゴを演じているのは石川禅さん。飄々とした口跡が逆にヒューゴがこれまで経験してきた人生の荒波を想起させ、ジェイミーが絶望の淵にあっても“すべきこと”を教えるのではなく、“(自分の)物語を書くのはあんた”と、自分で考え、立ち上がることを促す姿に、真の人間愛が滲みます。“ロコ・シャネル”としての登場時も貫禄たっぷり。
エピローグを兼ねたフィナーレでは、キャストが総出で歌い踊りますが、彼らが最後に繰り返すのは“みんなの居場所”というフレーズ。
“大丈夫、自由はある みんなの居場所”
“In this place where we belong ここで繋がろう”…
本作が英国で誕生したのは2017年ですが、2021年の今、世界はどれだけ個性を認め合い、共存できる場となっているでしょうか。寛容さという点では逆行傾向も見受けられるなかで、一人の若者のサクセス・ストーリーを通して“今いる場所を、皆が繋がれる居場所に”と心強いメッセージを送る本作。軽やかにして祝祭的な音楽の余韻に浸りながら、より多くの人々と共有したくなる作品です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『ジェイミー』8月8~29日=東京建物Brillia HALL、9月4~12日=新歌舞伎座 公式HP
*参考記事:安蘭けいさん、森崎ウィンさん、髙橋颯さんインタビュー(それぞれ、ポジティブ・フレーズ入りサイン色紙の読者プレゼント有り)