彼氏と別れ、仕事も中途半端。人生ちょっと“モヤってる”30代のヒロインが、実家の近くの公園を訪れ、懐かしい大木に話しかける…。
女性が抱えるリアルな問題を優しいタッチで描いた配信オリジナル・ミュージカル『BLOOM』が、28日まで限定公開中です。
暗闇にほんのりと浮かび上がる冒頭から、舞台中央でまるで呼吸をしているかのように存在感を放つ、蓮沼千紘さんのカラフルなニット・アート。ちょっと重い話題も軽やかに、ユーモラスに語るヒロイン役の小此木麻里さん。“縷々の樹”の精として、様々な女性像をドラマティックに歌い上げる高城奈月子さん。軽やかな身体表現を見せるMAOTOさん。保科由里子さんによる、親しみやすい言葉で紡がれた台本と、カルメル・ディーンのソングサイクル『Well-Behaved Women(お行儀のいい女たち)』から選ばれた多彩な楽曲、大嵜慶子さんによるキャッチ―なテーマソング…。
それぞれに魅力的な要素を構想・作詞・演出の渋谷真紀子さんがまとめ上げ、8K、6Kの高精細カメラで撮影。どの瞬間をとっても美しく、“今”を生きる女性たちを応援する作品となっています。
創作の過程を渋谷さん・保科さん・小此木さんにうかがいました。
結婚や出産。悩んでいるのは
一人じゃない、と伝えたい。
――本作を作りたいと思った一番のきっかけは?
渋谷真紀子(以下・渋谷)「日本社会では男女平等が改善しているように思っていましたが、実はコロナ禍で、自殺率が急増した中で、そのうち8割を女性が占めていたと知り、まだまだ社会的構造は変わっていないのだなと感じました。
私が住んでいたアメリカでは、3月は女性史月間ということで、女性クリエーターの方のイベントなどがよく行われていて、活躍する女性を祝福することは素晴らしいと思っていました。今回、歴史上の様々な女性たちを描いた『Well-Behaved Women』というソングサイクルに出会い、それを題材にオリジナル・ミュージカルを作ってみたいと思ったのがきっかけです」
――保科さん、小此木さんは今回の企画のどんなところに魅力を感じましたか?
保科由里子(以下・保科)「私もアメリカに長く住んでいたこともあって、女性の権利運動には以前から関心があり、演劇界や社会全体における日本の女性の立ち位置について、渋谷さんと話し合ったりしていました。こういう問題は“自分事”でもあり、自分でできることはしていたのですが、今回お声がけいただいて、ぜひ私でできることがあれば、と参加を決めました」
小此木麻里(以下・小此木)「私は今まで女性問題とちゃんと向き合っていなかったので、今回参加させていただいて、こういうことがあるんだなと私自身勉強したりしながら作っていきました。普段、こういうことを考えてこなかった人たちにも、エンタメを通して伝えるいいきっかけになる作品なのではないかなと思っています」
――女性問題は人によって感じ方が違うと思いますが、演劇界でガラスの天井を感じることはありますか?
渋谷「日本にも活躍されている女性のプロデューサーや演出家はいらっしゃるし、クリエイティブ・チームのほとんどが女性という大作ミュージカルの例もあります。でも、アメリカと比べると、やはり意識の違いはあると思います。私は現地で、あるメジャーな作品のアウトリーチをお手伝いしていたのですが、その作品は女性がクリエイトすることをはっきりと“売り”にしていて、その“女性推し”はすごかったですね。それによって皆がハッピーになる社会を目指していましたが、日本だと“女性”を意識すると“アメリカ感”が出てしまうんだな、ということは感じます」
保科「私自身はガラスの天井までたどり着いてるわけではないので(笑)、“あるんだろうな”という感じでしかないですが、確かに、同じ意見を出しても、女性だと通りにくくて、私個人の問題なのかとはじめは思いますが、何度か経験すると、“女性だからなのかな”とは考えてしまいます。
昨年、渡辺えりさんはじめ、女性の劇作家の方々とご一緒する企画があって、実現はしなかったのですが、えりさんは今でもそういったことに憤りをお持ちで、えりさんたちの世代が活躍してくださっているからこそ、私たちも活躍できるんだろうなと思いました。これからの世代にも影響していくと思うので、私たち世代も頑張らないといけない。こういうことは男性のクリエーターは思う必要がなくて、女性だけなんですよね。それが“ガラスの天井”なんだな、と思います」
――女優さんは、女性であるがゆえの人生設計の難しさがあると聞いたことがあります。
小此木「舞台の仕事って、2年、3年先のことを決めなきゃいけなかったりして、30代半ばになるとみんな、人生設計について考えることはありますね。妊娠・出産するのかとなると、女性は舞台をお休みすることを考えなければいけないというのは、男性との違いだと思います」
渋谷「そのテーマはまさに、台本にも盛り込んでいます。私も昨年出産しましたが、子供を持つにあたって、私の仕事との兼ね合いで、彼のほうが産めたらどれだけ二人ともハッピーなんだろうと思ったんです。でも生物学的に、そこはどうにもならない。根源的な問題だな、と思って、今回、ソングサイクルの中から、アダムとイブを歌ったナンバーを選んでいます。まずはそこを受け止めることから始めないといけないんだよね、と」
――保科さんは、台本執筆にあたり、大切にされていたことはありますか?
保科「執筆時点では、ヒロインを小此木さんが演じるとわかっていたので、彼女の物語として成立するような言葉を選ぶように心がけました。小此木さんがしゃべることで、お客様が一緒に“わかるな”と思ったり、“そう考えていいんだな”と気づいていただけるような話でもあるんです」
――いわば“あて書き”の台本だったわけですが、ご覧になって小此木さんはどう感じましたか?
小此木「30分のミュージカルの中で、縷々の樹の精として高城奈月子さんが歌で、MAOTOさんがダンスで表現される一方で、私は語り、一人芝居をするのですが、一人芝居はやったことがなかったので、この量の台詞が果たして覚えられるのかな…というのが第一印象でした。でも、保科さんが私を想像して書いてくださってるなというのは感じられましたし、深いメッセージをエンタメに昇華できるように、台本も演出もなっていたので、私も自然に、“これは日常の中にあるお話だよ”というふうに演じることができたと思っています」
――木の精を二人の俳優で表現する意図はどんなところにあるでしょうか?
渋谷「いろいろな精が一本の木に宿っていて、『Into The Woods』のシンデレラのお母さんではないけれど、森の中に入ると歌声が聞こえて、現実の自分に必要なことを教えてくれる…というイメージが出発点にありました。それを表現するにあたり、リアルとファンタジーを繋ぐ存在というか、現実のヒロイン・咲ちゃんとファンタジーの縷々の樹を日常的に繋ぐ存在が欲しいな、と思い、身体表現をする精を入れようと思ったんです」
――本作ではニット・アートの存在感が非常に大きいのですが、こちらの意図は?
渋谷「女性の魂が宿る樹木を想像した時、生命力・温かさ・強さを大事にしたいと思い、自然素材から生まれるニット・アートを取り入れたいと思いました。
女性の人生模様が編み込まれてゆくというコンセプトに、ニット・アーティストの蓮沼千紘さんの作品の多彩な色模様がぴったりだと思えたのです」
小此木「蓮沼さんは稽古中も編んでいてくださって、私が座る切り株や本にもニット・アートがあしらわれて、どんどん増えていくのが楽しかったです。縷々の樹は筒状のニットを吊って表現しているのですが、塗料を塗った舞台装置とは違う温かみがあったし、近寄ると微妙に動くのが本当に生きているようで。この中に住みたいと思うくらいに素晴らしくて、エネルギーをもらいました」
――“生きている”ような樹に話しかけることで、小此木さんもヒロインと樹の関係性を実感できたのですね。
小此木「そうなんです。もう一つ、高城さんの歌声やMAOTO君とのコミュニケーションから感じたのが、私たちは自然に助けられて生きているんだなあ、ということです。自然の流れにあらがわないで生きていくというのもこの作品のメッセージなんだなぁ、と思います」
――仕上がりを観て、保科さんはどう感じられましたか?
保科「生で観るのとは違って、いい意味で“キラキラ”度が上がっているな、と思いました。現地で観るのも好きだったけれど、生だと距離があるので、どうしても細かいところまでは見えません。でも映像だと、ニットもよく見えるし、メイクはこうなっているんだなとか、自分が気づけなかったところに気づけるのが素敵だと思いました」
――この作品をお客様にどう観ていただきたいですか?
渋谷「私たちのゴールとしては、晴れやかな、春を呼ぶような気持になっていただければと思ってお届けしています。NETFLIXの一話を観るような気軽さで、多くの方にご覧いただきたいです」
小此木「いろんな方に見てもらって、人生いろいろあるけれど、明日ちょっと頑張ってみようと思っていただけたらと思います」
保科「もちろんいろんな方に見てもらいたいですが、とりわけ、一人でも多くの女性に観ていただきたいです。女性のためのミュージカルはあまりないし、女性が主役の作品も、何かを成し遂げた女性の話はあっても等身大の女性の話はあまりありません。そんな中で本作は、咲ちゃんを“私だな”と思っていただける物語だと思います。一人じゃない、きっと未来は明るい、というメッセージを込めて作っています」
――今回のリアクションいかんでは、続編も作られるのでしょうか?
渋谷「『Well-Behaved Women』は今月、シドニーで世界初演される予定ですが、作詞作曲家とは日本でもぜひ本編上演をしたいという話をしています。今回、単純に海外作品を翻訳して上演するのではなく、オリジナルで台本を書き起こして、新たな視点で届けるという挑戦をしたところですので、ぜひ続けていけたらと思っています」
(取材・文=松島まり乃)
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*配信情報 『BLOOM』3月20~28日限定配信 一般視聴チケットに加え、デジタルパンフレット付き視聴チケット、山田元さんのフラワーアレンジメント付きチケット等も販売中。購入詳細