Musical Theater Japan

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『GHOST』観劇レポート:儚い“生”を凌駕する、思いの強さ

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『GHOST』撮影 桜井隆幸

格子窓を思わせる透明パネルに覆われた舞台。中央には“GHOST”の文字が映し出され、どこからか都会の喧騒が聞こえてきます。

弦とピアノの穏やかな音色が響き、パネルが左右にはけると、そこはNYブルックリンの古いロフト。懐中電灯片手に現れたカップル…サムとモリ―が、友人カールに新居となるこの空間を披露し、殺風景なロフトはみるみるうちに二人のテイストに染められてゆきます。

胸膨らませながら新生活を始めた矢先、ディナー帰りの二人は強盗に遭遇。銃声が響いた後、モリ―のもとに戻ったサムは、彼女の腕の中で動かなくなっている自分の肉体を目の当たりにします。救急病院で“病院のゴースト”に、自分が亡霊の一人となっていることを告げられたサムは、途方にくれながらもモリ―を見守ることに。すると数日後、モリ―の留守を狙って先日の暴漢がロフトに侵入。あれは偶然の強盗事件ではなかったと知ったサムは、ひょんなことから出会った霊媒師オダ・メイを通して、モリ―に身の危険を伝えようとするのですが…。

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『GHOST』撮影 桜井隆幸

思いを残して亡くなった主人公が恋人を守りぬこうと奔走する、至高の愛の物語。1990年のハリウッド映画を舞台化し、18年の日本初演も好評を博したロマンティック・ミュージカルが、一部に新キャストを迎え、3年ぶりの再演を果たしました。

サムの手がドアを突き抜ける描写などで控えめに映像を使いながらも、身体表現による演劇的な風合いを重視した演出(ダレン・ヤップさん)は、初演からほぼほぼ変わらず。悪人が命を落とした時、その魂をすさまじい力で吸引する“闇(地獄?)の力”を数人の俳優がフィジカルに描く場面などで、映画版の映像処理とは一味違う迫力が漲ります。

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『GHOST』撮影 桜井隆幸

初演からの続投となるサム役・浦井健治さんは、一人きりになってしまったモリ―を抱きしめようとするが実際は触れられない、といった表現に優しさ、切なさが溢れ、二枚目俳優の真骨頂。その一方でオダ・メイとのコミカルなやりとりにいっそうの軽妙さが加わり、本筋に戻った時の緊迫感とのコントラストが際立ちます。

咲妃みゆさんとのダブルキャストでモリ―を演じる桜井玲香さんには、サムと抱き合う際などちょっとした所作に自然な“品”が感じられ、可憐な中にもややスモーキーなニュアンスを含ませた歌声も魅力的。今後、さらにミュージカル出演を重ねてゆく中でどんな進化を見せて行くか、期待されます。

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『GHOST』撮影 桜井隆幸


映画版と舞台版の最大の違いといえば、サムの同僚で友人でもあるカール役の深度と言えるかもしれません。基本的な造形は同じながら、舞台版のカールは大金が動き、誰もが野望を抱かずにはいられない“ウォール街の空気”や“時代感”を体現するかのように登場します。水田航生さんがつとめてニュートラルに演じることで、この役には通り一遍ではないリアリティと人間味が加わったと言えるでしょう。

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『GHOST』撮影 桜井隆幸

そして本作一の“愛されキャラ”と言えば、いかさま霊媒師…だった筈が、サムとの出会いによって本当に霊能力が目覚め、大活躍する羽目になるオダ・メイ。やはり初演から続投の森公美子さんが、迫力の歌声とコメディセンスで登場のたびに場をさらい、サムたちのために一肌脱ぐ終盤では一転、情味豊かな演技で感動をいや増します。また訳あって“キレやすい”地下鉄のゴースト役に悲しみを滲ませる西川大貴さん、飄々とゴーストのさだめを説く病院のゴースト役・ひのあらたさん、見るからに不穏な空気を漂わせるウィリー・ロペス役・松田岳さんら、主人公たちが出会う諸役を担うキャストも適役揃い。

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『GHOST』撮影 桜井隆幸

生前、素直に「愛してる」の一言が言えなかったサムは、実体のないゴーストとなってしまったことで思いを伝えられないもどかしさと格闘しつつ、一つずつ苦難を乗り越えてゆきます。そして起こる、小さな奇跡。神秘的な映像処理が印象的な映画版のラストシーンとは対照的な、シンプルで演劇的な幕切れが美しい余韻を残します。命の儚さ。思いの強さ。そしてそれが“伝わる”ことの喜び。サスペンス劇の形を借りつつ、人の世のこもごもをしみじみと感じさせる舞台となっています。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『GHOST』3月5~23日=日比谷・シアタークリエ、4月4日=愛知県芸術劇場大ホール、4月9~11日=新歌舞伎座 公式HP