Musical Theater Japan

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『バーナム』観劇レポート:“夢見る力”を持ち続けた生涯

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

サーカス・テントの内側をイメージさせる、緩やかに囲い込まれた空間。
軽快なピアノのサウンドを背に、スクリーン上に映し出されたフィリップ・エマールさん(シルク・ドゥ・ソレイユ等でクラウンをつとめたパフォーマー)がコミカルな動きを見せた後、一人の男が登場します。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

“P.T.バーナム!”
声高らかに名乗った彼は、“皆さんは今夜、あらゆる驚きや奇跡を目撃することになるのです! 世界一大きな象や巨大な白クジラ、親指トム将軍…”と大風呂敷を広げ、軽快なナンバー“夢追い人が生まれてくる”を披露。観客はいつしかそのペースに巻き込まれ、普通のおばあちゃんを“ワシントン大統領の乳母だった160歳のジョイス・ヘス”として売り出し、“アメリカ博物館”を建設、“親指トム将軍”のショーを開催…と次々にアイディアを具現化してゆく彼の半生を目の当たりにします。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

途中、チャイリーという賢妻がありながら歌姫ジェニー・リンドによろめくも、何とか夫婦関係を修復。政治家に転身し市長の座を得た彼に、チャイリーは中央政治への進出を提案するのですが…。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

19世紀に一世を風靡し、映画『グレイテスト・ショーマン』の主人公としても名高いP.T.バーナムの波乱万丈の半生を描いたミュージカルが、1980年のブロードウェイ初演以来初めて、日本で上演。客席を巻き込む本来の演出こそコロナ禍のため実現しませんでしたが、バーナムを見守る守護天使よろしく、場面替わりなどあちこちに登場するフィリップさんの映像、歌・ダンスに加えて果敢にジャグリングに挑戦し、見事な技を披露するアンサンブルの存在、そして巨大な象や親指トムをアイディア豊かに表現する演出、ステージングによって、“サーカス感”はたっぷり醸し出されています。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

何より、出ずっぱりで喋り倒し、次々と夢を実現してゆくバーナム役を、加藤和樹さんが確固たる信念と無邪気さをもって体現。漲る“男のロマン”がバーナムの“イカサマ”すれすれの行動にも茶目っ気を与えています。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

またバーナムの妻チャイリーは、夢へと立ち向かってゆく彼の生き方を愛しながらも言うことは言う、という役どころですが、演じる朝夏まなとさんには凛として自立したオーラがたっぷり。夫が不在の間もただ耐えて待つのではなく、教職の仕事であったり女性の社会進出運動に関わったりと、充実した時を過ごしていそうな気配が現代の(特に女性の)観客には望ましく、魅力的に映ります。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

若き日の二人…博物館建設が間に合わず、パニックに陥ったバーナムをチャイリーが励まし、百人力となるくだり等もいいのですが、後半、老境に差し掛かった夫妻が市役所の階段で語らい、絆を確かめ合う“我が人生の色 リプライズ”には得難い味わいが。曲終わりに映像で現れるフィリップさんの“胸がいっぱい”と言わんばかりのポーズが観客の心情を代弁するかのようです。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里

ほか、ジョイス・ヘスやブルース歌手役で円熟の歌声を聴かせる中尾ミエさん、(ダブルキャストの)ジェニー・リンドに“天然”のユーモアを漂わせ、嫌味なく演じる綿引さやかさん、トム・サムに加えてリング・マスター役などを兼ね、舞台を力強くけん引する矢田悠祐さんらも好演。

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『バーナム』©ミュージカル「BARNUM」製作委員会/岡 千里


失敗も挫折もあり、全てが思い通りにいくわけではないバーナムの人生ですが、それでもおそらく最後に印象付けられるのは、幕の向こうに消えてゆく彼の笑顔でしょう。夢見る力を持ち続けた男の生涯がサイ・コールマンによる極上のメロディで彩られた『バーナム』日本版は、この季節にふさわしい、晴れやかな余韻の残る舞台となっています。

(取材・文=松島まり乃)
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*公演情報『バーナム』3月6~23日=東京芸術劇場プレイハウス、3月26~28日=兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール、4月2日=相模女子大学グリーンホール 公式HP