Musical Theater Japan

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『夜明けを待ちながら』上田一豪インタビュー:声なき声に心を寄せて

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『夜明けを待ちながら』
『キューティ・ブロンド』『笑う男』等の大作を手掛ける一方で、自身の劇団Tip Tapでの活動も精力的に行っている上田一豪さん。この度のコロナウイルス禍においては演出作品が上演中に中止となったり、一度も上演が叶わなかった作品もあったりと悲運にも見舞われましたが、“自粛明け”を受けて再始動。今月末、書き下ろしのリーディング・ミュージカル『夜明けを待ちながら』を上演します。(ライブ配信も予定)。
 
上田さんが台本を、小澤時史さんが音楽を手掛け、神田恭兵さん、池谷祐子さん、松原凜子さん、中村翼さんが出演。一日限りの公演はどういうものになるのか、またこの自粛期間中はどのようなことを考えていらっしゃったのか、じっくりとうかがいました。
 
悩んだ末に“やる”と決めた公演
 

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上田一豪・84年熊本県生まれ。劇団TipTapを旗揚げ、オリジナル作品を作・演出。東宝演劇部契約社員として様々な大作にも携わる。
――「STAY HOME」期間中はどのように過ごされていましたか?
「いつまでに再開が決まれば、どの作品がどのくらいのスパンで稽古ができて上演できるか、とリミットを検証したり、どういう演出なら可能かと考えたりする日々でした。
でも基本的には1歳と4歳の子供たちが(保育園が休みで)家にいて朝から晩まで一緒に過ごしているので、物を書いたり何かをインプットしたりという作業は深夜しかできず、実際は普段とあまり変わりませんでしたね」
 
――演劇人の中には舞台の将来について思い詰めている方もいらっしゃいましたが、上田さんはそのようなことはなかったのでしょうか。
「僕は商業演劇をやりながら小劇場の活動をしていて、会社の仕事は飛びましたが、小劇場のほうで公演を抱えていたわけではないので、その出費(損失)はありませんでした。自分よりももっと大変な状況の方はいらっしゃるのだろうと思うと、自分に何が出来るのだろうとは考えましたね。
過去の作品を配信した時、なぜ有料にしないのかと尋ねられましたが、僕は、演劇体験というのものは劇場に足を運んでいただかないと出来ないものだと思っていて、劇場で上演されるからこそ、対価を払っていただくものだと思っていたから。劇場ならもっと素敵な体験ができるんだろうなと思っていただければ、という思いでの無料配信でした」
 

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出演:神田恭兵さん

――無料配信によって、既存の演劇ファン以外にもTip Tapを知ってもらえたという手ごたえはありましたか?
「子育て世代とか、なかなか劇場に足を運べない層に知ってもらうという意味では役に立ったと思います。そこからお客様が増えるかどうかはわからないけれど、ちょっとだけ身近になるチャンスではあったかと思いますね」
 
――このタイミングでの上演は以前から考えていらっしゃったのですか?
「Tip Tapとしてコロナウイルス禍の中で自分たちに何が出来るんだろうと考えていました。配信はやってみたものの社会に影響を与えることが出来てるわけではない気がしていて、やはり劇場で上演するということが一番やるべきことでは、と思っていました。7月からは別の仕事が始まるので、タイミング的に6月末しか無理だけれど、やろうかやるまいか。たまたま劇場が空いていると聞いて見に行きましたが、その場でじゃあやりましょうとなったわけではなく、やるべきとは思ったけれどリスクも高いし、利益が出るわけでもない。その中でやる意義がどこにあるのかと悩みましたが、やらないよりはやったほうがいい、と最終的に決断しました」
 

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出演:池谷祐子さん
――一回限りとした理由は?
「ライブ配信を前提とした時に、2,3回に分けることに意味を持たない気がしたんです。もちろん映像を通してご覧いただくにも、いろんなバージョンがあることが素敵かもしれないけど、感染のリスクは極力抑えたい。劇場にお客様を入れるかどうかも悩みました。TipTapはそれほどスタッフがいるわけでもないし、最大限ハンドリングできる形で、ということでこうなりました」
 
――内容的には、コロナウイルス禍の中で生きる人々のモノローグをコラージュしたドラマ。『Suicide Party』を彷彿とさせる形式で、人々のリアルな思いが、極力手を加えずに提示されていますね。
「(執筆にあたり)いろんなパターンを考えました。この時期、皆が普段と違う生活をしているなかで、昔に比べて今はSNSの存在によって、発信することが簡単になっていますよね。でもその跳躍が苦手な人もたくさんいて、今は“発信した者勝ち”の社会になっています。僕自身は発信をするならそれなりの覚悟を持って言葉に乗せるべきだと思っていて、SNSを信じていませんが、こういう時、発信力のある人の心の声しか世の中に届かないんだなということを(プロデューサーの柴田)麻衣子さんと話していました。でも僕らの周りの人たちの話を聞いたり、ちょっとした記事を読んでいると、こんなことで苦しんでいる人がいるんだなとか、こういう観点もあるんだなという気づきがあって、勝手ではあるけれど、そういう声を掬い上げてもいいんじゃないかな、と思えました。ふだんはそうした素材を丁寧に調べたり探って書いていくけれど、今回はそういう声をどう消化するかという実験のようなものだと思っていて、(あえて)エピソードに肉をつけていく感じにしています。ある人物のエピソードを俳優が身体と心を使って、どう肉薄するか。それを突き詰めることでうまく体現できるのではないかと思っています」

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出演:松原凜子さん
――この台本のエピソードの中に、一豪さんご自身はいらっしゃいますか?
「最初に書いた曲はそうですね。(自分は)何をすべきなんだろうという…。自分が政治家とか力のある人間だったら出来ることもあったかもしれないけれど、そうではなく、もんもんとしながら周りを見ている感覚が投影されています」
 
――自粛期間中は、ストレスによって過度にささくれだっている人も多かったような気がしますが、そういう人は扱っていませんね。
「ささくれだつ人は自分で“気づいて”と言える人であって、そう出来ない人にフォーカスを当てていくほうが、物語化、立体化していく意味があるのでは、と思いました」
 
――声なき声に耳を傾ける、という?
「そういう感覚ですね。僕よりも苦しい生活、時間を過ごしたであろう人、けれども発信をためらっている人はたくさんいる。そういう人のことを考えられたら、と」

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出演:中村翼さん
――最後のナンバーは小劇場ミュージカルを続けていくという上田さんの決意表明にも感じられます。
「大切なのは命を守ることですが、思いが積もってゆけば、いつか帰れると思います」
 
――演出的にはライブ配信を意識したものになりますか?
「ソーシャルディスタンスという制約で接触はできないので、どちらかというとモノローグで喋って歌う作品になると思います。配信だとフォーカスが決められてしまうので、それによるストレスを感じないように、とは思っています。例えば、一人の人をクローズアップしている時にどこかよそから声が聞こえて来るのはストレスになるので、そうはならないよう心掛けています」
 
――配信を取り入れることで、観客が無限に増えていけるというメリットも生まれますね。「とはいえ、うちはもともとそれほど入りませんから(笑)。僕らとしては、今後配信に活路を見出そうという感覚ではなくて、あくまで劇場に足を運びたいと思って頂けるように、興味を持っていただける作品を作るという意識のほうが強いですね。上演後にTip Tapでは毎回DVDを作っていますが、それならある程度のクオリティは保てるというか、こう観てほしいというものが作れるけれど、配信ではそこまでのものを提供するのは時間的にも難しいだろうなという気がします」
 
――お稽古はどのような状況でしょうか。
「明日からキャストの皆さんに、どういうふうに上演するかをお話していきます。基本的にはリモートで稽古して、立ち稽古は劇場入りしてからになりますね」
 
――観る方にとってどんな演目になるといいなと思われますか?
「この(自粛)期間中にもどかしい思いを持っていた人には“自分だけじゃないんだな”と思っていただいたり、そうでない人には“こういう人もいたんだ”と知っていただいて、共有できるものがあるといいですね」
 
――今後の演劇について、どんなことを感じていらっしゃいますか?
「舞台上のソーシャルディスタンスをどうするかという課題について、答えが出てないのでまだ何ともいえないけれど、観劇というのは時間と空間を共有するという特別な行為であって、その価値がなくなることはないと思います。むしろ実現できないことでその付加価値は高まるかもしれません。
ただ、この世界を目指す人、食べていこうとする人は減るかもしれない。僕らはもともと、この仕事で生活できるとは思っていなくて、生活できたらラッキー、くらいの思いがないと出来ない仕事ではあるけれど、日本では特に(演劇人に対する公的な)補償もない中で、やりたいと思う人は減っていく気はしています。
ただそれでもやりたい人がやるからいいのかなという気はするし、劇場がなくなっていく、というようなことは考えていません。ただ客席数のこともあるし、予算はすごく絞られていくでしょうね。実施するかどうかわからないけれど、オリンピックが終わるくらいまでにはどうにかなるのかな。僕らがはかり知らないところで答えは出るでしょう。与えられた条件でどう楽しくやるかということしかできないと思っています」
 
――出来る演目がどれだけあるのか、という心配もあります。
「ガイドラインの中で、接触はやめましょうということになっているので、この演目のここは接触しない設定に出来るのか、とか、そもそもリーディングにしたり、コンサート形式で行う、それでもやるべきだ、いやそれならやらないほうがいい、などいろいろな意見が出てくると思います。ただ、劇場を再開しなくちゃいけない、というのは誰もが思っていることだから、何らかの形で動き出してくると思います」
 
――一つ一つ課題をクリアしながら、進んでゆく。悲観的になる必要はない、ということですね。
「そうですね。時間はかかるとは思いますけれど」
 
(取材・文=松島まり乃)
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公演情報 Tip Tap 新作リーディングミュージカル『夜明けを待ちながら』2020年6月28日=すみだパークシアター倉 当日の劇場鑑賞チケット抽選は21日で締め切り。ライブ配信チケットは販売中。公式HP