演者が座したまま台本を音読する(台詞を発する)リーディング・ドラマ(朗読劇)。自粛期間が明け、今後世界的に上演機会が増えていくとみられる上演形態ですが、その魅力はどんなところにあるのでしょうか。“VR映像配信”と“劇場でのリアル観劇”の2形態上演が話題の「STAGE GATE VRシアター」シリーズ第一弾、『Defiled-ディファイルド-』を稽古中の猪塚健太さん、章平さん、演出の鈴木勝秀さんに、一般的な演劇ともミュージカルとも一味異なる、今回の公演の面白さを伺いました。
“リーディング・ドラマ=芝居から動きを差し引いたもの、ではありません”
自分の勤める図書館の目録カード廃棄に反対し、爆薬とともに図書館に立てこもる男ハリーと、交渉にやってきた刑事ブライアン。巧みな話術で心を開かせようとするブライアンを、ハリーは拒絶するが…。
緊迫した空気の中で生まれる、二人の人物の奇妙な関係を描いた二人芝居『Defiled』(作・Lee Kalcheim)は2001年に世界初演、日本でも鈴木勝秀さんの演出で何度か上演されてきました。今回は17組のキャストによる日替わり上演で、猪塚健太さん(『Factory Girls』『星の大地に降る涙』)、章平さん(『天保十二年のシェイクスピア』)はハリーを演じます。
――お二人とも前回の公演(2017年)をご覧になっているそうですね。
猪塚健太さん(以下・猪塚)「めちゃくちゃ面白く拝見しました。ワン・シチュエーションの二人芝居なのですが、どうなるんだろうというスリルがずっと途切れず、最後にはどんでん返しもあるんですよ」
章平「僕も舞台を観た時には緊迫した人間ドラマという印象があったけど、今回、出演が決まって台本を読んでみたら、読めば読むほど笑える部分があって。これからどんどん印象が変わっていくのかもしれないけど、現時点ではコメディのように感じています」
鈴木勝秀(以下・鈴木)「イギリスの戯曲によくあるけれど、この作家はおよそコメディからかけ離れたシリアスな物語にコメディを入れて来る人なんだよね。それと、本作は9.11のあった年に発表された作品なので当初はそれに結び付けて語られがちだったけど、今、読み返すとコロナの問題を考えさせられる。それだけ普遍的な問題を扱っているんです。テクノロジーは進化しても人間は進化していない、ということがとてもうまく描かれている作品だと思います」
――ハリーは図書館の目録のデジタル化に反対し、爆破をちらつかせて立てこもっています。伝統を愛するにしても、ずいぶん過激な行動に出ていますね。
猪塚「自分には本しかなくて、周りの人間からはじかれてきた人生を送ってきて、心を許していたのが母だったけどいなくなって。唯一、母の面影を重ねていた女性にも裏切られて。そこに図書館を現代化させるという話になって、彼なりに努力はしたけれど、権力にはどうしても勝てない。それなら、歴史上の革命家たちを見習って歴史に名を刻もう、という発想になったのだと思います。ここまで強い思いを持ち続ける役は難しいけれど、自分にとって唯一の居場所が奪われるとしたら…と想像しながら、役作りをしているところです。
もともとの台本は90分ぐらいのものだったけれど、今回の台本はリーディングということもあって少しカットされているんですよ。ハリー的には繋がっていないように感じる部分もあるけど、17組それぞれにその背景や裏設定を考えていくことで、別々の関係性が見えて来る。それが今回の公演の面白さだと思います」
もともとの台本は90分ぐらいのものだったけれど、今回の台本はリーディングということもあって少しカットされているんですよ。ハリー的には繋がっていないように感じる部分もあるけど、17組それぞれにその背景や裏設定を考えていくことで、別々の関係性が見えて来る。それが今回の公演の面白さだと思います」
鈴木「実際、猪塚組と章平組は全くカラーが違うよね。猪塚は以前、僕が演出した『ウエアハウス』のロングランに出ていて、その間に知った僕のテイストを今回かなり持ち込んでいます。(作品世界を)スーパーダークな方向へ持って行っているよね。章平組は(ブライアン役の)千葉哲也さんが強敵すぎて(笑)、どうしても千葉カラーに染められがちなんだけど、今日の稽古では章平カラーに塗り替えられる瞬間がいくつかあった。そういう瞬間がまだまだ増えていくんじゃないかな。どちらもすごく面白いと思います」
――朗読劇、というスタイルはいかがですか?
章平「今日の稽古にはかなり台本を読み込んで臨んだつもりだったのですが、(相手役の)千葉さんの台詞が、想像していたものと全然違ったんです。最初はどうしても“こう”と思っていたことをやろうとしていたけど、いったんそれを取っ払ってみよう、目の前の台本と相手を信じて、セッションをやろう、と思えるようになりました。相手の呼吸を感じながら、一緒に(劇世界を)作る、という感じです。…するとそのうち、僕自身、思ってもみなかったような声が出るようになりました。千葉さんの台詞によって引き出されたのだと思います。
まだまだ何が正解なのかわからないし、新鮮さが失われてもいけない、とも思います。視点を変えて読もうとしても、いつの間にかもとに戻ってしまうこともあります。まだまだ格闘中ですが、本番までまだ少し時間があるので、いろいろ試行錯誤をして、この過程を楽しみたいと思っています」
猪塚「学生時代はアナウンサー志望で、映画や芝居を観るにもどう発したらこの言葉がより伝わるだろうと意識したり、映画を観終わってからいいなと思った台詞を一人で繰り返したりしていました。なので台詞に集中できるリーディング・ドラマはかなり面白いです」
鈴木「僕にとって、リーディングは音楽。現代音楽に近いですね。どう動くということは一切カットして、いろんな声…高低、強弱、ニュアンスを駆使して、その場で出演者がどう作っていくか、なんです。お客様は音楽ライブに来てると思ってくれるとわかりやすいですね。学生の(演劇を学んでいた)頃、よく“台詞を歌うな”ということを言われたけれど、僕は台詞は歌だとずっと思っていて、その音楽性の部分だけを取り出すとリーディングになる。お互いに見合わず、台本に向かっている出演者たちがいかに(作品世界で)繋がっているか、を感じてもらえるとすごくいいと思う。ただお話を読んで聞かせている会ではないです」
――一般的なお芝居から動きを差し引いたものというものではない、と?
鈴木「全くないです」
――今回はそこにVRという要素が加わりますが、それを意識した演出は?
鈴木「最初考えていたけれど、今回設置される3台のカメラからは、役者の手の震えから何から全部見えるんですね。もし映像作品にするならものすごい数のカメラを入れて僕の世界観を表現するけれど、VRは観る人が自分で選べる自由があって、役者を見ないで小道具や天井を眺めていてもいい。VR用に何かというのは逆にVRらしさをそいでしまうので、“やめよう”と思いました」
章平「僕も、VRだから特別な演技をしようとは思っていません。実際に立ってお芝居しているのと同じ感覚で臨んでいます。いつもの(立って演じる)舞台でも、最前列に座って双眼鏡でご覧になっている方、結構いらっしゃいますから(笑)。ご覧になる方がそれぞれの視点で切り取って観るという意味では、VRもリアルな舞台も同じなのではないかな、と思いますね」
――自粛期間中はいろいろなことを感じられたと思いますが、それをふまえて、現在はどんな表現者になっていきたいと思っていらっしゃいますか?
猪塚「この数か月で、改めて自分は表現したいんだなと認識したし、自分に何ができるかといろいろ考えました。そしてやっぱり僕は芝居がやりたいと思った時にいただいたのが今回のお仕事なので、再開というタイミングで、自分の想いをこの作品にぶつけられたらと思っています。地球ゴージャスの(『星の大地に降る涙』の)時に、収録用に無観客で演じたことがあったのですが、もちろんリアクションが無く、カーテンコールでもシーンとしたままというのが何とも味気なくて。今回は50人に制限されているとはいえ、久しぶりにお客様の前で演じるのが嬉しくて、早くお客様の前でやりたい、という気持ちが溢れ出そうです」
章平「準備をして、結果を出すのが仕事なんだなと再認識しました。今回、スズカツさん(鈴木勝秀さん)と稽古をさせていただく中で、どんどん新しい感覚が自分の中に入ってきているな、身に纏えているなと実感できて、ワクワクしているのですが、それも自分なりにじっくり台本に向き合い、研究して臨んだからこそ。これからも変わらず、このスタイルで一つ一つのお仕事に向き合っていきたいです。そういったことを改めて考えられた期間として、この数か月をポジティブにとらえています」
鈴木「サッカー選手とかと同じで、この期間中さぼらずにいたかどうかは、(演技をすれば)すぐにわかることだからね。戦争や大地震が起こったわけではなく、この状態はいずれ収束してゆくのだから、今はちょっとみんなで我慢をしながら、少しずつ元に戻っていけばいい。僕の使命はそのために、一つでも多く幕を開けるということなんだ、と思っています」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報 STAGE GATE VRシアターvol.1『Defiled-ディファイルド-』 7月1日~8月2日=DDD青山クロスシアター、8月8日~10日 詳細後日発表 VR配信日程=7月6日~8月14日 公式HP
*猪塚健太さん・章平さん・鈴木勝秀さんのポジティブ・フレーズ入りサイン色紙をプレゼント致します。詳しくはこちらへ。