Musical Theater Japan

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『ウエスト・サイド・ストーリー』永野亮比己インタビュー:“不良”少年たちに救いはあるのか

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永野亮比己 神奈川県出身。17歳で渡欧、ルードラ・ベジャール・ローザンヌ・バレエ学校でモーリス・ベジャールに学ぶ。後にNOISMに所属。その後劇団四季にて『キャッツ』『ウィキッド』『コーラスライン』『コンタクト』等に出演。退団後は宝塚歌劇団の振付も担当。2020年は『ビリー・エリオット』でオールダー・ビリー役を演じる予定。©Marino Matsushima
360度回転劇場でロングランを続ける名作ミュージカル『ウエスト・サイド・ストーリー』。そのSeason2でひときわ鮮烈な存在感を放っているのが、アクション役の永野亮比己さん。ベジャールのバレエ・スクール仕込みの確かなダンスのみならず、悲哀を漂わせた骨太の演技で、2幕のジェッツを力強く牽引しています。
 
特に後半の“Gee, Officer Krupke”では、彼らが不良少年となり、底辺を蠢き続けるしかなかった事情を自虐的に歌い上げ、本作の悲劇の発端をジェッツの仲間たちとともに痛烈に印象付けている永野さん。アクションの背景をどうとらえながら演じているでしょうか。卓越した行動力(!)に彩られた半生とともに、たっぷり語っていただきました。
彼らに希望はあるのか。どこに救いを見出せるだろう、とずっと考え続けています

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
――永野さんは劇団四季のご出身ですが、四季時代にはこの作品には出演されていなかったのですか?
「稽古までは参加したことがあり、主にベルナルドを勉強していたのですが、演目の都合だったり、浅利先生(故・浅利慶太氏)からまだ稽古が足りない、とのご指摘もありなかなか出演する機会がなかったんです」
 
――では本作のことをよくご存じかと思いますが、今回、演出等の違いをかなり感じますか?
「今回は衣裳などもかなり現代風に作られていて新鮮味があり、僕はやっていてすごく楽しいです」
 
――今回、オーディションを受けた経緯は?
「昨年宝塚で『オン・ザ・タウン』という作品を振り付けた時に、歌唱指導が山口正義さん(劇団四季出身)で、“ウエストのオーディションがあるの知ってる?”と教えてくださって、受けることになりました。その時はどの役かはわからなかったけれど、ひそかにやりたいと思っていたのがアクション役。見せどころがすごく多い役で、(Season1でアニータを演じた樋口)麻美さんからも、先日お会いした際に“2幕はアクションがシーンを運んでいかないと(作品が)成立しないんだよ”とうかがっていたこともあり、もし出演するならアクションがいいなと思っていたら、実際に演じられることになりました」

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
――オーディションではどの役とは決めずに踊っていたのですか?
「シャークスとジェッツの特徴的なダンスをミックスした課題曲があって、それを皆で踊るという感じでした。3人ぐらいずつだったかな。歌はクインテットのシーンでした。歌に関しては劇団四季に入ったころは全くやっていなかったので苦手意識があったけれど、ルードラ・ベジャールというモーリス・ベジャールのダンス学校にいた時に歌の授業があって、皆でギリシャ民謡を歌ったりしたことがあって、声を出すことは好きでした。劇団四季でいろいろな役をやる中でだんだん楽しくなってきて、皆にも“歌えるんだね”と評価してもらって勇気づけられました」
 
――劇団のオーディションとは空気が違いましたか?
「逆に外のほうがあまり緊張はなかったかもしれません。劇団の座内オーディションは審査員の中に知っている人たちがいて、どれくらいできるようになったか、成果を見られるような感じなので、ここは絶対超えないと…といったプレッシャーがあって。これからいろいろ出演する中で、外部にも知り合いが増えて緊張していくのかもしれないですけれど」
 
――今回、実際に出演してみて、改めてジェローム・ロビンスの振付をどう感じますか?
「素晴らしいと思います。しっかりとしたダンスなのにダンスダンスしていないというか…。シーン、シチュエーションごとに、言葉で伝えきれないことを、動きを通して、結果としてお芝居として伝えているな、と感じます。完璧で、隙がないですね。僕は基本、ダンサーとしてやってきたけど、今回はダンサーという実感がなくて、身体表現者、役者としてそこにいるという感覚です」
 

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
――一つ一つの動きのベースはクラシック・バレエなのですよね。
「バレエだと思いますが、バレエの動きをしている実感はなくて、プロローグで右手をまわしている動きにしても、(形としてはバレエ的だけれど)敵に向かっていくという感覚の表現なんですよね。アンデオール(内側から外側への動き)をしっかりとか、手先をどうこうといった感覚より、そこに向かっていく、仲間を守らなければいけないという感覚があって、その結果ご覧いただいている動きになっていくという感じがあります。“ここは俺たちの居場所だぜ”という気持ちが地面に刺すような動きになる、とか」
 
――ジェッツですと“Cool”での、背を丸めて弾丸のようになる振りが特徴的ですが、あれはどういった意味なのですか?
「エネルギーを溜め込んでため込んで、それが玉のようになったものがばーっと解放されるイメージです。照明もきゅっと絞られて、行くのか行かないのか、行くのか、行くぞ!となる。僕らのフラストレーションが解放されて、Coolに、Coolにと言い合う。そこに(決闘の話し合いをするために)シャークスが乗り込んでくるという流れで、本当によくできていると感じます」
 
――彼らは不良少年という設定ですが、何歳ぐらいのイメージでしょうか?
「僕は17歳、ベビージョンは14歳前後…と僕らの中ではイメージしています」
 

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
――本当に“少年”なのですね。
「たぶん、今の僕らの10代の感覚とは全然違うと思います。第二次世界大戦が終わって10年後の世界で、アクションのお父さんはPTSDで再起不能になっていて、DVしたり酒びたり、お母さんは薬物中毒という状態で、頼る人もいない。いろんなしがらみを抱えていて救いがないだけに、自分たちでどうにかしていかないといけないという大人びた決意がある。今の10代より、腹の底にあるものはしっかりしていると思います。はじめは、10代の時の自分を思い出して…と思っていたけど、実際は全くその必要はなくて、ありのままの感覚でやろうとしています」
 
――アクションたちは“Gee, Officer Krupke”で自己分析みたいなこともしていますね。結局は社会の犠牲者なのだ、と…。
「あれは(想像世界のように見えるかもしれないけれど)実際に何度か体験していることなんだと思います。捕まって少年院~精神科~ソーシャルワーカーにたらいまわしにされて、更生させられないと言われて、そうなると悪に走るしかない。それでまた捕まって…の繰り返し。本当の意味で理解してくれる大人なんていない、どこに救いがあるんだろうと思いながらやっています」
 
――当時でも底辺から這い上がろうと思った人はいたと思いますが、アクションたちはそういう発想になれなかったのですね。
「最終的に、アクションたちは希望を持ちようがなかったような気がします。何人も犠牲者が出る大惨事のきっかけを作ったのはジェッツで、というよりその救いがない時代がきっかけですが、ドクからも“お前らのせいで世の中めちゃくちゃだ”と言われ、追い出されてしまう。あの後、僕としてはどこに救いを見出したらいいかと…」
 

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
――行き場がなくなってしまうのですね。
「だから終盤に拳銃を向けられる場面があるのですが、振付リステージングのフリオ(・モンヘ)からは“恐怖を感じて後ずさりして”と言われたけれど、僕は憔悴しすぎて、足を動かす気力もなくなっているんです。希望が完全に見つからなくなっているんですよね。自分の想像力の中で進行している感情と、演出側からのリクエストとうまくバランスがとれるといいんですけれど。終演後は毎回、ふーっと(呆然と)なっています」
 
――それをシングルキャストの方々は一日2回、なさっているのですよね。尋常でない体力・精神力ですが、どうキープされていますか?
「とにかく肉を食べています(笑)。昨日は北京ダックをいただきました。よく寝ることも大事です。あと、この公演には専属のトレーナーさんがいらっしゃって、すごく有難いです。喉のケアも大事で、怒りや叫びとなると喉から出てしまうので、どれだけお腹で支えるか。しっかりお腹で支えることで言葉に嘘がなくなる。わりと考えなくても言える台詞が多いけど、考えないで言うと軽くなってしまうので、しっかりお腹で実感して発するようにはしています」
 
――ここは見逃さないで、というポイントはありますか?
「体育館ではジェッツがアメリカン、シャークスがラテンのノリで踊るのですが、僕、シャークスよりラティーノかもしれません。もともとラテンが好きで、宝塚でもラテンの振付をつけさせていただいたくらい。マンボってすごく好きなんです。そこだけグループを移ってもいいかなというくらいなので(笑)。そこの踊りはぜひ観ていただきたいです」
 

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
――“Somewhere”にもお出になっていますよね?
「パ・ド・シスを踊っています。ダンスキャプテンの佐野隼平君に厳しく(笑)、“揃って”とご指導いただいています。佐野君は劇団に入った時からのつきあいで、そういう気心の知れた人がいることで安心しています」
 
――千穐楽に向けてどんな部分を深めたいですか?
「ミュージカルの横綱と言われるような作品で、僕一人で頑張っても伝わらないと思うので、ジェッツとしての居方を皆で深めないといけないと思っています。話し合って協力しあって作っていくこと。あと、相手に渡して、相手から渡されたものを受け取ってという台詞のキャッチボールは常に大事にしたいです。それが濃密になるほどシーンも濃密になると思います。いつの時代にも普遍的なテーマがちりばめられている作品なので、一人でも多くの方に見ていただきたいです」
 
――プロフィールについても少しうかがいたいのですが、永野さんの原点はTHE CONVOY SHOWなのだそうですね。
「小学4年の時、遠足帰りに母親から誘われて、疲れるよと言いながらしぶしぶ出かけたのですが、こんなに面白いショーがあるんだ、と衝撃的でした。すらっとしてかっこいい男たちが歌って踊ってコントをやって。僕もまずダンスをやりたいと思って母親とダンススタジオを探し、12歳でジャズダンスを習い始めました。きっかけを作ってくれた母には本当に感謝しています。
 

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
そのうち、ジャズダンスがうまくなるにはバレエの基礎が必要だと気付き、14歳でバレエを始めたのですが、教室主宰のご夫婦の息子さんがローザンヌコンクールでエスポワール賞をとって近々ロイヤルバレエに入団するという方で、一生懸命教えてくれまして。バレエって楽しいな、とのめりこんでいたら、ダンスの雑誌にルードラ・ベジャールのオーディション告知が出ていて、母に相談したら“じゃあ記念受験してみる?”と言ってくれて。『海賊』のバリエーションを持って行ったら、MDが壊れてしまい、代わりに『双生児』という映画のサントラに合わせて即興で踊りました。かなりテンパって踊り、ベジャールさんに“もういいから”と止められたので落ちたなと思っていたら、そのうち周りに日本人が誰もいなくなって、どうしたのかと思ったら君は受かったんだよ、ということで。ローザンヌ・コンクールをやっている劇場の真裏にベジャールの拠点があって、付属の学校で2年間学びました」
 
――いきなりフランス語の世界に?
「はじめは何を言われているか全然わからなかったけれど、とりあえず言われたことを反復するようにしていたら、半年ぐらいしてぽんとわかるようになりました。フランス語の響きが好きだったのもよかったかもしれません。みんな優しくしてくれたし、ベジャールさんが日本文化をリスペクトしていたということもあって、居合の間がダンスの呼吸と通じるということで剣道の授業があったんですよ。他の人は剣道なんてといってさぼりがちだったけど、僕は日本人というだけでうまく見えるらしく、褒められるのが嬉しくて熱心にやっていましたね。
 
学校を卒業後、オーストリアのグラーツのカンパニーにオーディション合格したけど、ベジャールのカンパニーと契約できることになってそちらの研修生になりました。でも数か月いたグラーツのカンパニーで『クレイジー・フォー・ユー』に出演したことでミュージカルに興味が出てきて、思い切って20歳で帰国し、四季のオーディションを受けたんです。入ってすぐ『キャッツ』に入れましたが、やっぱり歌や芝居よりダンスをやりたいと思って、思い立ったら行動!というタイプなので、22歳でジュネーブのバレエ団のオーディションに受かっていこうとしていたら、やはりルードラの出身である金森穣さんから(新潟のダンスカンパニー)Noismのオーディション受けないかと誘われて、そこでコンテンポラリー・ダンスを踊ることになりました。抽象的な世界も好きでしたが、アートもエンタテインメントも両方好きで、結局劇団四季に戻って、外部契約で『キャッツ』のミストフェリーズを演じました。 

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『ウエスト・サイド・ストーリー』©WSS製作委員会/撮影:田中亜紀
今の東京バージョンではミストフェリーズはソロは歌わず、“みんな僕のことを魔法使いと言うけど~”はラムタムタガーが“みんな彼のことを魔法使いと言うけど~”という形になっているけど、当時は僕が歌う形だったので、人前で歌を歌うのが新鮮で。歌うことが楽しくなって、さらに『コーラスライン』のリチーや『ウィキッド』のフィエロをやってお芝居って楽しいなと思うようになって。それが『ソング&ダンス』で振付に挑戦したことで、俳優としても振付家としてももっと可能性を試してみたい、劇団ではできないことを学んでみたいなと思って、思い切って飛び出しました。そうしたら宝塚の野口幸作先生から、宝塚の振付をやってみないかとお声がけがあって宝塚の振付をやるようになり、今に至るという感じです」
 
――振付は『ソング&ダンス』以前からなさっていたのですか?
「ベジャールの学校時代に、一日2時間トラバイユ・パーソネルといって、何をしてもいい時間があったんです。するとみんな面白い奴らばかりなので、集まって振付をしたり。スイスという土地柄、時計の発表会の前座でインプロで踊るようなこともあって、振付ってすごく楽しいなと思っていました。劇団四季で作った振付が1年ツアーでまわったことで、改めて力を入れたいと思いました。この振付面白いな、自分を高められるなと意欲をもってもらえる振付、かつ踊ってる人たちが華やかにみえる振付を心がけています」
 
――どんな表現者を目指していますか?
「自分らしくあること、ですね。嘘のない、自分らしい表現者でありたいです。お客さんが見て、これが永野さんならではの味だなと思ってもらえるような個性、オリジナリティを持った役者、ダンサー、振付家であるよう、日々努力をしていきたいです」
 
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ウエスト・サイド・ストーリー』Season2 2月1日~3月10日=IHIステージアラウンド東京 公式HP
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