Musical Theater Japan

ミュージカルとそれに携わる人々の魅力を、丁寧に伝えるウェブマガジン

『いつか~one fine day』観劇レポート:“偶然の絆”が“永遠の癒し”に変わるまで

f:id:MTJapan:20190524130122j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

裸舞台に並ぶ、立てたままの折り畳みベッド。それらを壁や仕切りに見立てたシンプルな空間に人々が現れ、心抉るようなチェロの響きが効果的なオープニングナンバーを歌い始める(音楽・桑原まこさん)。今日もまた生き延びた、という感覚。人生の意味もまだ、見えてはいない。けれども偶然の出会いによって自分が誰かと関わり、絆が結ばれていることは確かだ…。社会の中で生きている実感を彼らは歌い、声を合わせる…。

f:id:MTJapan:20190524130225j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

本編が始まると、物語は妻を亡くし、喪失感を抱えたまま職場に復帰した保険会社社員テルを中心に展開します。妻の死のみならず、その理由も受け止め切れていないテル。そんな彼が担当する案件の被害者エミは、交通事故で植物状態となりながらも、テルの前にだけ想念として姿を現す。

f:id:MTJapan:20190524130311j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

エミの事情が明らかになる過程で、やはり見え隠れしてくるのが職場の同僚やエミを見舞う親友たち、それぞれの事情。エミを見舞う友人トモは、ゲイとしてカミングアウトしながらも自分の生き方に確信が持てず、テルの同僚タマキは日々を切り抜けるだけで精一杯の今に、“子供の頃の夢はどこに?”と自嘲。そしてどこにでもいそうな“身勝手上司”に見えて、家族の疾病に心を痛めていたクサナギ…。

f:id:MTJapan:20190524130642j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

淡々と過ごしているように見える人々一人一人の事情が顔を覗かせるいっぽうで、エミのもう一人の友人マドカの結婚式も描写。やるせなさから幸福感まで様々な色彩を重ねながら、舞台はエミからある頼みごとをされたテルが一つの決断を下すまでを、静かなスリルの中で描き出します。

f:id:MTJapan:20190524130806j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

亡き妻の元気だったころ、そしてその死の直前を思い出しながら、エミの思いを真正面から受け止めるテル。彼の選択については賛否両論あることでしょうが、少なくともその葛藤は、エミの輝くような笑顔に報われます。

f:id:MTJapan:20190524130846j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

彼らの姿を通して今を生きる人々にささやかなエールを送る舞台は、作者でもある板垣恭一さんの緩急を心得た演出によって爽やかに終幕。キャストもそれぞれに好演ですが、中でも圧倒的に心理的な重荷を背負った時間が長いテル役の藤岡正明さんが、酔っぱらって病室の床で寝てしまうくだりを何ともリアルに(情けなく)演じ、人間という存在の滑稽さを見せる瞬間。その妻マキ役の入来茉里さんの、車椅子上で涙も感情も枯れ果てたような表情。

f:id:MTJapan:20190524130924j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

タマキ役の内海啓貴さんの、“ゆとり世代”の感性を漂わせた独特の頼りない喋り、クサナギ役の小林タカ鹿さんが彼なりにテルを励ますなかで滲ませる、思うままにならない人生への諦観、本作のキーパーソンであるサオリ役・和田清香さんの、物語を知った後で思い返すと何ともいたたまれない、序盤の明るく、さばけた口調で客に応対する姿が印象的です。

f:id:MTJapan:20190524130955j:plain

『いつか~one fine day』写真提供:conSept

どんな状況でも人間は誰かと関わり合う。そしてそこからは何かが生まれる、かもしれない…。エミ役・皆本麻帆さんの忘れがたい笑顔を目に焼き付けながら、多くの観客があたたかな感触とともに劇場を後にしたことでしょう。