
18世紀イタリア、パドゥヴァ。
画家を志してナポリからやってきた青年ジョヴァンニは、下宿の窓から外を見やり、眼下の庭園に現れた一人の令嬢に目を奪われる。

彼女の名はベアトリーチェ。科学者の父ラパチーニの言いつけを守り、庭から外へ出ることもなく、植物の手入れをする日々だったが、ジョヴァンニと言葉を交わすようになり、外界への憧れを募らせてゆく。
密かに庭を出た二人は、ベアトリーチェの亡き母の墓を探す。しかし森の奥深くの墓地は、見る影もなく荒廃。そこはかつて、魔女として処刑された人々が眠る場所だった。

二人を訝しんだ村人たちは、墓に火をつけようとする。ベアトリーチェが咄嗟に手を伸ばすと、触れられた人々の体に異変が。実はラパチーニの庭は彼がある目的のために作った毒草園で、彼女はその毒にさらされながら育っていた。ベアトリーチェの暗い秘密を知ったジョヴァンニは…。

ナサニエル・ホーソーンの『ラパチーニの娘』をもとに、2021年に韓国で誕生したミュージカルが、日本に上陸。高羽彩さん(TOHO MUSICAL LAB.『わたしを、褒めて。』)の日本版台本・演出で開幕しました。

原作はメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』同様、神の領域に手をのばそうとする人間を描いた幻想的なゴシック小説。今回のミュージカル版は、抒情的なソロナンバーと不穏な響きのコーラスを織り交ぜつつ、人々の思惑が絡み合う中で起こる悲劇を生々しく、ドラマティックに描き出しています。(オリジナル脚本、作詞=キム・スミンさん、作曲=イ・ダソムさん。今回の日本版は概ね韓国版を踏襲しつつ、一部変更箇所も有りとのこと。)

この日のジョヴァンニ役・林翔太さん(北川拓実さんとのダブルキャスト)は、美に憧れる純朴な学生が、人間の暗部を突き付けられてゆく姿を迫真性をもって演じ、ベアトリーチェ役の宮澤佐江さんは、原作以上に主体的に生き方を選択するヒロインにいきいきと命を吹き込み、ミュージカル版オリジナルの結末に説得力を持たせています。

石井一彰さんは医師バリオーニ役でラパチーニへのぎらつくようなライバル心を、珠城りょうさんは家政婦リザベタ役で、ラパチーニを気遣うあまりに背信行為に走ってしまう“弱さ”を見せますが、他にも様々な人物として登場。特に悲劇の発端とも言える、地域の人々の“集団ヒステリー”を石井さん、珠城さんがたった二人で体現するくだりは、お二人の厚みある存在感と演劇の魔法が融合してこその、大きな見どころとなっています。

そしてこの舞台で最も多彩な感情を迸らせるのが、かつては“人類のために”と理想に燃えていたが、愛する妻を理不尽に奪われ、残された娘を溺愛しながら恐るべき研究に執念を燃やすようになって行くラパチーニ。演じる別所哲也さんは、近作『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』でつとめた“崇高な魂”に殉じるジョースター卿とある種、対をなすこのキャラクターを、凄まじい情念を放ちながら描き出し、本作の太い幹となっています。

無知から生まれる偏見。それが集団に伝播することの恐ろしさ。善意が捻じ曲げられ、憎悪へと転じるさま。“自由”への憧れ。そして“真の愛”…。

ベアトリーチェとの出会いをきっかけに、人間の光と闇とを目の当たりにするに至ったジョヴァンニが、原作には無いクライマックスを経て辿り着く境地とは…。
微かに“希望”が仄見えるようにも感じられるラストが、余韻を残す舞台です。
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『ラパチーニの園』2月20日~3月1日=新国立劇場小劇場 公式HP