いよいよ梅雨明け、この夏は冷房の効いた劇場で濃密な劇世界を楽しんでみてはいかがでしょうか?とっておきの3作をご紹介します。
【8月の“気になる”舞台】
『グーテンバーグ!』8月2日開幕←ミニ・レポート/『SMOKE』上演中←木内健人さんインタビュー/『West Side Story』8月19日開幕←ミニ・レポート
【別途特集の舞台】
『フリーダ・カーロ』←彩吹真央さん・上田一豪さんインタビュー/『人生のピース』←木村花代さん・藤森慎吾さんインタビュー/『エリザベート』←古川雄大さんインタビュー/『パリのアメリカ人』←石橋杏実さん・宮田愛さんインタビュー/『ラヴズ・レイバーズ・ロスト~恋の骨折り損』村井良大さん、三浦涼介さんインタビュー/『ラ・マンチャの男』←上條恒彦さんインタビュー/『ビッグフィッシュ』←川平慈英さんインタビュー/『組曲虐殺』←上白石萌音さんインタビュー/『シスター・アクト~天使にラブソングを』←屋比久知奈さんインタビュー/『フランケンシュタイン』←中川晃教さんインタビュー
ブロードウェイ目指して二人のクリエイターが奮闘する『グーテンバーグ!』
8月2~6日=松竹芸能 新宿角座、8月8~12日=上野ストアハウス 公式HP
《ここに注目!》
売れないミュージカル作家のダグとバドが、活版印刷の父グーテンベルクを主人公に一本の新作ミュージカルを執筆。夢のブロードウェイを目指そうと、“バッカーズ・オーディション”で出資者たちにプレゼンを行うことになるが、俳優を雇うお金はない。そこで約20人の登場人物を自分たちで演じ分けることに…。
腕利きの役者二人によるミュージカルとして、日本では2017年に福井晶一さんのダグ、原田優一さんのバドで初演、好評を得た本作が、新たに新納慎也さんをダグ役に迎えて上演されます。ユーモア・センスには定評のある二人が、どんな間合いで捧腹絶倒の掛け合いをこなし、老若男女のキャラクターを演じ分けるか。脚本にちりばめられたミュージカルの小ネタも楽しみな舞台です。
《観劇ミニ・レポート》
ぐいぐいと突っ込んでゆく新納さん、それに対してほどよくボケる原田さん。関西出身の新納さんの参加によって心なしか漫才のテイストが強めの(?)今回の『グーテンバーグ!』ですが、各所で差し挟まれる歌・踊りともきれいにこなし、あくまで良質な“ミュージカル”としての仕上がりを見せています。
日本のミュージカル・ファンなら爆笑せずにいられない(固有名詞続出の)小ネタが多々登場するいっぽうで、有名ミュージカルナンバーを使った世界情勢の風刺ネタが本編の不条理な展開とリンクしているのも見どころ。日本版の新たな価値を生み出しています。(日本版台本・演出=板垣恭一さん)。
詩人の内面に肉薄する三人ミュージカル『SMOKE』
上演中~8月18日=浅草九劇 公式HP
《ここに注目!》
海に行くための資金を得ようと、令嬢を誘拐する“超(チョ)”と“海(ヘ)”。超が電報を打ちに行っている間に、“紅(ホン)”と名乗る令嬢は海に言い寄り、縄とさるぐつわを外させるが…。
サスペンスフルな導入部分から思いがけない展開を見せ、20世紀に夭折した詩人イ・サンの心の旅へと転じてゆく韓国ミュージカル『SMOKE』。昨年の日本初演・今春の再演を経て、一部に新キャストを迎えての再再演が実現しました。大山真志さんと日野真一郎さんが超と海、小暮真一郎さんが超、木内健人さんが海、池田有希子さん・高垣彩陽さん・元榮菜摘さんが紅役で日替わり出演。3役のバランスによって作品の見え方も変わりうるため、何通りも観たくなる演目です。
《“海”役・木内健人さんインタビュー》
ひとりの人間の葛藤の物語に、愛が溢れています
(注・作品理解の手掛かりをお話頂いています。ノーヒントでご覧になりたい方はご注意下さい)
――大変な熱量の舞台ですが、演じているご本人はかなり消耗されるのでは?
「終わった後は、プールの後のような気持のいい疲労感がどっと来ます。上演中はただただ、闘っている感じですが」
――本作は風変わりな構造で、ご覧になって“わかったようなわからないような”感覚を抱く方も少なくないと思います。まず、海(ヘ)、超(チョ)、紅(ホン)という3人のキャラクターの関係性をどうとらえればよろしいでしょうか?
「海も超も紅も、(モデルとなった詩人の李箱イ・サンこと)キム・ヘギョンのワン・ピースです。紅という人はキム・ヘギョンの愛情だったり嫉妬だったり欲望だったりと、心の中の心情を表す人。超という人は、キム・ヘギョンが味わった挫折だったり憤りみたいなものを象徴的に表している。そして海は、キム・ヘギョンが子供の頃に親に捨てられて背負ったトラウマを象徴した人です。
本作は場面、場面によって3人のうち誰かに感情移入していただけるように作られていて、最終的にお客様が感じ取ったものが(キム・ヘギョンのペンネームである)李箱という人なのではないかなと思います。
演出の(菅野)こうめいさんが、もしも人間がこんなふうに(3人格に分かれて)自分自身と会話出来たら、生きることが楽になるのではないかとお話下さって、すごく納得しました」
――はじめに超と海は紅を誘拐しますが、その意味はどこにあるのでしょうか?
「物語の後半に、海が詩を書き始めるシーンがあるのですが、時系列的にはあのシーンが発端なんです。それが分かると見やすくなるかもしれないですね。
構図としては、海が閉ざしてしまった心を思い出すよう、超は紅の誘拐をそそのかし、紅を思い出したら死に向かうんじゃないかという思惑があるので、拳銃も預けます。でも紅は意外に強い存在で、簡単には彼を死に向かわせません。それで超は戻ってきて、何をやってるんだ、俺はお前の鏡だよ、お前が何かしないとお前の人生は動かないぞと刺激しますが、そこで止めるのがやはり紅。それほど(キム・ヘギョンさんは)愛や情熱の強い人だったんだなと思います。
キム・ヘギョンさんはずっと死に向かって執筆していて、遺書みたいなものも書いていたそうです。何とか自分の爪痕を残したいと思っていたけれど、国も言葉も奪われて(書いたものが危険な思想を含むものではないかという容疑で)神田で投獄されています。そこで彼は、これまで書いてきた文章で何もなせていないなら、せめて罪人として名を残したいと思うのですが、“お前は肺病でもうじき死ぬからお帰り下さい”と言われてしまう。
そんな(絶望の淵の)彼がいざ死に直面したとき、どうするか。結末の彼の行動はとても勇気があると感じます」
――キム・ヘギョンという人の内面を描いたパーソナルな物語がなぜ、韓国でも日本でもこれほど多くの人の心を打つのだと思いますか?
「海の台詞に“理解されようがされまいが、それが僕たちの進むべき道で、それが僕たちの文章なら、僕たちだけでもそれを愛してあげよう”というものがあります。僕らは誰かに認められたかったら相手を認めなくてはいけないし、人を認めるにはまず自分自身を認めてあげなくてはいけない。僕らが忘れがちな人間の真理を問うているような気がするし、愛の詰まっている作品だと思います。そこに惹かれるし、お客様にも伝えたいです」
――今回、ご自身の中でテーマにしていることは?
「海としては、前半、違和感なく14歳であること。そこから後半に詩人のイ・サンになってゆくコントラストをどう見せるか。あとはキャストが各役トリプルキャストで、(演出の菅野)こうめいさんには“毎日、キャストと音楽とでセッションとしてやってほしい”と言われています。今日は久しぶりに大山(真志)君と池田(有希子)さんとセッションできました。そんなところも楽しんでいけたらと思っています」
――続投の方が多い中で、木内さんは今回、新キャストなのですよね。
「そうなんです。四面舞台なので、お客様からの見え方が偏らないよう動線に気をつけたりといった決まり事も多くて、何とか足を引っ張らないように、こうめいさんと一つ一つディスカッションをして、無我夢中で稽古しました。
韓国ミュージカル特有の振り切ったエネルギーというか、99℃ではダメで100℃でないと沸点にはならないというようなエネルギーを3人でわっと出さないと成立しない作品なので、その時、その時の(共演の)お二方の出し方を見つつ、振り切っていきたいです」
――自身のキャリアにとってどんな経験になりそうでしょうか?
「これまで僕は、自分の等身大でやる役が多くて、物語の中でこんなにも変わっていって、コントラストをつけていかなくてはいけない役は初めてなんです。こうめいさんからも“今までやったことのないことをやるつもりでないと苦戦するよ”と言われて、そのつもりで取り組みましたが、稽古の中盤で、“そこから絶対落とさなければ間違ってないから”と言っていただいたのは自信になりました。幕が開いた今、自分にとって新しい扉を開けられたのではないかな、と少しだけ感じています」
――本作をお客様にどう楽しんでもらいたいですか?
「もしかしたらこれからご覧になるお客様の中には“難しいんじゃないか”と思われている方がいらっしゃるかもしれません。確かに台詞は一見難しいし、李箱は詩人なので言葉のチョイスが独特だったりしますが、作品の根底に流れているメッセージはものすごく愛に溢れているので、少しでも前向きに生きてもらえたり、明日からの活力にして下さる方が一人でも多くいらっしゃれば嬉しいです」
*木内健人さんのサイン&ポジティブ・フレーズ入り色紙をプレゼントします。詳しくはこちらへ。
“名作中の名作”を回転劇場ならではの新演出で見せる『West Side Story』来日公演
8月19日~10月27日=IHIステージアラウンド東京 公式HP
《ここに注目!》
シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』物語を現代NYに移し、人種差別問題を絡めた悲恋物語として57年にブロードウェイで開幕。原案・振付・演出をジェローム・ロビンス、音楽をレナード・バーンスタイン、脚本をアーサー・ローレンツ、作詞をスティーブン・ソンドハイムとミュージカル界・音楽界を代表するスタッフが練り上げた舞台は演劇界のみならず社会に衝撃を与え、映画版も世界的なヒットに。日本でも劇団四季などが度々上演、ミュージカル・ファンなら一度は経験する名作が、客席が360度回転する劇場に登場します。
演出に12年来日版も手掛けたデヴィッド・セイント、振付・リステージングにフリオ・モンヘを迎えた今回の舞台では、ロビンスの振付を活かしつつ、客席をぐるりと囲むステージを駆使した演出が試みられる模様。最先端技術とミュージカルの“古典”がどんな出会いを果たすか、し烈なオーディションで選ばれたというキャストの演技とともに注目されます。
《ミニ・レポート》(いわゆる"ネタバレ“を含みます)
煙草を吸っていた男が立ち上がり、仲間たちと踊り始めると、敵対するグループが現れる。交差する、緊張の一瞬。小競り合い…。通常、一つのステージを使って展開する場面がいくつもの空間を使いながら展開し、それに応じて客席も回っていきます。
はじめは回転自体に気を取られ、アミューズメントパークの映像系アトラクションのような感覚にも襲われますが、一か所でしっかりと女性陣の迫力のダンスを見せるナンバー「アメリカ」あたりから“人間ドラマ”が炸裂。劇団四季版では幻想的に美声のシンガーが影歌を聴かせる「サムホエア」を、今回は自分の居場所が家庭にも同性のコミュニティにもなく、非行少年グループに分け入ろうとしては邪険にされる女の子エニボディズが歌っており、彼女の孤独、切なさが強調されています。
また最も旧来の演出と異なるのがラスト。悲劇の果てに和解が暗示される形ではなく、今回は全員が前を向いて立ち尽くし、そこに近年、ヘイトクライム等の事件が起こった世界各地の地名と年月日が多数、映し出されます。本作が誕生して60余年、差別や憎悪による暴力は一向に止む気配はなく、むしろより悪化しているのかもしれない…。"今“を突き付ける、鮮烈な舞台となっています。
(取材・文=松島まり乃)
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