Musical Theater Japan

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スーパーオペラ『紅天女』開幕直前特集

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歌劇『紅天女』
美内すずえさんの『ガラスの仮面』といえば、一人の少女が女優として成長してゆくさまを描く、少女漫画の金字塔。累計発行部数5000万部を超え、私たちミュージカル・ファンや演劇業界人にも広く知られるベストセラーですが、この中で、“幻の名作”として描かれる作中劇『紅天女』が、このほど美内さん自身の監修・脚本、寺嶋民哉さんの作曲でオペラ化。ヒロインである阿古夜・紅天女役を、ミュージカル界で活躍する笠松はるさんが(小林沙羅さんとのwキャストで)演じることでも話題の本作を、「オーケストラとの音合わせレポート」「作曲・寺嶋民哉さんコメント」「笠松はるさんインタビュー」の3部構成で特集します!
 
【『紅天女』あらすじ】南北朝の時代。国が二つに分かれ、天変地異が続く中、南朝の帝は天女の像を作り、世を鎮めようと仏師を探させる。見いだされた仏師・一真は天女像を作るため梅の木を捜し歩くが、誤って谷底へ。記憶を失った一真は不思議な娘・阿古夜に助けられ、二人は愛し合うようになるが…。 
【スリリングな音の海に漕ぎ出す瞬間:オーケストラとの音合わせレポート】

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リハーサル室に厚みのあるオーケストラの音色と歌い手たちの美声が響き渡る。(C)Marino Matsushima
1月某日、開幕初日を数日後に控えたこの日は、オーケストラとの音合わせの日。“演技”はせず、音楽面に特化したリハーサルです。都内某所のリハーサル室は、数十人ずつのオーケストラ・合唱の人々、そしてスタッフでぎゅう詰め状態。スタッフ側の席には原作者の美内すずえさん、作曲の寺嶋民哉さん、演出の馬場紀雄さん、そして総監督の郡愛子さんら錚々たる顔ぶれが並びます。

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監修・脚本を務める原作者・美内すずえさん。目を閉じ、音の響きを慈しむように耳を傾けています。(C)Marino Matsushima
新作でもあり、ぴりぴりした空気が予想されましたが、実際の空気は至って穏やか。あちこちから聞こえてくるのがクラシック楽器特有のまろやかな音色であること、また今回のカンパニーには、実力ある若手と様々な経験を経てきたベテランの方々がバランスよく配されているゆえかもしれません。

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指揮者・園田隆一郎さん。てきぱき、かつ細やかに指摘をしながら、音楽をまとめあげてゆきます。(C)Marino Matsushima
歌手、スタッフが一人ずつ紹介された後、園田隆一郎さん指揮のもと、いよいよ演奏がスタート。南北朝が舞台の物語とあって、はじめに石笛の音が響きます。しばし幽玄の世界に誘われたところで、天変地異を物語る迫力満点の合唱~帝の命をうけた藤原照房が仏師・一真を見出し、その一真が天命に気づく1幕幕切れまで、時折、小返しをしながら進んでゆきます。
肉厚のオーケストラの音と歌声が溶け合う形式はまさしくオペラですが、虚しく生きてきた一真が自分の彫った仏像を胸に死にゆく盗賊の姿に感銘を受け、天女像を彫ることを決意するくだりは『レ・ミゼラブル』の銀の燭台~バルジャンの告白のくだりを彷彿とさせ、重要な歌詞を粒だたせた寺嶋さんの旋律が絶妙。一真役・海道弘昭さんの力強い歌声にも引き込まれます。 

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一真役・海道弘昭さん、阿古夜/紅天女役・笠松はるさん (C)Marino Matsushima
1幕では人間たちの愚かしさを憂う精霊たちの姿も描かれますが、ここで登場するのが紅姫(紅天女)。何かが自分の身に起こることを予感して揺れる天女の心中を表現する、笠松はるさんの神々しさと繊細さが共存するソプラノ・ボイスが何とも新鮮です。1幕だけでもかなりの声量を放っていた笠松さんですが、2幕では人間の娘・阿古夜役で記憶をなくした一真と30分あまり歌い続け、3幕では原作漫画でもまだ描かれていないクライマックスで、おそらくは出ずっぱり…と、途方もない声量が求められる模様。これまで、数々のミュージカルで豊かな表現力を発揮してきた笠松さんが、オペラの世界で新たな地平をどう拓くか、注目されます。

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本作には二十五弦箏も登場。登場人物の心の揺れを表現するくだりでこの音色が非常に効果的に聞こえてきます(C)Marino Matsushima
また音楽だけでも作品スケールの壮大さは十分感じられましたが、これに演技がつき、ビジュアルが加わるとどんな舞台が立ち現れるのか。コミックとオペラ、そして“和”の世界がコラボする“スーパーオペラ”の開幕が待ち遠しいものとなりました。
(取材・文・写真=松島まり乃) 
【作曲・寺嶋民哉コメント:一言ひとことに想いを込めて】
脚本について――第一印象としては、壮大な物語だなぁ、これは大変だ、と。作曲もそうですが、歌い手さんもかなり大変だろう、と思いました。あと、最終稿が上がったのが昨年の8月でしたので、そこからの作曲になったのですが、これは奇跡でも起きてくれないことには…と(笑)。 
 
作曲にあたり大切にしたこと――オペラの作曲は初めてですので、全て手探りといいますか、感じるままに作りました。これまでにミュージカルは何本かやりましたが、作曲しながらそれらとの決定的な違いに気づきました。そうか、台詞のスピード、言葉ややりとりの間、声の強さや高さ、これらはすべて自分が決めることになるのか、と。当たり前と言えばそうなんですけど、改めてそれに気づいたら、これは普通に曲を作ればいいっていう話ではないなぁ、と。ですので、出来る限り自然に、かつ言葉を美しく響かせたい。時には強く激しく…などと一言ひとことに想いを込めて書いたつもりです。 
 
笠松はるさんについて――笠松はるさんは、何といっても表現力が素晴らしいですね。それに加えて声の響きが明るいですので、切なさや強さをより感じることが出来ます。例えが適切かどうかわかりませんが、まるでディズニーのヒロインに感じたりする瞬間も(笑)。もう一人の小林沙羅さんもかなりの表現力なのですが、二人それぞれの違った個性は、まるで『ガラスの仮面』のマヤと亜弓を見ているみたいで、大変刺激的な経験です。 
【阿古夜・紅天女役 笠松はるインタビュー:作品の感動がまるごと伝わるように】

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笠松はる 大阪府出身。東京藝術大学卒業、同大学大学院修了。第16 回日本クラシック音楽コンクール声楽部門大学院の部最高位受賞。2007 年より8 年間劇団四季の主演女優として「ウェストサイド物語」「オペラ座の怪人」「サウンド・オブ・ミュージック」「赤毛のアン」「李香蘭」他多くの作品で活躍。退団後、オペラ「声」主演。以後「ロマンシングサガTHE STAGE」「ボクが死んだ日はハレ」「シークレット・ガーデン」「のべつまくなし」「ねこはしる」等多数出演。
(開幕直前でお声を大切にしていただくため、質問には文面でご回答頂きました)
――今回、なぜこの役を演じて(歌って)みたいと思われたのですか?
 
「高校1年生の時に『ガラスの仮面』に出会いました。その中で『紅天女』は往年の名女優 月影千草以外は演じられない幻の名作として設定されています。それがオペラになること、そして全役オーディションがあるというニュースを見てびっくりしました。 
私は東京藝大で大学院まで声楽を学びましたが、その後はずっとミュージカルの世界にいます。だから今の自分にオペラオーディションは遠い話だと思っていました。ただ、私がガラスの仮面ファンなのを知る周りの薦めもあり、どうせ落ちるにしても書類を出すだけ出してみようと出願しました。オペラのオーディションを受けることは今の自分には大きな挑戦だったので緊張でしたが、原作の中の阿古夜と紅天女の二役にとても深い魅力を感じていたので、他の役では受けることを考えませんでした。今、実際自分がこの役を歌わせていただくことになり、夢のように光栄です」 

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(C)Marino Matsushima
――脚本の第一印象をお教えください。 
「原作ではまだラストが描かれていないので、どんな結末になるんだろう…と緊張しながら読みました。美しく、切なく、大きな光に包まれたような気持ちになる、とても素敵な作品だと思いました。 
本作には、私達が今考えるべき事が多く描かれています。南北朝時代のお話ですが、今の色んなことに置き換えることもできる作品だと思います。なぜ生きるのか。命の繋がり、そして相反するものが調和することによって、より大きな和が生まれるということ。また、物語の中で全ての登場人物が阿古夜と一真の運命に色んな形で繋がり合っていて、様々な登場人物たちの背景にも、読んでいて心惹かれました」 

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提供:公益財団法人日本オペラ振興会
――歌いこんでみて、楽曲についてはどう感じますか? 
 「まず、このオペラ全幕の音楽が、とても美しく繊細で、雄大で瑞々しくて素晴らしいです。初めて楽譜とデモ音源を戴いた時、聴きながら泣きました。オケ合わせを終えた今ですが、園田マエストロ率いる東京フィルさんの素晴らしい演奏で聴くこの楽曲は、想像していたものよりもさらにはるかに感動的でした。ぜひ楽しみにして頂きたいです。 
今回は二役を演じることもあり、とても多くの分量を歌わせていただきます。二役が同じ身体の中に交互に出てきたり、グラデーションのようになっているシーンもあり、もしこれがオペラでなくストレートプレイだったら、原作内で主人公達が苦労しているように演じるのはとても大変だろうと思いますが、オペラは音楽を通す事で半分以上楽曲が演じてくれているように感じ、とても心強いです。寺嶋先生が書かれた音楽はさすが作品への理解が深く、歌うだけでそのシーンの心がすとんと通ったアリアもありました。二役の声色を変えるか、と、迷っていた部分もありましたが、今はとにかく、役としての心の中身を大切に、そこから自然に出てくるものに任せようと思えてきました。体力的に大変な役ですが、どの場面も大切に大事に歌いたいです」 

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提供:公益財団法人日本オペラ振興会
――演じるうえでどんなことを大切にされていますか? 
「原作内でどう演じられているかをあまり考えずに、今回の美内すずえ先生の台本と寺嶋民哉先生の音楽から感じた感動を大事に、一から作るという気持ちでお稽古してきました。 阿古夜はスピリチュアルな感性をもつ女の子で巫女/依代として育ちましたが、あくまで人 間なので、まずは、その阿古夜に降りてくる紅姫の神の在り方、神の心の中はどうなっているのかを、最初に考えました。演出の馬場さんが新約聖書より旧約聖書の神、とおっしゃったのがしっくりきました。私も古事記やギリシャ神話に登場するような、喜怒哀楽がはっきりした神のイメージで考えていたので、その方向で色々試し、今の形になりました。 阿古夜については、これまで生きてきた人生と、ある種の孤独、そして彼女の生きる意味について考え、役作りしました。  
個人的に3幕にとても好きなシーンがあるのですが、初めて音取りした時からずっとそこの心の場所を考えていて、これだ!という想いが膨らんだ時、美内先生に“私ここをこう思っていて、でもちょっとと書きと違うのですが良いでしょうか?”とお話したことがありました。先生はとても良いわねと快諾して下さり、演出の馬場さん、指揮者の園田さんにもご相談して採用していただきました。こんなご相談をさせていただけるのも初演ならではだなぁと有難く感じます。またダブルキャストの小林沙羅さんは私とはまた別の解釈でとても素敵に演じられていて、是非両組観てもらいたいです」
 
――今回はオペラですが、ミュージカルとの違いをどんな部分で感じますか?  
「歌を使ってお芝居をすると言うことは同じなので、これまでやってきたことと変わらない部分の方が多いです。一番違うと思うのは、大ホールでフルオーケストラが演奏している中で、マイクを装着せず挑むので、演じている時も発声に心を配る分量がとても増えて います。もちろん素晴らしいオーケストラとマエストロによってかなり私が歌いやすいようにしてくださっていますが。 
演奏する人数がミュージカルより圧倒的に多いのもオペラならでは。オケの編成人数もミュージカルより多いですし、合唱の皆さんも30人いらっしゃり、全員が舞台上にいるのを初めて観た時、あぁすごい人数が関わるのだなぁと圧倒されました。これだけの大人数が音楽でしっかり繋がり、それが数日で終演するオペラの世界は、豪華 な花火のようだなと思います」
 
――どんな舞台になるといいなと感じていらっしゃいますか? 
「美内すずえ先生がこれまでずっと温めてこられた『紅天女』という作品が生まれ出ることにドキドキします。昔から“何より作品が一番大切”と教わってきました。素晴らしいこのオペラが、私という媒体を通しても、作品の感動まるごとお客様に伝わる公演になるよう、 タイトルロールとして、『ガラスの仮面』ファンとして、歌手として役者として、今自分の持てる全部を注いで頑張りたいです。本格的なオペラデビューがこの公演となります。歴史ある日本オペラ協会さんでこのような大役をつとめさせていただけることに心から感謝して、精一杯務めさせていただきます」
 
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公演情報 日本オペラ協会公演 スーパーオペラ 美内すずえ原作『ガラスの仮面』より 歌劇『紅天女』1月11~15日=Bunkamuraオーチャードホール 公式HP