Musical Theater Japan

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『ミセン』前田公輝インタビュー:“私たちは一人じゃない”。届けたい、あたたかなエネルギー

前田公輝 神奈川県出身。6歳で芸能界デビュー。2003~2006年まで『天才てれびくんMAX』にレギュラー出演。多数のTV番組、ドラマ、映画に出演。現在、TVドラマ『私をもらって~恋路篇』(日本テレビ系)が放映中。ミュージカルの出演作に『農業系ROCKミュージカル いただきます!~歌舞伎町伝説~』『ロミオ&ジュリエット』『スリル・ミー』がある。🄫Marino Matsushima 禁無断転載


挫折した青年が、未知の世界で再起を図る。周囲からの期待はゼロという中で、彼は“居場所”を作ることが出来るのか…。

韓国のウェブ・コミックで大ヒットし、ドラマ版ともども社会現象を起こした『ミセン』が、世界で初めて舞台化。現代社会を生きる人々へのエールでもあるヒューマン・ドラマが、脚本・歌詞=パク・ヘリムさん、演出=オ・ルピナさん、音楽=チェ・ジョンユンさん、振付=KAORIaliveさんら、日韓のクリエイターたちによってミュージカルに生まれ変わります。

2025年の幕開けを飾るこの舞台で、主人公チャン・グレを演じるのが、TVドラマに映画、舞台にと、幅広く活躍する前田公輝さん。ミュージカルは2023年の『スリル・ミー』以来となる彼に、開幕も間近に控えた某日、作品への共感、ミュージカルへの思いなどじっくりとうかがいました。

 

『ミセン』


【あらすじ】
囲碁のプロ棋士になる夢を断たれ、知人のコネで大手貿易会社「ワン・インターナショナル」のインターンとなったチャン・グレ。何のスキルも持たないグレは優秀な同期たちに囲まれ、不安を抱きながらも人情味溢れるオ課長のもと、ひたむきに仕事に取り組む。バラバラだったインターンたちは次第に助け合い、認め合うようになるが…。

 

ダメージを受けても、また立ち上がる。
チャン・グレは“自分を奮い立たせる天才”です

 

――『ミセン』という作品とは、どのように出会われましたか?

「韓国版のドラマを観たのが最初でした。第一印象としては、僕は(6歳で芸能界デビューして以来)有難いことにずっと、積み重ねてきたことがそのまま外に出る仕事をさせていただいているだけに、社会にはまだまだ僕の知らないことがたくさんあるんだな、と感じました。本作に出てくるように、不条理なことがあっても前に進まなければいけない、そんな中で闘っている人は少なからずいらっしゃるのだな、と。

そういうところが共感を呼んで韓国で大ヒットしたのだと思いますが、時代が変わっても今回こうして舞台化されるということは、多様性の時代であってもまだこの社会には変わっていない部分があるのだと思います。

もう一つ思ったのが、みんな気づいていないだけで、誰もが何かのプロなのではないかということ。主人公チャン・グレの場合は、囲碁の世界にいたのが、全く(会社勤めの)スキルがない状態で企業のインターンとして働き始めるので、一見、それまでの自分は全く生かせないように見えるけれど、彼は“自分を奮い立たせる天才”なんです。

後ろ向きにならざるをえない出来事があっても、翌日には“会社の中での顔”を自分で作って、また立ち向かっていく。そうした中で結果を出して行く彼を、僕自身、すごく尊敬します。派手な物語ではないけれど、だからこそミュージカルというエンタメで、馴染みやすく表現できるのではないかと、演じるのが楽しみになりました」

 

『ミセン』チャン・グレ(前田公輝)


――幼い頃から一つの夢を追ってきた人にとって、それが失われるというのは大きな痛手かと思われますが、チャン・グレの場合、棋士になれなかったことはどれだけ人生の“重し”になっているでしょうか?

「そこが彼の凄いところなんですが、チャン・グレは、挫折を“重しということにしよう”と、意図的に自分に負荷をかけているんです。演出の(オ・)ルピナさんと相談して、そのように演じています。ネガティブな状況になったらとことん落ち込んで、そこから反発力で上がっていくタイプなのだと思いますが、なかなか出来ることじゃないですよね。僕はそこまで強くないから、彼のような発想になったことはないです。チャン・グレは精神的に強いなぁ、と思います」

 

――韓国らしさを感じる部分はありますか?

「感じますね。日本って、言っていることが真実とは限らないというか、平和主義で衝突が少ないけれど、建前で覆われた部分があるじゃないですか。でも韓国では、自分自身を誇らしく生きるという思いが溢れていて、素敵だなと思います。『ミセン』は“自分らしさ”を見失わず生きることを届ける作品なので、韓国らしい思考回路や心の動き方はお芝居に乗せていかないといけないなと思っています」

 

『ミセン』撮影:河上良


――現在放映中のTVドラマ『私をもらって』では、内に秘めた感情を佇まいや表情で見事に表現されている前田さんですが、今回はとりわけ、外に発露することが求められるのではないでしょうか。

「そうですね、(自分の意見をはっきりと言う)チャン・グレは僕の人生の中でも5本の指に入るくらい、遠い人物です(笑)。時代的に、僕にとっては先輩の言うことが絶対でしたし、次男気質というか、上の方から教えをいただくとなると自分の意見を発するという概念も無く…。俳優という職業柄、感情は抑えたくないので、大きく泣いたり、大きく笑ったりといった表現はしっかりやっていきたいです。

でも、僕がチャン・グレは自分から遠いと言っていると、みんなが“近いよ~”と言うんですよ。どこが近いのか聞きたい気持ちもあるけれど、怖くて聞けてないです(笑)」

 

――後半に、女性社員同士の心の交流を描いた素敵なシーンがありますが、チャン・グレも“目撃者”的に登場されますね。

「その意味が伝わるといいなと思っています。この光景を見守るなかで、チャン・グレはそれまでの自分が女性たちの感覚、思いをくみ取れていなかったなと感じます。そしてそれが、その後の母との会話の中で、家族愛を育む行動に繋がっていくんです。

この作品には、社会における男女差別というテーマも織り込まれています。たとえ男女差別がゼロになるのは難しいとしても、限りなくそういう概念をなくして行くために、こういうシーンがあることは素敵だなと思います。この作品が、不条理と闘っていたり、諦めかけている人たちの精神的な武器になれるといいなと願っています」

 

『ミセン』撮影:河上良


――日韓の言葉が飛び交うカンパニーの空気感はいかがですか?

「まだ初日も開いていないけれど、既に“みんなと別れたくない”という気持ちです(笑)。ルピナさんは本作のテーマとして“私たちは一人じゃない”というメッセージを掲げていらっしゃいますが、このカンパニーは、皆同じ学校出身の同窓生かなというくらい同じ空気が共有できていて、仲がいいんですよ。“共感”が求められる作品なので、絶対本物の感情が必要だと思いますが、その点、どのカンパニーにも負けていないんじゃないかと思います」

 

演者として感じる
ミュージカルという表現の特色

 

――ミュージカルへの出演は本作で4本目。ミュージカルという表現について感じることはありますか?

「ミュ―ジカルでは感情表現が青天井ですね。曲にもよりますが、1曲の間に爆発的に、制限がきかないくらいのところまで表現できるなという感覚があります。

あと、時系列が本当に早く進むので、感情の制御がポイントだなと思います。2幕のあるシーンで感情が解放された直後に、その1週間後のシーンに飛んだりするので、お客様が“今の感情は何だったんだろう”とならないように、自分の中で整理していく必要があります。

ただ、同じ人間が媒体によって変わるというのはあまり理解できないので、お芝居という部分では、僕は映像でも舞台でも同じでありたいと思っています。生きている人間を見るのが僕自身、好きなので。

そのうえで、大きく違う点としては、舞台は感情の積み重ねができるのに対して、映像は100%で現場に行かないといけない、そしてその場で臨機応変に対応しないといけない。映像だと、我々俳優がいる前に、その作品の感情が現場にあるのに対して、舞台では俳優がいてその場で発信する。何かがあったときに助け合わないといけないので、団結力はこちらのほうが必要。映像だとライヴではない分、僕らの感情を優先してやらせてくれる、アシストしてくれる…と、違いはいろいろありますね。バーっと書き出してリストを作れるくらいあります(笑)」

 

『ミセン』撮影:河上良


――どんなところにミュージカルの楽しさ、面白さを感じますか?

「僕はもともと歌うことが好きだったので、自分がずっと感情に向き合ってやってきた芝居に、歌が加わることがシンプルに楽しいです。

あと、開放できるのが魅力ですよね。僕、ミュージカル俳優の方で暗い方ってあまりお会いしたことがないのですが、それはきっと、音楽によって自身を開放できるからのような気がします。“音”と“楽”、まさにそうだなと。音楽が心もデトックスしてくれているのでしょう。自分を開放しつつ、皆さんに何か届けさせてもらえるって、こんなに贅沢なことはないなと感じます。

以前、『天才テレビくん』という番組に出演していた頃、夏と冬にNHKホールでのイベントでアイドルみたいなことをやっていたんですが、ミュージカルに出会った時、その時の感覚が戻ってきました。舞台の上から見る景色を通して、“ここにいたい”というか“この場所を求めていたかも”と感じて、それが“もっとミュージカルの世界で積み上げていきたいな”と思ったきっかけのように思います。夢としては、僕はもともとディズニー映画が大好きなので、いつかディズニー・プリンスをやりたいです!」

 

――どんな表現者を目指していますか?

「役とのバランスを常にとれる俳優になりたいです。役に飲み込まれるわけでも、自分を捨て切るわけでもなく、五分五分の状態で常に表現できる人間になりたい。

役になりすぎると(いかにも)“お芝居”になってしまってつまらないし、自分を出しすぎると“またこの人こういう感じなんだ…”となって、自分の魅力も半減すると思うし、お客さんも新しいものを見ていると思えなくなると思います。両者のバランスを常にとり続けられる俳優でありたいです」

 

前田公輝さん。🄫Marino Matsushima 禁無断転載


――ご自身を客観的にとらえるということを意識されているのですね。

「そこを常に感じることで、未知の場所に辿り着けるのではないかと思っています」

 

――では最後に、間もなく開幕する『ミセン』ですが、どんな舞台になったらいいなと思っていらっしゃいますか?

「すごくシンプルに言うと“心温まるストーリー”なのですが、観て下さった方に、“一人じゃないんだ”と安心を与えられるような舞台になればと思っています。よく“ほっこりするような”という言葉を聞きますが、この舞台には、そのエネルギー値より遥かに高いものが詰め込まれているような気がします。お客様が観終わって、何かあたたかいものに包まれているような感覚になっていただけたら、僕もとても嬉しいです」

(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報 『ミセン』1月10日プレビュー、1月11~14日=新歌舞伎座、2月1~2日=愛知県芸術劇場大ホール、2月6~11日=めぐろパーシモンホール 大ホール 公式HP

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