Musical Theater Japan

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『太鼓たたいて笛ふいて』観劇レポート:戦争に正面から向き合う。作家・林芙美子の覚悟

こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』撮影:宮川舞子


1969年の『日本人のへそ』で本格的に演劇界デビューし、遺作『組曲虐殺』まで70作近い戯曲を執筆。多数の演劇賞を受賞し、2010年に逝去した井上ひさしさんの作品群のうち、『太鼓たたいて笛ふいて』『天保十二年のシェイクスピア』が国内で上演されています。

共に音楽劇の形をとっているものの、内容的には大きく異なる2作品。連続レポートを通して、戦後日本の演劇を語る上で欠かせない存在である、井上ひさしさんの劇世界の魅力を探ります。

『太鼓たたいて笛ふいて』

本稿でご紹介するのは、1983年に井上さん自らが立ち上げた「こまつ座」が上演する『太鼓たたいて笛ふいて』。2002年の初演以降再演を重ね、今回は11月の東京公演を皮切りに各地を巡演し、12月25日に山形で大千穐楽を迎えます。

井上さんは樋口一葉(『頭痛肩こり樋口一葉』)、宮沢賢治(『イーハトーボの劇列車』)等、実在の文人たちを描いた“評伝劇”を数多く発表していますが、『放浪記』で知られる林芙美子の後半生を描く本作も、その一つ。ベストセラー作家の芙美子が戦中に従軍記者をつとめ、戦後は一転して反戦小説を書くようになってゆくさまを、芙美子と母キク、そして彼らを巡る4人の人物を通して描いた作品です。

 

こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』(左から、天野はな、近藤公園、福井晶一、大竹しのぶ、高田聖子、土屋佑壱)撮影:宮川舞子

 

舞台中央手前のピアノから響く、華やかな音色(演奏は朴勝哲さん)。リチャード・ロジャースの「Zip」(ミュージカル『パル・ジョーイ』)の旋律に乗せ、勢揃いした出演者たちが“口上”よろしく、時代背景と登場人物を簡潔に紹介します。

続いて現れるのは昭和十年、東京都下落合の林芙美子宅。レコード会社のプロデューサー、三木が上がり込み、芙美子に依頼していた歌詞が出来上がるのを待ちかねていますが、芙美子が取り掛かる気配はありません。そこにキクがかつて行商指南をした二人の青年、四郎と時男がふらりと現れ、翌日には活動家の、こま子も訪問。彼女が持ち込んだ「椰子の実」の詩は後日、三木のはからいで唱歌となり大ヒットします。

 

こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』撮影:宮川舞子


スランプに陥っていた芙美子に、三木は“今の世の中を動かしているのは、戦争は儲かるという物語だ”と吹きこみます。芙美子は従軍文士となって従軍記を書き始めますが、実際に戦地を見てまわるうち、“物語”の真実を知ることとなり…。

早く歌詞を書かせたい三木と、のらりくらりとかわそうとする芙美子の攻防、キクと四郎、時男が賑やかに歌う“「行商隊の唄」など、ユーモアを交えて軽妙に始まる舞台は、こま子の登場以降次第にシリアス味を帯び、1幕が終わるころには、主人公が取り込まれてゆく“物語”の恐ろしさが浮き彫りに。2幕では、戦中に自分が“太鼓たたいて笛ふいて”ふれまわっていた物語がウソだったとわかった芙美子が、自責の念に駆られながら犠牲者たちの“悔しさ、つらさ”を猛烈な勢いで綴ってゆく姿が、周囲の人々のエピソードを交えて描かれます。

 

こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』撮影:宮川舞子


軽やかな喜劇調で始まり、そのトーンを残しながらも大きな問題を浮かび上がらせ、観る者に考えさせる展開は、多くの井上作品に共通。既存曲、オリジナル曲あわせて10曲以上の楽曲を盛り込んで表現の立体感、親しみやすさも追求されており、“むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをゆかいに ゆかいなことをまじめに 書くこと”という井上さんのモットーそのものの作品と言えるかもしれません。

初演から演出の栗山民也さん(『スリル・ミー』『デス・ノートTHE MUSICAL』)のもと、初演から芙美子を演じ、作家としての決意を静かに、厳粛に語る台詞が強い印象を残す大竹しのぶさんはじめ、今回の公演には舞台、映像で幅広く活躍する俳優たちが集結。

 

こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』撮影:宮川舞子


中でも三木役の福井晶一さんは、劇団四季で磨いた台詞術が活き、どの言葉もクリアに聴かせてストレート・プレイとの相性の良さを示しています。また時代の流れに合わせて次々に職を変え、芙美子の人生を舌先三寸で変えてしまうしたたかな男という役ながら、福井さんのもともとの清潔な持ち味によって、“何の悪意もないがゆえにさらに始末が悪い”人物にも映り、芝居にいっそうの面白みをプラス。もちろん歌声もたっぷり披露し、『眠れる森の美女』のワルツのメロディに乗せて流麗に歌う「女給の唄」では心地よいひとときを生み、芙美子への“悪魔のささやき”の始まりとなるナンバー「物語にほまれあれ」では、ベートーベンの「自然における神の栄光」の旋律を低音で力強く歌い、観客を魅了します。

従軍記者として活動した後、自らの責任を厳しく追及し、戦争に真正面から向き合った芙美子。井上ひさしさんはその生きざまを尊いものとして、本作を書いたといいます。幕切れを彩るのは、宇野誠一郎さん作曲のナンバー「ハレルヤ」。前述の「自然における神の栄光」とは対称的なまでに繊細で、ささやかな一曲ですが、登場人物たちが順繰りに歌うその歌詞は、希望と愛情に溢れたもの。儚くも温かい、得難い幕切れを体験できる舞台です。

 

(取材・文=松島まり乃)

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*公演情報 こまつ座第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』11月1~30日=紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 12月4~8日=新歌舞伎座、12月14~15日=キャナルシティ劇場、12月21~22日=ウインクあいち、12月25日=やまぎん県民ホール 公式HP