1934年に伝説のスター、エセル・マーマン主演でブロードウェイ初演。その後1987年、2011年とリバイバルの度に好評を博してきたミュージカルが、宝塚歌劇団の原田諒さん演出・潤色、紅ゆずるさんの主演で久々に日本で上演されます。
コール・ポーターの洗練された音楽に華麗なタップシーン、全編に溢れるユーモア。“これぞミュージカル・コメディ”と呼ぶべき舞台で、英国紳士オークリー卿を演じるのが廣瀬友祐さんです。日ごろ二枚目の役どころの多い彼ですが、今回はいかに…⁈ 稽古も佳境の某日、お話をうかがいました。
【あらすじ】
大恐慌後のNYからロンドンへと出港した豪華客船に乗り合わせたリノ、ビリー、オークリー卿にホープたち。ナイトクラブのスター、リノはビジネスマンのビリーを追いかけ、ビリーは恋するホープが船上でオークリー卿と結婚式を挙げると聞き、阻止するべく飛び乗ったのです。
その船には神父に変装した指名手配中のギャング、ムーンフェイスも情婦のアーマと乗り込んでおり、船上ではあちこちでハプニングが発生。まさに“なんでもあり(Anything Goes)”のクルーズの行方は?
典型的な英国紳士…では全くない(笑)
役柄を通して“新しい廣瀬”をお届けします
――先日の製作発表は本作に合わせて「にっぽん丸」で行われましたが、廣瀬さんはクルーズ旅行をなさったことはおありですか?
「移動で大きめの船に乗ったことがあるくらいで、クルーズ旅行の経験はないですね。今回、クルーズ船を実際に見てやはり大きいなと感じましたし、個別取材は客室で行われたので、それまでイメージしていたものにリアリティを加える材料になりました」
――『エニシング・ゴーズ』という作品については、どんな印象がありますか?
「一般的なミュージカルではありえないほどのテンポ感でストーリーが進んでいくな、と感じました。深く考えず、ストレスなく見られるし、楽曲とダンスもパワフルで、あっという間に終わる作品という印象です」
――今どきのミュージカルは理詰めで作られているけれど、30年代の作品ということもあってか、本作には敢えていろいろな要素が詰め込まれていて、そのごった煮感を楽しむ作品なのかもしれないですね。
「そう思います。おそらく1930年代的なシニカルなメッセージも込められてはいると思いますが、そのうえでいろいろなものを詰め込み、エンタテインメントにしているのだと思います」
――現代を生きる私たちとは違って、初演時のアメリカの観客はそのシニカルさというのも楽しんでいたのでしょうか。
「先日、もともとの英語版の台本を、英語がわかるキャストたちと見てみたのですが、そういう部分は確かにあるようです。でもそれをそのままやると、今の日本のお客様には意味が伝わらないので、ニュアンスが変わっている部分はちょいちょいあります。国と時代が違うというところにおいて、日本のお客様が見やすいように工夫されているのだなと思いました」
――今回はオークリー卿という役を演じられるわけですが、英国貴族の役は過去にも?
「すぐには思い出せませんが、高貴な階級の人の役はよくやらせていただいていて、なんでだろう…というのは自分でも思っています(笑)」
――高貴な役を演じるのに心がけていることはありますか?
「今までの作品だと、世界観であったり対峙する役との兼ね合いで、まずは姿勢や歩き方を意識していました。次は貴族や富豪役、と聞くと、“背筋伸ばさないといけないな”というのが、まずはじめにかかるストレスですね(笑)。ふだんの僕は猫背でリラックスしているので、そういう役をやるときは姿勢を意識しないと、というのはあります。
ただ今回は英国紳士といっても、今までとは違う感じというか、今までのイメージとは何か違うなというようなキャラクターづくりをしているので、そこまで貴族然としている必要はなく、ちょっと面白いキャラクターになっているような気がします」
――2013年に上演された時にはこの役を吉野圭吾さんが演じていらっしゃいましたが、2幕も大詰めになってのオークリーのソロ・ナンバー“The Gypsy in Me”があまりにも印象深く(笑)、今回この役名の隣に廣瀬さんのお名前があり、「廣瀬さん⁈」と二度見してしまいました(笑)。
「そういっていただけるのは、僕としては嬉しいですね。意外性というか、皆さんの中のイメージにない役に挑戦できるのは嬉しいです。もちろん怖さもありますが、ぴったりと言われるより、この役を廣瀬がどう演じる?と思っていただけたほうが、僕としては興奮します(笑)」
――それまで紳士然としていたオークリーが、“The Gypsy in Me”では豹変。このギャップが大きな見どころですね。
「このナンバーでがらっと違う一面を出すので、それまでの間は、ここでむき出しになる人物像とはかけ離れたイメージを作っていけるといいなと思っています。そのうえで、“The Gypsy”で“とんでもないなこの人…”と、びっくりさせられたら。かといって、そこまでの間もつまらない人物ではなく、Gypsyでの面白さとはまた違う面白さをお見せできればと、今、必死に試行錯誤中です」
――“面白さ”にはいろいろな種類があると思いますが、ここではどんな面白さをイメージされていますか?
「最初にこの台本を読んだ時に、他のキャラクターが発する台詞からオークリーのイメージが沸いてきました。“あんた酔ってるの?”と言われているということは、そういうふうに見える要素があるんだなとか、“抜けてる”と言われてそこに笑いが生まれるということは、そのコメントに説得力があるんだろうなとか。そういった台詞を参考に、僕なりのオークリーを作ってきています。
貴族とは言っても、二枚目とは全然とらえていなくて、これまで演じた貴族役とは全く違う感じだと思います。一言でいうなら…ピュアな感じですね。男くさくはないし、かっこいい、というのも違う。どことなく頼りないし、地に足ついてるのかついてないのか、ふわふわしている。でもとにかく自分の気持ちにまっすぐ生きている…そんなキャラクターな気がしています」
――これまで、廣瀬さんが弾けるお芝居を拝見した記憶がほとんど無いのですが、ご自身としてはいかがでしょうか?
「やっていなくはないけれど、作品の中で一瞬…という感じで、それほど弾けた役はやっていないですね。特にミュージカルでは紳士的な、“かっこいい”と言っていただける役が多いので、あまり面白い要素のあるお芝居は人前ではしていないかもしれません。
でも、稽古場ではよく弾けていますよ。僕はいつも、稽古場でいろいろなパターンに挑戦して意見を言っていただく、とにかくいろいろなアプローチをしてみるということを自分に課しているので、そんなシーンではないのにはっちゃけてみたりということもしています(笑)。普段から面白いことは好きだし、人を笑わせることも自分が笑うことも、常に求めていることではあります。
以前から僕を応援して下さってる方々は、僕にふざけたがるところがあるのはご存じだと思いますが、役をまとった廣瀬友祐しか観たことないお客様からしたら驚かれるのかな。この役を通して、新しい廣瀬友祐を届けたいと思っています」
――いろいろな人間関係が生じたり、それが変化する様が楽しい物語ですが、ヒロイン・リノ役の紅ゆずるさんとはどんなコンビネーションになっていますか?
「僕は人見知りなのですが、紅さんは早い段階からよく話しかけて下さって、今ではお互い、さゆちゃん、ひろくん、と呼び合って、お姉ちゃんみたいな感じで仲良くさせてもらっています。こうしたらこう見えるよね、といった役の関係性の話し合いはできているんじゃないかな。
印象的だったのが、稽古の序盤に紅さんが“私は絶対あきらめないから”とおっしゃっていたこと。芝居がより良くなるようにと、ちょっとでも時間を見つけるとペアダンスの練習をしようとか台詞の掛け合いを誘ってくれて、ただでさえ彼女は出ずっぱりでやることが山ほどあるのに、隙間時間があると僕らのシーンについて話し合ったりしています。普通、休憩になったら次のシーンに頭をもっていって休むのに、僕以外のキャストとも話し合っていて、本当に凄い、と感動しています」
――原田諒さんの演出はいかがですか?
「作品にこめられた時代背景だったり、本来この台詞の意味合いはこう、それを今の日本で上演するにあたりどういう意味合いで伝えるべきか…といったことを大切に吟味されているな、という感じがあります。そのいっぽうで、いきなり大胆になったり。テンポ感やキャストのいいところを活かそうとしていらっしゃるような気がします。あと、こう言ったら失礼かもしれないけれど、原田さんはお姿が可愛いんです(笑)」
――お稽古も佳境に入られたようですが、手ごたえはいかがですか?
「今回は大がかりなセットで、それを実際に稽古場に立て込んでというのが難しいので、模型などを使ってみんなで想像力を働かせながら稽古しています。ヴィジュアル的にまだイメージが掴み切れていないところもありますが、これから通し稽古を重ねてゆくなかで、部分部分で作ってきたものを繋げ、深めてより良いものになったらいいなと思っています。作品の性格上、稽古場も(皆がいろいろなトライをして)エニシング・ゴーズ的、なんでもアリの空気感になっていますが、それを丁寧にまとめていくのがこれからの作業なのかな、と思っています」
――この度のコロナ禍を経験される中で、ご自身のミュージカルへの思いであったり、ビジョンに変化はありましたでしょうか?
「自分自身の野望といったものは特別無いのですが、こういう世界情勢の中で演劇、生もので届けたいエンタテインメント界がつらく厳しい状況に陥り、僕も精神的なつらさを経験しました。いっぽうで新しく“配信”というものが一つの(上演の)形になっている今、だからこそアナログの、生の舞台の凄さ、特別さを改めて感じます。それに気づいたことで、(舞台上の)一瞬、一瞬に役者として命をかけるということを、今までもそうでしたが、今まで以上に大切にやっていきたいなという思いがあります。
僕がやれることって、結局それだけじゃないかなと思うんですよ。自分が大切と思う瞬間を味わえるなら、その瞬間を精一杯生きるしかないな、と。そういう意味では、今までとやることは変わらないです」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
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*公演情報『エニシング・ゴーズ』8月11日~29日=明治座、その後名古屋・大阪・福岡で上演。公式HP
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