天才高校生と探偵の攻防を描くベストセラー漫画を、作曲=フランク・ワイルドホーン×演出=栗山民也の手で2015年に舞台化。韓国版も大きな話題を呼んだ『デスノートTHE MUSICAL』が2020年、キャストを一新して上演されます。
今回の舞台で唯一、韓国版から迎えられたのが人間界を眺める死神、レム役のパク・ヘナさん。『ウィキッド』エルファバ役等でのパワフルな歌唱で知られる彼女ですが、本作では“死神”という独特の役柄で新境地を開拓。役柄への強い愛着から、今回のオファーを受けたといいます。取材部屋に現れたヘナさんは、日本での初仕事とは思えぬほど流ちょうに日本語で挨拶。インタビューに入ってからも出来るだけ日本語を織り交ぜ、作品やレム役について、そして稽古の様子など率直に語ってくれました。
【『デスノート』あらすじ】死神リュークが気まぐれで落としたノートを偶然拾った天才高校生、夜神月。このノートに名前を書きこまれた者は死ぬという効力があることを知り、月は凶悪犯罪者たちの名前を書き込み、“神”の境地を味わう。不審な連続死を捜査する警察の協力者として、これまで数々の難事件を解決してきた探偵「L」が立ち上がるが…。
人間世界、人間の愚かさについて気付かせる作品
――ヘナさん、日本語がとてもお上手ですが、日本文化には以前から親しんでいらっしゃったのですか?
「12歳上の私の姉が大学で日本語専攻だったので、小学生の時から日本のアニメを観たりして、親しみを感じていました。『デスノート』の原作もオーディションを受けるずっと前から愛読していました。とても面白い漫画だと思います」
――韓国では『フランケンシュタイン』『シャーロック・ホームズ』のような世界的に有名な文学をミュージカル化することはあっても、漫画を舞台化する事はあまり多くない印象があります。そんな中で、『デスノート』が舞台化されると聞いて驚きはありませんでしたか?
「驚いたし、驚かなかったです(笑)。舞台で死神という存在をどう表現するんだろうという驚きはあったけれど、物語自体は面白いので、舞台化もありじゃないかな、と。漫画だからミュージカル化しないという手はないですよね。日本の漫画はドラマ性がすごくあるので、ミュージカルへの親和性があると思います」
――韓国版のオーディションを受けるにあたっては、まず触れたのは楽曲でしょうか?台本、それとも日本版の舞台でしょうか?
「楽曲と台本をいただき、自分の箇所を覚えてオーディションに臨みました。私は普段、ダブルキャストのときでも、もう一人の稽古は見ないんです。見るといい点も悪い点も影響を受けてしまう。考えてしまって、混乱してしまうので、観ないようにしています。ですから日本版も観ませんでした」
――では楽曲についてはどんな印象を受けましたか?
「「愚かな愛」という楽曲が悲しくも美しく、こういうキャラクターなんだなというのが見えてきました。舞台化された時にもっと素敵なものになるんだろうという可能性を感じて、舞台が立ち上がってゆくのがすごく楽しみになりました」
――原作の場合、追いつ追われつの物語を追うスリルも大きいかと思いますが、舞台版の主題はどんなところに置かれていると感じますか?
「漫画とミュージカル版は違うものだと思います。舞台版は、人間がどこまで愚かな存在かを気付かせてくれる作品だし、人間世界、人生において何が重要かを気付かされる作品なのではないかなと思います」
――その中でレムは、死神であるにも関わらず無償の愛を捧げる存在ですね。
「まさしくそうだと思います。死神と言う存在は、舞台に立った時に何かしらお客様に影響を与える存在だと思いますが、レムという役を戴いた時、これは愛を与える役なので、悪い影響を与える心配はしないでいいんじゃないかと思いました。観た人が考えさせられる存在だとも思います」
――死神たちははじめ人間界を見下ろしていますが、どういう心持ちで演じていますか?
「その時、その時で違うのですが、或る時は、“なんだろう”という興味というか、事件が起きている、何の事件だろうという興味を持ってみているときもあるし、違う日には“まあ、見てみようか、あなたたちが何をしても世の中は変わらないのよ”という感じで見ているときもあります。舞台上で感じる、その日のパク・ヘナ自身の感覚で演じています。舞台上の空気とかいろいろなことに適応してやっています」
――濱田めぐみさんんが以前「この役はとても孤独」とおっしゃっていましたが、そういう瞬間もありますか?
「レムは基本、無気力な役で、この役をやる時はちょっと力が抜けます。言葉を発する時も動く時も無気力な感じを意識しています。この役との出会いにはとても感謝しているし、愛しています。言葉では表現しづらいけれど、レムという存在を考えた時に歌っていてぐっとくるときもあリます。パク・ヘナという役者はこれまで(『ウィキッド』のエルファバのように)力の入る役を演じることが多かったのですが、レムは柔らかくて力をこめない役。ですが、それにも関わらずすごく強い力を感じます。それゆえに愛してやまない役です」
――演じるにあたり、何かヒントにしたものはありますか?
「私は台本に忠実なタイプです。初演の時、役作りの最中に、栗山さんが“砂のようにやってほしい”とおっしゃって、それがレムなんだなと感じました。砂が手の間をさーっと落ちてゆくイメージです。台詞や動きに関して、大いに助けとなりました」
――日本人の演出家は初めて?
「そうですが、韓国でも一人一人演出家は異なりますので、日本の演出家だからこう違う…ということは感じませんでした。栗山さんは多くは語らず、笑いながら“俺は全部知ってるぞ”という感じで、一言だけおっしゃる。その一言がとても重要ポイントで、興味深かったです。偉大な方というのはすぐわかりますが、その栗山さんともう一度お仕事出来るということで今回、日本に駆け付けました。お会いしたかったですし、日本の舞台も経験してみたかったです」
――フランク・ワイルドホーンの音楽はどう聞こえますか?
「とても華麗で豪華でいながら聴きやすい。お客さんをよく理解していると思うし、ロマンティックな表現も得意な作曲家さんだと感じます」
――アジア的な“間”や“情”は感じますか?
「アメリカ人でありながら、アジア人の“こうあってほしい”というものが本当によくわかっていらっしゃると感じます。私自身、どういうふうに歌えばいいか、すごくスムーズに誘導されるイメージ。うまく歌おうというのではなく、楽曲にあった歌い方ができるといいなといつも思っています」
――日本の共演者たちはいかがですか?
「皆さん素晴らしい才能の持ち主だと感じます。これ以上お稽古必要なのかな??と思うこともありますが、すごく楽しそうに、誠実に稽古されています。一緒にお稽古させていただけてとても感謝しているし、稽古場に行くのが毎日楽しみです。私も頑張らなくちゃ、と励みに感じます。特に、お世話になっているのがリューク役の横田栄司さん。発音がとても明瞭で、“正しい発音が見える”感じです。私はまだ日本語が上手でないけど、今回は日本語で演じるので、横田さんに助けていただくことばかりです。韓国版のリューク役の方も素晴らしかったけれど、今回の横田さんとのコンビもとても楽しんでいます。もっともっと一生懸命やりたい!と思える相手役です。一緒に素晴らしい舞台を作り上げていこう、と思える方です」
――初演の吉田鋼太郎さんのパッショネイトなリュークに対して、濱田さんは抑えめに演じてバランスをとっていらっしゃいましたが、今回はどんなパワーバランスでしょうか?
「どうでしょうか。横田さんは舞台上で全体を見回しながら演じていらっしゃるので、バランスがとれないということはないと思います」
――今回はどんなレムにしたいと思っていますか?
「私は韓国初演から通算3回目のレム役なのですが、演出補の豊田めぐみさんに、今回は“母性愛ではないものを何か探してみよう”とおっしゃっていただいています。見つかるかもしれないし、見つからないかもしれないけれど、もっといいレムを目指すうえで、いい課題をいただいたと思っています」
パク・ヘナの存在理由
――ヘナさんご自身についてもっと知りたいのですが、ミュージカル女優を目指したきっかけは?
「幼稚園の頃から歌ったり踊ったりということが好きだったんです。でも私が出来るようなことじゃない、女優は特別な職業なんだと思っていました。両親からも不安定な職業なので、安定した職に就きなさい、と言われていました。でも、入試勉強に疲れてしまって、ミュージカルアカデミーの広告を見たんです。そこに入り、熱い情熱をもってやっている人たちに会って、私がやりたいこと、楽しめることはこれだと思えました。そこを卒業した後、大学に入って演劇を専攻し、卒業後、プロになりました」
――競争の激しい中でどう頭角を現していったのでしょうか?
「耐えに耐えました(笑)。私は本当に歌や演技が好きだったので、レッスンを受けることが自分の力になるんだと言い聞かせていました」
――特に愛着のある役は?
「やはり『ウィキッド』のエルファバと、本作のレムです」
――ミュージカルを演じる喜びとは?
「パク・ヘナという人間が存在する理由だと思っています。お客様のために演技出来ることが喜びです」
――どんな表現者を目指していますか?
「パク・ヘナというフィルターを通して表現する仕事なので、日常生活においても“いい人間”でありたいです。まずはいい人間という前提があったうえで、いい女優でありたい。欲張りかもしれませんけれど(笑)」
(取材・文・撮影=松島まり乃)
*無断転載を禁じます
*公演情報『デスノート』1月20日~2月9日=東京建物Brillia Hall
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